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『光る。光る。一番星……』

作者: すみ いちろ

 宵闇が静かに迫り、このお城の天守とも言える場所からは、光輝く満月が見える。

 煌々と純白のドレスに身を包んだ私を照らしてはいるけれど──、そうは言っても、とても淋しい。


「姫、ご準備が整いまして御座います。メファール王子、ご到着に御座います」

「ええ……」


 満月の昇るミリム山脈の遥か向こう側に位置する大国──。

 ──この間、新月の晩餐会でお会いしたメファール王国の第一王子との成婚が正式に決まって。

 私のお父様は、このお城から見えるロアナール大森林一帯を治める国王、シャルル=ド=ロアナール十三世で、今宵はと言うとメファール王国とロアナール王国の盟約を結ぶため、私と第一王子との婚約パーティーの祝宴が華やかに盛大に執り行われていた。


「では、参りましょうか。姫……」

「いえ。しばしの時間を」

「畏まりました」


 賑やかなお城の明かりを背に、私は城壁天守から張り出された石組みの小さな場所にひっそりと身を置き、祈るようにして満月を見上げていた。

 黒執事のセヴァスには悪いけれど……。

 それから少しして、冷たい風が吹いて、頬を掠めた。

 私は、まだ十七歳になったばかりで何の心の準備も出来てなくて。

 このまま、明日からもいつもと変わらない日常が続けば良いのにと想う。

 ロアナール城で生まれてから私は、大切に育てられてお母様ともお城のみんなとも離れたくない。

 



────╂┨┝┰┥┸┯┠╋┻┫┳┣┗┛┿────



「姫……」

「はい──」


 ──メファール王国が第一王子、シリウス様。

 シリウス様の聡明な青色の瞳と整えられた鼻筋に、小さな薄い赤い唇。

 美しいシリウス様の長くて黒い前髪が私の目の前で、煌びやかな黄金のチェンバロの音色に揺れ、細くも逞しいシリウス様の腕に抱かれた私は、少し緊張していた。

 

「姫……。私は、貴方様の美貌に惹かれたのでは、ありません。貴方様の所作。美しい言の葉。至らぬ私への気遣い。そんな貴方様の心の美しさに見惚れ、私は貴方様を忘れることなど片時もありませんでした」

「そ、そうなのですか……」


 私は──、と言うと、

 見た目とかそう言ったことには生来、自信が持てないでいた。

 よほど、私のお友達の公爵令嬢のミリルの方が綺麗だとも想うから。


「私は、何もシリウス様がおっしゃるようなことも御座いません」


 シリウス様が私を抱く目が、シャンデリアの光とともに眩しく見つめる。


「いえ。私には、分かるのですよ。これまでも、多くの女性──諸国の姫君には会う機会も婚礼適齢期を迎えた私には日常となっていましたので」


 優しく微笑むシリウス様が、細くも逞しい腕で私から、そっ──と手を離すと、

 私の足もとにかしずいたシリウス様が、白く輝く正装の懐から黄金とダイアと呼ばれるこの世界で最も貴重とされる三大秘宝のひとつを、赤い宝石箱を目の前で差し出してから、私への誓いの言葉を立てた。


「国と国との盟約などと言ってしまえば、それまでかも知れません。ですが、我がメファール王国には貴方様のような外見だけでなく内から滲み出る気品と美しさを兼ね備えた女性こそが……との言葉が代々伝わっております。しかしながら、私は貴方様に……」


 そう言ったシリウス様は、私へと言葉を詰まらせた。


「至らぬ私ではありますが、どうかこれからの人生を私とともに歩んで頂けませんか。もし、良ければですが……。貴方様を困らせることは何も致しません。つまり……──」

「──つ、つまり……?」


 私の緊張に震えていた身体の中で、お抱えのお医者様からも心の臓と呼ばれた胸の内が、熱く高鳴っていた。

 生来、病弱だった私の呼吸が少し荒くなって、立って居られなくなって──。

 

「──り、リルル姫っ!!」


 慌てたシリウス様が、倒れそうになった私の身体を、細くも逞しい腕の中に抱き止めた。

 シリウス様の心配そうな眼差しが、私の目を貫く。

 あぁ……。この人ならば、大丈夫なんだろうな。

 心の何処かで、そんなことを想っていたのかも知れない。


「ご気分を悪くなさいましたか……」

「い、いえ。身体は大丈夫なのですが。も、申し訳ありません……」


 つぶさに震えるシリウス様の青色の瞳。

 シリウス様の私への心遣いの目が、今度は不安に震える。


「で、では、婚約は破棄……。なのですね……」

「ち、違っ!! そ、そうじゃなくって。わ、私は……」


 焦った私の声が、チェンバロの黄金の音色に掻き消されて、音階の合間にある小休止の静寂が少し──、私とシリウス王子との見つめ合う時間が止まったように流れた。


「愛……してます」


 シリウス王子様の言葉が、私の耳の奥へと流れた。

 けれど、シリウス様の私を見つめる目が、ずっとずっと一途で。一筋の流れ星みたいに輝いては消えないでいた。


「はい……」


 私は──、

 ──シリウス様に抱き寄せられて、その大きな逞しい胸の中に抱かれ、今まで味わったことのない涙を流すばかりだった。

 嬉し涙って言うのかな──。

 ──ずっとずっと、亡くなった乳母のウマリにはそう言う時があるって、子守唄のように聞かされてたけど。 

 初めて知った。

 私は、シリウス様の胸の内で、抱きしめられたまま、しばらく泣いていたんだと想う。


『光る。光る。一番星……。リルル姫様のもとに……』


 私の胸の中に、夜空に光るウマリの声が聞こえた気がした──。









 




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後にタイトル回収しましたね。 静やかで綺麗な作品ですね(^^) 素敵な作品をありがとうございました☆ミ
[良い点] 夜空のシリウスの輝きが身に沁みてくるお話でした!静かで、シャープなんだけど痛くない優しさ。 ステキな王子様をありがとうございます!! [気になる点] 前半と後半の時系列が、私には掴めません…
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