エピローグ
もはやいつもの場所になった隠れ里の一角のテントで目を覚ました。
昨日のガリアさんの件があったためあまり寝つきが良くなかったので、いつも朝練を始める時間よりも早く目が覚めてしまった。
もう一度眠る気にもなれずこのまま起きようかと考えていると人が近づいてくる気配を感じた。
テントから顔を出して外を覗くとこちらに歩いてくるレリアさんの姿があった。
だいたい事情は想像できるが話を聞く必要がある。そう思いテントから抜け出そうとすると俺よりも先にフウさんが出てきてレリアさんに話しかけた。
「レリアちゃんだっけ……ここに来たってことは……」
「はい。先程、兄が息を引き取りました……」
「そう……里長への報告は?」
「これからです。お世話になった皆さんに最初にご挨拶をと思いして…。」
「ならフウちゃんも一緒に行くよ。たぶんあの里長は葬儀についても色々と言ってきそうだし。」
「すみません。ありがとうございます。」
レリアさんとフウさんは連れ立って里長の所に向かって行った。
出ていくタイミングを逃して声をかけ損ねたが、レリアさんは流石に気落ちしている様子で声に元気がなかった。
ガリアさんからの最後の頼みもある。時期を見て声をかけかけるべきだろう。
そんなことを考えていて今日の朝練にはあまり身が入らなかった。
朝食を済めせて少し経った頃フウさんが戻ってきた。
「この後、レリアちゃんのお兄さんの葬儀をすることになって、その時にフウちゃんが遺体を燃やし尽くすことになった。それが終わったら諸々の報酬を受け取って傭兵の国に帰還するよ。」
「葬儀をやるのは予想してましてけど、火葬役までやるのは何と言うか…急な話ですね。」
「そうなのよ!あの里長め…「魔王に穢された身体をこの地に埋葬して森に異変でも起きたらどうする!」とか散々ごねてきて最終的にフウちゃんが灰も残さない火力で燃やし尽くすことでようやく葬儀の許可を出させたんだから。」
戻ってくるのが少し遅いと思っていたら葬儀の方法でもめていたらしい。
あらぶっているフウさんをなだめるようにセイジ殿が口を開く。
「まあまぁ、里長の言うことにも一理あります。あの魔王なら対象者の死をトリガーに発動する呪いの類を仕込んでいたとしても不思議ではありませんし。というか実際、何か仕込んでいた形跡がありましたし。一応封印しておきましたが発動を完全に不発にさせるためにも燃やす時は最低でも聖炎級の火力で燃やしてくださいね。」
「え~聖炎級の火力って…めんどいわねぇ。」
「見た限り、身に憑けているソレは属性の変更ができるのでしょう?ソレの力を使えば聖炎級の火力ぐらいは簡単にでるでしょうし、普段からそんな使い方もした方が良い。実際、昨日の闘いでは咄嗟に属性変更できていなかったようですし。」
「うぐっ…何でそのことを……?」
「何でと言われましても…視ればわかりますよ。地上戦ならともかく、追撃に入った後の空中戦では風属性に変更していた方が機動力があったはずです。それをしなかったのは実戦から離れすぎていて咄嗟に属性変更できなかったでしょう?」
「ばれてる…。わかったわよ!」
属性変更だの聖炎だのと聞きなじみのない言葉が出てきて会話についていない。
おそらくは魔導術に関連する言葉なのだろうが知識不足だ。
「カリナさん、属性変更とか聖炎級とかってなんのことですか?」
「属性変更にいてはなんの属性を変更するのか私にもわからないけど、聖炎級というのは魔導術の属性元素の掛け合わせの等級のこと。火の元素の四乗掛けが聖炎級と呼ばれる等級に位置する。簡単に言うと凄く制御と構築が難しい上級魔導式。」
俺が現在使える発火の魔導式は火の元素の単一式、つまり一乗でそこに術式を刻んだ場所を一つの点位に設定することで術式が刻まれた場所を発火させるという単純な術式だ。
簡単な術式を使えるようになった今ならわかるが、元素を掛け合わせるというのはその分制御が難しくなり複雑な魔導式になっていくということだ。
