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第七話

 火山から戻った翌日。

 さっそく監視塔で、天候魔法を実験してみることにした。

 イフリートがやる気になってくれたおかげか、火山からもくもくと噴煙が出ているのが、監視塔からも見えていた。

 これでとりあえず、知りうる限り、過去の状況が再現できたことになる。

 

 雷雲の生成はこれまでどおり行った。雨が降り出さないよう、前回よりは勢いを抑えた。そして、噴煙によって空に昇った火の精霊と土の精霊を、精霊誘導で雷雲の方まで導いた。

 わたしが知る限り、これだけで雲の色が変わるなんてことはないはずだ。雲の色を決めるのは空に在る水と風の精霊で、火と土の精霊が影響を及ぼすことは原則として無いはずなのだ。

 

 固唾をのんで見守っていると、変化があった。魔王城の上にある雲の大半は暗い鉛色だが、中央に近い部分だけ、闇のように黒く染まった。魔法で視力を強化すると、真っ黒な雲の中、何かが明滅しているのに気付いた。カミナリとは少し違う光に見えた。

 目視ではこれくらいが限界だ。だから、魔力で精霊の動きを探った。空の上での精霊の動きがつかめれば、何が起きているかわかるはずだ。

 間隔を総動員して、様子を探った。

 

 そして、私はようやく、魔王の言う「黒雲とイナズマ」が、どういうものであるのか理解した。

 

 

 

「黒雲とイナズマができたと聞いたが……」


 再び、魔王様と謁見した。

 今回は謁見の間ではなく、魔王城のバルコニーだ。そこに来て欲しいと、クラウドレインを通じて依頼したのだ。


 魔王は空を見上げた。

 天候魔法は既に発動済みで、空には分厚い雲が垂れこめている。しかし、現時点では魔王の望むほどに黒くはなく、イナズマも見えない。

 

「できておらぬではないか!」


 魔王の不満の声は予想通りだった。言っていることは正しい。今はまだ、未完成の状態なのだ。

 わたしは落ち着いて話を進めた。


「黒雲とイナズマを得るために、魔王様にお願いがあります」

「なんだ、申してみよ」

「勇者と対峙したつもりで、魔力を高めてはいただけないでしょうか?」


 魔王は怪訝そうにこちらを見たが、にやりと笑うと魔力を高めた。ただでさえ強大な魔力が、更にその力を増した。

 魔王の身体を黒いオーラが立ち上った。

 それと共に、濃密な瘴気が吹きあがった。

 それは空へと昇り、雲に溶けていった。

 

 すると、たちまち雲は闇のように黒く染まった。

 そして、黒い雲の中でいくつもの光がはじけ始めた。

 黒雲とイナズマが、遂に出来上がったのである。

 

「これだ! これが我の望んだ黒雲とイナズマだ! よくやった! よくやったぞ天候魔導士! これで! これで勇者と戦う場はそろった! あはは! あはははははは!」


 いつも、天候魔法の成功すると、人々は笑顔を見せてくれる。

 その笑顔を見ると、達成感に満たされる。報われた気持ちになる。泣きそうになるくらい、しあわせな気持ちになる。

 

 魔王は笑顔を見せてくれた。喜んでくれた。

 しかし、このとき、しあわせな気持ちになれなかった。

 黒雲とイナズマが何を意味するか、確信を持ててしまったからだった。

 

 

 

 仕事を終えたわたしは、客間で少しぼうっとしていた。目の前の机の上には羊皮紙の束がある。ここには黒雲とイナズマを生み出す天候魔法の手順が書きしたためてある。

 

 天候魔法は、前段階の地形の配置には特別な技術を要するが、そのあとは難しくない。この手順書を渡せば、クラウドレインなら問題なく、いつでも黒雲とイナズマを生み出せるだろう。

 

