一日目
俺はある男を殺すことだけを目的に生きてきた。その男は母の仇で最悪なことに俺の父でもあった。もっとも俺はあの男を父だと思ったことは無いし、あの男も俺を子として愛したことは一度もないだろう。
あの男は世間体を気にしていたのか俺を認知こそしていたが屋敷の中ではいない者として扱っていた。
俺を病弱だとか適当に理由をつけて表に出さず母と共に別宅に閉じ込めていた。
だから幼少期の俺には母しか居なかった。
母は開拓村で平穏に暮らしていたところをあの男に妾として連れ去られ俺を産んだ。
それでも俺の事を愛してくれていたし、俺も母が大好きだった。いつか母を連れてあの男の屋敷を出るのが俺の夢だった。
だが、その夢は永久にかなわなくなった。母はあの男におもちゃにされて殺されてしまった。
あの男の部屋に呼ばれるたびに体に傷をつくって帰ってくる母を俺は救えなかった。母が殺された日、縋り付いてでも母をあの男の部屋に行かせなければと何度後悔しただろう。
朝になっても母が俺の元へ戻らず代わりに屋敷の使用人が現れ母は病死したと聞かされた時の絶望は生涯忘れることはないだろうし、全てを察した後に沸き上がった憤怒は今でも俺の中で燃え続けている。
激情のままに別宅を抜け出してあの男の元に詰め寄ってしまったのは失敗だった。素知らぬ顔で殺意を隠しあの男の傍にいた方が殺すチャンスがあっただろうから。殺意をむき出しにして詰め寄ったおかげで俺は屋敷を追い出され騎士の養成所に放り込まれてしまった。
養成所での生活は過酷だったがつらいとは思わなかった。肉体と精神を徹底的に追い込む訓練の連続だったが母の救えなかったことへの罰だと思えばいくらでも耐えられたし物足りないくらいだった。
それに俺の中にはあの男からどれだけの暴力を受けても、俺の前では決して弱っているところを見せなかった強い母の血が流れているのだ。耐えられないはずがない。
訓練を通してあの男を殺すための力と技を身に付けていく日々が続いた。その他にもあの男を殺すことに役に立ちそうな知識を貪欲に吸収してチャンスを待ち続けた。
そして、ようやく待望のチャンスがやってきた。魔王が出現したという情報が東方砦街を駆け巡ったのだ。
朝早くに教官から叩き起こされ、養成所の全員が広場に集められた。伝令兵が教卓に立ち指令書を読み上げる。
「魔王出現の情報が入った。貴君らはまだ訓練課程を終了しておらず正式に騎士として認められてないがその実力は騎士に準ずるものであると評価している。魔王めの早期の侵攻が予想される今回は中央都市からの援軍は間に合わないと予想される。よって、貴君らにもこの国を守る騎士として我々と共に出撃してもらう。これは正式な決定事項であり貴君らの拒否権は認められない。各員、教官の指示の元に出撃の準備を行え、以上。」
要するに戦力が足りないから俺達にも前線に出ろということか。同期の騎士候補達は恐怖を覚える者や出世のチャンスと捉える者と反応はさまざまだった。
俺はもちろんこれをチャンスと捉えた。あの男は血筋の宿命により前線での指揮をすることになるだろうから、配属先次第では混乱が起こる戦場であの男に近ずくことができるかもしれない。
こんなこともあろうかと東域に属する砦の位置は全て把握済みである。
まずはあの男がどの砦で指揮をすることになるか調べる必要がある。俺の配属先の砦と同じなのが理想だが望みは薄いだろう。
東域に属する砦は最重要防衛拠点である東方砦街を除いて9基存在している。
この内の4基は前列砦と呼ばれ、その名の通り前線に近い位置配置されており、残りの5基は後列砦と呼ばれ前列砦から少し距離を空けて隙間を埋めるように配置されている。
あの男は地位から考えても東方砦街に近い後列砦で指揮を執ることになるだろうし、俺のように代わりがいくらでもいる騎士候補は前列砦に配属される可能が高い。
