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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
クラット編
3/71

二日目

 魔王とは読んで字のごとく魔物たちをの王だ。

 魔王には周囲の魔物を支配して操る力がある。

 魔王はその力で魔物の軍勢を作り国家に対し侵攻を行う。

 何のために侵攻を行うのかはわかっていない。

 ただ、その攻勢は苛烈を極め配下の魔物がどれほど死のうが侵攻をやめることはない。

 魔王は対話が可能な知識を持つ者がほとんどだがどんな国家も対話によって和平を結べた事は無い。

 どれゆえ、魔王の侵攻を止めるには魔王を討伐する以外方法は無い。


 魔王の出現。

 それは国家最大級の危機であり、開拓村のような辺境の地で暮らす人間にとっては生死を左右する避けられない天災そのものだった。






 いつものように日が昇る前に目を覚ます。あれから村長宅で行われた話し合いでは、周辺の森の調査の拠点としてこの村を利用することの条件として、調査結果を村にも共有すること、できうる限りの村の防衛への助力するということで合意となった。

 その後、命の恩人へのお礼として僕の家を宿として提供する事を提案して二人には僕の家で寝泊まりしてもらうこととなった。今日はおそらくあの二人の森の調査を手伝うことになるだろう。

 彼らは確かに強いがこの周辺の森の地理には明るくないはずだ。そう思い、ベットから出て朝の支度を始める。

 二人に貸した部屋をちらりと覗くとそこには二人の姿は無かった。

(二人はどこに?)

 探していると家の裏からものおとがした。確認してみるとクランさんが槍を手にゆっくりとした動作で訓練していた。

 動きはゆっくりだがつま先から頭のてっぺんまで意識を張り巡らせたような動きでありブレとゆうものが全く無い。

 ともすればその全身からなにかオーラのような何かが見えそうな程であった。

 よく見るとその傍らでシキシマさんが胡坐をかき瞑想ていた。シキシマさんからは気配とうものをまるで感じなかったので視界に入るまでに気がつかなかったのだ。

 二人の邪魔をするのも悪いので声はかけないでおくことにし朝食の準備をすることにした。




 今日の朝食はいつもより豪華な物を準備した。

 実は昨日クランさんが仕留めた狼たちは解体して可能な限り村へ持ち帰っていた。

 そうして得た肉や毛皮などを村の人たちと物々交換しており、いつもよりも潤沢な食材が手元にあったからだ。食事の準備が終わるころにシキシマさんとクランさんが家に戻ってくる。


「旨そうな匂いだな。」

「昨日の狼を譲って頂いたおかげでいつもより豪勢朝食を準備できました。」

「まあ、これから暫く世話になるだろうからな。その礼ってやつだな。」

「お礼ならむしろ僕がしないといけない立場なんですが。」

「じゃあこれで貸し借り無しってことにしとこう。」


 クランさんになんだかいいようにまるめ込まれてしまった。

 両親が死んでからは晩御飯などはゼフさんや村の住人などと一緒に食べる機会があったが、朝食を共にするのは久しぶりだ。いつもより賑やか朝食に少しだけ心が軽くなった気がした。


「森の調査の件ですけど僕も協力します。お二人はこの辺りの森には疎いでしょうから僕が案内します。」

「申出はありがたいが危険性が高い。調査は私一人でやるよ。」


 僕の申し出はあっさりと断られてしまった。たしかに危険性は高いだろうし、実際昨日は死にかけた。しかし、僕にもこの村で森の監視を生業としてきた自負がある。簡単に他所から来た人達にその役割を譲るには抵抗があった。


「危険は承知の上です。ここは僕たちの村だ!指を咥えて見てるだけなんて納得できない。それに僕の案内があれば効率良く調査出来るはずです。」

「シキシマ、手伝ってもらえ。故郷のために命を張る覚悟があるなら立派な戦士だ。」

「…そうですね。戦士の覚悟は尊重しなければならない。」


 ひと悶着あったがクランさんの一言もあり森へ同行することとなった。



「それではゼフさん、クランさん行ってきます。」

「昨日の今日だ。自分の命を最優先に行動しろ。シキシマ殿、クラットを頼みます。」


 村の出口でゼフさん、クランさんと別れてシキシマさんと共に森へ向かう。

 クランさんとゼフさんは村に残って防衛案を共に考えてもらう事になっている。


「早速だかクラットくん。この付近の森に泉や池、川なんかの水場があれば案内してほしい。」

「水場ですか?昨日の場所からは遠いですが案内できます。」

「助かるよ。さすがの魔王も全軍を自分の〈城〉に入れておく事は出来ないからね。外に溢れてる軍勢には水場が必要な筈だ。だから、水場に行けは何かしらの手がかりが期待できるはずだ。」