「クラウドレイン、来てください」


 呼び鈴を鳴らすと、クラウドレインは空間転移の魔法ですぐ来てくれた。

 天候魔法の手順書を彼に渡した。


「これが黒雲とイナズマを生み出す手順書です。あなたの魔力なら問題なく実行可能でしょう」

「ありがとうございます。これを読み終えたら、きちんと処分させていただきます」

「……処分?」

「ええ。この手順書に限らず、あなたがこの地で作成したものすべて、こちらで処分いたします。何一つ、残すことは許されません」


 なぜ、と問い返そうと一瞬考える。だが、すぐにそれが当たり前のことだと気付く。

 魔王に関わったことが周囲の人間に発覚したら、どうなるだろう。まともな扱いを受けるとは思えなかった。

 二代前の魔王に関わった先祖が、何の記録を残していない理由が分かった。

 

 何も残さない。そうだ、この仕事は何も残るものが無いのだ。

 そう思うと、問わずにはいられなくなった。

 

「この仕事はいったい何だったのでしょう? 黒雲とイナズマを作り出すことに、何の意味があったのですか?」

「魔王様がそう望まれた。それ以上の意味はありません」

「こんなことしている場合ではないでしょう? だって、勇者がここに来たら……!」


 それ以上は言葉にできなかった。

 勇者が来たら、魔王は負ける。

 わたしはそうなることを、確信できてしまっていた。


 黒雲とイナズマは、空にある四大精霊と、魔王が生み出した瘴気が生み出したものだった。

 黒雲は瘴気に染まった色だった。四大精霊と魔王の瘴気がぶつかり合ってほとばしるエネルギーが、イナズマの正体だったのだ。


 イフリートの言葉が思い出される。


「当代の魔王の力はいまいち物足りなくてな! 我ももっと燃え盛りたいと思っておったところだ!」

 

 そう、魔王は弱いのだ。

 本来なら魔王の魔力はもっと強大で、常に瘴気が吹き上げっているような状態なのだ。

 天候魔法の力を借りることなく、魔王城の上空は常に、黒雲がたれこめイナズマが光っていたのだろう。

 だが、当代の魔王にそれほどの力はない。戦闘状態まで魔力を高めて、ようやく先代の魔王の平常時の魔力と並ぶくらいなのだ。

 

 先代の魔王ですら、当時の勇者に倒された。

 現在の勇者の強さがどれほどのものかわからない。しかし今の勇者は、快進撃を続けていると聞いている。今の魔王では、おそらく勝てない。

 

「……あなたは魔王様のことについて、気づいてしまったのですね。そうです。魔王様の力は、残念ながら足りていません。魔王様の力が整う前に、当代の勇者は誕生してしまいました……」


 クラウドレインは、疲れたように、そう漏らした。

 

「……そんな秘密を、わたしに話してしまっていいのですか?」

「問題ありません。貴方が人間どもにそのことを言いふらしたところで、誰が信じると思いますか? たとえ魔王様の力が足りずとも、勇者以外のほとんどの人間にとって、魔王様のお力は絶対的な脅威なのです」


 そうだ。魔王は強い。魔力の強大さは知っている。

 今回のことがなければ、今の魔王が歴代の魔王に比べて弱いなんて、思いもしなかったことだろう。


「……それに立ち向かえる勇者ってすごいですね。そんなに強いのですか?」

「配下の者からの報告を聞くだけでも、相当に強いと思います。私が全力で戦っても、おそらく5分と持たないでしょう」


 あのクラウドレインが、5分も持たないなんて、勇者と言うのはどれだけ強いのだろう。

 想像もつかなかった。

 でも、それならなおさら、こんなことに時間を費やしている意味が分からない。

 

「勝てないとわかって戦うのですか……逃げようとは、思わないのですか?」

「逃げることなどできません。当代の勇者は優秀です。まず逃げ切れないでしょう。なにより、配下の魔族や魔物たちが許しません。当代の魔王様の力が足りないことは、多くの魔物たちが知っています。だから魔物たちは……当代の魔王様が倒れ、代替わりすることを望んでいるのです」

