三日目
昨日の話し合いで決まった通り今日はこれでクランさんと共に洞窟へ向かうことになった。
村を放棄するという案にはまだ納得しきれていない。何か別の方法がないのかという想いがどうしてもぬぐえないでいる。
昨日と同じように朝食を済ませて村の出口に集まる。
「行ってきます。おそらく張り込む事になるので今日は村には戻らないでしょう。」
「おう、行って来い。言うまでもないことだろうが気を付けて、あとぬかるなよ。」
拳を突き合わせ別の挨拶をしてシキシマさんが先に出発した。
その後、僕とクランさんが出発する。
「こちらで村の人たちの説得と荷造りを進めておく。気を付けて行って来い。」
そう言って送り出してくれたゼフさんのはどこか元気が無かった。そういえば、昨日の会議の時にはどこが気落ちしていたような様子だったな気がする。道中でそのことが気になったので昨日行動を共にしていたクランさんにそのことについて尋ねてみた。
「クランさん昨日ゼフさんに何かありました?」
「あぁー…そうだな…。身内の不幸を伝えることになってな。」
「…?どういうことですか?」
「元々俺がここに来たことの理由そのものなんだけどな、俺はここにこれを届けに来たんだ。」
そう言ってクランさんは小さな壺を取り出して見せた。
「なんですか?それ。」
「遺灰だよ。俺のダチのな。ここに来る前の戦いで魔将の自爆上等の捨て身の一撃を捌き損ねて、相討ちになって逝きやがった。俺らはいつ死ぬかわからんから死んだ後、どこで寝るか事前に決めとくんだ。そんでダチは故郷で寝ることを選んだってわけだ。」
「じゃあ、そのご友人の故郷って…。」
「ああ、この村みたいだな。ゼフ殿はダチの兄貴だったらしい。」
「それは…。」
言葉を失った。そういえば以前、村を守れるぐらい強くなると言って出て行った少し歳の離れた弟がいると酒が入ったときに漏らしていたことがあった。
「まぁ、ダチが寝る場所が無くなったんじゃ届け損になっちまうからな。」
少し寂しいげにそうつぶやくクランさんの声を聞き昨日から疑問だったことが氷解した。
〈城〉の入口を探す『先触衆』のシキシマさんはともかく、『攻城衆』のクランさんが村のために積極的に協力してくれる理由が、拠点として村を提供するだけでは弱い気がしていたのだ。
〈そうか…、この人にとって今回の魔王の侵攻は友人への弔い合戦なのか。)
そんなクランさんが村を存続させる方法として一度村を放棄して村人を避難させる方法を選んだ。魔王の侵攻をよく知るであろうクランさんがそれしか無いだろう判断した。
たしかに、建物はまた建て直せる。しかし人が死んだら生き返らない。納得するしかないのだろう。
「ようやく着いたか。この辺は結界とやらの範囲外になるんだっけか?」
「そうですね。昔はこの辺もギリギリ結界の効果があったんですが、ここ最近は結界の出力が安定してないらしく現在ここには結界の効果はないそうです。」
王都の中心地から展開される大結界は魔物の力を封じる権能が備わっているが、中心から離れるほどその力が弱まっていく。
開拓村は非情に効果が弱まっているが一応大結界の効果範囲内にある。しかし、今日の目的地の洞窟は大結界の外にある。
それはつまり、強力な魔物の住処になりやすい事を意味していた。
「だったら下手に外で待機しとくより俺の後ろにいた方が安全だな。ここから先は俺が先行するからついてこい。」
「わかりました。」
クランさんを先頭に洞窟の中を進む。避難場所として使うなら内部の状態を確認しておくことは必須項目だ。結界の外である以上魔物が住み着いていてもなんら不思議ではない。
少し進むとクランさんか待ったがはいった。
「待った、この先になんかいるな。慎重に進むぞ。」
弓を何時でもひけるように準備してクランさんの後を追う。