状況次第では混乱に乗じてあの男が指揮をしている砦まで移動することになるだろう。
手早く出撃の準備を終え教官の元へ向かう。
「教官、出撃準備完了致しました。いつでも出撃できます。」
「アーガス・シュヴァルハイトか、少し待て資料を確認する……貴様の配属先は東域四番砦になる。第三演習場で待機しろ。」
東域四番砦は前列砦に属している。予想通り最前線の前列砦に配属されることになるようだ。
第三演習場に移動し待機中に今後の方針を検討する。
(やはり、あの男のいる砦が何処なのかの情報を得ないと話にならないな。おそらく後列砦の中でも最重要防衛拠点の東方砦街に最も近い後列砦の七番砦が最有力候補だろうが…その次に近い六番砦か八番砦の可能性も十分ある。誰か情報を持っている者を捜し出さなければ。)
思案していると俺達騎士候補生の指揮を執る騎士が姿を現した。
「諸君、よく集まってくれた。私が今回諸君らを指揮することになったガーランドだ。早速で悪いがあまり時間が無い。これからすぐに出撃して東域四番砦へ向かう。我々の本隊の後に続いてくれ。」
早々に挨拶を済ませ移動が始まる。ここまでの展開が異常に早いことから本当に時間に余裕が無いことがわかる。
騎士ガーランド………確かフルネームはガーランド・オルフレイドだったか?
7年ぼど前の南方であった魔王の侵攻の際に援軍として出撃し、魔王が討伐された後の残党の魔将との戦いで魔将が率いていた魔物を100体近く倒して名を上げた騎士だったはずだ。
あの人なら連携のためにもどの砦に誰が配属されているか把握しているはずだ。どうにかしてガーランド殿からあの男の配属先を聞き出さなければならない。
ひとまず、ガーランド殿が指揮する部隊に続いて東域四番砦に移動することになった。
部隊の移動は迅速かつスムーズに行われた。道中は問題らしい問題も特に起こらず、しいて問題を上げるならボクチン家のボンボンが道中自慢話を延々と続けうるさかった程度だった。
平民の志願兵を相手に過去の栄光の自慢話をひたすら続けるその姿はいっそ哀れだった。
その昔は中央の王都の貴族だったという話だが権力闘争に負けて東方砦街へ追いやられたらしい。貴族としての地位を維持するために金で騎士の立場を買ったという話も聞いている。
なぜこんなことを知っているのかというと、どうやら王都の貴族とコネクションを持ちたがっていたあの男が、ボクチン家が騎士としての立場を得るために動いていたことに手を貸しているようだったからだ。
その繋がりを考えると、もしかしたらボクチン家のボンボンもあの男がどこに配属されているか知っている可能性がある。砦に到着したら軽く接触してみるのも良いかもしれない。
(しかし、聞き出すにしてもどう話題を切り出すべきか……一応血縁であることを理由にあの男が心配だからとでも言って聞き出すか?……いや、却下だな。ガーランド殿が私情で動くことを良しとしない性格だった場合話が拗れかねない。あと例え嘘でもあの男のことが心配などと口にしたくない。砦が破壊された場合や部隊から分断された場合の為に、近くの砦の指揮官が誰なのか知っておきたいという建前の方が話が通りやすそうだな。他に使えそうな建前は………)
その後は情報を得るために使えそうな話題の振り方を色々と考えているうちに移動が終わり東域四番砦に到着した。
到着してすぐに弓兵と志願兵の合同一斉掃射の訓練が行われた。俺は騎士候補なのでこの訓練には参加せず、別室で矢の一斉掃射を潜り抜けてきた魔物を殲滅するための連携についての説明を受けていた。
「一斉掃射で数を減らした魔物を重装歩兵部隊が槍衾と盾で受け止める。その後、騎兵部隊による両サイドからの挟撃で数を削っていく。これが基本的な動きだ。『闘氣』が使える騎士たちにはこの動きで対応しきれない魔物を個別であたってもらう。騎士候補生たちには騎士の動きのバックアップを任せたい。ここまでで何かを疑問がある者はいるか?いなければこのまま各部隊の細かい動きの話に移らせてもらう。」