「代替わりを、望む……?」


 代替わりを望まれるということは、つまり「早く死んでほしいと思われている」ということだ。

 魔王は人類の敵対者だ。およそすべての人間が、魔王が死ぬことを願っている。そして魔王の配下まで同じことを望んでいるのなら……それはなんて、救いのないことなのだろうか。


「魔王様はすべてをわかっています。そのうえで、勇者と戦うことを望まれているのです。そのための黒雲とイナズマなのです。黒雲がたちこめ、イナズマが鳴り響く魔王城。そこで勇者と戦う者こそが魔王なのです。この条件を欠いた状態で死んでしまえば、魔物たちは魔王様とは認めないのです。ただの強い魔物が、死んだだけになってしまうのです」

「そんな……そんな形式を取り繕うためだけに、わたしに天候を変えさせたというのですか? そんなくだらない理由で……!」

「くだらない……? 貴方は、自らの終わり方を選ぼうとしているものの意思を愚弄するつもりですか? たとえ魔王許可証があろうとも、そんなことは許しません」


 クラウドレインの目には怒りが宿っていた。

 そうか、怒るのも当たり前だ。

 死を受け入れた者が、死に方を選ぼうとしている。それをくだらないと切り捨てていいはずながい。尊重すべきことなのだ。

 

 わたしは自分の仕事を勘違いしていた。

 いつも人々を生かすために、天候を変えてきた。

 今回の仕事は違うのだ。死にゆくもののために、上等な棺桶を用意するようなものだったのだ。

 黒雲とイナズマで飾られた、魔王城という棺桶を。


「失言でした。申し訳ありません」

「……いえ、こちらこそ失言でした。これは魔王軍の事情です。人間の貴方が理解する必要はありません。あなたはいい仕事をしてくれました。そのことには感謝しています」


 わたしの謝罪を、クラウドレインは微笑んで受け止めた。とても寂し気な微笑みだった。

 

 

 

 わたしの仕事は終わった。クラウドレインは空間転移の魔法で、実家に送り届けてくれた。


「ありがとうございました。もう会うことはないでしょう。さようなら」

「さようなら」


 クラウドレインとの別れのやりとはひどく簡素なものだった。他に言うべき言葉はなかった。

 残ったのは、身に着けた衣服と、胸に下げた魔王許可証だけだった。他に魔王城に持って行ったものは、全て処分してもらった。

 家に入ると、もう夜に差し掛かった時間だった。なにも食べる気が起きず、寝間着に着替えてベッドに入った。

 

 魔王は存在するだけで人間を脅かす存在だ。

 クラウドレインにしても、強大な魔力をもつ魔族だ。魔王の指示があれば、何人もの人の命を奪うだろう。

 

 彼らに対して、同情の余地なんて、ない。


 人間なら、誰でも魔王の死を望んでいるだろう。

 魔物たちですら、今の魔王が早く死んで、次の魔王が現れることを望んでいる。

 彼らの死を悼むものは、きっと世界に一人もいない。

 

 わたしは天候魔導士だ。人々のために雨を降らせる魔法使いだ。

 だから、死を悼むものがいない彼らのために、少しだけ雨を降らしても、許されるはずだ。

 

 その夜、わたしは、少しだけ泣いた。

 

 

 

 一年後、勇者が魔王を討伐したという朗報が世界各地を駆け巡った。

 何人もの吟遊詩人が、勇者パーティーの活躍を謳った。

 勇者の戦いの最終章は、どの吟遊詩人も、決まって次の一節から始めた。

 

 黒雲が渦巻き、イナズマが光る空の下にそびえ立つ魔王城に、勇者たちは臆することなく挑んでいきました……。




最後まで読んでいただきありがとうございました。

楽しんでいただけたなら幸いです。


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