夜の出来事ー3
余と警備員の男との間に緊張感が漂う中、そんなものどこ吹く風といった具合で空気を読まずに立ち入ってくる人がいた。
「はいはいはーい。闘いはここでもう終わりよ。あんた苦戦し過ぎ。」
この闘いを焚き付け張本人である姉上だ。
いまさらになって闘いを止めようと割って入って来たようだ。
「姉上、余はまだやれます。邪魔しないでいただきたい。」
「何言っての。こういうのは相手が本気になる前に片をつけなきゃダメなのよ。お互いに殺る気になっちゃって引き際が見えなくなってるでしょ。だからここでもう終わりよ。後はあたしがやるわ。」
そう言われて始めて自覚した。
確かに余は闘い始めた時と打って変わり積極的に闘おうとしていた。
自覚はなかったがこの闘いを楽しみ始めていたのだ。
そして殺気を受けたことで闘争本能に火がつき引き際が見えなくなっていた。
一度クールダウンするために大きく深呼吸して冷静さを取り戻すように努める。
すると余の中で切り替わっていたスイッチのようなものが再び切り替わり、闘いに対する熱のようなものがスッと引き始めたのを感じた。
「ふぅ…わかりました。後は姉上にお任せします。」
「…どうやら呑み込まれずにちゃんと自分を制御できているようね。ってことで、ここから先はあたしが相手をしてあげるわ。そこのあんたもソコソコ闘えるようだから分かるわよね?あんたとあたしじゃ勝負にすらならないって。だから大人しく武器を捨てて降参してくれた方が話が早いんだけど…」
「…ひべざま?」
「え?なに?」
「ひべざまだ!」
「はぁ?あんたさっきから何を言ってんの?」
「ひべざま〜」
警備員の男は突然武器を捨てそのまま姉上の元へ駆け寄った。
さっきまで漲らせていた闘志もすっかり何処かへ消え失せ、涙と鼻水で顔面がぐちゃぐちゃになっている。
「はぁ?えっ…ちょ…いきなりなんなのよ!」
「ひべざま!オラだべ!ムサイだべ!」
「誰よ!?あんたのことなんて知らないんだけど!?ってかあんた涙と鼻水どうにかしなさいよ!」
「ぞんな〜」
警備員の男は泣きながら懐に手をやり、銀色に光る何かを取り出して見せた。
「あんたそれって…傭兵の国の…」
「そうだべ。傭兵の国さいた時に、ひめさまに助けでいただいたムサイだべ!」
「ムサイ…?」
ことの経緯から察するにこの警備員の男はかつて姉上と同じように傭兵の国に所属しており、その時に何かしらの形出姉上に助けられた過去があるのだろう。
姉上も思案顔で記憶を辿ってどうにか思い出そうとしているようだが、イマイチピンと来ていない様子だ。
「…おかしいわね。あんたの顔、見覚えが無いわ。本当にあたしと会ったことあんの?」
「あるべな!ひめさまにはおっかぁが病気で倒れた時、薬さこさえてもらって助けてもらったべな。あの時にひめさまに薬さこさえてもらえなかったら、きっとおっかぁは死んでたべ。だからオラはひめさまに大きな恩があるべな。」
「…薬?………あっ、なんかそんなこともあったわ。でもあの時に薬をあげたのはもっとむさっ苦しい髪も髭も伸び放題の男だったはず……あんた髭とか髪とか剃って身綺麗にしたらそんな感じになるのね。昔と違い過ぎてわからなかったわ。」
「オラ半年ぐらい前に嫁っ子が来てくれたんだけど、その嫁っ子が髭も髪も整えた方がカッコいいからってキレイにしてくれたべな。そんなことよりも、なしてひめさまがこんな所で不審者みたいなことしてるべ?」
「そう言うあんたは何でこんなとこで警備員なんてしてんのよ?」
「オラか?オラはアルバイトだ。嫁っ子のお腹にオラの子が居るんだけんど、少しでも嫁っ子に精がつくもんを食わせてやりたくって畑で採れた野菜を売りに来たついでに短期の警備員をしてるべな。」
「…サウスワール派の線は無さそうね。となると話をして味方に引き込んだ方が都合がいいか…」
小さな声でぼそり姉上が漏らすが、余もこの姉上の作戦には賛成だ。
実際に闘っていたから分かるが、このムサイという男は最後の最後まで余に極力怪我をさせないように立ち回る甘さとも取れるような優しさがあった。
そんなムサイがサウスワールの支持者の残党の協力者としてここにいるとは思えないので、本人が言う通り本当にアルバイトで雇われただけなのだろう。
「簡単に説明すると、ここは今の南方領の領主であるオーロックおじ様に反抗する勢力に与している疑いがある商家が所有している倉庫で、この倉庫にはそんな連中が何か善からぬ企みのために使う道具が保管されている疑いが有るの。だからこうして調べに来たってわけよ。」
「なんだって!?オラは善からぬ企みとかは何もしらないべ!関係ないべ!オラは領主様の統治には何の不満もないべ!」
「始めっからあんたのことは疑ってないわよ。まぁ、あんたが未だに警備員としての役割を全うする気で、あたし達の邪魔をするつもりなら話は変わるけど。」
「元々オラには恩人であるひめさまを邪魔をする気んてないべ。それに悪いヤツ等が悪いことをして稼いだ金を貰ってもオラは胸を張れないべ。だから朝になったらバイト代は返して縁を切るつもりだべ。」
「…そこまでしなくていいわよ。お金にはなんの罪もないし、それにあんたがそんな変な行動したら何かあったって感づかれるわ。だからあんたはあたしに協力して何くわぬ顔で明日の朝に異常無しだったって報告しなさい。」
「わかったべ。」
姉上に恩があるらしいムサイは姉上の提案にあっさりと同意した。
