別れの儀式
眠りこけているザイードを起こして今度はハンターギルドに向かおうとする。
「けっこう時間がかかったな。登録関係は明日にして今日はもう休もうぜ。」
しかしザイードの提案でハンターギルドの登録は明日することになった。
確かに休みを挟んではいるもののここ数日色々なことがありすぎて疲労が溜まっている感覚がある。
「アーガスはまだハンターギルドに登録してないから堂々と難民用の炊き出しを受け取れるぞ。ただ飯だから腹いっぱい食えばいい。」
登録を明日にする理由は他にもあったようだ。懐具合が寂しいのでありがたく施しを受けることにしてザイードとの合流場所を決めて炊き出しの列に並ぶ。
魔王による侵攻を受けだ後だ。この列に並んでいる連中は精神的にも経済的にも余裕が無い者達がほとんどだろうけど、横柄な態度をとったり列への横入りなだどのトラブルは起こっていない。
その理由は治安がいいというよりは、この炊き出しを行っている者が傭兵の国という世界屈指の武闘派集団だからだろう。
炊き出しを受け取り合流場所でザイードを待つ。ザイードが戻ってくるまで待つべきか迷ったが腹が減っていたので食べながら待つことにした。
魔物か動物の骨を煮込んでだしを取ったスープに肉団子が入っており、代わりに野菜の類がほとんど入っていないアンバランスな一品だが食べ応えは抜群だ。
食べながら待っているとザイードが旨そうな串焼きと山盛りの野菜が乗った麵料理を抱えて戻ってきた。
「わるい、手持ちの金が無かったからギルドまでいって金をおろしてたんで遅くなった。」
「ギルドはそんな銀行のようなことまでしてるのか。」
「国が運営してる管理組織みたいなものだからな。そんなことより確かアーガスもレッドホーンを単独で一体仕留めてたよな。あの分はゲンゴロウのおっちゃんが回収してくれてたからギルドに登録したら金が出るぞ。」
「おっ、マジか。それは助かるな。」
会話をしながら食事をしていると俺の方が先に食べ始めてこともあり食べ終わって手持ち無沙汰になってしまった。
「なんだ?そんなに見てもやらねぇぞ。」
なんとなくザイードの方を見ていただけだったのだがどうやら警戒させてしまったらしい。
「そんなつもりはねぇよ。それよりこの後はどうすればいいんだ?」
「難民用のテントが借りれるから寝床はそれを使うといい。その前にアーガスをクランの兄貴にも紹介したいから食い終わったらクランの兄貴の所に行こうと思ってる。」
傭兵の国という新天地での活動で頼りになりそうな人を紹介してもらえるのありがたい話だ。
「そのクランって人はどんな人なんだ?」
「クランの兄貴はオイラの恩人で憧れの人だ。魔王の侵攻のドサクサで逃げてきたオイラをコルト兄貴と一緒に拾ってくれて、闘いかたとか生きかたを教えてくれた人だ。」
「コルトって人は紹介してくれないのか?」
「………コルトの兄貴はちょと前の魔王との闘いで死んじまった。」
「それはっ……すまない。悪いことを聞いてしまった。」
「いいんだ。戦士として闘い抜いた結果だから……必死に闘っているのは自分達だけじゃない。闘う相手だって必死だ。だからいつだって戦場では死ぬ覚悟をしておけ。それができないなら戦場には立つな。ってクランの兄貴とコルトの兄貴に教わった。それにコルトの兄貴もオイラ達がしんみりしても喜ばないからな。」
そう語るザイードは悲しんでいるというよりは寂しがっているように見えた。
気持ちを切り替えるようにザイードは残りの飯を一気にかきこんで無理矢理笑顔を作ってみせた。
「そへじゃいほうぜ。」
「飯を口の中に残したまま喋るな。」
ザイードが飯を飲み込むのを待って俺達はクランさんの元へ移動した。
向かった先は商人達のテントの列ある区画を抜けたさらに奥、外部の人達が入っては来ない場所にあるテントが立ち並んだ場所だった。
この区画は空気が違った。行きかう人々も自然体でありながら強者の風格を纏う人がほとんどでザイードは慣れている様子だったが俺はどこか自分の存在がこの場では場違いに感じられた。
そんな場所にある一際大きいテントの前でザイードは立ち止まった。
「着いた。ここが普段クランの兄貴が詰めている『攻城衆』のテントだ。」
テントの前に立ったザイードは軽く咳払いして喉の調子を整えると気合の入った大声でテントの中に呼びかける。
「失礼します!中にクランの兄貴はいらっしゃいますか?」
すると中から槍を担いだ精悍な戦士が顔を出し、その顔を見てザイードが嬉しそうに声を上げた。
「クランの兄貴!」
「ザイードか、ちょうどいいところに来たな。色々と話したいことが出来ちまったから奥でちょっと話そうぜ。……ん?誰か連れがいるのか?」
