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命の匣  作者: 蜻蛉
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第六話〈小瓶と新たな出逢いの匣〉

 

 

 やはりこの真っ白なレンガの街は、匣店に行く前の和親が歩いた時とは全く違う雰囲気を醸し出していた。

 四方八方から人の声が聞こえるので少々五月蝿いくらいだ。

 特別警戒令が発令されるとはそんなに大それた事態だったのか、和親には到底分かるはずも無かった。

 周りの様子を一々横目で確認しながら、和親は賑やかな街道を少し歩いてみた。傍から見れば挙動不審の怪しい人物だろう。

 葛城から貰った正装服が和親はどうにも着慣れないようで、袖をまくったり下ろしたり、もう先程から何回も繰り返している。

 先程何処からとも無く降ってきた大きな弓には、背負う為にか取り外しできそうな長めの鎖がついていた。

 手にずっと持っているのも何なので、よっこらせ、とでも言いそうになるような動作で、和親は自分を横切る人に当たらないように弓を背負った。大きいといっても身丈より少し短いくらいだろうか。

 

「これからどうするか。ああ、そう言えば・・・」

 和親は歩幅を縮めて歩く速度を落とし、何かを思い出したようにハッとしてポケットに手を入れて取り出したのは先程弓と共に降ってきた黒い紙包みだ。

 一瞬躊躇ったが、やがて紙包みを丁寧に解いていく。

 何重にも丁寧に包まれていた中身は、丁度親指ほどの大きさの小瓶だった。中には真っ赤なサラサラの液体が入っている。どう見たって怪しい。

 瓶はコルクでしっかりと栓をしてあった。コルクのところに細い紐で紙切れがくくりつけてある。よく見ると汚い字で何か書いてあるようだ。

 和親はどうにかその字を読み上げた。

 

 

 

「Drink Me.・・・私をお飲み?」

 此処はあれか、街に空く大きな穴といい、この小瓶といい、アリスの世界か何かなのか。和親は心の中ですぐにそう突っ込みを入れたい気分だった。

 もしや本当に飲んだら身体が大きくなったり小さくなったりするのだろうか、という不信感から和親の顔は引きつっている。

 小瓶をじっと見つめながらふらふらと歩いていると、和親の肩と誰かの肩が軽くぶつかった。

 

 

 

「そこの君、しっかり前を見て歩かないと駄目よ?」

 軽く当たった程度だったので、性格上特に気にせずに歩を進める和親の背中に、突然声がかかる。

 和親は驚きながら急いでその声の方向に振り返った。声の主は、丁度同い歳ぐらいの紅い正装服に身を包んだ女だった。

 少しウェーブのかかった茶髪を高い位置で一つに束ねて紅い紐で結んでいる。背は和親より少し低いぐらいだろうか。

 気の強そうな目付きと喋り方は、見るからに高飛車で和親の一番苦手なタイプの人間だ。それに女とくる。

 

「すまない。気をつける」

 確かに歩きながら小瓶ばかり見つめてまともに前を見ていなかったが、よく考えれば何も和親だけに非がある訳ではない。

 どうにも腑に落ちなかったがこれ以上ゴタゴタを起こしたくも、この女と関わりたくも無かったので、和親は素直に謝って目を合わせずすぐに背を向けて歩き出した。

 

「ちょっと! それがぶつかった人に謝る態度なの?」

 和親の一番望んでいないことが起きた。予想はしていたが、こういうタイプの奴は大抵普通に謝ったとしても何かと突っかかってくる。

 女の少し怒ったと取れる言葉を聞き取るや否や、和親はすこしだけ後ろを振り返る。顔は見事に引きつっていたに違いない。

 女は少し早足で和親を軽く追い越し、行く手を阻んだ。

 

「あれ? その小瓶、もしかして君、新人?」

 女は、和親の手の中にある小瓶が目に入った途端少し驚いた表情になる。

 

「この小瓶の中の液体、何だか知ってるのか?」

 新人、と言われただけだが少々なめられている気がして腹が立った。が、女の意外な反応を見せたので逆に驚いた和親は、何か知っていそうな物言いの女に問いかけてみた。

 

「知ってるも何も、それは此処に来たら必ず渡される、特殊能力を授かるための薬よ。・・・へぇ、君のは紅色なんだ。あたしは黄色だったのよ?」

 そんなことも知らないのかと言うような口ぶりで淡々と笑顔で説明する女は、小瓶の中の紅い液体をじっくりと見た。

 そう言えば葛城がそんな事をちらほら言っていた気がする、と和親も小瓶をもう一度見ようと思ったが、女が異様にじっくりと見つめているので咄嗟にポケットへとしまい込んだ。

 

 

「あ、さっきはつい突っかかっちゃって、ごめんなさいね。あたし、日下部朝那(くさかべあさな)! 階級R3、ランクはF。こう見えても此処に来てから結構経つのよ?」

 自分から突っかかってきて起こさせた揉め事を自分からあっさりと謝って勝手に解決させた、日下部朝那と名乗る少々変わった女は、どうぞよろしくとスッと手を差し出して和親に握手を求める。

 

 

「・・・如月和親」

 一瞬間があいたのは、逢ったばかりの他人に名を名乗るのはどうなのかと考えたからだった。しかし、相手が名乗っている以上、此方もそうせざるを得ないと、素っ気無く名前だけ述べながら握手に応じた。

