表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アーガス編
15/82

二日目

「敵襲ーーーーーーーーーーーー!」


 砦中に響いたその声に即座に飛び起きて行動を開始する。手早く装備を身に着けると先程の会議で説明された持ち場に向かう。

 俺は比較的早く現着できたようで俺の後から次々と騎士や騎士候補たちが集まって来る。


「作戦通り矢の一斉掃射の後に白兵戦に入る!重装歩兵部隊は隊列を組め!騎兵隊と騎士達は所定の持ち場で合図があるまで待機!」


 ガーランド殿の良く通る声の指示で全員が一斉に動き出す。所定の位置についてすぐに号令が聞こえた。


「構えーーーーーーーーーーー!」


 全員が一斉掃射の号令を固唾を飲んで待つ。


「放てーーーーーーーーーーー!」


 号令が響き矢の雨が降る。中々の効果があったようで多くの魔物が倒れ、そこに追い打ちをかけるように重装歩兵の槍衾と両サイドからの騎兵の突撃が決まり瞬く間に魔物は殲滅されていく。


「ハーーーハッハーーーー!ボクチンの力を見るがいいーーーーー!」


 ボクチン家のボンボンも騎兵部隊に加わっているようだが贅肉が邪魔をして武器を効果的に振るえていない。代わりに騎乗している騎馬が活躍して魔物を討伐している。

 騎兵部隊に一部空回りをしている者もいるようだが問題なく殲滅が完了した。

 しかし、今突撃して来た魔物のほとんどはゴブリンなどの下級の魔物だったので、とりあえずの威力偵察みたいなものだったのだろう。

 周りの騎士達も同じ考えだったようで皆、次の魔物達の突撃に備えている。

 やがて第二陣の魔物たちが姿を現した。今度の魔物はオークやトロールといった先程の魔物に比べるとタフな魔物が多いようだ。今度は弓兵の一斉掃射でもそこまで数を減らすことはできないだろう。

 騎士たちの間に緊張感が張り詰める。

 しかし、魔物が突撃してくるより先に事態は急変した。

 魔物も群れを飛び越えるようにして巨大な魔物が砦の前に飛び出してくる。

(デカい!それにあの魔物は何かが違う。)

 直感的にそう感じた。騎士の養成所で魔物について学んでいるがあんなに巨大な魔物の情報は一度も聞いたことが無い。


「いかん!あの魔物は危険だ!総員防御姿勢を取れ!」


 ガーランド殿の指示が飛び騎士達は反射的に防御姿勢を取る。そこに魔物の挨拶代わりの一発が叩き込まれた。

 咆哮…なのだろう。だがもはやそれは爆発に近いなにかだった。

 身の危険を感じた俺は咄嗟に『闘氣鎧』で全身の防御を固めると同時に軽く後ろに跳んで衝撃を逃がすように努める。

 吹っ飛ばされて壁に叩きつけらる形となったが『闘氣鎧』のおかげでそこまでのダメージは無い。だが都合がいいので気絶したフリをすることにする。ついでに衝撃で転がるふりをしながら移動してあの魔物の正面から離脱しておく。

 無事だった騎士達の視線はあの魔物に釘付けになっているので誰にも気が付かれることはないだろう。

 今の一撃で全体の士気が大きく下がっていることが感じられる。状況を改善しようとガーランド殿が前に出て声を張り上げる。


「皆共これしきで怯むな!私がいる!だからまだ諦めるな!」


 兵士達を鼓舞する声が響き士気が戻り始めた。


「ガーランド隊長だ!」

「そっ、そうだ。俺たちにはガーランド隊長がいた!」

「前回の魔王の侵攻の時に一人で魔物を百体切ったって話だ!その剣技をこの目で見れるってことだから、逆に俺達は運がいいまであるぞ!」

「あの方ならあんな魔物瞬殺だぜ!」


 一度は下がった士気もガーランド殿のおかげで一時的に回復した。だが戦いの流れはあの魔物が主導権を握っている。

 魔物はゆっくりとした姿勢を低くし突撃の構えを取る。あれほどの体格の魔物の突進は脅威以外の何物でもない。下手をしたれらその一撃で砦を破壊される恐れすらある。


「魔将のお出ましか…やらせはせんぞ!」


 ガーランド殿が気迫を漲らせ『闘氣』を纏う。防御能力を高める『闘氣鎧』に加え手に持つ剣にも纏わせ『闘氣刃』を形成し、防御力と攻撃力を上昇させて完全に臨戦態勢に入っている。

