最適化
姉上に連れられて深夜の調査を行った後、余は姉上と共にオーロック殿の城に戻って来ていた。
「姉上、この後はどうするおつもりですか?」
「とりあえず、オーロックおじ様にさっきあったことの顛末を書いた手紙を書いて注意を促して…それでその後はあの魔石粉の出処について探ることにするわ。」
「姉上、ここまで関わったのなら余も当事者です。その調査で余にできることは…」
「あんたの立場じゃ調査なんて無理でしょ。」
「それは確かにそうかもしれませんが…いえ、よくよく考えれば姉上とて皇族という立場は一緒のはずですよ!」
「あたしは変装なり何なりでどうにでもなるから良いのよ。でもあんたはそうもいかないでしょ?役に立てない分野で無理をするよりも自分の立場でできることでも考えた方が建設的よ。それじゃ、あたしは忙しいからもう行くわ。…おやすみなさい。」
それだけで言い残すと姉上はさっさと何処かへと消えてしまった。
おそらくさっき言った通りに置き手紙を書いてオーロック殿の所に届けに行ったのだろう。
半ば強引に巻き込まれた形だが、余ももはやこの件に関しては部外者とは言えない立場だ。
…いや、帝国の次期皇帝という余の立場からすれば始めから部外者では無かったか。
そう考え直し、改めて余に何ができるが考えてみることにする。
時刻は夜明けまでにはまだ少し時間があるような明け方前、疲労感はそんなに無いが落ち着いた場所で考えたいので自室のベットに寝転がり考えを整理する。
まず、姉上の言う通り余の立場では魔石粉の調査は難しいだろう。
こういったことを調査した経験がないので調査の伝手が無い。
強引に聞き込みを行えば、そもそもあの商家の倉庫に魔石粉が大量に保管されているという事実をなぜ余が知っているのかという点で疑問を持たれ先程の調査のことがばれかねない。
こう考えると魔石粉の出処の調査で余が役立てることはなさそうだ。
魔石粉の出処調査で役に立てないなら何か別の方向からアプローチできないか考えることにする。
今回の事件が最も最良な形で収束するとするなら、それはテロを未然に防いだ上で反抗勢力を一網打尽に捕縛するという形だ。
だがそのためには事前に魔石粉による爆弾が仕掛けられる場所を特定して先手を打つ必要があるだろう。
しかし現状では特定のための手掛りが全く無い。
そんな今の状況で余の立場だからこそできる事。
ベットの中で色々と考えた結果、一つの策を思いついた。
さっそくその策についてオーロック殿に提案しに行こうと思ったのだがまだ夜明け前だった。
オーロック殿に会いに行くのは日が昇ったあとの方が良いたろう。
そんな風に思っているとベットの上で考え事をしていたこともあってか眠気を感じ始めた。
思えば事前に睡眠を取って準備していたとはいえ、普段なら寝ている時間帯に活動し激しめの運動もした。
疲労感はそんなに感じていないのだが、自覚が無くとも身体が休息を欲しているのかもしれない。
今の時間にできる事はもうなさそうなので、このまま睡魔に身を任せて少し眠る事にした。
心地良い微睡みの中で意識がフワフワとしていると、何やら遠くの方から騒がしい音が聞こえて来た。
「大変です!アレク殿下が眼を覚ましません!」
「医者を呼べ!大至急だ!」
そんな声が聞こえ多くの人達がバタバタとしているようだったが、微睡みの中に居る余には何処か遠い所での出来事のように感じられた。
少しすると今度は身体のあっちこっちを探られるような感覚も追加された。
だがそこまでされても微睡みが心地良過ぎて起きる気になれない。
「先生!アレクサンドリウス殿下の御容態は?」
「これは……熟睡されている御様子です。」
「は?」
「御調した限りですと体温も脈拍も異常は御座いませんでした。心の臓の鼓動が弱くなっているということも無く、苦痛を感じておられる様子も御座いませんので純粋に熟睡されているだけかと…」
「えぇい!このヤブ医者め!アレクサンドリウス殿下は今までこのような、御声掛けしても目覚められない程の深い眠りについたことなど一度として無かったのだ!何か不調があるに決まっている!」
「ワース、わめなさい。たぶんだけど、アレクちゃんは本当にただ眠っているだけよ。思えばハルトちゃんカゲちゃんにも、こんなふうにぐっすりと眠りについていた時があったわ。今は目覚めるのを待ちましょう。」
「アニエス様、ですが…」
「アレクちゃんのそばにはわたくしが着いておくわ。他の者達は下がりなさい。」
「………かしこまりました。」
この会話を最後に余の周りは再び静かになった。
そしてどこか安心できる温もりが手を包み込む。
その温もりに包まれているとゆっくりと意識が微睡みの中に融けていく。
「やっぱり、この子も旦那様の子なのね。」
最後に母上のそんな呟きが聞こえ、余の意識は完全に微睡みの中に沈んだ。
空腹を感じて目を覚ました。
「アレクちゃん、起きたのね。随分と寝坊助さんだったわね。」
余が目覚めた事に気が付いた母上が優しく声をかけてくる。
「…お腹がすきました。」
