四日目ー1
「ゲンゴロウのおっちゃん!おっちゃんが回収にきたのか?」
どうやらザイードはこの中年の男のことを知っているようだ。説明を求める目くばせをするとザイードが説明を始めた。
「この人はゲンゴロウっていって『集荷衆』の古株のおっちゃんだ。」
「香を頼りに戦線の奥地まで来てみたらザイードの小僧と見知らぬガキのコンビか……それで、倒した成果はどんな程度だ?」
「見ての通り口が悪いけどベテランだぜ。おっちゃんの方も、こいつはアーガスっていって今度傭兵の国に入ってくる予定の新人だぜ。」
「無名の新人なんていちいち名前を覚える気はねぇよ。それより成果はどんなもんだ?」
「聞いて驚け、今回俺達は魔将を倒したんだぜ。」
そう言ってザイードは胸を張って倒した魔将の死体を見せた。
「燃えてるじゃねぇか!」
ツッコミを入れるとゲンゴロウ殿が腰に下げていた奇妙な形の水筒から水を取り出しなにかの呪文を唱えた。すると水が勝手に動き出し燃え続ける魔将の死体に覆いかぶさって火を鎮火させた。
あまり使い手を見たことが無いが今の現象を起こしたのは魔法というやつだろう。
「魔将のベースの魔物はグレルカイトグリズリーか……一番高く売れる獣脂はほとんど燃えちまってるな…毛皮も燃えてダメになってる部分が多い……状態が最悪じゃねぇか。もっと綺麗に倒せなかったのか?」
「そうしたかったけどこいつ再生能力が異常に強くて中々倒しきれなかったんだ。」
「お前が未熟なだけだろう。……この傷口にはシキシマの坊主の氣の残滓が残ってるな。ここには居ないようだが共闘したんだろう。シキシマの取り分は三割ってとこか。」
ゲンゴロウ殿は傷口を見ただけで色々な情報を知ることができるらしい。
「せっかくこんな奥地まできたのに利益が思ったよりもないな。他に成果は無いのか?」
「向こうの方でアルミラージを六羽とレッドホーンを四体狩ったぞ。」
「アルミラージにレッドホーンか……アルミラージは肉は少ないが毛皮と角ははいい値段になる。レッドホーンは美味い肉が多く取れるから利益としてはうまい。魔将の首と合わせるとそこそこの利益にはなるか……」
そうつぶやきながらゲンゴロウ殿はザイードが示した方向に消えて行った。
「利益利益ってゲンゴロウ殿は随分と利益を気にしてるな。」
「回収した成果の一割が『集荷衆』の懐に入るからその辺には敏感になるもんなんだよ。『集荷衆』の連中も戦闘要員じゃないにも関わらずリスクを負って戦場を駆け回って回収に励むからどうせなら割がいい獲物を回収したいって考えるのは当然のことだよな。」
「リスクがあるとはいえ戦闘に参加しなくても一割も取り分があるのか。『集荷衆』の取り分って意外と割高に感じるな。」
「『集荷衆』はその他にも回収した素材の価格交渉と売却までやってくれるからな。オイラ達のような戦闘要員はその辺がズボラなやつがほとんどだから助かってる。」
「なるほど、商人たちとのやりとりまでしてくれるのか。そこまでしてくれるなら適正価格かもしれないな。」
「その他にも戦えないやつらが食っていけるようにする救済措置みたいな側面もあるらしい。アーガスは戦闘訓練を受けてるみたいだからピンとこないかもしれないが、傭兵の国に来る連中は全員が戦えるわけじゃない。中には魔王の侵攻とかで住処を失って生きていけなくなったやつらが仕方なく傭兵の国に流れ着くって場合もある。そういう連中が戦闘が激しくない場所とかから素材を回収してきて食つなぐんだ。」
「でも商人とかとの交渉もするんだよな?素人がそんなことできないだろ。素材を商人から安く買い叩かれてもめたりしないのか?」
「素人を食いものするような商人は信用を失うし、自分よりも弱いヤツが悪意なくやったことに簡単にブチ切れるようなことは傭兵の国ではだせぇって共通認識があるからそんなにトラブルになることはないな。」
そんな話をしているとゲンゴロウ殿が帰ってきた。ゲンゴロウ殿は魔物の素材を担いで運ぶ土人形の列をを引き連れていた。
おそらく、あれも魔法なのだろう。詳しく話を聞いてみたいがゲンゴロウ殿は話しかけづらい雰囲気を出している。
「なんだガキども、まだこんなところで油を売ってたのか。」
「どうせならおっちゃんと一緒に帰ろうかとおもってな。」
「噓つけ、どうせ帰り道がわからないからついていこうって魂胆だろ。」
「ばれたか。」
