魔導術
セイジ殿と別れてしばらく進むと再び索敵魔法に反応があったようだった。
索敵魔法を使用していたコリナさんが足を止めて報告してきた。
「この先に複数の人の反応がある。たぶん目的地はこの先。」
具体的な目的地までの距離がわかったことで俺達の足も自然と速くなった。それに、もう日が落ちかかっているのでできるだけ早く目的地の隠れ里に到着しておきたいという事情もあった。
足を進めていると木の上に建てられた複数の住居が見えてきた。
人の気配もあるのであそこが目的地の隠れ里で間違いないだろう。
隠れ里の手前まで来ると見張りをしていた二人組の獣人種の男に止められた。
「止まれ!お前達は何者だ!」
「フウちゃん達は傭兵の国から来た行商人とその護衛だよ。」
「む、行商人か。であれば少しそこで待っててくれ。里長に連絡する。」
見張りの片方が隠れ里の奥の方へ走り出し、少し待っていると獣人種の老人を連れて戻って来た。
「お前達が行商人か…せっかく来てもらったところ悪いが今は時期が悪い。早々にこの森を出ていってくれ。」
「里長!行商人が来ることは稀だ。塩などの備蓄が厳しくなっている家庭もある。確かに時期は良く無いが取引できる機会を逃すのは痛手になる。」
「むぅ……それもそうだな。わかった、取引はする。だがそれが終わったら早々にこの森を出ていってもらおう。」
どうやら何かの事情があってあまり人を受け入れる気は無い様子だ。
「すぐに出ていけって言われても、もう少ししたら夜になるんだけど。この森で勝手に野営とかしていいの?」
「むぅ、それは困るな。わかった一晩だけは滞在も許可する。」
歓迎されている雰囲気ではないが一晩だけなら滞在の許可が出た。
こうして俺たちは目的地に到着することができた。
「ここまでの護衛ご苦労様。それじゃ、フウちゃんは色々とお仕事してくるよ。時間がかかりそうだから食事とか各自で適当に済ませて休んでてくれていいからね。」
フウさんは俺達にそう言い残すと集落の奥に行ってしまった。
野営する許可をもらった集落の一角に各自がテントを張るなどして休めるように準備する。
その後、各々が持ち込んでいた保存食で簡単に食事を済ませて自由時間になった。
空き時間ができたのでクラットも誘って一緒に魔法についての講義をお願することにした。
「カリナさん、コリナさん、この後時間いいですか?できれば早速魔法について教えてほしくて。」
「少しなら問題ない……いいことを思いついた。カリナ、いい機会だから勝負しよう。私はクラットに教える。上手に教えられた方が真のお姉ちゃん。」
「む、受けて立つ。これまでの勝負では117勝116負。今度こそ私が真のお姉ちゃんであることを証明する。」
どうやら何かの勝負の出汁にされそうだ。クラットと別れて教わることになりそうだが魔法について教えてもらえるなら問題ない。
カリナさんとコリナさんはお互いに少し離れて俺とクラットにそれぞれ魔法についての講義をしてくれることになった。
「それじゃあ、お願いします。」
「かまわない。それよりさっきからチラチラと魔法って言葉を使っているみたいだけど、そもそも私達が使っているのは魔法じゃなくて魔導術。この二つは明確に違いがあるからまずそのことを認識しておいて。」
「そうなんですか?俺はてっきり魔法の別名が魔導術なんだと思っていました。」
「魔法というのは魔王をはじめとする魔力を持つ存在が魔力によって世界の法則を歪めて起こす超常現象のこと。だから魔力が無い私達にはどうやっても魔法は使えない。そんな私達人類が魔法を再現するために作り出した技術が魔導術。」
「ということは魔導術って魔法の劣化版ってことですか?」
「失礼な、そんなことは無い。始まりがそうだっただけで今では技術が洗礼され体系化したことで魔法に負けない領域にまで昇華されている。」
一瞬、気分を害するような失言をしてしまったかと思ったがどうやらそこまで怒ってはいないようだ。
「ではあらてめて、魔導術についての講義をします。とはいっても魔導術は奥が深く色々な系統・体系があるので、私が説明できるのは私が習得している魔法体系のものだけなので魔導術のほんの一部でしかない。」
カリナさんはそう前置きして魔法についての講義を始めた。