「もう夕方だもの、無理も無いわね。何か食べる物を持って来てもらいましょう。」
母上が鈴を鳴らして人を呼ぶ。
一方で意識がはっきりとし始めた余は、自分が半日近く眠っていたことに気がつき愕然とした。
「えっ!夕方?!なんで?!」
「ぐっすりだったわね〜。身体に違和感とかおかしなところはない?」
「それは…大丈夫そうです。なんならいつもよりも調子が良い気がします。」
困惑から逃げ出し切らぬところで、食欲を刺激する香りのスープをはじめとした食料が運ばれて来た。
ぐっすりと眠りこけていた理由は自分でもよくわからないものの、食欲はしっかりとあるようだ。
とりあえず空腹であることは間違い無いので運ばれて来た食料に手をつける。
そうして食事をしておいると余が目を覚ましたという連絡を聞いたのか、ワースと医者かすっ飛んで来た。
「アレクサンドリウス殿下!御目覚めになられたのですね!心配いたしましたぞ!」
「アレクサンドリウス殿下、御食事中に失礼致します。念のために御身体を診させていただきたいのですが…」
「構わぬぞ。皆にも心配をかけたようだ。」
食事の手を止めた余の身体を医者が素早くチェックし始める。
「アレクサンドリウス殿下が無事に目を覚まし、このワースは心から安心しましたぞ。…それで、アレクサンドリウス殿下はなぜ突然このような深い眠りについたのだ?」
「ワース、そう急いてやるな。医者もまだ診察している最中であろう。」
「はっ!そうで御座いますね。心配のあまり結論を急ぎ過ぎてしまいました。…アレクサンドリウス殿下御自身には何か今回の深い眠りに対して思い当たる原因とは御座いませんか?」
正直に言うと有る。
普段と違う事として深夜に活動したことと、実戦に近い形で戦闘を行ったことだ。
だが、そんなことをこの場で堂々と宣言するわけにはいかない。
「…昨日は心地よい陽気だったのでつい昼寝をしてしまってな。そのせいで夜はあまり眠れなかったのだ。眠りのサイクルが狂ってしまっておるのかもしれん。」
一旦、それっぽい理由を言って誤魔化しておく。
「…御調べした限りですと御身体に異常は診られませんでした。健康体で御座います。」
「医者もこう言っておるし、余も不調は感じておらぬ。余とて時間を忘れて熟睡することもあるということだろう。」
「ですがアレクサンドリウス殿下、御身が何かの病を患っていてその予兆であったなんてことがあれば取り返しがつきませんぞ。」
「予兆であるというならば此度の一度だけでは収まるまい。同じような症状が連続したのなら病の予兆と捉えら何かしら対策を講じるということで良いのではないか?」
「アレクちゃんはまだ七歳なのよ?成長期なんだからぐっすりと寝ることもあると思うわ。」
何とか丸め込もうとしているところに母上の援護が入った。
皇族二人にここまで言われたのならワースも一旦引き下がるしか無いだろう。
「…承知しました。ですが!何か不調を感じたのなら直ぐに御声掛け下さい!よいですね!」
ワースが引き下がり、医者の診察も終わったので再び食事を再開する。
「ふふっ…アレクちゃんが美味しそうに食べてるのを見てるとなんだかわたくしもお腹が空いて来ちゃったわ。オーロックさんには悪いけど、今日はここでアレクちゃんと一緒に食べようかしら。」
「…オーロック殿…そうだった。余はオーロック殿と少し話したい事があったのです。」
寝る前にオーロック殿にある提案をしようと思っていたことを思い出した。
わりと大事になっていたのでオーロック殿が顔を出していてもおかしくはなさそうな状況だが、どうやらこの場には居ないようだった。
「…オーロック南方伯には御遠慮頂いています。…その、万が一の事がありますので。」
ワースが言葉を濁しながらオーロック殿の不在を伝えてきたことで色々と察した。
余が万が一このまま目覚めなかったとしたら、その事実は軽々しく吹聴していいものではない。
民に伝われば不安と混乱を招くし、権力者に伝われば善からぬ企みの元となりえる。
オーロック殿は母上が任命した人物であるため、むしろそういった混乱に対して沈静化に協力してくれる側だろうが、残念ながらオーロック殿にもその治世を妨げんとする敵が存在している。
そういった不穏分子に要らぬ情報が渡らないようにするために、先程までの余の状態を知る人間を少なくしたかったのだろう。
なにはともあれ、この場に居ないなら会いに行くしかない。
「オーロック殿にも心配をかけてしまっただろうな。少し話したいこともあるし、食事の後に散歩がてらに訪ねることにしよう。オーロック殿にもそのように伝えておいてくれ。」
こうして予定外の特大寝坊をしてしまったが、寝る前に予定していた通りにオーロック殿に会いに行くことにした。
食後にオーロック殿の元を訪ねに行こうとしたのだが、そうして行動を起こそうと身体を動かした時に感覚がいつもと違うことに気がついた。
身体が異様に軽く感じたのだ。
何が原因でこうなっているのか調べてみると、いつもは意識してやろうとしなければ身体の中を巡らない『獣氣』が、無意識下の状態でも自然と巡っていた。
