緊急依頼
今日は魔道器が作動しするよりも早く目が覚めました。
昨日アーガスさんの話を聞いて自分の気持ちと向き合った結果、私は最終的に魔王への復讐を決意しました。
私は、両親が病気に倒れそれを必死にどうにかしようとしましたが何もできず、無力さに涙を流しながらも決意がこもった瞳で前を向き、人を救う魔導薬の研究を始めた兄を知っています。
色々な問題にぶつかりながらも足掻き続け、研究の為にほとんど毎日のように机に突っ伏して寝るようになった兄の背中を知っています。
そんな兄は私の自慢の兄でした。
それをあの魔王は踏みにじった。到底許せる話ではないですし何かしらのけじめをつけるべきだと思ったのです。
そうでなければ、私はこの先アーガスさんが言ったように兄と思い出の全てを後悔に塗りつぶされて、辛いときに支えになってくれるはずの楽しかった兄との記憶すら思い出すことが辛くなてしまうからです。
この結論に至ってから私は魔王とどのような形でけじめをつけるか考えていましたが、その具体的な方法は思いつかず、さらに最近魔導書を読みふけっていたせいで寝不足気味だったことも相まっていつの間にか寝落ちしていました。
それにより、おそらくいつもよりも早い時間に寝てしまったので今日はいつもよりも早い時間に目が覚めたのでしょう。
一晩ぐっすりと寝て頭がスッキリしたので何か良いアイデアが思いつくかと思い改めて思考を巡らせますが、具体的な方法はやはり思いつきません。
けじめの形として私の手で魔王を討伐できればベストな形ですが、私程度の力では魔王を倒すことは現実的ではありません。今から戦闘職になって経験を積んだとしても魔王を倒せる程の力が身につくとは思えませんし、仮に私に戦闘の才能があってそんな力を手に入れられるとしても、魔王とまともに闘えるようになるまでにどれだけの修行と時間が必要か見当もつきません。
今の私が魔王に対して無力なことも課題ですが、そもそもそれ以前の話しであの魔王が何処にいるかわらないことも問題です。
一応、兄が最後に残した情報に大樹とその周囲の木に家屋を作る文化がある場所で魔王が暗躍していると聞きましたが、隠れ里で外界とあまり関わらず生きてきた私にはそれが何処なのかの知識がありません。
これから先どう行動するのかについてじっくりと考えたいのですが、日常は待ってはくれないのでひとまずいつものように朝の身支度を始めます。
手早く身支度を整えてテントから出ると今日は珍しくシャマルと鉢合わせしませんでした。
心ここにあらずといった状態だったせいか寝不足が解消されたせいかわかりませんが、いつもよりも早く身支度が終わってテントを出たようです。
シャマルを置いていくのもはばかられたので少しテントの外で待つことにします。
今後の方針について悩みながらながら待っているとシャマルがテントから出てきました。
「あれ?レリア今日は珍しく早いね。」
「シャマル、おはよう。私もたまには早く起きることもあるんだよ。」
「おはよう。……たまには…ねぇ、これは今日か明日にでも雨が降るってことかな。」
「もう、何よそれ。」
個人的な悩みで内容が内容なだけにシャマルには相談できることじゃありません。なので要らぬ心配をかけないように努めて明るい雰囲気で返答しましたが、シャマルはこの手の機微に聡い子なので私が何かに悩んでいることも察していると思います。
「ねぇ、最近聞いた話なんだけね。ラガンジャって国でメガネ以外にも視力を矯正する技術が開発されたんだって。なんでも加工したガラスを目に直接貼り付ける方法らしいんだけど、メガネって人によっては似合わないこととかあるじゃない?そんな時にこの技術があればオシャレの幅を損なわずに済むからいい技術が開発されたものよね。でも、目に直接ってちょっと怖そうよね。」
「目に直接って確かに怖そうで想像できないね。でもこの国じゃ目が悪くなったら『闘氣』を鍛えろって言われてるのがオチだから国内に流通はしないんじゃないかな?」
それでもこちらから話さない限り無理に聞いてこないでいつも通りに振舞ってくれる友の優しさに甘えて、今日も他愛のない会話をしながらギルドに向かいました。
ギルドに到着すると先輩職員達が慌ただしい働いていました。この時間帯にギルドを訪れる人は少ないので珍しい光景です。
