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第二話

 黒雲とイナズマを呼び出すために、天候魔導士をさらってくる。

 あまりにもばかばかしい話に、ツッコミを入れずにはいられなかった。

 口に出してから、失敗したと思った。

 目の前の相手が本物の魔王なのかはわからない。でも、こちらより圧倒的に強大な存在であることは間違いないのだ。

 固唾をのんで、目の前の少年の様子をうかがった。

 そして、魔王は口を開いた。

 

「猛るな、クラウドレイン」


 その言葉は、わたしに向けたものではなかった。

 声の向かう先に目を向ければ、いつの間にかわたしの隣に男が一人立っていた。

 すらりとした長身の、執事服をまとった男だった。

 細面の横顔は、驚くほどに整っていた。細い銀縁のメガネは理性的な印象を抱かせる。

 もし人間であったなら、見とれてしまって以下もしれないほどの美形。

 

 だが、その肌は青かった。間違いなく魔族だった。

 

 そして、私の目が向いたのに合わせたかのように魔力を解放した。

 魔王ほどではないが、わたしからすれば次元の異なる高い魔力だった。

 

 わざわざ魔力を消していきなり隣に立ち、こちらの視線に合わせて魔力を見せつける。

 あからさま過ぎる示威行為だった。


 そう理解したら、頭がすっと冷えた。

 こうした状況は、初めてじゃない。

 天候魔導士は、精霊の流れを整える過程で、土地神や大精霊と交渉する機会もある。格上の相手は慣れている。魔王ほどの存在は初めてだが、格上と言う意味では今までと変わることはない。

 ならば、これは仕事だ。わたしは自分の職務をまっとうすべきだ。


 まず、姿勢を正す。

 今までは状況が分からず床に座り込んだ状態だった。

 片膝を立て、頭を下げる。上位者に対する礼の姿勢を取った。

 

「先ほどは大変失礼しました。魔王パスカーヘクト様。まずは確認させてください。わたし、天候魔導士リーポット・ウェイザーへのご依頼は、魔王城の上空に黒雲とイナズマを作ることでございますね?」

「ああ、それで相違ない」


 魔王は鷹揚にうなずいた。


「仕事であればお受けしましょう。正当な対価を頂けるなら、力を尽くして達成を試みます。ただし、ひとつだけ、絶対に譲れない条件があります」

「ほう?」

「魔王城の上に黒雲とイナズマを作る事。これが人間に害をなすことであれば、わたしはこの仕事をお受けできません」


 隣で魔力が膨れ上がるのを感じる。横に立つ魔族の男から威圧されている。

 だが、これは譲れないことだった。わたしは天候魔導士だ。精霊を導く先には、常に人々の幸せがなくてはならない。天候は人に恵みをもたらすことができるが、災禍をもたらすこともできてしまう。天候魔導士としての力を一度たりとも悪用してはならないのだ。

 

 それに、格上とのやりとりでは弱みを見せてはならない。ただでさえこちらの力は劣るのだ。へりくだるばかりでは、交渉は成り立たない。

 

 本音を言えば恐ろしくてたまらない。目の前の魔王も、隣に立つ魔族の男も、その気になれば簡単にわたしを殺してしまえるのだ。これだけの魔力なら、きっと死体すら残らない。

 だが、ここは絶対に耐えねばならない場面だった。

 

「その条件なら問題はない。黒雲とカミナリが空にあるくらいで、我の力が増すことはない。我が望むのは、勇者と戦うにふさわしい場を整えることだ」

「わたしは魔王様のことを何も知りません。ゆえに、あなたの言葉のすべてを信じることはできません」


 そうだ。ここは譲れない。わたしが知らないだけで、黒雲とイナズマが魔王を強化することもありうる。私のせいで勇者が敗北したら、取り返しがつかない。それは人類への裏切りだ。わたしの命だけではとても償えない大失態だ。

 

「用心深いな。だが、それは杞憂だ。もしそんなことがあるのなら、貴様の先祖が過去の魔王のために働くことはなかったはずだろう?」

「祖先?」

「そうだ。二代前の魔王は、天候魔導士に同じように依頼をして、見事黒雲とイナズマを出したと聞いている」

「恐れながら、わたしの先祖が仕事を受けたというのは本当なのでしょうか? その証を見ないことには信じることはできません」


 わたしの言葉に、隣の魔族の男が動く気配があった。


「貴様っ……!」


 どうやら魔王を疑うということが相当お気に召さなかったらしい。今にもとびかかってきそうな気配を感じる。身体が震えないよう、歯を食いしばって耐えた。

 わたしの不審の言葉を受けても、魔王は余裕を崩さずに答えた。


「証拠か。証拠ならある。貴様がずっと、首から下げているではないか」


 首から下げている……? わたしが首から下げているものと言えば、先祖伝来のお守りしかない。黒っぽい、金属製の板。表面に魔物らしき顔といくつもの歪な線が彫り込まれた、ちょっと不気味なお守り。