 よく見ると『闘氣鎧』は体にではなく身に付けている鎧に纏っているので『闘氣鎧』の上位互換の技『闘氣装甲』のようだ。

 俺も騎士の養成所で必死に修行して『闘氣鎧』と『闘氣刃』は使えるようになったが『闘氣装甲』は習得しきれていない。やはり魔物を百体切ったという話は伊達ではないということだろう。

 一方の魔物…いや、魔将ははっきり言ってどれぐらい強いのが見当もつかない。たが、先程の咆哮が唯の虚仮威しだったということは無いだろう。

 先に動いたのは魔将のほうでガーランド殿がそれを迎撃する形となって両者は衝突した。

 力と力が激突し合い一瞬拮抗したが長くは続かなかった。結晶のような角でガーランド殿の一撃を受けていた魔将は角度をそらすことで攻撃の威力を逃がす。

 これによりガーランド殿の一撃は魔将の角の一部を切り飛ばしはしたものの成果はそれだけに留まった。

 対して魔将の突進にはまだ十分な勢いが残っていた。

 ガーランド殿は勢いが乗った巨体による突進をモロに受け吹き飛ぶ。

 魔将の突進の勢いは止まらずそのまま突き進み最終的に魔将は砦の外壁を貫通して止まった。

 砦は魔将の巨体が通過しなかった部分は僅かに原型を留めているものの、砦としての役割はもはや果たせない瓦礫の山と化してしまった。


「ゴフッ………この……化け物…め………」


 瓦礫に埋もれ血を吐きながらガーランド殿が悪態をつく。

 明らかに満身創痍で手足が本来曲がらない方へ曲がってしまっており、どう見てももう戦える状態ではない。

 そんなガーランド殿に魔将は大木のような腕を振り下ろし容赦無くとどめを刺さした。

 指揮官は倒れ砦は破壊された。この戦場での戦いは完全敗北といって良い状況だ。

 更なる魔将の猛攻が予想されるが、予想に反して追撃は無く魔将は踵を返すと何処へ姿を消してしまった。

 魔将が消えた方角を見て嫌な予感が頭をよぎる。

(あっちは三番砦がある方角だ。もしかして魔将は前列砦を片っ端からさっきみたいに落としていくつもりか?)

 この国を守護する者としては見過ごせない事態だろう。だが、俺にとっては都合が良い。

 前列砦が全て落ちると必然的に戦線が後退することになり後列砦での攻防戦が激化する。あの男がいる九番砦でも戦闘による混乱が起こるはずだ。そうなればあの男を殺すチャンスがあるかもしれない。

 魔将が去った後に先程姿を見せていた第二陣の魔物達が殺到する。生き残った騎士達との乱戦になるが多勢に無勢は明らかだ。

 だが俺は仲間達に加勢しに行くつもりは無い。国や仲間を見捨ててでも復讐を優先する覚悟はとっくにできている。

 さっきまで一緒にいた仲間達の悲鳴と断末魔が聞こえる。

(悪いな…俺の優先順位は国よりもあの男だ。あの男が殺せるなら俺はこの国がどうなろうとかまわないし、あんた達を見捨てることにも躊躇は無い。このまま騒ぎがおさまるまで気絶してるふりをさせて貰う。)

