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第六話

「それでは、ここで待っていてください。」


 魔王城から西に2キロほどにある火山。その麓まで、クラウドレインの空間転移の魔法で送ってもらった。彼にはその麓で待機してもらうことにしてある。

 そして、わたしは火山へ歩き出す。

 数歩進んだところで、立ち止まって振り返った。


「でも、本当に危なくなったら呼びます。その時は来てくれますか?」

「私は執事です。ご用命とあれば、すぐさま伺いましょう」


 クラウドレインは空間転移の魔法が使える。わたしが呼べばすぐ来てくれるだろう。

 そのことに少し安心して、わたしは再び歩き出す。


 最初からクラウドレインを連れていくことも考えた。しかし、今回の目的はあくまで、火の山の主との交渉だ。魔族を連れ込んだりしたら、戦闘になりかねない。

 クラウドレインの魔力なら、火山の主に勝ってしまうかもしれない。そうしたら火の精霊の勢力はぐっちゃぐちゃになる。何が起こるかわからない。火山が噴火することすらありうる。さすがにそのリスクは冒せなかった。

 

 これからやるの交渉であり、それは天候魔導士の仕事だ。

 大精霊との交渉は、何度もやったことがあるが、不安はぬぐえない。この火山を統べている存在については、精霊地図を作った時点で分かっている。かなりの大物なのだ。

 

 

 

 魔王城の上空を覆っていた黒雲とイナズマ。それは通常の天候ではなかった。

 アイ・インフォーマーに見せてもらった映像で気になったことは、火山の活動状況だ。当時の火山はもくもくと噴煙を上げていた。噴煙には火の精霊と土の精霊が混じっているはずだ。

 それらが雲に作用して、あの黒雲とイナズマを形成しているのではないか。

 実際に試したことはないし、実家にある過去の天候魔法の記録にも、そういったことはなかったと思う。

 でも、だからこそ試してみたいと思ってしまったのだ。

 そのためには、火山を統べる主と交渉して、火山の活動を活発にしてもらう必要があった。




 山の中腹に差し掛かると、洞窟があった。精霊地図によれば、ここから火の精霊の強い流れがあった。

 この洞窟を進めば、火山の中心にたどり着けるはずだ。途中でふさがっていても、地形加工魔法で進めるだろう。


 たいまつをつけて、中をすすんでいく。だんだん気温が上がっていくが、それでわたしが汗をかくことはない。もともと天候魔導士は四大精霊への耐性が高い。更に防御魔法をかけているので、溶岩に突っ込みでもしない限りダメージはない。

 

 洞窟は幸い途中でふさがることなく、火山の中心あたりまで続いていた。洞窟の先は大きな空洞となっていた。洞窟から出ると、小屋一件分くらいの地面を残して、あとは大きな穴になっている。穴の下の方からから赤黒い光に照らされていた。熱気からして、下は溶岩となっているのだろう。

 

 下を覗き込む。魔力を解放して、わたしは声を張り上げた。

 

「わたしは天候魔導士、リーポット・ウェイザー! この火の山を統べる火の精霊の主と交渉のため参りましたっ!」


 魔力を解放するのはこちらの位置をわかりやすくするためだ。告げた口上も、意図的に簡素なものにしている。精霊は感性で動くものがいい。そういう相手には、何よりわかりやすさを優先しなくてはならない。

 

 そして、火山の底から凄まじい魔力が昇ってきた。下からの溶岩の光だけで薄暗かった空洞の中が、燃え盛る炎に照らされ赤く染まる。

 

「我は魔神イフリート。人間ごときが交渉とは笑わせてくれる!」


 通常、火の精霊はサラマンダーだ。火をまとった巨大なトカゲのような精霊だ。大精霊もこれがベースとなる事が大半だ。

 しかしさすがは魔王の領地。この火山の主は炎の魔神、イフリートだったのだ。

 燃え盛る炎に包まれたその身体は、太くて固そうな筋肉の塊だ。火力と暴力を限界まで主張してくる魔神。内包する魔力はこれまで出会ってきた大精霊を大幅に凌駕する。

 その威圧感に負けず、私は声を張り上げた。


「わたしは天候魔導士! 精霊を導き、この地の天候を司る者! 火の山を統べるイフリートに、利益となる話を持ってまいりました!」

「利益! はっ!? ちっぽけな人間ごときが差し出す利益に、価値などあるものか!」

「わたしは既に、この地に雷雨を起こしました! 火の山の主ともあろうものが、このわたしのもたらす利益を想像できなとは嘆かわしい! まずは話を聞いていただきたい!」

「大きなことを言う! ならばその力、このイフリートに示して見せるがいい!」


 相手を煽って、力試しに持っていく。

 ここまではいつも通りの展開だ。あとは相手の攻撃をしのぎ切るだけだ。

 天候魔導士は、精霊に対する耐性が高い。また、精霊魔法に対する防御魔法も得意だ。大精霊相手でも、防御に徹すれば、凌ぎきるのは難しくない。

 だが、相手は魔神イフリート。これまで相手にしてきた大精霊とは格が違う。

 