「それは『魔王許可証』だ」

「『魔王許可証』……?」

「そうだ。それを持つ者は、魔物から襲われることはない。なにしろ、魔王が生存を許可した証なのだからな。二代前の魔王が、貴様の一族に授けたものだ」


 確かに、このお守りを持って魔物から襲われたことはなかった。母も、襲われたことがないと言っていた。祖母もそうだったと聞いている。

 意識を向けると、お守りにこめられた魔力が、目の前の魔王と呼応しているのを感じた。魔法的なつながりを確信できた。

 先祖代替受け継いできたお守りが、魔王由来のものだったなんて、夢にも思わなかった。


「先祖が仕事を請けたことがあるというのは確かなようです。失礼しました。」

「ならば、仕事を受けてくれるか?」


 少し考えてみる。

 もし仮にこの場で断ったら、わたしの命はないだろう。

 受けたとしたら、どうなるだろうか。


 仕事の内容はばかばかしいと思う。でも、魔王の言う通り、それで勇者の不利になるわけでもないのなら、別に問題ないのかもしれない。

 先祖伝来のお守りはこれまで何代も我がウェイザー家を守ってくれたことになる。借りがある。それを反故にするのは不義理にも思えた。

 それに、興味がある。魔族の領地で精霊誘導を使う機会なんて、今後まずありえないだろう。

 そんなあれこれを考えたのも、短い時間だった。

 

「承知しました。謹んでお受けいたします」


 人類に害をもたらすものではないらしい。そしてわたしは死にたくない。なら、選べる選択肢はひとつだけだ。

 途中でやばい案件だとわかったら中断しよう。可能なら逃げる。

 この場では、そういうふうに考えるしかなかった。


「よし、交渉成立だ。後のことは任すぞ、クラウドレイン」


 そして、魔王は玉座から消えた。上位の魔族は空間転移の魔法を使うと聞いたことがある。どうやらそれでさっさと立ち去ったらしい。

 

 魔王がいなくなったので、私も片膝をつくのをやめて立ち上がる。埃を払うように、ズボンをぱんぱんとたたく。

 隣に立った魔族。整った顔立ちに青い青い肌。上品に着こなした執事服。どれも完璧で、親しみやすさというものが感じられない。

 目が合ったので、とりあえず挨拶することにした。


「よろしくお願いします。わたしは天候魔導士リーポット・ウェイザーです」

「私は魔王様の執事・クラウドレインです。あなたのお世話をさせていただきます」


 魔族の男……クラウドレインは仏頂面のまま答えた。

 

「一応確認しておきますが、この魔王許可証は、あなたにも有効なのですよね?」

「当然です。魔王様のご威光は、魔に属する者にあまねく届きます。だが、甘く考えてはいけません。禁じられたのはあくまで害をなすことだけです。傷つけずに、貴方をここまでお連れしたのも私です」


 確かに、わたしは眠っている間にこの魔王城へつれてこられたようだ。なるほど、傷つけることはできなくても、それ以外のことはできるということだ。

 

「それ以外の行動は縛られてないのです。例えば、貴方が救った村人を皆殺しにすることはできます。そのことをゆめゆめお忘れなきよう……」

「そんなことをしたら、わたしは自ら命を絶ちます」


 わたしの言葉に、クラウドレインは黙った。

 そうだ。こう言えば彼は動けない。魔王許可証。この力に依存するのは危険だが、積極的に使わなくては安全を確保できない。


「心配しなくても、受けた仕事はきちんとこなします。報酬はいただけるのですよね?」

「当然です。正当な対価をお支払いします」

 

 クラウドレインは金額を示してくれた。

 悪くない金額だった。標準より色の着いた金額だ。依頼内容の特殊性を加味すると、妥当と言えるだろう。

 過去、先祖の天候魔導士が仕事をしたという。当時の金額をもとに、今の物価とかを加味してくれたのだろうか。意外としっかりしている。

 

「あなたは魔王様の命令通り、わたしの面倒をみてくださるのですよね?」

「もちろんでございます。魔王様の命令は絶対です」

「それでは、まずは一度、実家に帰らせてください。天候を操るのには、道具の補充や準備が必要なんです」

「承知いたします。空間転移の魔法ですぐにお連れします」


 そう言って、クラウドレインは丁寧にお辞儀をした。

 危険な魔族だが、魔王の命令に従い、ちゃんと対応してくれるようだ。わたしがそう、少し安心したところで、クラウドレインは一言を付け加えた。


「貴方には着替えも必要ですからね」


 今度はわたしが黙る番だった。

 この男は気づいている。

 魔王の魔力に相対したのだ。本当に怖かった。そのせいで、わたしはちょっとばかり下着を濡らしてしまった。そのことを、この男は気づいているのだ。

 顔が火照る。私の顔はおそらく、真っ赤に染まっていることだろう。

 魔族・クラウドレインは、そんなわたしにひどくさわやかな笑顔を向けた。イラっとした。


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