「おはようございます。なんだかやけに忙しそうですけど何かあったんですか?」
「ああ、新人達か。おはよう。昨日と一昨日に来客があっただろ?その件で緊急でやらなければいけない事が増えたんだよ。詳しい話は後でギルド長からあると思うからお前達はひとまず撤収準備を手伝ってくれ。」
「わかりました。」
詳細はわかりませんが私達もあわただしさの中に身を投じることになりました。
暫くしてギルド本部テントの解体が終わった頃、ギルド長であるトリア様が現れてギルド職員全員を呼びました。
「皆、悪いんだけどいったん手を止めて集まって。」
それまで忙しく動き回っていた先輩職員達は瞬時に作業の手を止めて集合します。下手をすれば今この瞬間にも魔物が襲撃してきもおかしくない環境で生活してきた先輩達は、何をしていても外部からの情報に反応できるように意識付けしているとういことなのでしょう。
私とシャマルも一拍遅れて先輩達の輪に加わります。
「皆、ご苦労様。早速だけど昨日と一昨日で面倒な依頼が入ったからこれからその説明をします。でもその前に…『凪の断層』。」
トリア様がそうの言葉を口にした瞬間、私達の周囲の風がピタリとやみました。おそらく今の言葉は魔導術の開放の言葉なのでしょう。
気になって少し遠くの方に目を向けると、私達の周囲以以外では普通に風が吹いているようでで解体途中のテントの布が風になびいているのが見えました。
一瞬、風を止める魔道術なのかと思いましたが、トリア様が魔道術を発動させてから周囲の音が一切しなくなっていることに気がつきました。
(これっ!ずっと気になってきた消音の魔導術だ!周囲の風が止んでいるから風系統の魔導術?……そうか!音って空気を伝って広がるから周囲に空気の振動を止める層を魔導術で作り出してるんだ!だからこの魔導術の範囲内で発生した音は外まで伝わらない。音は放射状に伝わるからこの魔導術の効果範囲は直線的な範囲じゃなくて立体的になっているはず。だとしたら点位は一昨日服を乾燥させた術式みたいに仮想点位で空間の概念を構成する四つと距離を確定させる二つ?それに風を静止させるって風の元素を何乗掛けさせたら取り出せる概念?)
「これは外部に漏れるとマズイことになる情報だから皆に『制約』をかけさせてもらうわ。」
つい魔導式の考察をまじめてしまいましたがトリア様が話の続きをはじめたので我に帰りました。
『制約』とはいわゆる呪術と呼ばれる系統の魔導術の一種で対象の魂に干渉することができる特殊な魔導術です。
ギルド職員になると最初に「職員は外部に情報を漏らさないようにするためにギルド長からの要請があればこの魔導術を受け入れる義務がある」と説明を受けます。
ギルドで課せられる『制約』は一部のギルド業務で知り得た情報を外部に伝えようとするとその行為が実行できなくなるそうです。具体的には言葉で伝えようとすると声が出なくなり、文字で伝えようとすると文章が書けなくなるらしいです。
「『制約、これより私が語る情報を他者へ伝達することを禁じる』」
トリア様が『制約』の魔導術を発動させ、私達が集まっている周囲に魔導式が浮かび上がってぐるぐると回転し乱舞し始めました。
どうやらこの『制約』の魔導式は私が知らない文法で構成されているみたいで全く術式を読み解くことができませんでした。
それでも興味深い魔導式なので食い入るように観察しましたが術式の構築が終わり効果を発揮したらしく霧散して消えてしまいました。
同時に上手く表現できませんが、私という存在の根幹ともいえる部分に何かが絡みついたような感覚がして違和感を覚えましたがすぐにその違和感も感じなくなりました。
おそらく、トリア様はこの『制約』の魔導術があるのであえて私達のような見習いギルド職員達もいる中で説明するんだと思います。
下手に情報を制限して憶測を外部に話されるよりも、完全に情報を公開して外部に漏らす行動を制限した方が情報が漏洩しにくいのでしょう。