「こいつらは…剣鱗蜥蜴か。動きはそんなに速くないが鱗が剣のように鋭くて硬い魔物だ。基本的には動きがトロいやつだが、噛みついてくる時だけはちょいと速い。その他は、体当たりと跳びかかりぐらいしか攻撃方法がないヤツだから距離をとっとけばそんなに脅威はない。囲まれないようにすることと近づきすぎないようにすることを意識しろ。弓だと目、口、鼻ぐらいしかダメージをあたえられないだろうから牽制に徹したほがいいな。」
僕は見たことがない魔物だったがクランさんは交戦経験があるらしい。的確なアドバイスがもらえた。流石、戦闘のプロだ。
槍を構え鋭くて踏み込む。放たれた突きは先程の説明は何だったんだ?と思うけど簡単に鱗を貫通して肉を抉り、正面の一匹を絶命させた。
敢えて敵陣に踏み込み注意を引くことで僕への敵意をそらすつもりのようだ。実際に剣麟蜥蜴たちの視線ほぼ全てクランさんに向いている。
背後から跳びかかってくる一匹の頭を振り向きもせず槍の石突きでカチ上げて捌き、そのまま胴を回すように横薙ぎの一閃をみまう。腹を裂かれ上半身と下半身が泣き別れとなった骸が地面に転がった。
一連の動きを見て警戒したのか魔物の攻勢が弱まる。クランさんは無造作に先ほど両断した魔物の上半身を拾い上げると洞窟の壁に張り付いていた一匹を狙いブン投げた。
魔物は咄嗟に壁から跳び降りたがクランさんはそれを狙っていたらしい。羽がない魔物は空中ではとれる選択肢が極端に無くなる。着地地点に回り込んだクランさんに対し魔物は体を丸めて防御姿勢をとる。
しかし、クランさんの槍の前には無意味なようだった。防御姿勢?そんなものに何の意味がある?とでも言いたくなるほどあっさりと鱗ごと体を両断した。
仲間を助けようとしたのか、そこに時間差で跳びかかってきた一匹も同様に一薙ぎ両断する。
瞬く間に四匹の魔物を殲滅した。
ここで、戦いの喧騒に呼ばれたのか洞窟の奥から他の剣麟蜥蜴の倍近い巨体を持つ魔物が現れた。単にでかいだけではなく剣先のような形状の鱗が怪しい光沢を放っていた。明らかに別格の魔物だ。
(剣麟蜥蜴たちのボスか?とにかく、クランさんを援護しないと。)
現在クランさんは剣麟蜥蜴に囲まれた状態で新手の大物と対峙している状態にある。囲んでいる魔物の一部のだけでもこちらに注意を惹ければ活路を見出してくれるに違いない。
矢をつがえ、囲んでいる一匹に狙いを定めるて放つ。アドバイスの通りに目を狙ったが魔物が少し身動きをしたせいで目の周りの鱗に弾かれてしまった。一応注意を引くことに成功したが状況は好転しなかった。
ボス剣麟蜥蜴が先に動いたからだ。口から勢い良く粘液に包まれた何かを吐き出した。吐き出された何かは地面に落ちると燃え始めた。
おそらく可燃性の液体を粘液で包んで塊にして吐き出しているのだろう。地面に落ちた液体は燃え続けており消える気配が無い。
一方のクランさんは焦る様子はなく、寧ろげんなりとした表情で面倒臭そうにしている。
「はぁ…ちょっと本気出すか。」
小さくそう呟いたあと、様子が劇的に変わった。
視覚的には何も変わっていない。しかし、何かが劇的に変わったと肌で感じた。目に見えないオーラのようなものが身体から迸っているような印象を受けた。
ボス剣麟蜥蜴が再度あの粘液塊を吐き出す。軽く後ろに跳び初撃を躱す。包囲網に近づいた事で最も近くにいた一匹が飛びかかるが、ヒラリと身を躱しすれ違い様に蹴りを入れて追撃として吐き出された粘液塊への盾にした。
粘液塊を受け燃え始めた剣麟蜥蜴を足場にして跳躍し、ボス剣麟蜥蜴との距離を一気に縮める。
ボス剣麟蜥蜴は身体を捻り剣先のような鱗がたっぷり生えた尻尾でクランさんを叩き落とそうとする。
迎え撃つようにして突きをくりだす。このとき、くりたしたのは突きだったが、放たれたのは衝撃波だった。この衝撃波は立ちはだかった尾を軽々と貫いて風穴を開け、そのままの勢いで尾の付け根から右後ろ足にかけての範囲を破壊し尽くした。
