動乱の幕開け
次の日、余は朝から昨日の打ち合わせ通りに行動を開始した。
「せっかく普段見れぬオデュンの街まで来ておるのだ。普段帝都では見れぬ光景を見て見聞を広めてみたいぞ。」
「アレクサンドリウス殿下、それは大変御立派な志しで御座います。さっそく手配致します。」
「うむ、昼頃には出発したい。準備を進めてくれ。」
「あっ…アレクサンドリウス殿下、本日中というのは流石に準備ができませんぞ。せめて二・三日は御時間を頂きたく…」
「近々兄上達と再会することになる。だからその時までに少しでも成長し見分を広めておきたいのだ。再会がいつになるかはわからぬが、裏を返せばそれは明日になるかもしれんということだろう。だからできれば早い内に済ませておきたいのだ。」
もっともらしい理由をつけて強行する。
あまり使いたくない手ではあるが、余がこう言ってしまえば余の臣である皆は従うしか無い。
「…かしこまりました。直ぐに手配いたします。」
ワースが一礼し部屋を出て行くと場内の人々が一気に慌ただしく動き出しはじめる。
こうして余の最も長い日の幕が上がった。
オーロック殿は余の護衛としてペルシュ隊長を付けてくれた。
そして今回の旅では基本的に余の護衛を担当している皇族近衛騎士団のエルク副隊長も余の護衛として付いて来てくれることとなった。
この二人の他にも余の護衛として付いて来てくれることとなった騎士はいるが、余がよく知っていると言えるのはこの二人のみだ。
視察の流れとしては少数の護衛と共に街中を進み南方領の最重要施設である、帝国全土を守護している結界の補助機能を有するアーティファクトが安置されている塔を見に行く予定だ。
ちなみにこの視察に母上は参加しない。
最初は一緒に行きたいと言っていたが、昨日の件でほぼ一日中余の側に着いていたので政務が溜まってしまい、今日一日は政務漬けになってしまっている。
「それにしても…この策で釣れるであろうか?」
移動の最中に誰に聞かせるでもなくポツリと呟いた言葉だったが近くにいたペルシュ隊長が反応した。
「私はある程度は勝算がある策だと思いますよ。アレク殿下が今日視察に出るという噂の他に例の倉庫付近にガサ入れが入るという情報を同時に流していますから、このチャンスを逃せせっかく準備した魔石粉を使う機会が暫くなくなってしまいますし。」
この言動からしてペルシュ隊長はオーロック殿からある程度の事情を説明されているようだ。
「いままで直接的にこの件で動いて来たペルシュ隊長がそう言うのなら、余が動いたことにも意味がありそうだな。」
現場を知るペルシュ隊長がそう言うのなら実際に動きがあってもおかしくなさそうだ。
なので何が起こってもいいような気構えと、獣氣による身体能力強化をすぐにでもできるように準備しておく。
とはいえ、今のところは何かの動きがあるようには見えない。
何分、余が動いたのが急だったこともあり、相手も準備が間に合ってないのかもしれない。
少々時間かまありそうなので前から疑問に思っていた質問をして時間を潰すこととする。
「そういえば…ペルシュ隊長はオーロック殿のところに養子として向かい入れられたのだったな。」
「はい。そうですね。…どうされました?」
「いや、あまり踏み込まれたくない話かもれぬと思い聞くのを躊躇しておったのだが…」
「何をお聞きになりたいかはわかりませんが、私で答えられることなら遠慮なく聞いてくださって構いませんよ。」
「そうか、では…ペルシュ隊長とエルク副隊長は幼なじみという関係だったのだろう?」
「そうです。とはいっても幼なじみなのはコイツ一人ではありませんが。幼少期にアニエス様に育てて頂いた者達全員が幼なじみみたいなものです。」
「いわゆる腐れ縁ってヤツですね。」
ペルシュ隊長の返答に近くにいたエルク副隊長が捕捉のように付け加えた。
「どういった経緯でオーロック殿が養子を取るというこになったのかは知らぬが、極端な話をすればオーロック殿はエルク副隊長を養子として使えるという選択肢もあったのではないかと思ってな。」
これはオーロック殿の人となりに触れて、ペルシュ隊長とエルク副隊長の関係について知ってから疑問に思っていたことだ。
オーロック殿とエルク副隊長は気質が似ているので性格的な相性もいいように感じている。
にも関わらずオーロック殿が養子として向かい入れたのはペルシュ隊長の方だった。
「あぁ、その話ですか。確かに私かエルのどちらかを…という話はありましたね。その上で親父殿が私を選んだ理由は、簡単に言うと馬に蹴られたくなかったからです。」
「おい!その話は…」
「知っている者は知っている話だし、今更隠すようなことでもないだろ。」
エルク副隊長が何やら話を止めようとし始めたが、ペルシュ隊長は止める気はないようだ。