「はい!今日は兄貴の武勇伝を聞くついでにこいつの事を紹介しにきたっす。」
「おう、そうか。なんにしても出入り口で話すってのはちょいと場所が悪りぃな場所を変えよう。」
俺の紹介をついでにされてしまったがクラン殿に促されてテントの一角に移動する。
「ザイードから何か聞いてるかもしれんが俺はクラン。縁があってザイードの兄貴分をしている。」
「アーガスです。俺も色々あって傭兵の国でやっていくことにした若輩者です。よろしくお願いいたします。」
「アーガスはオイラがクランの兄貴の所へ加勢に行こうとして道に迷った先で出会って、色々あって共闘することになった仲なんすよ。」
「ザイード……お前はまた後先考えずに戦場に突っ走ったのか。少しはものを考えて動かないといつかホントに死ぬぞ。」
「すいやせん。でもオイラ…クランの兄貴の役に立ちたくて……」
「気持ちはうれしいがそれとこれとは別だろうに……。そういうところはコルトのヤツに似てきやがったな。」
「オイラはクランの兄貴とコルトの兄貴の二人背中を追いかけてるっすから。」
「そこはマネしなくていいんだよ。これはもうザイードの気質の問題だな。足りない部分を補ってくれる仲間が居てくれりゃ安心できるんだが……それもザイード自身が見つけないと意味がないか。」
どうしたものかという感じで天を仰ぐクラン殿を尻目に、ザイードは待ちきれないといった感じで話を続ける。
「それじゃあ、紹介も済んだことっすからコルトの兄貴の故郷とそこでのクランの兄貴の活躍を聞きたいっす。」
「その話の前に今回の件で俺は決めたことがある。先にそのことを話させてくれ。」
クラン殿は一度、間をつくってから真剣な表情で口を開いた。
「今後、俺は傭兵の国を出てコルトのやつの故郷のあの村でやっていこうと思ってる。」
「クランの兄貴!?そんなっ……コルトの兄貴のためってことすっか。」
「コルトのためっていうよりかは俺が俺自身のためにたてた誓いを守るためだな。……わかるだろ?」
「クランの兄貴……。」
「ザイード、最期の俺のケジメ……見届けてくれねぇか。」
「……はいっす。」
ケジメとして何をするのかはわからないが明らかに気落ちしているザイードをほっとけなかった。
「クラン殿、その…まだ会ったばかりですが…ケジメというのを俺も見てていいですか?」
「アーガスだったな、せっかく知り合いになったのにいきなりこんな話になって悪いな。ザイードのこと心配してくれてるのか……いいぜ。別に見られて減るようなもんじゃないし。」
俺がザイードのことを気にかけているのを察してくれたのだろう。クラン殿はほとんど部外者でしかない俺の提案を受け入れてくれた。
クラン殿に連れられて俺とザイードは『攻城衆』のテントの近くの広場に移動した。
そこは宴会会場になっていて多くの戦士達が勝利の美酒を酌み交わしていた。
その中をズンズン進んでいくクラン殿に周りの人達が気がつくと口々に声をかけてきた。
「おっ、今回は不参加とか言っておきながら抜け駆けしたクランじゃねぇか!」
「『集荷衆』の連中から聞いたぜ。おめぇ今回はどっかの村の防衛に回るから戦闘には参加しないって言ってたのに襲ってきた魔将を返討にしてぶっ殺したらしいじゃねぇか。」
「ちゃっかりしてやがる。」
その声に反応しクラン殿は足を止めて反論する。
「おいおい、それは誤解だぜ。村人を避難させた洞窟の前で門番してたら何故か魔将が現れたもんだから仕方なくぶっ殺しただけだ。俺から仕掛けた訳じゃないぞ。」
「結局大将首とってんじゃねぇか。酒の肴に武勇伝でも聞いてやるからこっちに来いよ。」
「わりぃ、ちょいとオオロ様に大事な用があんだ。後でな。」
クラン殿はそう言って断りを入れると勝利の宴の喧騒から少し離れた奥の方へ足を進めた。
そこには戦士達の宴を少し離れた場所から楽しそうに眺めている獣人の戦士がいた。金色の下地に黒い模様が入ったその姿からおそらく虎の獣人なのだろう。
大柄で筋肉質な体型だが鈍重そのな印象は全くなく、むしろその筋肉から生み出される瞬発力は爆発的な力を生むだろう。
ここまで来るまでにすれ違った戦士達とは明らかに一線を画す風格を纏うその獣人は、戦士としての格どころか生命体としての格が違うと本能で感じられた。
(なんだこの人……ここに来る前にすれ違った戦士達は誰もがバケモノじみた強者の雰囲気だったけどまだ人間だった。でもこの人は違う、あらゆる意味で俺達とは次元が違う。)
脳裏によぎったのはこの人が魔王と思われる巨大物体を一人破壊しつくした時の光景。あの時は状況についていけずなんの実感も無かったがこうして目の前にした今なら理解できる。
(あの巨大物体…いや、魔王を倒したのは間違い無くこの人だ。…この人ならそれができる。)