 今回の調査の方針を話してくれるが一部意味が理解出来ない箇所があった。


「魔王の〈城〉ってなんですか?」

「すまない、魔王についての知識はあまり一般的には知られてないんだったね。魔王には共通して〈城〉と呼ばれる異空間を創る能力があるんだ。」

「異空間?」

「そう、異空間だ。魔王はこの世界に出現したらまずこの異空間を創り出し、そこで自身の魔力と親和性が高い魔物を連れ去り改造する。改造された魔物は魔将と呼ばれる強力な個体となり魔王の手足となって働く。具体的には、改造された個体の元となった魔物と近しい種族の魔物を魔王のように支配して従属させる事が出来るようになる。こうやって魔王は魔将を造りだし、魔将は魔物を支配して軍勢を拡張していく。」


 魔王の軍勢がどうやって出来るのかを知り少なからず衝撃を受けた。

 異空間など想像もつかない。

 しかし、もたらされた知識をなんとか整理する。


「つまり、森の中の水場を調査して本来この森にいないばすの種族の魔物の群れの痕跡を探す。痕跡を辿って群れを発見できればその群れの近くには魔将がいるはずなので、その魔将を見張れば魔王の〈城〉の場所の手がかりに繋がる、ということですか?」

「理解が早くて助かるよ。」

「わかりました。僕の知る限りの周辺の水場を片っ端から確認して行きましょう。」


 こうして今日の調査、水場巡りが始まった。



 昨日と同様に森の中は異質な静けさが漂っていた。本来の森の住人が皆、怯えて住処に引きこもっているのだろう。

 暫く森を進むとそんな静寂を破るように何かが茂から飛び出してきた。身構えようとするが、それより速くシキシマさんが動いた。

 飛び出したなにかを両手に持った大型のナイフで切り裂く。急所を切られ絶命したそれは数匹のゴブリンであった。

 魔物の中でも弱い部類ではあるが、一切何もさせずに瞬殺するその腕前は目をみはるものがあった。


「凄い!速すぎきて何があったのか一瞬わかりませんでした。」

「まあ、これでも『先触衆』の中隊長だよ。それに、ゴブリンがいることは気配でだいぶ前からわかってたからね。」


 称賛するがシキシマさん的にはたいしたことではないようだ。


「そういえば昨日は聞くタイミングを逃してしまったのですが、『先触衆』ってなんですか?」

「『先触衆』といのは傭兵の国における部隊の名前だよ。傭兵の国の本隊よりも先行して戦場になりそうな場所を現地調査するのが主な役割の部隊だね。ちなみに、クランが所属する『攻城衆』はさっき話した魔王の『城』にカチコミをかける特攻部隊だよ。この他にもいろんな部隊があるんだけどこれ以上話すと長くなるからここまでにしょう。」


 僕としてはもう少しは話を聞いていたかったのだが、話しながら進んでいるうちに目的地の水場までもう少しの場所まで来ていた。この先に魔将とかいう化けも物がいるかもしれないことを考えると吞気に世間話をすることは出来ない。


「止まって。」


 不意にシキシマさんから声をかけられた。


「案内は一旦ここまでで大丈夫だよ。」

「目的地はまだ先ですが?」

「もう水音が聴こえるかここから先は案内はいらないよ。」


 そう言われたがこちらにはまだ水音の音など聞こえない。確かにこの先には目的地の水場はあるのだがまだ到底水の音など聞こえるような距離じゃない。何か特別な訓練でもして聴覚を鍛えてたりするのだろうか?


「少し偵察してくるからここで待っていてくれ。」


 そう言い残すとシキシマさんは音もなく走り去ってしまった。

 たしかに、開拓村の一般的な狩人に過ぎない僕がこの先には行ったところで足手まといにしかならないだろう。大人しくその辺の木の根に腰を降ろして待つことにした。



 手持ち無沙汰だったので最近のことについて少し考えてしまう。いつもの日常に突如として降って湧いたような魔王の出現。否応なく当事者にならなくてはならないような事態であるがどこかまだ実感が無い。

 それに、村の外どころか国の外からの来た傭兵の国の二人。なんとなく、僕は故郷の村でずっと暮らしていくんだという意識があった。というか外の世界があるなんて全く意識してこなかった。

 王都の大結界の外の世界は凶暴な魔物の巣窟だと聞いてこれまで生きてきた。でも単純な話、そんな凶暴な魔物たちよりも自分の方が強いならそんな世界であっても生きていける。彼らはそんな理屈で外の世界で生きていくことを選んだ人たちなんだろう。

 きっと僕には想像もつかない大変なことの連続で危険なこともたくさんあって、でもその代わりにどこまでも広がる世界で自由に生きてるんだろう。そんな彼らの生き方羨ましいと思う自分がいた。

 僕にも戦う才能があればそんなふうに生きれるだろうか?そんなとりとめのないことを考えていた。



 どれぐらい時間が経っただろう。

 考え事に熱中して時間の感覚がわからなくなってしまった。

 太陽の位置でおおよその時間の確認しようと空を見上げた時、近くに茂みからかすかに物音が聞こえた。先ほどのゴブリンの件が頭をよぎる。

 正直、僕が一度に相手にできるゴブリンはせいぜい二匹までで三匹以上の数で来られたら普通に殺されるだろう。何が出てくるかわからないいじょう隠れて様子を見るのが最適だろう。木の幹の裏に身を隠し様子を伺う。

 暫くして茂をかきわけ現れたのは全長が5メートル近い灰色の体毛を持つ狼の魔物であった。

 思わず声を上げそうになったが反射的に口元を両手で覆い声を飲み込む。

(あいつは昨日の…。)

 おそらく間違いないだろう。昨日調査を行い発見に至らなかった魔物だ。

(何でここに…。いや、もしかしてあいつが魔将ってやつなのか?)