ザイードがなかなか出発しないと思ってたら迷子だったらしい。
「ついてくるなら速くこい、さっさと帰るぞ。」
ゲンゴロウ殿が先導して歩き出し俺達は傭兵の国に向かうべくその後に続いた。
道中は特に魔物と遭遇することもなく傭兵の国の目前まで移動できていた。
「何回かは魔物に遭遇するかと思ってたけどそうでも無かったな。」
「ゲンゴロウのおっちゃんが先導してくれてるからな。おっちゃんの戦闘を避ける嗅覚はすげぇんだ。」
ゲンゴロウ殿は魔法の他にも索敵の技能があるということだろう。
それにしてもどこか冷たい印象を受けるゲンゴロウ殿だがザイードからの好感度は高いように見える。そのことが気になったので少し聞いてみることにした。
「ザイードとゲンゴロウ殿はどういう関係なんだ?」
「ゲンゴロウのおっちゃんはオイラがまだ弱くて戦えなかったころに素材回収で食いつないでいた時に色々と教えてくれた恩人なんだ。」
「……すぐ死にそうなガキが目障りだったから戯れにちょっと戦場での歩き方を教えたやったまでだ。」
「こんな風に言ってるけどおっちゃんはオイラの時みたいに食うに困ってる子供が食えるようになるための技能を身につけられるように面倒見てんだ。」
冷たい印象を持っていたけど皮肉屋なだけで実情は人格者なのだろう。もしかした冷たい人間のようにふるまっているのも情が深いことの裏返しなのかもしれない。
「見えてきたぞ。無駄話は止めて足を動かせ。」
ゲンゴロウ殿の言葉で前方を確認すると地図には無い山が存在していた。
「なんだ……あれ?」
「あの山の麓が傭兵の国だ。」
ザイードが訳知り顔でニヤニヤしながら俺のつぶやきに返答する。
俺はその態度に僅かに苛立ちを感じながら足を進めた。
傭兵の国に到着するとまずは山の正体に驚愕した。
「ビックリしただろ?オイラ達の大将が手なずけた亀龍ってやつらしいぞ。」
ザイードの説明も上の空になる程のデカさだった。その足元に無数のテントが建てられており人々が行き交っている。
「ここまで連れて来たからワシはもう行くぞ。ザイード、新人の面倒を見るならしっかりやれ。」
そう言うとゲンゴロウ殿は素材を運ぶ土人形を引き連れて人ごみの中へ消えて行った。
「さて、オイラ達も行こう。とりあえずアーガスのハンターギルドの登録と武器の調達が必要だな。案内してやるからついて……クランの兄貴が帰ってきてるな。スマンちょっとここで待っててくれ。」
ザイードはそう言い残すとどこかへ走り出していった。
「ちょ…おい!どこ行くんだよ。」
ザイードが走り去った方を見ると槍を装備した精悍な戦士に駆け寄っていた。
あの人がちょこちょこ話に出てきたクランの兄貴なのだろう。
仕方がないのでこの場をあまり離れないようにしつつ無数にあるテントの中を覗いて時間を潰すことにする。
今いるテントの区画はどうやら商人が店を出している場所のようで珍しい物が多く見ていて飽きない。
商品を見て回っているとゲンゴロウ殿が腰に下げていた特殊な形の水筒と同じ物があった。
興味を持っている俺の視線を見て商人が話かけてくる。
「あんちゃんそれが気になるのかい?そいつは瓢箪っていって東の方の地位に生える植物の中の果肉の部分をくり抜いて作った水筒だ。」
「東の方の地域には水筒にできる植物が生えているのか。便利そうだし一つ欲しいが持ち合わせがない。」
「金ができたらまた来い。」
これから傭兵の国で世界を旅して回るならこの手の日用品も必要になるだろう。しかし、着の身着のままここに来たので俺はほぼ無一文だ。
(冷静に考えるとヤバい状況だな。ある程度傭兵の国の補助はあるだろうけど早急に金を稼ぐ必要がある。)
そんなことを考えているとザイードが戻って来た。
「スマン、クランの兄貴を見かけたんで挨拶に行ってた。え〜と、ハンターギルドの登録と武器の調達だったな。」
「そのことなんだが…ハンターギルドの登録はともかく武器の調達は俺は今ほぼ無一文だから厳しいぞ。」
「新人の武器調達にはハンターギルドからの補助つくから安く買える。申請すれば報酬からの天引きという形で仮払いもしてくれるから手持ちがなくても武器は調達できるぞ。ザイードは戦闘の基礎ができてるから調整に時間がかかる武器の調達から先にやった方がいいな。付いて来い。」
歩き出したザイードのあとを追って別のテントの区画に向かった。
