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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アーガス編
17/82

三日目ー2

 変異を始めた魔将は最終的に当初の5分の1程の大きさで変異をやめた。

 さすがに切断された腕が新しく生えてくるような変異はしなかったが残された腕が伸び、さらに新しい関節が増えたようで可動域が大幅に広がったようだ。


「魔将の命をさらに削って無理矢理変異させたようだな。オイラ達を道連れにするために目茶苦茶に暴れてくるぞ。時間を稼いでいればいずれ死ぬだろうが……オイラは逃げ回るの得意じゃないんだよな。」

「奇遇だな。俺も逃げ回るのは苦手だ」


 完全に予想外の展開になんとか虚勢を張って気力を奮い立たせる。ここから先はなんの作戦も無い。

 完全に独力だけで魔将の猛攻を凌がなくてはならない。はっきり言ってかなり厳しい状況だ。

 魔将が大きく息を吸い込んだ。砦に放った咆哮を放つつもりのようだ。

 衝撃に備えてとっさに踏ん張った。放たれた咆哮は最初に遭遇した時程の破壊力は無かったが動きを封じるには十分だった。

 身動できない状態の俺に向かって伸びた腕を振り上げる。

(ヤバい…殺される。)

 今の俺は回避はおろか防御すらまともにできない。


 一瞬なにか空から影が差したと思ったら誰かが魔将に空からの強襲をしかけた。落下するスピードを利用しての縦一閃、衝撃を一切感じさせない足取りで着地すると間をおかず走り出し足元をすり抜けて足の腱、膝の裏、脇の下に圧倒的な速さの連撃をくりだす。

 連撃を受け魔将は血を流しながら倒れこむ。すかさず謎の強襲者は首を狙って切りかかるが伸びた腕が別の生き物のように動き強襲者の攻撃を妨害する。

 攻撃が失敗した強襲者は一度下がって俺とザイードに並んだ。


「あんたは…クランの兄貴と一緒に出発していったシキシマ殿…だったか?」


 どうやらザイードはこの強襲者の事を知っているようだ。


「貴方は確かザイード…でしたか。とりあえず隙だらけだったので攻撃してしまいましたが、もしかして獲物を横取りしてしまいましたか?」

「いや、ちょっと持て余してたところだったからむしろ助かった。」


 二人は知り合いのようだ。となるとこの人物…シキシマ殿も傭兵の国の者なのだろう。

 二人が軽く話し合っている内に魔将は受けた傷を無理矢理回復してしまった。


「傷の回復が異常に早い……今更ですがこれはどういう状況ですか?」

「瀕死の重傷を与えたが、暴走して自爆上等の道連れ特攻状態にパワーアップした。」

「そうなる前に完全に息の根を止めるのが定石でしょうに……。」

「面目ねぇ、面倒をかける。」

「後でクランに説教でもされてください。まあ、おかげてギリギリ間に合ったから個人的には良しとしましょう。さて、あの様子では私は連撃でしかダメージを与えられそうにありません。あれを殺し切れる火力が出せますか?」

「クランの兄貴直伝のとっておきがある。今のオイラじゃまだ溜めの時間が必要なんだけどな。」

「なるほど。ならその時間は私が稼ぎましょう。」


 打ち合わせの後二人は同時に動き出す。ザイードは目を閉じで集中し感覚を研ぎ澄ましはじめ、シキシマ殿は素早く魔将の眼前まで迫る。

 シキシマ殿は攻撃をすると見せかけておきながら攻撃を中断して空中でバックステップをして下がりいつの間にか拾っていた石を目を狙って投擲した。

 迎撃のために振るわれた腕が空振りしその腕をすり抜けるように投擲された石が眼球に迫る。たまらずに目を閉じた魔将はこれによりシキシマ殿を見失った。

 死角から死角へと移動しながら先ほどと同じように腱や大きな血管がある箇所を攻撃して魔将を翻弄する。再生能力が高い魔将には致命傷にはなりにくいが無視することはできない連撃は見事の一言だ。

 俺がこのまま何もしなくても決着がつきそうな状況だが唯の傍観者でいるつもりは無い。とはいえあのレベルの戦闘に俺が加わっても足手纏いになるのは目に見えている。なにかできることは無いかと周囲の状況と魔将を観察する。

(ん?今までサイズが違い過ぎて気がつかなかったが、あの魔将ってもしかしてグレルカイトグリズリーなのか?)