 そう考えると色々と辻褄が合うような気がした。

(いや、それよりも今はどうやって逃げるかだ。)

 どう考えても勝てる相手では無い。どうにか逃げてシキシマさんと合流する。生き残るにはそれしか無い。

 逃亡の隙を伺っていると魔物の様子がおかしいことに気が付いた。

 しきりに頭を振り苦し気に唸り声をあげており、どこかフラフラとしていた。情緒不安定な様子だったが不意に魔物が暴れだす。

 驚いて思わず一歩下がってしまったが結果的にそれが正解となった。

 唐突に僕が隠れていた木に体当たりを仕掛けてきた。木は簡単にへし折れ衝撃で僕も吹き飛ばされてしまう。

 顔を上げた時魔物と目が合った。殺気に満ちた視線を浴びて微塵も動けなくなってしまう。

 恐怖に支配され悲鳴か絶叫かわからない声が喉から漏れそうになったとき、後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。


「静かに。」


 背後からシキシマさんの微かな声が聞こえる。

 唐突に魔物からの殺気消えた。頭を振り苦しげに唸り声をあげている。


「このまま下がるよ。歯を食いしばって。」


 シキシマさんの指示が聞こたと思ったらいつの間にか小脇に抱えられたいた。

 音もなく跳躍を繰り返しながらグングンと加速しあっという間に魔物と距離をとることに成功する。

 対する魔物の方には追撃の意思はなさそうで別の木に頭突きを繰り返していた。



 十分な距離を稼ぐとシキシマさんは足を止めた。僕を下ろしながら声をかけてくれる。


「昨日に引き続き、危ないところだったね。今日はこれで引き上げて村に戻ろうか。」

「ありがとうございました。それと、すみません結局足を引っ張ってしまいました。」

「いや、君の案内のおかげで調査の方は進展があったよ。さっきの場所の近くに魔将がいた。」

「魔将…。それってやっぱりさっきのでかい狼の魔物のことですか?」


 僕の問いにシキシマさんはキョトンととした顔をした。その後苦笑しながら口を開く。


「さっきのは魔将じゃないよ。本物の魔将はあんなもんじゃないからね。あれは多分…魔獣だね。」

「魔獣?」


 聞いたことがない単語が出てきて思わず聞き返してしまう。


「そもそも、魔物と獣の違いがなにか知ってる?」

「体内に魔石があれば魔物、ないなら獣と教わりました。」


 狩人の先輩であるゼフさんに教わった知識を思い出しながら答える。


「正解。じゃあ魔石は魔物の体のどこにあるかしってる?」

「頭の中だったはずです。」

「そう、正確には頭蓋骨の中、脳のすぐ近くだ。魔王や魔将が魔物を操れるのは実はこれが関係している。魔石が魔王の思念を脳に伝えて魔物の意識を塗りつぶす。これにより魔物は自らの意思を持たない文字通りの〈魔〉の〈物〉になる。一方で魔獣といのは突如変異か何かで魔石が頭蓋骨の外にあったりする個体だ。魔石が脳から遠い位置にあるせいか、魔王の思念の影響が完全には及ばず自らの意思を残している存在。つまり〈魔〉の〈獣〉。」

「じゃあさっきやつが苦しそうだったのは…。」

「頭の中に響く魔王の声に意思を塗りつぶされそうになりながら、必死に耐えてたんだろうね。」


 四六時中頭の中に響く魔王の声に苛まれ続ける。殺されかけた相手だがそう考えると哀れな存在なのかもしれない。






 無事に村へ帰還するとゼフさん、クランさんと合流して作成会議となった。

 最初にシキシマさんが口を開く。


「まずは私から報告です。現在魔将の発見に成功しました。これから魔将の動向を観察しつつ他の地域を調査している『先触衆』と連絡を取り合い〈城〉の入り口を絞り込んでいきます。」

「流石に仕事が早いな。こっちは…残念ながら村の防衛は不可能って結論になりそうだな。この辺で魔将が見つかったってことはこの村は軍勢の侵攻にルートの入ってる可能性が高い。村は放棄して村人全員をどこかの侵攻ルートから外れた洞窟とかに避難させるのが現実的だな。」

「そんなっ!村が無くなるってことですか?」

「魔物共の目的は村を破壊することじゃなくて砦に攻め込むことだ。この村は通過するだけだから一部のの建物は壊されるだろうが、更地になるほどじゃないはずだ。むしろ人が残ってることで攻撃対象と認識されて被害が広がる可能性がある。」

「………わかった。それなら村から半日ほど離れた所に洞窟があったはずだ。クラット、明日案内してやってくれ。」

「……わかりました。」


 正直まだ納得しきれていない自分がいるがゼフさんの言われたので飲み込むほかない。

 今後の方針が決まり今日はこれで解散となった。


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