オデュン強襲ー5
立ち込める白い煙の中でパンデモニウム達は大混乱に陥っており、こちらを追いかける来る様子は無かった。
周囲にはチラホラと煙に巻き込まれていないスケルトンの姿もあったが、何故かこのスケルトン達も余達を追いかけようとせずに立ち尽くしている。
何が起こっているのかイマイチわからないが逃げるなら今の内だ。
パンデモニウムを背に走り出した余に、救い主となった大男が並走しながら話しかけてくる。
「危ないところだったべな。あのおっかない魔物はしばらくオラ達を見失うって話だから今の内に逃げるべよ。」
ここでようやく人心地ついたので改めて助けてくれた大男の方を見る。
声でなんとなくわかっていたことだが、案の定大男は二日前の晩に一戦交えたムサイだった。
「お主は…ムサイか。どうしてこんなところに?あの煙は何だ?見失うと言っていたがどれぐらいの効果が見込める?」
「だ〜〜〜!いっぺんに色々聞かれてもわかんなくなるべ!あの煙玉は姫様からピンチになったら使えって渡された物たまから詳しく知らないべな。…というかおめぇさんなしてオラの名前さ知ってんだべ?」
…思い返してみれば、余はムサイと会っていた時にオーロック殿が準備してくれた認識阻害の効果がある仮面を着用しており、ムサイの前で仮面を一度も外していなかった。
これでは初対面と思われても仕方がない。
「二日前の晩にお主と一戦交えた者だ。」
「二日前?」
「お主が倉庫の警備をしていた時に姉上と共に来たであろう?あの時に仮面をきていたのが余だ。」
「…あぁ!あの時のやたら強い童か!?なしてこんな所であんなヤバい魔物に襲われとったんだ?」
「余にも色々と事情があってな…簡単に言うと、余は実はこの国の未来の皇帝であの魔物はそんな余の命を狙う刺客だ。」
「どうえぇ〜〜〜!みっ…未来の皇帝!?」
「…そもそもお主は姉上がこの国の皇女であることは知っていただろう?だったら、余がそんな人を姉上と呼んでいる時点で想像はつくのではないか?」
「姫様には血のつながらない兄妹がたくさんおったでな。てっきりおめぇさんもその内の一人なのかと思っとたべ。…って、オラ未来の皇帝陛下をおめぇさん呼ばわりしてしまったべ。オラ、不敬罪ってヤツで裁かれちまう…」
考えてみればムサイにとっては帝国の皇女としての姉上よりも、傭兵の国の一員だった頃の姉上の方が馴染み深い存在だ。
母上が傭兵の国でやっていたことを考えれば、余と姉上の間に血のつながりが無いと思っていたとてしもおかしくはない。
「別に裁いたりなどせぬよ。先程余の窮地を救ってくれた恩もあるしな。余のことはアレクと呼んでよい。」
「それなら良かったべ。」
「そんなことより、さっきの姉上から受け取ったという煙玉はもう無いのか?パンデモニウム相手でもかなり有効な物のようであったから、もしあるのなら譲って欲しい。」
「残念ながらアレ一つだけしか渡されなかったべよ。なんでも聖獣?とかいうヤツの希少な素材がないと作れない物だから数が量産できるものじゃないって言ってたべ。」
「そうか…ならばしかたがないな。」
さっきの煙玉があれば逃走にも奇襲にも使えそうだっただけにもう無いのが残念でならない。
「姉上から受け取ったということは、あの後に姉上と会っていたということか?」
「そうたべ。オラ、あの後すぐに警備のアルバイトさ辞めて田舎さ帰ろうとしたんだけんど、姫様にあの魔石粉の出処を調べるから手伝えって声をかけられたべよ。そんで働き次第で給金も出してくれるって話だったから今まで姫様の元で働いてたべ。」
「なるほどそういう経緯か…ちなみに姉上は、今どちらに?」
「魔物共が攻めてきた時に、逃げ遅れた人がいたら助けろって言われてさっきの煙玉さ渡してきた後、どこかに行っちまったべ。」
姉上と合流できれば心強かったのだが、どこにいるかわからないのにそれをあてにして動くのもリスクが高すぎる。
あの煙による撹乱でどれ程時間が稼げるかわからないが、このままずっと混乱し続けてくれるとも思えない。
そうなるといつかは捕捉されてしまい、先程と同じように包囲されるのは目に見えている。
正直、さっきの包囲された状況から逃げ出せたのはムサイという助けがあったことに加えて、姉上が持たせてくれていた煙玉があったという幸運に恵まれたからに過ぎない。
