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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アーガス編
30/104

魔王の暗躍

「兄さん…?大丈夫なの?」


 誰も状況が理解できていない中でレリアさんが困惑しながらも突然立ち上がったガリアさんに声をかける。


「ん?あなたは……あぁ、私を顕現させるための礎となった生命体の縁者でしたっけ。邪魔なので取り敢えず死んで下さい。」


 何の躊躇も無く無造作にレリアさんに向けられた手から死をもたらす何かが放たれた。

 その何かがレリアさんにあたる直前、さっきまで隣りにいたはずのフウさんが一瞬でレリアさんの元に移動して攻撃を弾いた。


「いきなり随分な御挨拶じゃない。アンタいったい何なの?」

「わざわざ聞かなくても察しは着いてるんじゃないですかぁ?取り敢えず、あなた方の敵ですよ。」

「あっそ、それだけ確認できれば十分。アンタを殺すわ。」

「はぁ……下等生物共はいつもできもしないことを出来ると勘違いする。不可能ですよ?あなた達と私では存在の格が違う。」

「遺言はそのいきり散らかしたクソみたいなセリフでいいのね?」


 二人はほとんど同時に互に向かって手をかざし合い、その直後に見えない力と力が激しくぶつかり合い間の空間がたわむ程の衝撃が発生した。

 フウさんは武器になるような物は持っていないようなので、攻撃手段はおそらく魔導術の類なのだろうが解放の言葉を口にしている様子は無かったので術式の起動条件が特殊なのだろう。

 魔導術に対する知識がまだまだ浅すぎてどんな魔導術を使っているのか全くわからないが、衝撃で舞い上がった砂埃がフウさんに重なるようにして周囲の空間に存在している何かの輪郭を一瞬だけ見せた。

(なんだ?今一瞬、獣のようなシルエットの空間の歪みなような何かが見えた。『闘気』で体に力場を纏うことで同じようなことができそうな気がするけど、フウさんの周囲に存在している何かはおそらく『闘気』とは根本的に違う気がする。)


「ほぅ、大口を叩くだけはありますねぇ。そういえばあなたが結界を張っているのは見ましたが、闘っているところは見てませんでしたねぇ。力を隠していたわけですか…小賢しいですねぇ。」

「随分と余裕の態度ね。もうすぐ騒ぎを聞きつけて星零獣が戻ってくるだろうからこのままだとあんたは負けるよ?」

「ご心配なく、私の方の時間稼ぎは今終わりました。」


【星零獣】の角を取り込み終えた液体が急激に体積を膨張させてひとりでに動き出す。


「なにこれ?スライム?」

「正解、私達はあの忌々しい結界の中には簡単には踏み込めませんからねぇ。結界の影響を受けない強力な手駒が作れないか色々と試しているんです。では、攻撃を開始しなさい。」


 その言葉に反応して巨大スライムが液体の身体を震わせて攻撃の姿勢をとる。

 だが巨大スライムが命令を聞いたのはそこまでで動きを止めてしまった。


「………実験は失敗のようですねぇ。星零獣の力の一部を取り込んだことで内包する力は膨れ上がりましたが、その影響で術式がエラーを起こしてこちらの命令を受け付けなくなった…といったところですか。」