こうして色々とあったが、余達はようやく倉庫の調査ができることとなった。
ムサイの協力を得られた余達は堂々と倉庫の中に入り中に保管されている物品を確認する。
三人で手分けをして倉庫を捜索すると、砂のような物がぎっしりと詰まった樽が大量に見つかった。
「これは…ただの砂ではなさそうですね。上手く言葉にできませんが、この砂からは何か力のようなものを感じます。」
「あんたが感じ取っているソレは魔力よ。たぶんこれは魔石粉ね。」
魔物粉。それはその名の通り魔物の身体から取れる魔石を砕いて砂のように加工した代物で、一部の魔導器等を動作させるエネルギー源として一般にも流通している物である。
そもそも魔石というのは生まれつき魔物の脳内に埋め込まれている魔王の思念を伝達するための器官であるが、これには魔力を蓄積しておく機能もあることがわかっている。
そして、近年の研究で魔石が魔王の思念を伝達するには一定以上の大きさが必要であることがわかったため、砕いて粉状にすることで魔王の思念を伝達する機能を失わせて内部に蓄積されている魔力のみを利用する方法としてこのやり方が確立されたらしい。
「見た限りこの倉庫には他に怪しい物はなさそうだべ。そんでこの魔石粉にしても取り扱いが禁止されてる違法品ってわけでもないべな?だったらばこの倉庫が怪しいってのがそもそも間違いだったんじゃないべか?」
「いえ、この倉庫で当たりだと思います。確かに魔石粉は違法品というわけではありませんが、この数は明らかに不自然ですから。」
「どういうことだべ?」
「あんたも傭兵の国に居たならわかるでしょ?魔石粉がぎっしり詰まった樽がこんなにあるのよ?これだけでの数を揃えるのにどんだけの魔物を狩らなくちゃいけないと思ってるのよ?」
「言われてみれば確かに!…でも、見た感じ古い樽もあるみたいだから昔っからコツコツと貯めてただけなんじゃねぇべか?」
ムサイが言う通り魔石粉が入った樽の半分程は年季が入った古い樽のようだった。
薄っすらと埃が積もっている物もあるので時間をかけて貯蔵していたことは間違いない。
だがその一方でそれらと、それらと同等かそれ以上の数の真新しい樽に入っている魔石粉もここには保管されているようだった。
「その可能性はありますが、やはりそのことをふまえて考えても不自然です。ここは商家の倉庫ですよ。ならばここにある物は全て商品の在庫であるはず。そう考えると古い樽に入っている魔石粉は全て売れ残りということになる。そしてこれだけの売れ残りを抱えているなら新しく仕入れる必要は無いはず。にもかかわらず新しく仕入れたように見える魔石粉も大量にあります。つまりこの魔石粉は商品として仕入れているわけではないということになります。」
「ついでに言うと新しく入荷したと思われる魔石粉の数もおかしいわ。これだけの数が入荷したということは、当然ながらこれだけの数が採集できるだけの魔物が帝国周辺に居たことにならるわ。でもあたしはここ最近で魔物が大量発生したなんて話を聞いた覚えがないわ。」
「傭兵の国と取引した商人が持ち込んだんでねぇか?あそこならこれぐらいの数を用意できてもおかしくはねぇべな。」
「…その線は完全に否定できる要素がないさわね。明日にでも傭兵の国本隊に連絡して取引があったかどうか確かめてみるわ。」
いっそのこと取引をした帳簿でもあれば出処がはっきりとするのだが、残念ながらここはあくまでも倉庫であるため帳簿の類を保管しているようには見えない。
「出処は今は調べようがなさそうなので置いておくとして、問題はこれの使用目的が何なのかということです。姉上、魔石粉はエネルギー資源の一種であると学びました。であるならば、やり方次第でそのエネルギーを暴走させて爆発を引き起こす、なんてこともできるのではないでしょうか?」
「…できるでしょうね。ただ、そんな使い方は金額の山で爆弾を作るようなものだから普通はやらないわよ。でも、もしもその想像が正解でこれの使用用途がそれなら、ここにある魔石粉は全て爆弾ってことになるわね。…でも実際にここにあるのは違法品でも何でもないただの魔石粉よ。商家なら商品として仕入れたと言えば何とでも言い訳できる代物だし、大量に抱え込んでいたとしても理由も無しに差し押さえ出来るものでもないわ。」
「では、結局のところ爆弾として使おうとするところを押さえるしかないわけですね。」
「そうね。そしてこれをいつ使ってくるかだけど…」
「おそらくは近い内には動きがあるでしょう。オーロック殿の治世能力に問題があると世に知らしめるなら、余達皇族が訪問しているこのタイミングで騒ぎを起こすのが最も効果的です。皇族の身が危険にさらされるような爆発、もしくは皇族が見ている目の前で重要施設が爆破される、などの事が起これば皇室から何かしら沙汰を下さざるを得ない状況にできますからね。」
「…まだ推測の域を出ていないことだけど、オーロックおじ様に報告して注意を促しておいた方が良さそうね。」
その後、その他にも不審な物は無いか倉庫の中を改めて確かめたが、結局この大量の魔石粉以外に不審な物は見つからなかった。
出処がわからない大量の魔石粉。
こうして、得体の知れない何かがひっそりと忍び寄って来ているような不気味な感覚を覚えながら余の夜の冒険は終わった。
メリークリスマス。
そして同時に今回の更新でとうとう百話に到達しました。
今後も今の更新ペースを維持できるように頑張っていきます。