 グレルカイトグリズリーはこのグレルカイト王国に昔から存在する熊型の魔物でその食性からある特徴を持っている。


「準備できたぞ!いつでもいける!」

「わかりました。大きめの隙を作りますのでキメて下さい。」


 ザイードの準備ができたようでシキシマ殿の動きは連撃によりじわじわとダーメジを蓄積させていく動きから目や耳などの感覚器官を積極的に攻撃して動きを妨害するするに変わる。


「シキシマ流短剣術乙の四、『明滅啼き』」


 シキシマ殿は魔将の腕を掻い潜った眼前で二本の大ぶりのナイフを音が鳴るようにすり合わせて一閃する。金属同士がこすれる高い音と共に一瞬強い光が瞬いた。

 おそらく、魔法と短剣術を組み合わせた複合技なのだろう。昔、騎士養成所で講師に来た騎士が剣術と魔法を組み合わせて剣を光らせて目をくらませる技を見たことがある。

 それと同時にザイードが猛然と走り出す。踏み込みの速さが今までと段違いに速く手に持つ斧が纏っている力は『闘氣刃』よりも上位の何かに見えた。


「クランの兄貴直伝、『衝波削ぎ』」


 回避も防御も一切間に合わない速度で踏み込み、袈裟斬りに振るわれた斧は魔将の胸部から腹にかけての肉の大部分をまるで空間ごと抉ったかのようにぶった切った。

 魔将は立っていられない程のダメージを受けたようで崩れ落ちた。


「げっ、コイツまだ再生しようとしてるぞ。どんだけしぶといんだよ。」

「この様子では首を落としてもまだ再生するかもしれませんね。面倒な………」


 倒れてなお再生を続けている魔将の肉体に若干引いている二人に混ざるように話かける。


「この魔将はたぶんグレルカイトグリズリーだ。こいつらはこの辺に生息している固有種の蜂を好んで捕食する。そのせいか非常に良質な獣脂を体内に蓄る事ができて長期の絶食にも耐える事ができる。」

「なるほど、この異常な再生力は魔力で細胞の増殖スピードを活性化させていたからなのでしょうが、それにしては長時間再生能力を維持できているのでおかしいと思っていました。再生能力を維持するためのエネルギー源を魔力の他に蓄えていた獣脂で補っていたなら納得です。」

「ならどうする?くたばるまで肉を抉り続けるか?」

「いや、こいつらの獣脂は簡単に火がついて長時間燃え続ける性質がある。だからあとは火をつけるだけで片がつくと思う。」


 試しに枯れ葉などを集め火種を作り脂に火をつけると豪快に燃え始めた。

 目に見えて再生能力が低下し始め、やがて完全に再生が止まった。今度こそ間違いなく死んだようだ。

 魔将の死体を包み燃える炎は、まるで鎮魂の炎のようだった。






「さて、終わりましたね。私はもう用が済みましたので先に傭兵の国の本隊に帰還します。」


 シキシマ殿はそう言うと早々に森の中へ消えてしまった。

 俺は森の近くで火から目を離すわけにはいかないので火が消えるまで残って監視することにした。

 どうやらザイードも少し休憩していくらしく、二人で火を監視しながらはなしをすることになった。


「アーガス、あんたはこれからどうするんだ?」

「どうしょうかな………よく考えたら俺、あいつの死体を目茶苦茶に殴ったから国に戻ったら罰せられる可能性があるんだよな。あいつは貴族だったし家がそれなりの権力を持ってるから結構重い罰になるかも。」

「まじか……オイラ余計なこと言っちまったか?」

「いや…俺はあそこで拳を握らなかったらもう二度と闘えなかったと思う。だからそのことについては後悔してない。ただ……国にはもう帰れないな。俺はあいつを殴ったことで裁かるわけにはいかない。あいつを殴ったことで裁かれたら母の願いを裏切ってしまう気がする。」


