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ショートショート4月〜5回目

選択できません

作者: たかさば

 ……なんだか、頭がぼーっとする。


 ええと…ここは、どこだったかな?

 なんで、俺はこんな所にいるんだろう?


 ……なにも、思い出せない。


 寒くもなく、暑くもない…、地面はあるが、イスはなくて…なぜか立ち尽くしている。

 全体的に薄暗くて、自分の今いる環境が…自分を取り巻く状況が…確認できない。


 あたりをきょろきょろと見回すと…、少し離れた場所で、ほのかに光のようなものが漏れているのを発見した。


 ……あれは、救いの光なのか、それとも。



 ~選択してください~


 光のところまで歩く →→→ 【2】響く足音

 その場で様子を見る →→→ 【3】待てば海路の日和あり



 貴方が選んだのはこちらです。


【2】響く足音



 薄暗い中、一歩づつ…慎重に、前に進む。


 自分がどんな靴をはいているのかはわからないが、ぼんやりとつま先っぽいものを確認することはできる。パタ、パタと…小さな足音がするから、おそらく、建物の中と思われる。


 もしや、俺は…知らぬ間に、どこぞの組織に捕まってしまったのだろうか?

 一体いつ、どんな理由で、なぜ…俺が。


 ぼんやりした頭の回転速度をあげつつ前に進むと、だんだん明るさが増してきた。

 突き当りが壁になっていて、ギリギリ手の届くくらいの高さでろうそくの火が揺れている。


 ……左右に、通路が続いているようだ。

 右方向は、ろうそくの薄明かりが続いた先に…人影?のようなものが見える。左方向には、ろうそくの明かりだけが続いている。



 ~選択してください~


 声をかけるために右に曲がる →→→ 【5】コンタクト

 逃げるために左に曲がる →→→ 【4】君子危うきに近寄らず



 貴方が選んだのはこちらです。


【4】君子危うきに近寄らず



 あんな薄暗い場所で、ろうそくの火を見つめてじっと立っているやつ…明らかに、おかしいだろう。

 ただでさえ見覚えのない…不信感しかない場所に放り込まれているのに、これ以上怪しいものと遭遇するなんて勘弁してもらいたい。


 そもそも、こんな怪しい場所で遭遇した誰かが自分の味方であるという保証なんてないのに、声をかける気にもなれないし。昔から偉い人も言っていた、危ないものに近づくから危ない目に合うのだと。


 …我ながらいい選択をした、そんなことを考えつつ歩みを進める。




 前に進む →→→ 【6】脱出


 ……もう、ずいぶん真っ直ぐに歩いているはずだが、突き当りが見えない。


 横にそれるような曲がり角はどこにも見当たらず、ただ真っ直ぐに歩いてきたのだが…失敗したかもしれない。


 今来た道を、戻るか……?いや、それは悪手だ。

 規則的に設置されているろうそくが、ところどころ燃え尽きている。だんだんと視界の先が暗くなっているから、おそらく…戻る前にろうそくはすべて消えて、闇に包まれるはず。

 ここに来るまでに、何も糧になるようなものがなかったのだから…、戻る意味はない。戻ったところで、辿り着くのは何もないただの通路でしかないのだ。


 このまま突き進むのが、正解……いや、それは、Goodの答えだな。

 Excellentの答えは、おそらく…一刻も早く先に進んで、ろうそくの火が燃え尽きる前にゴール、あるいはゴールにつながる何らかの事象にたどり着くこと。

 真っ暗闇で前に進むなど、無謀としか言いようがない。少しでも明かりがあるうちに、1センチでも先に行くべきだ。


 俺は歩く速度を上げ、移動する風圧でろうそくの火が揺れないことを確認してから、全速力で駆け出した。

 タッタッタと軽快な足音が響き、髪と体躯が上下に揺れる。筋肉が激しく収縮して疲労感が増してゆく。全身にうっすらと汗が浮かぶ。


 一体…、いつまで…、俺は、走り続ければいいのだろう。


 全速力を維持し続ける事がきつくなってきた。

 バクバクと激しく鼓動を打つ心臓の音が、体中に響き渡る。


 足を止めようか、しかしそんなことをしていてはろうそくの火が。

 葛藤しながら、ややスピードを落としつつ走り続けていると、ふと…空気が変わったような気がした。


 …気のせいか、音の…反射も変わったような気がする。

 もしかしたら、突き当りが近い、または分かれ道があるのかもしれない。ほんの少しの安心感を胸に、駆けていると…ああ、またろうそくが一つ消えた。…急がねばなるまい。


 疲労感で鈍り始めたスピードを加速するべく、中学生のころ陸上部で走っていた事を思い出し、姿勢を正して、手を大きく振り、太ももを高く上げ、前へ、前へとすすむ……。


 ああ、この、感じは。何度も挑んだ、走り幅跳びの……。


 自分の周りに風を感じていた時代を思い出す。

 全力で土をけり、全速力で踏み切って、空中を舞い、砂の上に着地する…あの、爽快感。


 若さに陰りが見え始めた肉体の疲労感を…振るい落とすがごとく。


 そのまま、勢いに乗って、薄暗い通路のど真ん中で……つい。


 頭の中で、走り幅跳びをしていた過去の自分の姿をなぞりながら、思い切り…、砂が塗された、かすれた白い線の見当たらない場所で。


 勢いに乗ったまま、右足で踏み切って。


 遠くを目指して跳んだ、あの瞬間を!


 グラウンドの隅でいつも睨み付けていた、茶色い砂地。砂を蹴散らせて、白線を踏み切り、青い空が目の端に移りこんで。


 着地の衝撃、汗ばむ肌に貼りつく砂。このままずっと、風を全身で受けながら…空中に留まり続けたいと、空を舞い続けていたいと願ったあの時。


 ああ、今…俺は、跳んでいる。


 今、俺は、このおかしな空間で、飛んでいる。


 脳裏に浮かぶ、あの頃の景色が…俺に混じる。

 青い空が…俺に、混じる。


 いや……、俺が、空に…、溶け込んでいく。


 ああ、なんて気持ちがいいんだ。不快なものがすべてはがれていく。


 おかしなところにいる不安。

 混乱を受け入れなければならない重圧。

 何で俺ばかりという不満。

 許せない出来事、許さなければいけない環境。

 言えない本音、塗り固められた感情。

 出せない怒り、出したくなる嘆き、出さずにはいられない弱い自分。


 酒に弱い体、酒の力で失われた理性。


 限度を超えた、越えてしまった、ひとつの…魂。



 なんだ、俺は……もう。




 着地する場所をなくした、ただの。





 ……ただの。




 ~選択肢がありません~


 貴方は何も選べません。

 またの機会をお待ちください。

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