四乗式ともなればどれだけ複雑で制御が難しいか想像もつかない。
不謹慎な話だが、それ程高度な術式を間近で見ることができるのは貴重な体験になるだろう。
葬儀の準備が整ったらしく現場に行くと数人の葬儀の参列者が集まっていた。
この隠れ里に何人の住人がいるかわからないが集まっている者はかなり少ないようだ。
「準備が整ったって聞いたけどなんか人少なくない?」
「これで全員集まっておる。ワシらは魔王の脅威がすぐそこまで迫っていたこと皆には知らせぬことにした。いたずらに皆の恐怖心を煽ってもいいことは無い。よって今回の件はガリアが実験中に不注意で事故を起こして死んだ。死体はその時の事故の影響で残らなかったと話すつもりだ。」
里長は今回の件を闇に葬るつもりのようだ。皆が真実を知りパニックになるのを防ぐためのようだが、俺にはそれが良いことなのか悪いことなのか判断がつかない。
「部外者の私達が口を挟むことじゃないわね。じゃあ、始めるわよ。」
口を挟む話じゃないと言いながらもフウさんはどこか苛立っているように感じた。何か思うところがあるのだろう。
ガリアさんの遺体を前にしたフウさんがそう前置きすると目を閉じて集中し始める。
するとフウさんの美しい白の毛並みが鮮やかな赤に変化していく。
驚いている俺達をよそに、フウさんは静かに目を開けて優しい声で呟く。
「『炎装・灼帝』」
すると力強くも穏やかな炎がガリアさんの遺体を包みこんだ。
不思議なことにその炎で焼かれるガリアさんの遺体からは肉が焼ける嫌な臭いが一切なかった。
よく見ると周りにある土は一切焼けていないのでこの炎は普通の炎じゃないのだろう。
静かに灰になって世界の円環に還っていく、そんな印象を受ける光景だった。
やがて全てが燃え尽きると残った灰が風にさらわれて舞い上がり、命がそこにあったという痕跡は跡形も無く消えてしまった。
「これで満足?」
僅かに怒気を含んだ声色でフウさんが里長に問いかける。
「うっ…うむ。この様子ならば魔王めが何か仕込んでおったとしても、その企みごと灰となったことだろう。」
フウさんの怒気に気圧されながらも里長が答えて葬儀はあっさりと終了した。
「この場に居合わせた者達はもちろんだがレリアよ、ガリアの死の真相を口外することを禁じる。誰に何を言って聞かれてもガリアは実験中に不注意で事故を起こして死んだと答えるように。」
「…………はい。」
「それから、ダッタよ。お前は魔王に操られて取り返しのつかない事をしようとしたガリアを止めただけだ。ゆえにワシはお前を咎めはせん。不幸な事故だったと思って忘れよ。」
「自分は…………はい。」
里長は当事者二人にそれぞれ釘を刺すと足早にこの場を後にした。
この後、俺達はここを出発することになる。レリアさんに話をするのは今しかないだろう。
「レリアさん…その…大丈夫か?」
「心配をかけてすみません。兄が息を引き取る直前まで色々な事を話せたので気持ちの整理はできたつもりだったんですが、やっぱり辛くて悲しいです。」
「それはそうだよな……。今聞くことじゃないかもしれないけど、レリアさんはこれからどうするつもりなんだ?」
「どう…しましょうね。今は色々あり過ぎてあんまり考えられないです。ただ、この集落は出ようかと思ってます。ここには兄さんや家族との思い出が多すぎますから…」
「そうか…もし良かったら俺達と一緒に来ないか?実はガリアさんにもこの集落には居づらいだろうから外に連れ出してやってくれって頼まれているんだ。」
「兄さんがそんなことを……何となく旅立ちは気持の整理をつけてからと思っていましたけど、こんな機会はそうそう転がってはきませんね。……決めました。私も皆さんと御一緒させて下さい。」
「一緒に行くなら今から準備した方が良い。俺達はこの後出発するから。」
「わかりました。すぐに準備します。」
レリアさんはしう決断すると足早に家に戻っていった。
レリアさんが旅立ちの準備をしている間、少し時間ができたので俺達も撤収の準備ををしつつザイード達と雑談をする。
