護衛の実力
「なるほど…つまり最も単純な転移の魔導術は点位を二箇所設定し、その点位を起点にして空間を入れ替える術式なんですね。」
「ああ、こんなふうにな。」
ジャドさんが右手に持っていた手帳を軽く空中に放り投げると、魔導術が発動したのか突然消えて左手の上に手帳が出現しました。
術式の発動がとても滑らかでいつ魔導式を構築したのか全くわからなかったので、やはりジャドさんも歴戦の魔道士なんだと実感します。
「今のは右手の上の空間と左手の上の空間を入れ替えたんた。この術式は使い勝手が悪い部分もあるが攻撃としても転用可能で対象の防御力を無視した攻撃がある。」
「その使い勝手が悪い部分というのはどんなものなんですか?」
「入れ替える空間に存在している物質の質量や繋がりの強さに応じて入れ替えるために必要な『導氣』の消費量があがり術式にも負荷がかかる。大質量の物質や繋がりが強すぎる空間を入れ替える場合、術式の処理能力を超えると魔導術自体が発動しないことがある。」
「つまり大質量の物質がある空間を入れ替えるのは難しいということですね。繋がりが強すぎる空間というのは?」
「空間の繋がりは実は場所によって強弱があるんだ。その他にも空間内にエネルギーが満ちていると空間の繋がりが強くなる。例えば魔王とかが存在している空間を入れ替えて身体の一部を抉ろうとしても出力が足りなくて魔導術を発動させられない。」
「ということは、強者を相手にする時には攻撃としてほ使えないってことですね。」
「そうだな。だから間合いのコントロールや緊急回避とかの補助として使い、本命の別の攻撃手段を準備しておくのがセオリーだな。」
そんな話をしていると今までこちらの話に対して無反応で窓の外を見ていたサヤさんが何かに気づいた様子で馬車の後方をジッと見つめ始めました。
「ふむ、サヤ殿も気がつきましたか。」
「敵襲か?……確かに何かが追いかけて来てるみたいだな。」
「そのようで、後方から少しずつ距離を詰めて来ておりますな。足音からして中型の四足獣、数は四といったところでしょう。」
「オレはここからでも攻撃できるが、あんたらは追いつかれる前に馬車を止めて迎撃した方が動きやすいんじゃないか?」
「そうですな。」
ジャドさんとシキシマさんが話し合っているとおもむろにサヤさんが馬車の扉に手をけます。
「……斬ってくる。」
それだけ言い残すと扉を開けて走行中の馬車から何のためらいもなく外に出てしまいました。
「ちょっ…えっ?サヤさんが行ってしまいましたよ!大丈夫なんでしょうか!?」
「大丈夫じゃなかったら行かないだろ。行ったってことは大丈夫ってことだ。」
「あの『天眼』殿がこの程度で手傷を負うようなヤワな鍛え方で弟子を育てているとは思えませんな。」
サヤさんが大変かもしれないのに戦闘職の方々はあっけらかんとしています。
「ならせめて加勢した方がいいのではないでしょうか?」
「必要無いでしょう。もう終わったようですからな。」
「見てもないのにそんなことわかるんですか?」
「気配がなくなりましたし、静かになりましたからな。」
やはり『先触衆』の実力者であるシキシマさんは索敵能力が高いようです。
「気になるんだったら見るか?」
そう言いながらジャドさんが何かの魔導術を発動させます。するとジャドさんの手元の空間が歪み始めました。歪んだ空間はどうやら別の空間とつながっているようで、そこから外の風景が見えました。
「黒妖犬が四匹…そこそこ強い魔物なんだが全て一刀のもとに首を落としている。あの嬢ちゃんはやはり凄腕の剣士だな。」
その言葉通り草原に首無しの魔物の死体が四体横たわっているのが見て取れます。
どうやらサヤさんは宣言通り一人で全て魔物を一人で斬ってしまったようです。
「でも、サヤさんの姿がありません。どこに行ったんでしょう?」
「サヤ殿なら既に戻っておりますぞ。」
「え?どこに?」
私の問いにシキシマさんは黙って馬車の天井を指差して答えます。
まさかと思い馬車の窓から上空を覗くと風にはためくサヤさんの服の一部が見えました。
馬車を降りた後、瞬時に魔物を斬り捨て馬車の上に飛び乗ったということなのでしょう。
なにはともあれ、心配する必要が無い事がわかり一安心です。
安心したら今度はさっきしれっとジャドさんが使っていた、別の空間の様子を見る事ごできる魔導術がどんなものなのか気になってきました。
「サヤさんは大丈夫のようですね。ところでジャドさん、先程使っていた離れた場所を見る事ごできる魔導術ですがあれはどういう術式なんでしょうか?」
「あんた…ブレないな。」
ジャドさんは呆れ顔ですが空間系統の魔導術について知る事ができる機会は貴重なので、この機会を逃す事はできません。
どうせ馬車が止まるまですることもありません。
私はさらなる魔導術の探求に邁進するべくジャドさんへの質問を再開しました。
日が落ち始めるまで移動したので、今日の移動はここまでにして野営することになり、ダグラス先輩はここまで馬車の御者をしてくれていたので休んでいてもらい残りのメンバーで野営の準備をすることになりました。
とは言っても今回は移動にも利用した馬車がありますので馬車を寝床にしてしまえばテントを設営する必要はありません。
食料も持ち込んだ物がありますので火をおこして食事の準備をするぐらいでそんなに手はかかりません。