 しばらくして戦場は静かになった。

 辺りを確認すると凄惨な光景が広がっていた。息絶えた騎士達の死体がそこかしこにあり、痛みに呻きながら死を待つことしかできない重症者の姿もあった。

 俺は惨状から目を逸らすように踵を返した。しかし、動きで気配を察知したのか瀕死の重傷を負った騎士が俺の存在に気付いてしまった。


「そこに………ゴフッ……誰か……いるのか?助……けて…くれ……」


 医療の知識も道具も無い状況ではとても助けられない重傷であった。

 声をかけるか無視するか迷ったが結局声をかけてしまった。


「すまない。俺じゃあんたを助けられない。」

「あぁ……そう…か。おれ……もう…無理な…のか……。じゃあ…せめて……家族を……この国を……た…の……」


 最後まで口にすることすらできずに名も知らぬ騎士の最期の言葉は終わった。

 命を落とす最期の瞬間まで国と家族を思っていた名も知らぬ騎士のあり方に、復讐は後回しにして俺もこの国のために戦うべきなんじゃないのかという考えが頭をちらついた。

 もし仮に母が生きていたなら俺も彼のように闘っていたはずだ。

 そんな考えをあの日の後悔を、守れなかった母の笑顔を思い出して打ち消す。

(復讐が終わって、それでも俺の命がまだあったならあんたの頼みのために俺の残った命を使うと約束するよ。)

 最後まで勇敢に闘った騎士へのせめてものはなむけとして心の中でそう誓う。

 俺は今度こそ踵を返し進み始める。目的地はあの男の元……九番砦。

 俺の闘いが始まった。




 星の位置や切り株の年輪で方角を確認しながら森の中を進む。魔物と遭遇すれば奴らは容赦なく襲い掛かって来るだろう。この先何が起こるか全く予想がつかないので可能な限り消耗は避けなければならない。

 気配を殺し最大限に警戒しながら森の中を進むのは想像以上に困難で気力と時間を奪われる。

 四番砦と九番砦はそこまで距離が離れていないはずだが酷く遠くに感じる。

 慎重に進んでいるとゴブリンの集団を見つけた。数は四匹でこちらにはまだ気付いていないようだ。五匹目以降が何処かに潜んでいないか見極めながら行動の方針を思案する。

 ゴブリン四匹程度なら負けることはないだろう。戦闘を行ってもそんなに消耗するような相手ではない。

 しかし、倒した後の血の匂いで他の魔物が集まってくるリスクはありそうだ。

 かといって迂回すると九番砦から遠ざかることになるし、迂回しようとしたところをこのゴブリン達に気付かれるリスクもある。そうなった場合奇襲を受けるのは俺の方になるだろう。

 迷ったが時間は俺の味方ではない。素早く倒して素早くこの場を去ることにした。

 迷っている間にも索敵を続け五匹目以降のゴブリンは居ないと判断したので奇襲をしかける。

 素早く踏み込んで背後から一匹目を切り倒す。

 奇襲に驚いて反撃できないでいる間に近くにいた二匹目を続けて切る。

 事態を飲み込んで反撃してきた二匹の内、先頭にいた一匹の棍棒の一撃を躱してすれ違いざまに足を引っ掛けて転倒させる。

 後から続いてきた最後の一匹の攻撃は体勢的に躱せそうにないので『闘氣刃』で強化した剣で振り下ろされた棍棒ごと無理矢理両断する。

 その後、すぐさま転倒させたゴブリンにとどめを刺し戦闘は終了した。

 一度だけ『闘氣』を使ってしまったため僅かに消耗したが十分許容範囲だろう。

 剣を振って血糊を落としこの場を離脱しようしたが体が硬直した。すぐ近くに別の魔物の気配を感じたからだ。

 茂みを搔き分け魔物の群れが姿を現した。灰色の体毛を持つ魔犬グレイハウンドが八匹も現れた。

 絶望的な状況だ。グレイハウンドは群れでの連携を得意としている魔物で数が多い程脅威になる。八匹の群れともなれば俺一人では確実に対処しきれない。

 睨み合いとなったが突如として一斉に同じ方向を向きだした。何事かと様子を窺っていると急にこちらへの興味を無くして同じ方向に走り出した。

(助かった……のか?いや待て…あっちの方向は九番砦がある方向だ。)

 脅威とみなされず無視されたということだろう。騎士としては屈辱だが好都合だ。

 魔物の群れを追いかけるようにして先へ進む。

 森を抜け視界が開けるとようやく目的地の九番砦が見えた。

 だがすでに九番砦は俺がいた四番砦と変わらないほどボロボロに破壊された姿になっていた。

クラッド編では描写すら無かった、この作品での噛ませモブ枠の一番手ガーランドの勇姿をようやく描写できて良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