「私がつかっている魔導術は属性魔法に点位という定義を加えた術式。まず説明するのは属性、これは魔導術の元素と呼ばれる火・水・風・土の四大元素のこと。この元素を掛け合わせてあらゆる事象を支配するのが魔導術。例えば火と水の元素式を掛け合わせて蒸気、火と風で熱波、火と土で溶岩など。この元素をどれだけ掛け合わせて制御できるかで魔導術の幅が決まる。次に点位、これは魔法の発現の仕方や場所を定義するもの。点位を一つ術式に組み込むとその点位で指定した場所に魔導術が発現する。二つ組み込むとそれぞれの場所を始点と終点として定義できるので、魔導術の術式に動きという要素を組み込めるようになる。三つ組み込むとそれぞれを結んだ面という概念を術式に組み込むことができるようになり、広範囲に影響を及ぼすことができるようになる。四つ組み込むとそれぞれを結んで立体、つまり三次元的な魔導術が作用する空間の定義を術式に組み込める。これらの属性と点位を組み込んだ術式を構築して起動に必要な『導氣』を術式に流し込むことで魔導術は発動する。」
「説明はわかりやすかったんですけど、なんかイマイチピンとこないです。魔導術ってかなり複雑なものなんですね。」
「魔導術は一種の学問だから使い方を学ばなければ使えない。話を戻して今度は術式を構築するために必要な触媒についての説明をする。術式はそもそも『導氣』を流し込むための回路として実際に作らないといけない。なのでその術式を書き込むための受け皿が必要になる。」
カリナさんはそう言うと懐から水晶のようなものが埋め込まれた首飾りを取り出した。
「これが私の魔導触媒の一つ。具体的にはこの水晶の中に魔導術の術式を構築する。触媒を紙に例えるなら、それに文章を書くインクが『導氣』、ペンが己のセンスと知識。それらを用いて紙に魔導術の式を書いて成立させるとことで魔導術を発動させることができる。そして原則として魔導術の術式は触媒の容量以下に収まる規模のものでなければならない。なぜなら、その紙に書き込める文字はどんなに文字を小さく書いても限りがあって、文字を小さく書きすぎるとなんて書いてあるかわからなくなって文章が成立しなくなるから。それじゃ実際にこの触媒に魔導式を構築するところを見せる。」
カリナさんは首飾りを俺の目の高さまで持ち上げる。よく見ると水晶の中で光の粒のようなものが細かく動いて数式のようなよくわからな記号の羅列を描いているのが見えた。
「できた。あとは魔導術を発動させる開放の言葉を唱えると魔導術は発動する。」
「開放の言葉っていうのは?」
「魔導術を発動させるためのトリガー。魔導式の中に私がこの言葉を発したら発動するように書き込んである。こうすることで魔導術を発動させるタイミングを私の任意で決まられるようになる。逆に言えば私が開放の言葉を唱えない限り魔導術は発動待機の状態で維持され続ける。」
「なるほど、それなら複数の触媒に発動待機状態の魔導式を準備しておけば魔導術を連発できるってことですか。」
「出来なくはないけどそれはあまり実践的じゃない。発動待機状態維持するためのコストとして『導氣』を常に消費し続けることになるから『導氣』の運用効率が悪くなって後が続かなくなる。そういう使い方をするなら魔導術じゃなくて魔導器のほうが現実的。」
「魔導器って?」
「魔導器は魔導式を触媒に消えないように刻み付けた道具。これなら刻まれた魔導式に『導氣』を流して開放の言葉を口にするだけで魔導術を発動できる。『導氣』を流すラグがあるから発動待機状態の魔導術よりは発動は遅くなるけど、戦闘が始まる前に『導氣』を流し込んでおけばそのラグも発生しない。」
「そんな便利な物があるなら装備を魔導器でかためた方が強いんじゃないですか?」
「もちろん私も複数の魔導器は装備している。でも魔導器はそこに書き込まれた魔導式以外の魔導術はどうやっても発動させられないから状況によっては使いにくいことがあったりして応用性が無い。それにさっきの例えで言うと、紙にインクが無いペンで描いておいた魔導式に後からインクを流して魔導式が成立する状態にする、みたいなやりかただから『導氣』の流し方次第で魔導式が崩れることがあるから永久に使えるわけではない。だから魔導士の闘い方としてはメインの火力をだす魔導式を構築するまでの隙を魔導器でカバーして闘うのが一般的。」
「なるほど……魔導術は思っていた以上に奥が深そうでですね。」
「まだまだこんなものじゃない。今まで話したのはあくまでも魔導術を使う上で必要な基礎知識の概要に過ぎない。実際に魔導術を使うにはここから属性を現すルーン記号と、それに掛け合わせて魔導術が発動する場所や動きを制御するための点位の記号も覚えて、その上で術式を構築するための法則と描き方を理解する必要がある。」
「さっき魔導術は一種の学問って言ってた理由がわかりました。これは本格的に使えるようになるまでには相当な学習が必要だ……。」
軽い気持ちで俺にも魔法…いや、魔導術が使えたらって思ったけど、これは一朝一夕ではどうにもなりそうにない話だ。
ひょっとしたらザイードやディオンが魔導術を使う素養が無いって言ってたのは、ここまでの説明を聞いて自分には無理だと思ったからなのかもしれない。