エルク副隊長の反応が気になったのでこのまま話を続けることにする。
「…どういうことなのだ?」
「エルクの部下にリティスっていう女騎士がいますよね、実はエルクはそのリティスにホの字なんですよ。」
「ホの字……えっ!?なっ…そうだったのか。全く気がつかなかった。」
自慢にもならないことだが、余は色恋沙汰の話には疎い。
自身にそのような経験が無いので嗅覚のようなものが働かないのだろうが、まさか身近なところでそんなことになっていたとは。
当事者であるエルク副隊長は若干顔を赤くしながらもノーコメントの姿勢だ。
そこに追加でペルシュ隊長が詳しい説明をしてきてくれる。
「そもそも実はリュティスも私やコイツと幼なじみの関係なのです。まぁ、幼なじみと言ってもリュティスには私達と違ってはっきりとした両親がいるですが。
父親の方はアレク殿下もご存じかもしれませんが、皇族近衛騎士団の団長であるガイザス殿です。」
皇族近衛騎士団団長ガイザス、余とはあまり直接的な関わりが無い人物だが知っている者だ。
というのも、このガイザスという者は騎士団の統括指揮以外の時は基本的に母上の専属護衛のようなことをしている。
これは余のことを軽んじているというわけではなく、どうも余と同じ名前でもある御祖父様のアレクサンドリウスと御祖父様の盾として最後の最後まで運命を共にした皇族近衛騎士団の当時の団長の二人から最後の願いとして母上のことを託された事が原因らしい。
なんでも、「先代の皇族様と騎士団長の二人に託された以上はアニエス様の護衛はこの命が尽きるまで私が勤めさせて頂きます。」と御祖父様の墓前に誓いを立てたらしく、それ故に余の護衛はエルク副隊長を始めとした他の信頼できる騎士に任せる方針になっているらしい。
「そしてリティスの母親は傭兵の国でも有名なとある女傑です。ガイザス殿は元々親父殿と同期でアニエス様に付いてくる形で傭兵の国に亡命して来た集団の一人だったのですが、その時にその女傑に気に入られて押し倒されてしまったのです。」
「ん?は…えっ?おし…?」
「そうして産まれたのがリティスなのですが、この女傑は親父殿よりも更に豪快な御方でして、子育ての合間に平気で魔物狩りをして金を稼ぎに行くような豪快の人でした。それで狩りに出でいる間とかにちょくちょくアニエス様の所へリティスを預けていたので、リュティスも私達の幼なじみの一人になったわけです。そしてその後、アニエス様が帝位を奪還されて帝国に戻った際にガイザス殿も同時に帝国に戻ることになったわけですが、色々あった結果リティスも父親と一緒に帝国に根を下ろして暮らすことになったのです。その後はご存知のことかと思いますが、前南方伯であるサウスワールを排除した後に親父殿を新しい南方伯として任命したわけですが、親父殿には残念ながら信頼できる腹心のような者があまりいなかったのです。そこで私かエルのどちらかが親父殿の元について行き補佐するという流れになり、先程言った理由でアルとリュティスが遠距離恋愛になるのは忍びなかったので私に白羽の矢が立った、というわけです。ついでに言うと親父殿はガイザス殿と違い傭兵の国で良い中になった女性はいませんでしたし、家族と言える繋がりがある人もいませんでした。だから親父殿は腹心として向かい入れるならいっそのこと息子になったらいいと言って私のことを養子として向かい入れてくれて今に至るという感じです。」
今の説明で大体のことは理解できた。
つまりペルシュ隊長は親友であるエルク副隊長の恋路を応援するためにオーロック殿と共に南方領に来ることを選んだということだ。
しかし今の説明を受けるまでエルク副隊長がリュティスにそんな感情を抱いているとは知らなかった。
だが、そういった視点で改めて二人のやり取りを思い返してみると何となくだがリュティスの方もエルク副隊長のことを憎からずと思っていそうな言動をしていたし、ガイザス団長がエルク副隊長に対して当たりがきつよいような感じがあったのも気のせいではなかったということだ。
色々と納得はしたのだが、話している最中に新たな謎ができてしまった。
なんでも聞いていい取っていたのでここはお言葉に甘えて聞いておくことにする。
「なるほど、色々と理解できた。ところで話を聞いている内に新たな疑問ができたのだが…」
「はい。なんでしょう?」
「押し倒されるとどうして子が産まれてくるのだ?」
「あっ……」
この質問をすると先程までハキハキと答えてくれていたペルシュ隊長が急激にしどろもどろになってしまった。
「…それは…えっと…その…………申し訳ありません。別働隊と打ち合わせをしておく用事があったことを失念しておりました。暫し失礼いたします。」