(強い!まるで相手になってない。)
元々強いのだろうと漠然と思っていたが、完全に予想を超えていた。
痛撃を受けてひるんでいるボス剣麟蜥蜴とどめを刺すべく追撃にはいる。数匹の剣麟蜥蜴が跳びかかって阻止を試みるもまとめて薙ぎ払われて足止めにすらならない。
「これで、しまいだ!」
必殺の突きを連続で放つ。衝撃波がボス剣麟蜥蜴を襲いその巨体にいくつもの風穴を穿ちあっさりと絶その命を奪い取る。
しかしこの時、仲間の死骸に紛れるようにして先程の粘液塊の盾にされて燃やされた剣麟蜥蜴がクランさんに忍び寄っていた。
(あいつ生きてたのか。クランさんはまだあいつに気づいてない。僕が何とかしないと。)
実は僕にも一つだけ特技と言える技がある。それは、弓を構えいる時に何か『直感』めいた感覚で今この瞬間、この力加減で、ここを狙えば必ず矢が当たるとわかる事があるのだ。こうして放った矢は今までの生涯において一度として外れたことが無い。
しかし、必要な時に必ず出来るわけでも、意図的に出来るわけてもない非常に不安定なものだ。
無我夢中で矢をつがえた時、運が良かっただけなのか無我夢中だったのが良かったのかわからないが、この時『直感』が働いた。
(この矢は、絶対に当たる。)
確信と共に放った矢は今回も例外ではなく、当然のように狙った目を貫いた。既に負傷していた個体ではあったが僕にも倒すことができた。
援護に成功しうかれてしまったせいか、忍び寄っていた剣麟蜥蜴に気付くのが遅れてしまった。
危ないと自覚したときには既に跳びかかられる直前だった。
(駄目だ!回避も防御も間に合わない!)
視界の外から猛スピードで何かが飛来し、剣麟蜥蜴を貫いた。飛んできた方を思わず振り返るとそこには槍を持たず丸腰になったクランさんの姿があった。槍を投げて助けてくれたのだ。
感謝すると同時に後悔に苛まれた。援護したつもりが詰めの甘さのせいで逆に窮地に追いやってしまった。
丸腰のクランさんに残っていた剣麟蜥蜴が殺到する。素手でなんとか捌いていたがついに足を嚙まれてしまった。
「クランさんっ!」
「大丈夫だ。こいつら攻撃じゃ俺の『闘氣鎧』は抜けない。」
心配して思わず声を掛けたが余裕そうな声が帰ってきた。よく見ると嚙まれている足からは一滴も血が出ていない。
嚙みついている剣麟蜥蜴の上顎と下顎に手をかけるとグイっと広げて足をはなさせる。それだけはなくそのまま力を入れて下顎を引きちぎった。
その後は、背後から跳びかかってきた一匹には躱しざまに首に腕を回してそのまま絞め殺す、足首を狙い嚙みつきを試みた一匹を頭蓋骨ごと踏みつぶす、などして素手で殲滅したしまった。
なお、当然のように硬くて鋭いという前評判の鱗は一切の仕事をしていない。
「これで最後か。すまん、ちょいと待たせたな。洞窟の調査を再開するぞ。」
最後の一匹を殴り殺して投げた槍を回収しながらクランさんがそう告げた。
「クランさんって…強いんですね…。」
「まあ、これでも金プレートだからな。雑魚相手にいちいち本気出すのは大人げないから自重してたが、最後らへんは面倒さくなっちまってちょいと本気でやっちまった。」
「金プレートってなんですか?」
「傭兵の国での名札みたいなもんだ。強さが認められるとプレートの材質が豪華になっていく。金プレートは上からの二番目に強い奴らに与えられる勲章なんだぞ。」
「クランさん…強さで自分の運命を切り開くって…どんな感じなんですか?」
気づいたらそんな疑問を口にしていた。
「えっ?うぅ~~~ん…説明できんな。気になるならお前強くなって確かめろよ。」
「無理ですよ。僕には多分そんな力は無い。」
「そうか?二回目に矢を放った時お前何かしてただろ、あれはかなり良かったと思うんだがな。」