やはり現状ではあの羽根付きの強化スケルトンに囲まれたら対抗手段が無いのが問題だ。
ムサイという援軍を得たことだし、どうにかしてあの羽根付きの強化スケルトンの軍団を一網打尽にする策を考えたいところだ。
「ムサイよ、お主は先程あの厄介な強化型スケルトンを倒せておったな。ムサイの攻撃力ならあのクラスのスケルトン達を倒せると思っても良いのか?」
「さっきのは不意打ちだから倒せたべ。硬い魔物相手だと『縮放』がいい感じに効くんだべが、あんだけ硬い魔物になると『縮放』をそれなりに溜めないと倒しきれないべよ。」
「ふむ…つまり、事前に溜めて準備しておけば倒せるということだな。最大限にまで溜めた一撃ならどれぐらいの数を倒せる?」
「あんま期待されても困るべよ。オラ程度の練度だとギュっと集まってるところに打ち込んだとしても、いいとこ三、四体ってとこが限界だべな。」
期待していた程の威力は無いらしい。
これでは余が囮となってムサイが攻撃し一網打尽にするという策は成立しえない。
「…『縮放』だったな。近くでもう一度視せて貰っても良いか?」
「別にそれは構わねぇけんど…見てどうするつもりだべ?」
「覚える。」
「はぁ!?無茶だべ!そんな一朝一夕で覚えられるようなものじゃねぇべよ!」
「その無茶を通さなければ生き残れぬ。少しでも可能性があるなら、やらぬ選択肢はなかろう?」
「それはそうだべが……いや、試すのはタダだべな。わかったべ。今からオラの手の平で『縮放』をやるからよく見とくべ。」
「助かる。」
こうして、改めて『縮放』という技を間近で見れることとなった。
技の理屈は二日前に初見で見た時に考察したもので合っていたようだ。
手の平の表層に纏った闘氣がその周囲に力場を発生させているのは闘氣刃と同じだが、力場の展開のしかたが根本的に違っていた。
闘氣を纏わせた対象に沿うように細かい力場の渦を作り出す闘氣刃に対して、『縮放』の力場は渦ではなく中心部に向かって圧縮するような力場が形成されている。
二日前の闘いでムサイはこの『縮放』により圧縮した空気を手斧で攻撃する瞬間に解放することで、突風という言葉では足りないような空気の壁をぶつけてきていた。
技の理屈はわかったので余もさっそく見様見真似で『縮放』を試してみることにする。
闘氣のコントロールは闘氣刃の練習の時にやっていたことであり、この『縮放』も作る力場の形状が違うだけでなので基礎の部分は共通している。
ただ、この技も闘氣刃と同様に小さな力場を無数に、かつ同時に作り出さらなければ威力が期待できない。
一つ二つなら力場を作り出すこともそう難しいことではなかったが、この力場を無数に作り出しその上で維持して空気を圧縮し続けるとなると途端に難易度は跳ね上がる。
「こんな感じ、か…予想はしたいたつもりだったが、やっぱりコントロールが難しいな。」
「えっ?…どうぅ〜えぇ!?できてる!?もう覚えちまったべか?」
「闘氣によって作り出す力場の形状が少し違うだけで基本的な部分は共通しておるからな。」
「簡単にいうべな〜、闘氣刃に慣れ過ぎた人は渦さ巻きながら圧縮する力場の『抜空』っちゅう別の技になりがちになるべよ。」
渦を巻きながら圧縮する力場。興味がある話ではあるが現状では更に新しい技を習得するような時間は無いので一旦詳しくは聞かないことにする。
「…それよりも、この技は思ったよりも応用が利きそうであるな。圧縮した空気の解放のしかたしだいでお主がやったような空気の壁から空気砲による中距離攻撃ができそうだ。…まてよ、これを足の裏でやって地面を蹴る瞬間に解放してやれば機動力を底上げできるんじゃないか?」
「『空放脚』だべな。自分の考えだけでその技の発想にたどり着くのは流石のセンスだべ。姫様の実の弟なだけあるべな。」
余が思いついた技も『空放脚』という名で既にあるであったようだ。
まぁ、これぐらいの発想なら少し考えてばすぐに思いつくものだし、実際にある技なら実現可能ということになる。
練習がてらに早速やってみることにする。
最初は加減がわからず転びそうになったが、何度か試行錯誤を繰り返しながら調整していくと狙い通り起動力を大幅に底上げできそうな手応えを感じた。