 どうやらスライムを戦力としてあてにしていたようだが思い通りにはいかなかったようだ。

 スライムは相変わらず蠢くだけでフウさんに攻撃をしようとしない。


「これでは侵攻にはつかえませんねぇ。星零獣も戻って来そうですし、ここらへんが潮時でしょうか。」

「逃げるつもり?」

「えぇ、私はこう見えても忙しいんです。実験も失敗したみたいですし、ここでこれ以上貴方とじゃれ合っていても得られるものが何も無い。」

「期待していたスライムは戦力にはならない。星零獣もすぐそこまで来ている、この状況で逃げられるとでも?」

「スライムは戦力にはなりませんでしたが壁にぐらいはなります。それなりに力を内包していますからね。」


 近くで蠢いていたスライムを不可視の力で拘束するとそのままフウさんに向かって投げつける。

 液体の壁のように広がったスライムによって視界を遮られた。


「邪魔!」


 フウさんが即座にスライムを攻撃し排除する。

 スライムも見た限りでは現状の俺達が闘えばなすすべなく倒されることが容易に想像できる程の力を内包しているように見えたが、フウさんの一撃を受けて飛び散って四散した。

 あっさりとスライムの排除に成功したが、ガリアさんになり変わった謎の存在に一瞬の隙を与えてしまった。


 〈来い魔物共!この地に生きる魔力を持たない生命を狩り尽くせ。この命令を死ぬまで実行し続けろ!〉


 禍々しい魔力を含んだ声が発せられ遠くの方まで響き渡った。

 その声に応えるように遠くの方で一斉に魔物が鳴き声を上げるのが聞こえた。


「くっ……やってくれたわね。」


 フウさんが普段の様子からはあまり想像できない焦りが含まれた声色で悪態をつく。

 ここに来てようやく俺もフウさんが闘っている相手が何なのか確信が持てた。

 魔物を支配して自在に操ることができるような存在に心当たりは一つしかない。

 こいつは、魔王だ。




 魔王の一手により戦況が大きく動いた。どれぐらいの範囲にあの声が届いたのかはわからないが、フウさんの話だとこの周囲に展開した結界は魔物の認識に作用して錯覚を誘発する類のものらしい。

 魔王の支配下に置かれた魔物は自我が消失している。この状態の魔物にはフウさんの結界は効果を発揮しずらいという話だ。

 つまりこの場所や隠れ里に再び魔物が侵入し始めてくるということだ。

 だが状況は悪い方ばかりに動いたわけではない。魔王の声を聞いた【星零獣】が猛烈な速さで戻ってきてフウさんと魔王の闘いに参戦した。

 角という最大の武器を失っているが【星零獣】はその状態でも十分強いようだ。周囲に槍のような形状のエネルギーの塊を何本も作り出し魔王に向かって打ち込みまくる。

 フウさんと魔王の闘いの中に入っても足を引っ張るようなことはなく、むしろ積極的に攻撃して魔王を着々と追いつめていく。

 不思議なことに自分のナワバリの中で大暴れしているフウさんのことは敵だと認識していないようで魔王のみに攻撃を集中させており、フウさんも【星零獣】からの攻撃を一切警戒していないようだ。


「流石に二対一では分が悪いですねぇ…この身体を持った状態では逃げ切れそうにありません。少々惜しいですがこの身体は放棄しましょう。」


 魔王はそう言い残すと動きを止め、ガリアさんの身体から黒い塵の粒のような物が噴出した。

 肉体という制限から解放された魔王は物理法則を無視してそのまま空へと飛んでいく。


「逃がさない!」


 フウさんと【星零獣】は飛んで行った黒い塵を追いかけて空を駆けて行ってしまった。

 魔王が去って残されたガリアさんの下にレリアさんが駆け寄る。


「兄さん!兄さんしっかりして。」


 ガリアさんは力なく倒れており生気が感じられない。かろうじて息はあるようだが意識はなく、いつ死んでもおかしくないように見えた。

 一刻も早くガリアさんを安静にさせて治療する必要がある。


「とりあえず隠れ里まで連れて帰ろう。」

「自分が運ぶ。信用できないかもしれないだろうけど自分にやらせてくれ。」


 ガリアさんを攻撃してしまった男がそう申し出た。

 思えばこの人の言動がおかしかったのも魔王から何かしらの干渉を受けていたからなのかもしれない。

 ガリアさんを手早く担いで隠れ里に戻ろうとしているとザイードが待ったをかけた。


「レリアさん達は先に行ってくれ。オイラ達はもうひと踏ん張りしなきゃいけないみたいだ。どうにかしてアレを倒さなきゃ大変なことになりそうだ。」


 ザイードが示した方を見るとフウさんの一撃を受けて四散していたはずのスライムが再生していた。

 スライムに殺気のようなものは無いが、嫌な予感がして身の危険を感じるなにかがあった。

 そんなスライムの状態を分析したカリナさんが見解を話す。


「さっきの状況から推測すると、おそらくあのスライムは戦闘用に開発されたもの。【星零獣】の力の一部を吸収したことで制御している術式が吸収した力に耐えなれなくなって歪んでしまっている。」

「このままだとどうなるんだ?」

「攻撃を行おうとしていけど実行しなかったところから推測すると、攻撃対象を選別する術式が機能していない可能性が高い。そこにフウ様の攻撃を受けて激しく損傷したことで全てを敵とみなすようになっていると思われる。」

「つまり、襲ってくるってことか。ガリアさんがあの状態だと逃げ切れないだろうしここで倒すしかないか。ただ、問題は俺達であのスライムを倒せるかどうかってことだ。」

「あの様子だと再生するのに吸収していた力のほとんどを消費してかなり弱体化しているはず。それに最悪の場合時間を稼いでいれば、術式の綻びがどんどん大きくなっていくだろうから放っておいても自壊し始めるはず。」