これを受けてもしやと思い指先に『闘氣』の渦を纏わせてみると、昨日まで難しいと感じて『闘氣』のコントロールが簡単にできるようになっていた。
今朝方眠りに着く前はこんなことは無かったので、これは今日の深い眠りから目覚めた後にできるようになったことなのだろう。
『獣氣』の巡りは止めろうと思えば止めらたので、身体が変に暴走しているわけでも無さそうだ。
つまりこの状態でもなんら不都合は無いということになる。
なので余の身体に何が起こったのかは一旦置いておき、このままオーロック殿に会いに行くことにした。
「オーロック殿、こんな時間に突然訪ねすまない。」
「いやいや、ワシからしても将来の帝国を背負うアレク殿下と話ができる、それどころかアレク殿下の方から話をしに来てくれる機会を得られるのは嬉しいことですわい。して、話というのはどのようなものですかな?」
「…そうだな、前置きは省こう。すまないがこの場に居る全員は退室してもらおう。余はオーロック殿だけと話がしたい。」
少し強めた語意でそう宣言すると、部屋の中で待機していた者達が一斉に動き出して退室していく。
部屋の中が余とオーロック殿だけになったのを確認して改めて口を開く。
「単刀直入に、オーロック殿は姉上から文を読まれましたか?」
「読みましたぞ。ちょうどその件で色々と頭を悩ませていたところです。」
「であれば話は早い。余が話たいのはその件についててです。オーロック殿は具体的に今回の件にどう対応するおつもりか?」
「…現状ではリスクを考慮し、一時的に魔石粉を差し押さえて動きを封じてしまうのが確実な防衛策でしょう。」
「しかしそれでは…」
「はい。根本的な解決にならない上に、不当な理由で資産を差し押さえたとしてワシの評判を落とす動きにつなげる事ができる。総評すると直近の大きなリスクを避けることができる代わりに、長期的な視点から見ればマイナスも大きく問題を先送りにしてしまう策と言えるでしょう。」
「オーロック殿からすればできるなら避けたい手、ですよね。」
「まったくですわい。できるなら魔石粉を使って何かする直前に現場を押えて一網打尽にしたいところですが…」
「そのためには大前提として相手の動きを察知して先手を取る必要がある、という話だな。…オーロック殿、余がもし明日突然ワガママを言い出して少数の護衛のみを連れてオデュンの街を散策したいと言い出したらどあしますか?」
「…そうなれば、緊急のことになりますので万全な警備体制を敷くことはできないでしょうな。」
「ああ、その上で特定の場所に立ち寄るという情報がどこかから漏れたりでもしたら…」
「魔石粉を使って何か善からぬことを計画している者達にとっては格好の標的になってしまう、と。」
「…余がこんな話を持ちかけても驚かないのですね。」
余の問いにオーロック殿は黙って机から手紙を取り出してこちらに渡して来た。
その手紙に目を通すと、どうやらそれは姉上がオーロック殿に宛てて残した昨日の夜の顛末を書いた報告書であるようだった。
報告書の内容は余も共に行動していたこともあって知っている内容ばかりだったが、手紙の最後に書かれていた後書きのような文章は余が予想していなかったことが書かれていた。
内容は要約すると「この件であたしの引き篭もりの弟が何かを決意きたような目で会いに来たら、その時は可能な限りその意思を尊重してやってほしい。」という旨のことが書かれていたのだ。
「…姉上は全てお見通し、ということか。」
「正直、危険過ぎると言いたいところですが、「戦士の覚悟に野暮は無粋」というやつですからな。」
「何ですか?それは?」
「傭兵の国で使われる慣用句ですな。意味のそのまんま聞いた通りの内容です。」
「戦士の覚悟…か。」
言われてみて自覚した。
余が戦士と呼べるような者であるかどうかはわからないが、確かに余はここに闘う覚悟を持ってそのことを宣言しに来たのだ。
「いやはや、それにしても、これでも厳重な警備体制を築いていたつもりでしたから、朝起きたら机の上に見覚えの無い文があって度肝を抜かれました。」
「…家の姉上がすまない。」
「いえいえ、あの御方の一族相手ではどんな警備体制を築こうと本気になられたら無意味ですからな。…それでは明日、アレク殿下が突発で街の視察に出ることになり、警備の体制が整わない可能性があると噂を流させてもらいます。もちろん、実際にはアレク殿下の身の安全は最大限に注意させてもらいますが…」
「わかっている。これは余が自分で言い出したことだ。それに余は護衛の者達と警備の者達の事を信じておる。」
こうして囮役として街に出ることになり、余は自分で決めた戦場に初めて踏み出すこととなった。
年内最後の更新になります。
新年になったらせっかくなので読者の皆さんの初笑いを狙って筆者が実際に体験したちょっと笑えるエピーソードの短編を投稿してみたいと思います。
(※傭兵の国とは何の関係もない話です。)
新年でちょっと暇ができた時にでも読んでみてください。
それでは少し早いですが良いお年を〜。