 イフリートは大きく振りかぶると、ボールでも投げるみたいに火の球を放ってきた。

 恐ろしいほどの魔力が込められている。まともに喰らえばこちらの防御魔法を抜いて、わたしの身体は骨すら残らず燃え尽きるだろう。

 だが、それぐらいのことは想定済みだ。


「真空の太刀!」


 風の精霊魔法のうち、真空の刃を放つ魔法がある。これで、火の魔法を断つことができる。これは絶対的な法則である。ただし、それは同程度の魔力がぶつかり合った時だけだ。

 わたしの放った真空の刃は、イフリートの火球にわずかにめり込んだところで消滅する。相手の魔力は圧倒的だった。

 

 だが、火球の先端が乱れたということが重要だ。わたしは天候魔導士。広範囲の精霊を誘導し、一地域の天候を操れる魔導士だ。先端だけでもほどけたのなら、「誘導できる」。

 

「精霊誘導!」


 イメージするのは螺旋。火球の中心から、円を描くように力を外に流していく。いかに膨大な魔力が込められていようと、たかが火球一つ。大規模な天候操作に比べれば大したことはない。

 わたしは難なく逸らしきった。火の直撃はさけても、その熱量全てを流せたわけではない。熱気が押し寄せるてくるが、その程度なら防御魔法で無効化できる。

 

「どうですか、わたしの力は……!」


 交渉を続行すべく口を開いたが、すぐに閉じることになった。

 イフリートは大きく振りかぶっていた。筋肉が膨らむ。すごく嫌な予感がする。

 

 そして、イフリートは大ぶりなパンチを繰り出してきた。


 まずい。さきほどの火球のように、散らして逸らすということはできない。いかに天候魔導士が精霊の誘導に長けていると言っても、パンチが届くまでにイフリートの拳を分解するなんてできるはずがない。火球とは密度が違う。

 そもそもパンチと言うのは物理であって、精霊魔法ではない。物理は天候魔導士の職務範囲外だ。サラマンダーの爪や牙なら防御魔法で凌いだこともあるが、これは無理だ。直撃すれば間違いなく、防御魔法ごと潰される。

 

 一瞬、死を覚悟する。

 今からクラウドレインを読んでも間に合わないだろう。

 だが、わたしにはまだ、できることがあった。

 

 恐ろしい威力でイフリートのパンチがさく裂した。岩壁が爆発したみたいに砕け、衝撃に火山が震えた。

 わたしはその破壊の有様を、「横から」見ていた。

 にっこり笑顔を形作り、イフリートへ向け声を張り上げる。


「あなたの攻撃は、わたしを一歩も歩かせることができませんでした! わたしの力はおわかりいただけたでしょうか!?」


 精一杯の虚勢を張った。だが、嘘は一言も言っていない。

 

 パンチの当たる瞬間。わたしは土の精霊を操り、足元の地面ごと自分を移動させて回避したのである。

 

 移動はしたけれど、足を動かしてはいない。こんなトリックとも言えない姑息な手を、イフリートほどの精霊なら当然見抜いているだろう。

 でも、同時に理解しているはずだ。火の属性が支配するこの火山の中で、こんな精密な土の精霊のコントロールを可能とすることの意味を。

 

「おもしろい! 確かに見どころがあるようだ! お前の話を聞いてやろう!」


 ようやく話に乗ってくれた。

 そして、その地を支配する大精霊との交渉と言うのは、この時点でほぼ終了である。


 天候魔導士は精霊の流れを誘導する。精霊との話を誘導するなどたやすいことなのである。

 そもそも精霊は、自分の勢力を増すことしか考えない。この火山で火の勢力が動きやすくするよう融通をきかせると、、イフリートは簡単にこちらの提案を受け入れてくれた。

 こうして交渉は成立し、イフリートは火山の活動をこちらの依頼に合わせて増してくれることとなった、

 

 交渉自体は問題なかった。だがその中で、ちょっと引っかかる一言があった。


「当代の魔王の力はいまいち物足りなくてな! 我ももっと燃え盛りたいと思っておったところだ!」


 イフリートはそんなことを言っていた。

 あれほどの魔力を持つ魔王を、物足りない……? 魔力の高い存在の感覚って、いまいちわからない。

 それにしても、怖い思いをしたけれど、火山で良かった。

 火山の熱気なら、服もすぐに乾いてしまう。だからイフリートのパンチを躱したとき、汗をいっぱいかいてしまったことも、それ以外の何かをちょっと漏らしてしまったことも、今回ばかりはクラウドレインも気づかないに違いない。


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