年齢はそんなに高そうに見えないのにこの人は武の一つの頂に到達しているのだろう。
「オオロ様、失礼します。」
そんな人の前に進み出たクラン殿は跪くと頭を下げて捧げるように懐にしまっていた金色のフレートを差し出した。
「クラン……何のつもりだ…って聞くのも野暮だな。正直、そんな気はしてた。」
「オオロ様…すみません。やっぱり俺はこの先もずっとあいつの……コルトの戦友でいたいんです。」
「謝るような事じゃないだろ。お前がそう決めたのならその心に従うべきだ。闘う意味も意思もどこで闘うかも全部自分で決めないと胸張って闘えなくなっちまうからな。」
オオロ様は差し出された金色のプレートを手に取るとその表面を一度なぞるように触れて軽く宙に放り投げた。プレートが重力にひかれ落下する前にオオロ様の右腕が消えたような速さで動き、気がついた時には切断され二つになったプレートがその手には握られていた。
「いいぜ。こいつは半分、このオオロが貰っとく。」
そう宣言して二つになったプレートの片方を自分の懐にしまいもう片方をクラン殿に返した。
「ありがとうございます。」
受け取ったクラン殿の目には涙のような物が見えた気がした。
「野郎ども!たった今俺達の仲間が新しい戦場に踏み出す決意を固めた。今宵は踏み出す仲間と大いに語り合い飲み明かそう。乾杯!」
オオロ様がよく通る声で音頭を取ると戦士たちは一斉にクラン殿を囲んで騒ぎ始める。
「なんだよクランお前行っちまうのかよ!そんな大事なこと今まで黙ってやがって水臭え。」
「正式に決めたのがついさっきなんだよ。」
「だとしても悩んではいたんだろうが。相談しねぇのが水臭いって言ってんだよ。」
「スパッと決めるあたりお前らしいけどな。」
「今日が最後の夜か……飲み明かそうぜ。」
流石にその輪の中にほぼ部外者の俺が入る余地はないと思い気配を消してこの場を離れようとするが、俺ごときが気配を消してもこの場にいる戦士達が見逃すはずも無かった。
「仲間の門出だ。誰だか知らんがこの場にいる以上、お前も一緒に飲んで送り出すのに協力してもらうぞ。」
名も知らない戦士に捕まり宴に強制参加させられることになった。
「正直、羨ましいぜ。オオロ様に割札を貰ってもらえるなんて。」
喧騒の中最初に俺に絡んできた戦士がだいぶ酒に酔ったようすでそうこぼした。
おそらく先程の儀式のようなことを指しているのだろう。成り行きで俺も見届けることになったがとても大切な行為であることが伺えた。
あの行為が何を意味しているのか知りたくて俺は尋ねた。
「すみません。俺はアーガスといって今日傭兵の国に来たばかりの新人なんですが、その割札って何なんですか?」
「見ねぇ顔だと思ったらおまえの新人だったのか、なら知らなくて当たり前だな。特別にこの俺、ドムトルが説明してやろう。あれは元々、オオロ様の父君で俺達の総大将様、さっきのクランのようにこの国を離れることになった戦士に対してやった餞が伝統になったものだ。あのプレートはこの国に来たやつがギルドに登録したら貰えるもので、詳しい説明は省くが簡単に言うと身分証明書みたいなもんだ。それを出ていくときに総大将様に返したんだが総大将様はその場でさっきみたいにプレートをぶった切って二つにして片方を貰って言ったんだ。「お前という戦士と共に闘っていたことを忘れない。その証としてこれは半分貰っておく。お前も俺と共に闘っていた日々を忘れるな。その証としてもう半分はお前が持っていけ」ってな。それ以来傭兵の国を離れる者は自分の事を忘れないで欲しい相手や憧れている人に対してああやってプレートを渡して、受けとった側がその戦士と共に闘えたことを誇りに思えてるならああやって半分を返す伝統ができたんだ。」
「ドムトルは説明がわかりにくいな。要するにここを去ることになった戦士が最後にやる儀式みたいなもんだ。受け取ってもらえたら社交辞令でお前のことは忘れないって意味で、受け取ってまらえなかったらお前は憶えておくに値しないって意味。半分返してもらえたらお前のことを認めているし、互いに共に闘っていた日々を忘れないでいようって意味になるんだよ。」
「うるせぇ!新人にもわかるように経緯から丁寧に説明しただけだろうが!」
話を聞いていた別の戦士がわかりやすくまとめてくれたが、そのことがきっかけになり二人は取っ組み合いを始めてしまった。
巻き込まれたら最悪死にかねないのでしれっと退避して喧騒の片隅で空気になるように努めた。
しばらくして、酒が入ったことと昨日から動きっぱなしであったこともあって疲れと眠気が一気に押し寄せてきていつしか俺は気を失うように眠っていた。
傭兵の国での初日はこうして終わった。