作戦はどうやら騎士養成所でも習ったオーソドックスなもののようだ。
魔王の侵攻に対して重要なのは一体でも多く魔物を倒して結界の深度を下げさせないようにすることと、結果の発信源である東方砦街の近くに魔物を侵入させないようにすることだ。
魔物が大量に結界の内部に侵入するとその分だけ結界の深度が下がり魔物一体あたりにかかる結界の影響が薄くなっていしまう。これは結界の発信源でもある東方砦街の近くまで魔物が侵攻しても同様で、深く入り込んだ魔物に対しての影響は大きくなるが全体としての結界の効果は大きく下がってしまう。
そもそも、前列砦と後列砦は弓兵を多く配置して高所からの掃射で効率的に魔物の数を減らすことを目的とした砦である。そのために確立された防衛戦術なのでこのような作戦になるのは当然のことだ。
事前に学習していたこともあり作戦内容はあっさりと理解できた。
やがて、各部隊の詳細な動きについての説明も終わり最後の質疑応答の時が来た。
「以上で今回の防衛戦の作戦会議を終了する。何か確認しておきたいことがある者は挙手しろ。」
ここで俺はすかさず手を挙げる。ここで聞きそびれると俺の方の作戦もこける可能性が高い。
騎士候補生でありながら挙手したのは意外だったのだろう。皆の視線が俺の方に集まる。
「ではそこの騎士候補生、発言を許可する。名を名乗ったあ後に確認事項を述べよ。」
「はい、私はアーガス・シュヴァルハイトと申します。発言の許可に感謝します。私はこの砦が落とされた場合のことについて質問したく思います。」
この発言が癪に障ったのかボクチン家のボンボンが俺の発言を遮って声をあげた。
「キサマ!戦う前から敗れた時の話をするなどなんたる臆病者か!キサマのよえな軟弱者は…」
「ボクチン殿、少し発言を控えてもらおう。次善の策としてそういうことを考えおくのも戦のうちだ。アーガス騎士候補生、発言を続けたまえ。」
助け舟を出してくれたのはガーランド殿だった。促されるままに続きの発言を行う。
「万が一この砦が突破されることになっても我々は護国の使命を命ある限りあきらめるわけにはいかないと考えます。なので、万が一が起こった時我々はどの砦の指揮官に合流すべきかを指示してください。」
発言が不審に思われないように言葉を選びながら探りを入れる。現在地の四番砦から近い砦は八番砦と九番砦だ。四番砦が破壊された場合このどちらか迄撤退することになるであろうからこの二つの砦の指揮官が誰なのか聞くのは不自然なことではないだろう。
「この件に関してはアーガス騎士候補生が発言しなければ私から後で話をしようと考えていたことだ。状況次第となる部分もあるが基本的には東方砦街に近い方の八番砦まで後退して指揮官のガゼル・アルドハインツ・ナイトセーバー殿の指揮に入ってくれ。南方向からの魔物の侵入が顕著の場合は九番砦まで撤退してモーヒァス・シュヴァルハイト殿の指揮下に入って戦線の維持に努めてくれ。」
モーヒァス・シュヴァルハイト………あの男の名前だ。
拍子抜けするほど簡単に知りたかった情報を得ることができた。あの男は九番砦で指揮をしている。その情報を得た後も他の騎士達が質疑応答をしていたが俺の頭の中には一切情報が入って来なかった。
会議の後は食事をして交代で仮眠をとることになった。俺は先に仮眠をとるグループになり早々に食事を済ませて横になっていた。
だが、気持ちが逸り到底眠れそうにない。今後のことを考えると体を休ませておかないと身が持たないだろうから全身を弛緩させて無理矢理体を休めながら、頭の中で九番砦までの道筋を何度もシュミレーションする。
そうしているうちにその時が来た。
「敵襲ーーーーーーーーーーーー!」
侵攻が始まった。
アーガスの一日目はクラットの六日目と同じ時間軸の話から始まります。