「『空放脚』だったか…使えそうだな。」
起動力の底上げはそのまま逃走の難易度に直結するこたなので、この底上げ方法を得られただけでもありがたい。
「もう自然に使い始めとる…本当にたいしたものだべ。それで、これからどうするつもりだべ?」
「ひとまず、さっきお主が倒していた羽根付きの強化スケルトン達をなんとかしたいと思っておる。耐久力と起動力が高いヤツ等の数を減らさないと周りを固められて逃げ場がなくなるからな。」
「あ〜、あのちょっと強めのスケルトン達だべか。それで、なんか策があるべか?」
「まだ考えておる途中だ。」
『空放脚』を使いながら『縮放』の練習をしつつ羽根付き強化スケルトン達を倒す方法を考える。
(一応、あの羽根付き強化スケルトン達を一網打尽にするための策には考えがある。問題はそのための場所までどうやってヤツ等を誘導するかだ。やはり余が囮となって引きつけるのが一番だろうが…この策は司令塔のパンデモニウムがターゲットであるスケルトン達と行動を共にしていると上手くハマらない可能がある。…どうにかしてパンデモニウムの裏かいて強化スケルトン達のみを誘導したいところだが…)
現状ではそのための策を思いついていないのが問題だ。
幸い今頃はパンデモニウムは余の姿を見失っているはずで集団行動はせずにバラけているはずだ。
このアドバンテージを上手く利用できればスケルトン達のみを目的の場所まで誘導できるかもしれない。
(索敵のためにバラけて行動している今が唯一のチャンスだな。…ん?索敵?…そもそもパンデモニウムやスケルトン達には眼球が無い。それなのに余の動きや位置を正確に把握して向かって来ておったな。ヤツ等はどうやって余の動きを感知しておるのだ?)
骨に伝わる衝撃で音を知覚できるという話を聞いたことがある。
視覚による知覚でないのなら聴覚かとも一瞬考えたが、あの骨に鼓膜があるとは思えない。
(やはり視覚か?余が知らないだけで魔物なら眼球が無くとも見ることができる仕組みが何かあるのか?)
魔物という生物は魔力という不可思議な力によって常識を超えた現象を引き起こすことができる生物だ。
眼球が無くても見ることができていたとしても不思議ではない。
ここまで考えたところでふと何かが引っかかった。
(…ん?魔物なら見れる?……そうか!魔力だ!パンデモニウム達は魔力によってこちらを知覚しているのか!)
ムサイがさっきの煙玉には聖獣の素材が使われていると言っていた。
そして聖獣とはこの地に結界のアーティファクトを齎したとされる神の御使いで、魔を祓う力を持つとされていると授業で習った。
さっきの煙には魔力の働きを阻害する力が含まれていたと考えればこちらを見失っていたことにも説明がつく。
(つまり、魔力による知覚を騙すことができたらパンデモニウムの裏をかくことができる。)
ここまで考えを整理した上で新たな疑問が出てきた。
それは最初の襲撃時にパンデモニウムは余のことを知覚できてきなかった点だ。
直接的に視覚によって余のことを捕捉していなかったとしたら,あの時に余が『イリュージョン』によって姿を消していたことも無意味だったことになる。
(スケルトン達の知覚できる範囲がそんなに広くないから、少し離れていた余に気がつかなかったのか?…いや、逃げ始めてからの攻防でも何度か『イリュージョン』を使ったがその時もヤツは余を見失っておらんかったか?…もしや余が知らぬだけで『イリュージョン』には魔力による知覚を阻害する効果もあるのか?だとすれば…やりようはありそうだな。)
「ムサイよ。すまぬが余の反撃に付き合ってもらうぞ。」
「最初からそのつもりだべよ。オラは何をすればいいべ?」
ついさっき思い付いた作戦をムサイに伝え行動を開始する。
こうして余の一世一代の反撃が始まった。
今回はちょっと説明が長めの話になり展開が停滞ぎみになってしまいました。
ちなみに今回出てきた『空放脚』という技ですが、当然ながらエルクとかもこの技が使えます。
数話前に大量のスケルトンの頭部を踏み砕きながら跳び回っていたのはこの技によるものでしたが、足の裏という角度的に視えない場所で使われていたのでアレクはこの技の存在を知らないままでした。