 母は仇を討って欲しいと望んではいない。だから母の仇を討ったのは母のためじゃない。俺がそうしないと前に進めなかったからだ。本当の母の願いは俺が俺自身の人生をしっかりと歩んでいくことだろう。

 だから罪人となって今後の人生を牢獄で過ごしたら母の本当の願いを踏みにじることになる。

 それだけは俺が絶対にしてはならないことだ。


「行くところが無いなら傭兵の国に来るか?」

「そうだな、新天地で自分の人生ってやつを生きるのも悪くないか。」


 口に出してみるとこの考えが本当に悪くないものだと思えてきた。


「それならオイラがきっかけを作ったみたいなものだから、しばらくの間色々と面倒みてやるよ。」

「それは助かるな。……ん?そうなるとザイードは俺の先輩になるのか。それならこれを期に口調を改めたほうがいいか?」

「このままで良いよ。今更改まった口調で話しかけられたら背中が痒くなる。それに、オイラはアーガスのことをちょっとは認めてんだ。思った程足手纏でもなかったし、なんだかんだでここまで生き残ったからな。『闘氣』も基礎ができてるみたいだから案外将来はオイラのライバルになるかもしれねぇ。」


 ザイードは話しながら火に何かを投げ入れた。


「何を燃やしてるんだ?」

「ん?あぁ…これか、アーガスも傭兵の国に来るなら知っといたほうが良いな。これは『集荷衆』への目印になる香だ。」

「『集荷衆』?」

「傭兵の国っていってもなにも全員が傭兵をやってるわけじゃない。料理人とか商人とか闘い以外の方法で銭を稼いで生活してる連中も大勢いる。『集荷衆』もそんなやつらの一部だ。魔物の素材は金になる。だけどオイラ達武人は戦場でいちいち倒した魔物を担いで闘うわけにはいかないだろ。だから誰かに倒した魔物を持って帰ってもらう必要がある。その誰かってのが『集荷衆』だ。」

「なるほど、傭兵の国にも色々な人が居るんだな。」

「まあ、傭兵の国もそれなりの大所帯だからな。他にもいろんな役職があって………」


 これから暮らして傭兵の国についての基礎知識をザイードから教わる。説明だけではいまいちピンとこないこともあったが興味深い話が多く聞き入ってしまった。




 休憩を兼ねてしばらく話をしていると空に変なものが浮かんでいることに気が付いた。


「おい、ザイード。あれって何だかわかるか?」

「ん?どれだ?………あぁ、あれか……あれは……なだあれ?」


 あれが何なのかザイードにもわからないようだ。俺は警戒意識を引き締め正体不明の物体がなんなのか見極めようと目を凝らす。

 距離がありすぎてよくわからないが正体不明の物体の周りを何かが高速で移動しているようにも見えた。

 観察を続けていると正体不明のなにかは突然急上昇し膨張を始めた。正体不明の物体はみるみるうちに大きくなりゆっくりと落下を始めた。


「なんだあれ!なんか落ちてきてないか!?」

「落ちてきてるな……幸い俺達の上には落ちては来なさそうだがあっちにはたしか……東方砦街がある。」


 あれ程の巨大物体が直撃したらどれだけの被害になるのか想像もつかない。


「まずいぞ!このままあれが落下していくと東方砦街に激突する!」


 突然の事態に慌てふためいていると何がか正体不明の巨大物体の前に立ちはだかるように高速で移動してくるのが見えた。

 隣で目を凝らしていたザイードが何かに気付いたようで叫び声をあげた。


「オオロ様!あれはオオロ様だ!」


 ザイードが何を叫んでいるのか全くわからない。事態を何一つ理解できないまま状況がまた一転する。

 正体不明の巨大物体と距離がありすぎて点にしか見えない何かが空中で激突した。


「すげぇ!あれって『崩侵拳』だよな!オオロ様が使うとあんなことになるのか!マジですげぇ!」


 危機感を感じていること俺とは逆にザイードは何かに感激しているようだ。

 困惑していると勢いを持ったままいまだ落下を続ける巨大物体に亀裂のようなものが広がり始める。


「クソッこのままじゃ……何かにできることはないのか!」

「オオロ様があそこにいるから大丈夫だ。それより見ろよオオロ様の『崩侵拳』を!あんなに豪快にぶち込みまくってるところなんて滅多に見れねぇぞ!」


 相変わらず何を言っているのかわかないがザイードは全く危機的状況とは思っていないようだ。

 そうこうしているうちに俺達の頭上を正体不明の物体が通り過ぎ、その時一瞬誰かが正体不明の物体に対して攻撃しているのが見えた。

(誰かがあれと闘っている?もしかしてあの闘っているのがザイードが言ってるオオロ様って人か?)