 階級やランクまで詳しく自己紹介する朝那は、和親の全身を一通り眺めながらまた驚いている様子だ。

「和親君か、変わった名前ね。白の正装服を着てるってことは、もしかしてエリアXO所属?!」

 

「そうみたいだな」

 名前のことはかなり気にしているのに言葉になると更にカチンとくるが、相手も悪気は無い為そこはどうにか抑える。続く言葉には特に関心することも無く、ただ受け答えだけした。

 気づいてみれば、二人は街道のど真ん中で立ち話をしていた。周囲からの目線が自然に集まる。

 しょうが無い、と和親はどうにか人混みを掻き分けて道の端のほうにより、こっちへ来いとでも言うように朝那を歩く手招きした。

 

「みたいだな、って・・・。凄いのね! あたしと歳あまり変わらなさそうなのに、ランク高いんだ。因みにランクは?」

 朝那も状況が分かったようで、急いで道の端へと移動する。後に感心するように和親をまじまじと見つめた。・・・最後のほうに何処か皮肉が入っていたのは気のせいだろうか。

 ランクは?という問いに和親は内心焦っていた。朝那はまさか和親が、A+だ、なんて言うとは思ってもいないだろう。

 

 

「何だったかな・・・。所で、ランクは三つのエリアにどうやって配属されているんだ?」

 流石にそれを言うのは騒ぎの元になると判断したのか、和親は言葉を適当に濁して話題を少し逸らすことにした。

 

「そう言えば、来て間もないんだっけ。えっと・・・確か、ランクZからRまでがエリアXS、QからEまでがエリアXR、そしてDからA+までが此処、エリアXOの所属だったと思う。あと、多分和親君は此処しか見たこと無いと思うからついでに言っておくと、エリアXRもXSも街の造りは全く同じよ。但し、XRは紅いレンガ、XSは黒いレンガで造られてるけどね。でも、エリアXOの市場やお店の質が一番高くて、実はあたしも買出しに来たところだったのよ。因みにエリアXOは上からランクFまでしか立ち入れないの。ランクは一度決まったら二度と変わらないから、永遠に此処に入れない人なんて沢山いるのよ? って言っても、私もランク、ギリギリなんだけどね」

 朝那という人間はとても単純だった。話題を少し逸らしただけなのに、朝那の手にかかってそれは見事に大きく逸れていった。だが、おかげでランクのあり方がよく分かった。

 しかし、和親はふと素朴に気になったことがあったので、ついでに聞いてみることにした。

 

 

 

「此処の人達、食事や寝泊りはどうしてるんだ?」

 本当に素朴な疑問だが、本当に重大な問題である。

 

 

「あら、聞いてないの? 此処に来たときにちゃんと一人一部屋、配属されたエリア内の何処かに手配されてるはずなんだけど・・・。それにお金は指令部からある程度有意義に暮らせる程ぐらいの金額が定期的に支給されるの。それを考えると、あたしの場合向こうの世界より此処のほうがよっぽど快適に過ごせるのよね。・・・ああ、でも、階級1、2の人は、各エリアの中央時計塔に部屋を置かれるわ。とっても豪華で綺麗なんですって! あたしも早く昇級して時計塔の部屋に住みたいの」

 此処まで何も知らない新人がよくこんな所で悠々と歩いてられるなぁと、朝那はつくづく思っていただろう。だが時計塔の話になるとどうにも心がうきうきしてくるようで愉しかったらしく、何処か陽気にそう話した。

 

 「中央時計塔に、か」

 

 一方和親はというと、閻魔匣の自分達への待遇の良さにただ呆然としながら朝那の話を聞いていた。

 時計塔の話になると、いきなり朝那が目を輝かし始めるので和親は驚きすぎて一歩引いたくらいだ。

 朝那に聞こえないような小声でぼそりとそれだけ言うと、街の中央に位置する大きな大きな時計塔の方へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 すると突如、キーンと学校内で放送が入る時の耳鳴りのような高い音が耳を貫いた。

 さっきまであんなに賑やかだったのに、街は一瞬にして静まり返る。

 すると何処かで聞き覚えのある声が時計塔の方から街全体に響くような音量で聞こえてきた。

 

 

『エリアXO所属、ランクA+、階級O2の如月和親君、至急、エリアXO中央時計塔入り口へ来て下さい』

 

 

 繰り返すことも無く、そうたった一度だけエリアXO全体に放送のようなものが流れた。

 

 変に上品な敬語。

 何処か悪戯気な口調。

 想像できてしまう微笑み。

 

 言葉を紡いでいたのは、明らかに葛城静佳、その男だった。

 


 一気に街中の人々の間で今の放送についての会話がが始まる。

 和親は体中の血が全部引いていく感じを覚えた。

 

「和親君、ねぇ、今の何かの間違いかしら」

 朝那がどういう反応をしたらいいのか分からない、というような口ぶりで、和親に真相を聞こうと問いかけるが、もはや今の和親にはどんな声も届かない。

 

 

「騒ぎを起こしてるのはどっちだ、葛城!!」

 

 今までの気を使った会話が水の泡となり、和親は引いていった血が今度は頭に全部のぼりそうな勢いだった。

 思わず声を張り上げ、気づくと和親は全速力で中央時計塔へと走り始めていた。


 

「ちょっと、和親君ってば!」

 自分の話を聞かずに走り去っていく和親の背中に向かって、朝那は更に声をかけるがやはり和親には届かず。

 周りの人々も一体何が起こったのかと和親の背中に視線を集めるが、間も無く道の角を曲がって消えてしまった。

 


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