「えっ?いや…あれはたまたまというか、たまにしか出来ないとういか…。」
「あれって多分『獣氣』で五感と脳の処理スピードを上げたんだろ?無意識でやってたんだろうけどセンスがなきゃできねえよ。才能ある方だと思うぜ。」
『才能あると思うぜ。』その言葉は僕にとっては大きな衝撃だった。これだけの強さをもった人がそう言ってくれたのだ。
「僕にも…出来ますか?」
「さあ?それはお前しか知らねえことだろう?これから積み上げていった先のお前にしか答えられねぇよだろうよ。」
「そう…ですね。ハハッ…なに聞いてんだろ僕。」
「でもまぁ、気になってるなら一歩目を踏み出してみるか?」
「えっ?」
「手を出せ。」
言われるかままに手をですとそこに大きな手が重ねられた。
「今から俺のほうで練った『獣氣』をお前に流す。感じ取れ。」
それだけ言うと重ねた手からなにか、力のようなものが流れ込んきて僕の全身を駆け巡った。身体が熱くなり高揚感を感じた、が次の瞬間意識がとんだ。
身体に揺れを感じ目が覚めた。
「おっ、気が付いたか。よかった。」
気絶した僕は起きる様子がなかったため、取り敢えず放置して先に洞窟の探索を終わらせた。
その後、洞窟の調査が終わってもまだ目覚める様子がなかった僕に若干の焦りを感じながらも、息はしてるから死んではない。取り敢えず村へ連れて帰ろうということになったらしい。
そんな訳で僕は現在、クランさんに抱えられて帰宅中だった。
歩こうと思えばできそうだが倦怠感があったためこのまま運んでもらうことにした。
「いや~すまんな。『闘氣』ほどじゃないが『獣氣』のコントロールにもそれなりの自身があったんだけど、やっぱり素人相手は加減がむずかしくてな。」」
「さっきから話してる『闘氣』とか『獣氣』ってなんなんですか?」
「ん?『外氣功』と『内氣功』って言ったほうがわかりやすかったか?」
「その言葉も初耳です。」
「武人でもない人には馴染みがないか。そうだな…生物には皆生命が発するエネルギーみたいなものがある。『オド』とか『マナ』とか『氣』とか言われるもんだな。これを体内で練り上げエネルギーに方向性をもたせるのが『錬氣』って技術だ。体の外に発して纏うように使うのが『闘氣』、地域によっては『外氣功』なんて呼ばれてたりもする。逆に体の内側に作用するのが『獣氣』、これも地域によっては『内氣功』なんて呼ばれてたりする。最後に魔法とかに使うのが『導氣』、『術氣功』とか呼ばれてたりもするが、これに関しては俺はあんまり詳しくない。」
矢継ぎ早にに聞きなれない単語が出てきて混乱してしまった。しかしクランさんにの説明は続く。
「俺たちは基本的にこの三種類の中から自分にあったものを見つけて自分なりの戦闘スタイルを確立させていく。これが中々奥が深いものでな『氣』ってやつは一人一人性質が違うから人によってそれぞれの『氣』への変換効率が違ってくる。具体的にいうと俺は『闘氣』と一番相性が良くて、それよりもやや劣る感じではあるが『獣氣』もそこそこ相性がいい。その代わり『導氣』との相性がかなり悪くて魔法の類はほとんど使えない。やろうと思えば少しはできるが10の『氣』で1の『導氣』を練り上げるみたいなもんだから流石に実戦じゃ話にならん。」
「はぁ…。」
「話がそれたな。まぁとにかく、お前も強さを求めるなら自分の『氣』がでんな性質なのかを見極めるのが第一歩ってことだ。お前は無意識に少し『獣氣』を使えてたみたいだから手っ取り早く『獣氣』を流してみたんだが、何かわかったか?」
「正直、よくわかりませんでした。ただ、僕も強くなりたいです。『錬氣』ってやつのやり方を教えてください。」
「いいぞ。寝る前に暇してたからな。」
こうしてなんか緩い感じでクランさんに師事を仰ぐことになった。