「さて、あの時に居なかった人もいるだろうから最初っから順を追って話すわよ。事の発端は今から五日前にラガンジャの王族の血を引く御令嬢、ナイーダ嬢が王都を離れて南部領に出かけている時に何者かの襲撃を受けて拉致されたことから始まったわ。一昨日ギルドを訪れた騎士団はその件で何か傭兵の国が事件に関与していないかを確認に来たの。その時には既に『先触衆』が動いていてそういう事件があったという情報は把握していたんだけど、犯人につながるような情報は無かったから情報はないが何かわかったら情報共有しますということでお帰りいただいたわ。ここまでなら珍しい事件ということだけで問題なかったんだけど、昨日エルフの里の一団がもたらした情報と依頼のせいで一気に話が急転することになったの。犯人はエルフの里の過激思想の集団カスケード一派で今現在、問題の令嬢はエルフの里のカスケード一派に監禁されていることがわかったわ。そしてエルフの里の一団からの依頼はカスケード一派からこの令嬢を奪還するのに力を貸して欲しいというのと、可能な限りラガンジャとの軋轢が生まれないように穏便に令嬢を返却したいから協力してくれって内容だったわ。そして悪いことに『先触衆』からの情報でどうやらラガンジャの騎士団の複数の人間がこの襲撃を手引きしたことがわかったの。そこからの追跡調査でどうやらラガンジャの中には権力闘争の一環でナイーダ嬢が生きていたら都合が悪い一派、それとエルフの里と戦争して手柄や戦利品を得たいって考えている一派がいるみたいなの。」
トリア様から語られた内容は衝撃的なものでした。
つまり協力するのはいいが御令嬢を返す相手を間違えるとそのまま消されてしまい、その罪をなすりつけられる可能性があるということなのでしょう。
対応を間違えたらラガンジャとエルフの里の戦争だけではなくラガンジャと傭兵の国で戦争になる可能性すらある特大の火種です。
「まず、最初にカスケード一派から令嬢を奪還する必要があるわ。エルフの里の使者からの情報だとカスケード一派は構成員がエルフの里の中でも指折りの実力者が複数所属していて、さらに若い世代のエルフが多いらしいわ。だから表立って令嬢を奪還しようとしたら武力衝突は避けらず最悪内乱に発展しかねない状態で、エルフの長老達は内乱で若い世代のエルフ達が対立し合い遺恨が残るような形で事件が収束するのは避けたいそうよ。なので少数の精鋭で秘密裏に奪還するのが望ましいのだけど、エルフの里のカスケード一派以外の実力者はマークされていて彼らが動けばカスケード一派に気取られる可能性が高いわ。そこで我々はカスケード一派に気取られないように奪還作戦の為の人員を送り込む方針よ。とはいえ、馬鹿正直に堂々と戦力を送り込めばカスケード一派に気取られるから別の偽装依頼を出す必要があるわ。…こういう時に商人組合にも籍があるフウがいれば行商とその護衛ってことで違和感無く戦力を送り込めるて話が早いし、あの子なら現場での判断もある程度任せられるから最適だったんだけど、今回は勘付かれて逃げられてしまったわ。」
その話を聞いて私は自分のミスに気がつきました。フウさんは現在、昨日受注した依頼を達成するためという大義名分を掲げて傭兵の国を離れているはずです。
「今回は臨機応変かつ迅速な対応が求められるからフウを探しに行く余裕はない。だから戦力と一緒に私と連絡を取り合って現地の状況を逐一報告するギルド職員も同時に派遣することになるわ。この話を聞いて誰かこの役に立候補してくれる人はいるかしら?」
こういう時はギルド長として誰か職員に命令すればよさそうなものですが、「自分の戦場は自分で選ぶ」とうのが傭兵の国のルールなのでギルド長といえど誰かに強制することはできないのです。
トリア様の話を聞いてみんなで誰が行くか話し合いを始めます。
「エルフの里か……確か【星零樹】とかいうでっかい木が中心にあるとこだったよな?」
「ああ、それでその木の周囲の木に家を建てて生活してたはずだ。俺は高所恐怖症で前にちょっと滞在したときに足がすくんで動けなくなったから今回の任務には向いてない。」
先輩達の会話の中でそんな情報が耳に入り私は反射的に声を上げていました。
「私が行きます!」
目が悪くなったら闘氣を鍛える。
超武闘派集団の傭兵の国での常識です。
一章でライカがやりましたが達人になると闘氣によって発生させた力場をコントロールして光の屈折率を弄れるのでメガネが要らなくなります。
ですが安心してください。闘氣に適性がない人もいるのでちゃんと眼鏡っ娘はいます。