「せっかくだから現地採取できる食材でも食卓を彩りたいですな。ここは一つ某が調達してまいりましょう。」
そう言い残すとシキシマさんが音もなく姿を消しました。
シキシマさんが突然消えるのを見るのはこれで二度目なのですが、改めて見てもどうやって消えているのかわかりません。
『闘氣』の達人は力場を生成して光を曲げる事ができるらしいので、それを応用した姿を消す技があってもおかしくないでしょう。
「オレは魔物とかが近づけないように野営地の防御を固めておこう。」
食事の準備をしようと思っていたのですが、ジャドさんが魔導術を使って何かするようなので準備を一時中断して見学しようと思います。
夕食が少し遅れることになるかもしれませんが少しくらいなら問題ないでしょう。
「どんな魔導術を使うんですか?」
「……当然のようにあんたは来るよな。まぁ、いい。野営場所の周囲の地面に術式で陣を作り侵入者を自動で攻撃する防衛陣を作成する。」
「おぉ!それはいわゆる地陣式魔導術というやつですね!」
地陣式魔導術式とは地面を魔導術の触媒として術式を直接地面に描く魔導術です。
通常の魔導術を使う為の触媒を『導氣』をためておくタンクとして術式の内部に組み込むことで、術者の意識がなくても設定してある条件を満しさえすれば自動でその術式を発動させる事ができます。
「正式名称とか久しぶりに聞いたな。今回は一定の速さ以上で陣の上を通過する物体を検知したらその空間にほんの数ミリの断層を創る術式を組もうと思う。」
ジャドさんはサラリと言いましたが、物体間に空間の断層を創るということは平たく言うとその物体を切断してしまうということと同義です。
自動の防衛装置としては強力過ぎるぐらいでしょうが、夜間にどんな魔物が襲ってくるかわからないので過剰なぐらいがちょうどいいのかもしれません。
さっそくジャドさんが近くに落ちていた木の棒で地面に術式を描き始めたので、私はひよこのようにジャドさんの後についてまわり術式の観察に集中することにしました。
ジャドさんが術式を描き終わりった後、その術式を自分なりに整理していると食料調達を終えたシキシマさんが戻ってきました。
「只今戻りました。どうやら近くに水源があるようで思いの外良質な食材が手に入りましたぞ。」
そう言いながら調達してきた食料を見せてくれます。仕留めたのであろう解体済みの魔物の肉の他に食べられるキノコや果実、香辛料としても使える木の実や植物の根など短い時間で中々バラエティーに富んだ食材を調達してきてくれています。
「ありがとうございます。頑張っていただいたので調理は私の方でしますね。」
ということで私が調理担当として腕を振るうことになりました。
親睦を深めるためにも協力して調理できないかと思いチラリとサヤさんの方を見てみますが、サヤさんは腰に帯びていた剣の手入れを始めていました。
仕方がないので一人で調理することにしましす。
幸い私は研究一辺倒で生活能力が皆無だった兄の世話を長年続けていたので料理等の手際や腕にはそれなりに自信があります。
材料が豊富にあるので一度に大量に作ることができる鍋を作ることにしました。
しばらく調理をしていると、シキシマさんが香辛料となる植物の根を調達してきてくれたこともあって食欲を刺激するいい匂いがし始めました。
その匂いに誘われたのか武器の手入れを終えたサヤさんが近くにきました。
「……いい匂い。」
「サヤさん、ちょっと味見してもらえますか?」
「…いいの?」
「はい。ぜひ。」
コミュニケーションをとるいい機会なので味見をお願いします。
鍋から少しだけ具材をよそってサヤさんに渡すと、サヤさんは恐る恐るといった様子で私が作った料理を口にします。
「…っ!……美味しい。」
今まで無表情で感情をあまり感じなかった瞳に年相応の子供のようなキラキラした光が宿ったように感じました。
「気に入ってくれた?もう少しで完成するからいっぱい食べてね。」
私がそいう言うとコクコクと頷きながらどこかワクワクしたような様子で料理の完成を見守り始めました。
料理が完成して皆で食べているときも無表情なのは変わりませんが目がキラキラしており、一心不乱に料理を味わってくれました。
「おかわりは要らないの?」
「……師匠から食べ過ぎはダメって言われてる。」
「『近衛衆』の子供は身体が出来上がるまでは食事制限を行うらしいですからな。サヤ殿もおそらく普段から『天眼』殿の言いつけで必要以上に食べ過ぎないようにしているのでしょう。」
『天眼』さんが見ているわけでもないのに言いつけを守って自分を律しているのを見る限り、この子は人との接し方がわからないだけで真面目でいい子なのでしょう。
そう思うとなんだか急にサヤさんが人に慣れていない小動物のようだと思えてきました。
「サヤさん、今夜は一緒に寝ましょうか。」
サヤさんともっと仲良くなりたいと思った私は思わずそう提案していました。
「!……わかった。」
サヤさんは相変わらず無表情でしたが、その瞳の奥に驚きと少しの気恥ずかしを浮かべながらそう返事をしてくれました。
正直、出発する前はどうなるか心配でしたが、なんだかんだで楽しい旅になりそうです。
『近衛衆』は傭兵の国の総大将から才能を見出されてた者達で構成される傭兵の国の精鋭部隊です。
サヤのような子供の頃から才能を見出された者は身体造りから始めるので、サヤは味が濃い物を食べ慣れていません。