「時間稼ぎしてりゃ良いだけならなんとかなりそうだな。」


 その言葉に希望を見出したところでザイードが口を開く。


「たぶんそんな悠長にしている場合じゃないぞ。さっき魔王が魔物を呼び寄せていたからそのうちここにも魔物がくるかもしれない。あいつがくたばる前に魔物に囲まれたら一巻の終わりだ。短期決戦でけりをつけるしかねぇ。」


 怒涛の展開で失念していたがその通りだ。どうやらここが正念場らしい。


「スライムとなんて闘ったことなんてないぞ。なんか弱点とかはないのか?」

「スライムは中心にあるコアが術式を制御して液体の身体を維持している。術式はデリケートだからコアに少しでもダメージを与えられたら身体を維持できなくなる。」


 スライムの中心に目を向けると丸い固形物のような物が見えた。


「あれがコアか。弱点はわかったが身体の体積が大きすぎて簡単にはコアまで攻撃が届きそうにないな。」

「とりあえず攻撃してみるぞ。オイラ達の攻撃がどれだけ効くかわからなければ作戦も立てられない。」


 ザイードがいつものように先行して切り込み一撃を繰り出す。しかし、粘度の高い液体で身体が構成されているスライムの身体にはほとんど効果が無いようでダメージを与えられているようには見えない。

 俺とディオンもザイードに続いてスライムに攻撃を仕掛けるが同じ結果に終わった。

(刃の勢いが削がれてコアまで斬撃が届かない。少しづつなら剣を押し込めるがコアまで届く前に体がスライムに飲み込まれる。)


「チッ、ダメか。少しでも液体を飛び散らせて体積を削れればって思ったけど斬撃じゃ相性が悪すぎる。」

「離れて、私達が魔導術で攻撃する。」


 俺達は一旦スライムから距離を取りその後カリナさんとコリナさんが攻撃を仕掛ける。


「『エアハンマー』」

「『コールブリザード』」


 カリナさんの魔導術を受けてスライムの身体は大きく凹みはしたがコアまでは届いていない。

 コリナさんは魔導術でスライムの液体の身体を凍らせるつもりだったようだが効果が無かったようだ。

 液体の身体はすぐさま何事も無かったように元の形状へと復元した。


「むぅ…それなりに強い魔導術だったのに思った程攻撃が効いてない。」

「凍結系の魔導術でも凍らせられない。おそらく【星零獣】の力の一部を取り込んだことで耐性を獲得しているみたい。」


 攻撃してみた感想を話し合っているとスライムがこちらに反撃を開始した。液体の身体を触手の様な形状にして襲いかかってくる。


「気を付けて、スライムは接触している物を溶かして取り込む能力を持っている物が多い。液体の中に取り込まれたら生還は絶望的。」


 俺達は一斉に動いてその攻撃を回避してやり過ごす。

 スライムの攻撃は直線的で攻撃の軌道を予想しやすかったので回避するのはそれ程難しくなかった。


「どうする?動きが単調だからスライムからの攻撃は躱せるけど、防御が硬すぎるのとすぐに形状が元に戻るせいで俺様達の攻撃力じゃ攻めきれないぞ。」

「バラバラに攻撃してもコアまでは届かないな。オイラが『衝波削ぎ』で削るからそれに続いて各々の最大火力の攻撃を連続でぶつけて一点突破だ。」

「ん、了解。それなら攻撃の為に触手を作っている間はその分、体積が少なくなってコアまでの液体の壁が少し薄くなる。だから威力が高い攻撃手段を持っていないアーガス、ディオン、クラットの三人でスライムの注意を引いて私達の攻撃準備が整うまで時間を稼いで、準備が完了した後に相手の攻撃にカウンターする形で仕掛ける。」


 作戦が決まり三人がそれぞれ攻撃の準備に入った。

 くらったら一発アウトの攻撃を回避しながらの命がけの時間稼ぎが始まった。


二章のラストバトル開始。

この作品は主人公の一人称視点で書いているので主人公が気がつかなかったことや知らなかったことは描写されません。

なので説明不足だったと感じる部分の説明回を二章が終わった後に挟もうと思います。

例えば二章の四日目ー2でしれっとクランが魔将を倒していることが示唆されているが何が起こっていたのかなど。

読者の方々も疑問に思ったことがあれば感想で伝えてくれればその時に答えたいと思います。

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