実際、俺自身も本当に自分に魔導術を理解できる頭があるのか不安しかないぐらいだ。
だが、強くなるためにやれるだけのことはやると決めたばかりだ。やるしかないだろう。
「じゃあ、これから魔導術を使うための勉強に入るけど覚悟はいい?」
「おっ…お願いします。」
こうして俺は魔導術という学問に挑むことになった。
色々な情報を頭に詰め込まれて脳から煙が上がりそうになったころ、俺達の元に訪問者が現れた。
「すみません。今話をされている事って魔導術についてのことですよね?お邪魔にならないようにするので私も聞いていいですか?」
訪問者は獣人種の女の子でどうやらこの隠れ里の住人のようだった。
ベースとなっている獣はイタチのようで長くて太めの尻尾が特徴的だった。
獣人種にしてはやや小柄な体格で保護欲をそそられるようなかわいらしさがあった。
「獣人種なのに魔導術について興味があるなんて珍しい。聞かれて困るようなことでもないから好きに聞いていくといい。」
「ありがとうございます。」
突然の訪問者が飛び入りで俺の学友になるようだ。
しかし俺は頭から煙が上がりそうな状態で一度情報を整理したかったので、気になったことを聞いて一旦話題を逸らすことにした。
「すみません。ちょっと疑問に思ったんですが、さっきの獣人種なのにっていうのはどういうことですか?なんか獣人種の人達は魔導術に興味がないってふうに聞こえたんですが。」
「実際、ほとんどの獣人種の人は魔導術に興味がないのが一般的。これは獣人種の体質みたいなものが絡んでて、獣人種の人達は『導氣』を練るのが極端に苦手でその代わり『獣氣』を練るのが得意な体質の人がほとんどなんだって。だから自然と獣人種で魔導術が使える人達は珍しくなる。そもそも『獣氣』って言葉の語源は獣人種の人達が使う氣だったから『獣氣』って呼ばれるようなったという説が有力らしい。」
思い返してみるとザイードに連れられて『攻城衆』が集まっているテントに行った時に、複数の獣人種の人達を見たが魔導術の触媒のような物を持っている人はいなかった気がする。
「話が逸れた。私の講義を楽しみにしている生徒が増えたので、はりきって勉強を再開する。」
話を戻されてしまった。時間稼ぎもここらで限界のようだ。
こうして俺は再び勉強に励むことになった。
「ーーー以上が魔導式における構築上の矛盾を解決する式の差し込み方。……む、アーガスが頭から煙を上げながら無の表情になっている…一度に詰め込み過ぎたか……今日はこの辺でやめておこう。」
詰め込まれた情報で頭がいっぱいいっぱいになっている俺の様子にカリナさんが気がついたことで、今日の講義はいったんお開きとなった。
「ありがとうございました。とっても勉強になりました。……そういえは私、まだ自己紹介をしてませんでした。私はレリアって名前でこの集落の隅に兄と一緒に暮らしています。私達の家系はどうも『獣氣』よりも『導氣』というやつの方が親和性があるみたいで、私も兄も魔導術の勉強中なんです。でもこの集落は閉鎖的だからあまり勉強も捗らなくて…たまに来る行商人の人から魔導術について書いてある本とかを買って独学で学んでたんですけど、お二人が魔導術についての話をされているのが聞こえてつい話しかけてしまいました。」
「そういえば私も講義に夢中で自己紹介をしてなかった。私はカリナ、こっちの煙を噴き出す無はアーガス。レリアは中々理解が早くてこっちも教え甲斐があって良かった。私はこの後、日程の妹との対話と討論による新しい可能性の追求があるのでこの辺で失礼する。」
「はい。ありがとうございました。良ければまた魔導術についてのお話を聞かせてください。」
カリナさんが風のように去っていき俺とレリアさんが残された。
何を話せばいいのかわからに微妙な雰囲気になってしまったので必死に話題を探してみた。
「そっ、そういえば、そんなに魔導術に興味があたのなら俺達が来る前にここに来ていたらしいセイジ殿に話を聞けたらよかったのにな。」
「誰ですかセイジ殿って?」
「『天握地壊』のセイジ殿だよ。魔導術のスペシャリストで世界最高峰の魔導士。」
「そんな人はこの集落には来てないと思いますよ?」
「え?でもさっき、本人がここを追い出されたって……。」
「この集落にここ最近で来訪されたのは貴方がただけのはずですよ。狭い集落ですから誰か来訪者が来たらすぐに情報が伝わってくるので間違いないと思います。」
「どういうことだ?」
辺境の隠れ里でなにかが起ころうとしているのかもしれない。
テレレテッテレーン
アーガスは『煙を吹き出す無』の称号を手に入れた。
それはそうと、魔法についての設定を文章にするのムズい。わかりにくかったら読み飛ばした方がいいかも。