 状況から考えておそらくそれが正解なのだろう。空を自由に飛び回り単身であれほど巨大なものに単身で立ち向かっていくその姿はこの目で見てもなお信んじられない光景だった。

 戦士の攻撃により巨大物体の亀裂はどんどん広がっていき、やがて亀裂が巨大物体の全体にまで広がった。

 最後にドンッとうい衝撃が空気を振るわせると巨大物体に広がった亀裂が脈動したように見えた。そしてそれを合図に巨大物体が塵のように崩れて崩壊していく。

 巨大物体だった物は地面に激突する前に完全に崩壊しあっけなく霧散した。


「結局あれは何だったんだ?」

「オオロ様が闘っていたからたぶんあれが魔王だったんだろうな。」

「魔王!?魔王ってあんな感じなのか?」

「オイラも何回か遠目で見たことある程度だから詳しく知らないけど、魔王には色々なタイプがいるらしい。だから今回の魔王はたまたまああいう姿だっただけで魔王が全てがあんな姿をしているわけじゃないそ。」

「そうか……結局、オオロ様という人が『崩侵拳』とやらで魔王を倒したってことでいいのか?」

「あれが魔王だったのかはいまいち確証が無いけどオオロ様が『崩侵拳』であれをぶち壊したのは間違いない。」

「『崩侵拳』ってのはなんなんだ?」

「『獣氣』で繰り出す奥義だな。アーガスは『獣氣』についてどれぐらい知ってる?」

「『獣氣』か……騎士養成所では蛮族が使う原始的な『氣』の活用方法って教わったな。一部では有効な力の使い方だとして考えを改めていこうって風潮があるみたいだけどそこまで浸透してない感じだ。」

「安全圏に引きこもってる連中は頭が固いな。『獣氣』は『闘氣』と違って外に放出しないで体の中で作用する『氣』の使い方だ。全身を駆け巡って体の感覚や身体、果ては治癒力とかも向上させらる凄い力だ。まあ、その代わり『獣氣』は氣脈の中しか通れなくて体の外に放出すると急速に霧散するんだけど。」

「ん?それだとあのオオロ様って人は『獣氣』で身体能力を上げて攻撃してただけなのか?」

「もちろん違う。当然、身体能力は上げていただろうがそんなのは『獣氣』の基本技だ。『崩侵拳』は簡単に言うと『獣氣』を打ち出す技だ。」

「説明が矛盾してないか?打ち出したら霧散するんだろ?」

「そうだな。だが、打ち出スピードが尋常じゃないほど速かったらどうなると思う?」

「……霧散する前に敵にぶち当たる……?」

「そうだ!霧散する前に相手の体の中に入り込む。それも氣脈が無い場所を通って無理矢理な。そうして打ち出された『獣氣』が通った場所は本来体に存在しない……いや、存在してはいけない氣の通り道ができる。」


 話を聞いて魔王かもしれないあれに無数の亀裂が入って崩壊したことを思い出した。あの亀裂のように見えた傷跡は『崩侵拳』によってできた本来存在しない氣の通り道なのだろう。


「そうしてできた氣の通り道に『獣氣』を通して内部から崩壊させるのが『崩侵拳』だ。ちなみにここまで偉そうに説明しておいてあれだがオイラはまだ『崩侵拳』を習得していない。」

「できないのかよ。」

「さっきも言ったが奥義だからな。そんな簡単に習得できるような技じゃない。」


 そんな話をしていると不意に背後に誰かの気配を感じた。


「ガキども、戦場で吞気におしゃべりとは随分余裕だな。」


 慌てて振り返ると中年の男が立っていた。



技名考えるのムズい。

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