迷いのない足取りでザイードが向かった先は商人というよりは職人といって雰囲気の人達がテントを出している区画だった。
テントの前に出ている看板を確認しながら足を進めていたザイードはとあるテントの前で足を止めた。
「ガンタツのおっちゃん。いるかい?」
「なんだ、ザイードの坊主か。また武器を荒い使い方で痛めたのか?」
「最近はそこまでひどくはないだろ!今日は新人が傭兵の国に来たからその案内だよ。」
ザイードが親しげに話しているのはいかにも職人といったいでたちの髭面のおっさんだった。
「ガンタツのおっちゃん、こいつはアーガスっていって縁があって傭兵の国に来ることになった新人だ。戦闘訓練を受けてるしまだまだ荒いけど『闘氣刃』までは使える腕前だ。アーガス、この人はガンタツっていうおっちゃんで顔は厳ついけど見た目に反して新人とかにも優しくて面倒見もいいおっちゃんだ。」
「顔が厳ついは余計だ!それにしても、クランとコルトに拾われてきた坊主が今度は新人を拾って来るとは感慨深いものがあるな。……それで、アーガスだったな。武器を用立てる上でお前さんが使える武器の種類とどれぐら戦えるか、それと体の癖を見ておきたい。」
「剣・槍・弓・メイスの使い方は騎士養成所で習いました。その中で一番自信があるのは剣ですね。」
「グレルカイト王国の騎士養成所にいたのか。……あそこの騎士の基本装備はロング・ソードだったな。ならまずはこいつで動きを見るとしよう。」
そう言ってガンタツ殿は標準的なロング・ソードを渡してきた。
「テントの裏にちょっとした空き地がある。そこで動きを見せてくれ。」
ガンタツ殿に促されてテントの裏に移動して剣を振って見せる。普段使っている支給された剣に形状が酷似しているので使いやすかったので違和感なく動くことができた。
「ふむ、戦闘訓練を受けているだけあって剣に振り回されてはいないな。次は『闘氣刃』を使ってみてくれ。」
「俺の『闘氣刃』はまだ制御が甘くて使えばこの剣を痛めるかもしれないですよ。」
「それ込で見たいんだよ。その剣は腕慣らしで創った数打ち物だから多少傷が入ってもかまわん。」
「そういう事でしたら……いきます。」
前回『闘氣刃』を使った時は無我夢中だったのだが、その時の感覚を思い出しながら剣に『闘氣刃』を纏わせ何度か振って見せる。
「大体わかった、もいいぞ。剣の状態も見たいから一旦返してくれ。」
ガンタツ殿に言われ動きを止めて剣を返した。
「剣の状態は………刀身に少し負荷がかかってるな。『闘氣』が形成する力場が刀身にまで影響している証拠だ。とはいえ力場の渦自体は形成できてるようだから形にはなってる。使った後に必ずメンテナンスに持ってくるようにすれば実戦でここぞという時に使う程度なら問題なさそうだな。あとは最後に手と体つきを見るぞ。」
テントの中に戻り防具を外して軽装になる。ガンタツ殿は俺の筋肉の付き具合を確認しながらメモをとっていた。
「そういえばお前さん防具は今使っているやつを使うつもりか?」
「恥ずかしながら懐具合がさみしいので当面はそうするつもりです。騎士養成所で貸与されたものなんですがまずいですかね?」
「借りパクしたもんだろうがいちいち他人の装備に文句を言うやつなんてここにはいねぇよ。しばらくは使えるだろうけど武器も防具も基本的には消耗品だ。命にかかわるもんだから金ができたらちゃんとしたもんを揃えた方がいいぞ。その方が俺達も儲かるからな。よし、……最後にこの中から握りやすい柄を選んでくれ。」
いくつかの種類の柄のサンプルから握りがしっくりくる形の物を選ぶ。
「よし!一通り情報は揃ったな。明日までにとりあえずの物を準備しておいてやるから後で取りに来い。」
「明日!?随分と早いですね。大きな戦闘があった後だから他の戦士達の武器や防具のメンテナンスとか仕事は多いんじゃないですか?俺みたいな新人のためにそこまで急いでもらわなくても……」
「別にお前さんを特別扱いしてるわけじゃねぇぞ。この国で闘う意思があるもんに武器を与えてやれないのは職人としての沽券に関わる。だから仕事の優先順位は武器が無いヤツ、武器が壊れたヤツが最優先ってだけだ。」
ガンタツ殿の力強い言葉に職人としての信念のようなものを感じた。
……ちなみにこの間ザイードはテントの隅で眠りこけていた。
思いのほか長くなったので分割。
ようやくタイトル通りの傭兵の国に舞台が移りました。
……長かった。