「今から帰還するのか…ここに来る時は一日ぐらいでついたけど帰りはどれぐらいかかるかな?」
「思ったよりも滞在が長引いたからな。おそらく傭兵の国の本隊はもう移動し始めているだろうから、少なくとも一日以上はかかるだろうな。」
「そうなると持ってきた食料が心許ないな…。」
「実は僕もそうなんだよね。」
「俺様も。」
俺達三人は出発前は手持ちの金が心許かったので保存食を多めに用意できず、予想していたよりも滞在が長くなったせいで保存食が底を尽きそうだった。
そんな話をしているとセイジ殿が会話に加わってくる。
「それは私にも少し責任がありますね。皆さんを私の事情に巻き込んでしまったので滞在期間が伸びた訳ですし。ですので傭兵の国の近くまで私が転移術で送って差し上げます。」
「そんなことできるんですか!?」
「ええ、私はそういうことができるように世界中を旅して色々と仕込みをして廻ってるんですよ。なので特定の仕込みをした場所なら空間を繋げて転移ができるのですよ。」
話をしていると旅立ちの準備を終えたレリアさんを連れたフウさん達が合流していて会話に混ざってきた。
「なになに?セイ兄さんが送ってくれるの?フウちゃん今回はかなり働いて疲れてるから助かる〜。」
「フウも転移ぐらいはできるでしょうに。」
「フウちゃんの転移術はフウちゃんが転移するだけなら楽なんだけど、複数人をまとめて転移させようと思ったら色々と神経を使うから面倒なのよ。」
「その面倒くさいから極力やらないという思考はフウの悪いところですよ。」
「あ〜あ〜、説教はききたくな〜い!」
そんな二人のやり取りを聞いてレリアさんが少しだけ笑顔を見せた。
もしかしたら、フウさんはレリアさんを元気付けるためにわざと明るく振る舞っているのかもしれない。
「もう準備ができたのか?随分と早いな。」
「こんな集落ですからね。そもそも物があまり手に入らない環境なので持ち物じたいが少ないんです。それに実は私、いつかこの集落を出ようと思ってて前々から準備はしていたんです。」
「出発の準備ができたようですね。では一箇所に集まって下さい。送りますよ。」
「送るって……セイジ殿は一緒に行かないんですか?」
「私はこのままあの魔王を追いますので別行動です。傭兵の国のみんなにはよろしくと伝えておいて下さい。」
何となく一緒に行く流れだと思っていた。魔王の後を追うと聞いたレリアさんが何か言いたげな雰囲気だったが、結局なにも言わずに俺達と一緒に一か所に集まった。
「さて、『天位術式・十三番とハ系統三十七番を接続』」
セイジ殿の言葉に呼応するように昼間にも関わらず空の星が一瞬煌めいた。
「『クルニークの抜け道』」
その言葉の後に眩しい光が俺達を包み、目を開けると見知らぬ場所に立っていた。
「ここは?」
どうやらどこかの森の中のようだ。俺と同じ様に周囲を確認していたディオンが何かに気がついて口を開く。
「おい!あれ!」
ディオンが示した方を見ると傭兵の国の目印とも言えるあの特徴的な甲羅が動いているのが見えていた。
あの麓に傭兵の国はある。
「かなり近いところまで送ってくれたみたいだな。ここからなら傭兵の国のまではそんなにかからないぞ。」
「なっ……なんなんですか!?あれ!」
ザイードが弾んだ声で話す横で事情を理解できていないレリアさんが目を白黒させていた。
「あの甲羅の麓に傭兵の国はあるんだ。さあ、行こう!」
レリアさんに簡単に事情を話して俺達は歩き出した。
まだあの場所は故郷と呼べるほど馴染んではいないが、今回の依頼を通してこの場所でもやっていけるという自信がついた。
元々は復讐の為に培った力だが今後は自分と仲間の命を護る為に使い、磨いていこうと思う。
復讐の為に生きる日々の俺の生き方を見て母が笑っていくれているところを想像できなかったが、今の生き方なら母も笑って見守ってくれているんじゃないかと思えた。
二章はこれにて終了。
三章に行く前に登場人物紹介とちょっとした裏話を挟もうと思います。