そいうと慌てた様子で何処かに走り去ってしまい、その様子を見ていたエルク副隊長はさっきまで仏頂面だったのに笑顔になってクックックッと笑いをかみ殺していた。
その様子を見て余は悟った。
どうやら今の質問はあまり触れてはいけないことだったようだ。
少しするとペルシュ隊長は戻って来た。
先程の質問について謝罪しようとしたが、戻って来たペルシュ隊長の目は真剣なものになっていた。
「何かあったのか?」
謝罪の言葉を引っ込めて問いかけるとすぐさま頷いて見せる。
「例の倉庫を監視していた別働隊から報告がありました。どうやら動きがあったようです。」
「仕掛けてくるにはまだ時間がありそうだな。ならば予定通りの手筈で動くとしよう。」
相手が動いたのなら今から予定通りに結界の補助アーティファクトの視察を行い仕込みをしておけば、視察が終わったころに仕掛けてくる頃合いになるだろう。
なので余達は予定通りに動き時を待つこととなった。
予定通りに仕込みを終えて相手の動きの続報を待っていると、追加の情報が舞い込んで来た。
「報告します。どうやらヤツ等は都市の上階層から雨水などの排水のための側溝を利用して水と一緒に魔石粉を流す作戦のようです。」
このオデュンの街に限ったことではないが、大きな都市には必ず排水の為の側溝が設けられている。
街全体が南方伯の居城である城に向かって緩やかな坂になっている構造で、領主の城に近い坂の上の方は貴族などの社会的地位が高い者達の居住区になっているのだ。
「了解した。行動に移し次第、現行犯で捕らえろ。」
ペルシュ隊長は冷静な指示を返し、引き続き相手の動きを待つこととなった。
それにしても、入念な準備をしていたのに肝心の実行の仕方がやや雑に思える。
確かに、側溝を使って流し込んで来るのなら直接現場に近づかなくても良いという点でメリットはありそうだが、この方法だと爆破できるのほ所詮側溝だけだ。
爆破の威力が高いのならそれでも問題無いだろうが、果たして水と一緒に側溝に流し込んだ程度の魔石粉でそこまでの爆発が起こせるかどうか疑問に思える。
側溝を何処かでせき止めて大量に流し込めば威力は出るであろうが、そうするとどうしても作業に時間がかかることになるし、それによってあからさまに怪しいことをしている姿を大勢の人々に見られるリスクが跳ね上がることになる。
そんなふうに考察していると、やはり連中はこの作戦の他に本命の別の作戦を用意していたようだった。
突如として結果の補助アーティファクトがある塔の壁の一部、貴族街に面している部分が崩れ始めた。
そして、そのタイミングを見計らったようにして大量の樽がゴロゴロと崩れた壁を通過してこちらに転がって来るのが見えたのだ。
どうやら側溝は囮で、本命は壁を崩して直接樽を送り込んでくる策だったようだ。
少々予想外の展開となったが余達に焦りは無かった。
何故ならそもそも相手が魔石粉を使ってくるも予測した段階で対策を講じていたからだ。
魔石粉は魔力をエネルギー源として内包している物であり、相手はその魔力を暴走させるなりなんなりさせて爆発を起こす計画だったと思われる。
そしてそのためには大前提として内包している魔力を励起する必要があるはずだ。
一方で帝国の国土を覆っている結界には魔物や魔王を弱体化させる効果があるが、これは結界に魔力を抑制する効果があるから起こる現象だと言われている。
実際に魔王や魔将といった通常の魔物よりも魔力を多く保有している存在の方が結界による弱体化の効果は大きくなる。
前置きが少し長くなったが、余は相手が方が動いて来る直前にこの結界を補助しているアーティファクトが安置されている塔を視察を視察している。
実はこの時に単なる視察だけではなく、結界補助のアーティファクトに干渉して一時的に結界の効果を強くする細工をしておいたのだ。
だからこの状況下において魔石粉は通常と同じように使用しても魔力を励起させることはできない。
余が次期皇帝であり、結界に干渉できる権限を持っているからこそできる策だ。
今頃この街の何処かで騒ぎが起こることをほくそ笑みながら待ってる者達には悪いが、そんな未来はどれだけ待とうとやって来ることはない。
後は実行犯を拘束し、この件で不審な動きをした者達を辿っていけば反オーロック派の者達の勢力を大幅に削る事ができるはずだ。
こうして事件は未然に防がれ平和な日常は続いていくと安堵していたが、次の瞬間に突如としてゾッとするような正体不明の悪寒に襲われ遠くの方から何が飛来してくるような音を耳が捉えた。
その音はどんどんと大きなり、余は音の正体を確認するよりも先に咄嗟に叫んだ。
「皆の者!頭を庇って伏せよ!」
そしてその直後、轟音と共に何が地面に激突し大地を揺らした。
新年あけましておめでとうございます。




