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命の匣  作者: 蜻蛉
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第四話〈彷徨う会話の匣〉

 



「・・・眠ってしまいましたか」


 自分の腕の中で静かに寝息をたてて眠った和親を見て、葛城は何処か安心したように微笑んだ。

 いつまでもこうしている訳にもいかないので店内を見回し、結局店の端の方の床にゆっくりと下ろして寝かせた。

 

「無理も無い。そう容易なことではないからのぅ。長年この店をやってきたが、五分程度で匣探しをやってのけた奴を見たのは、これで三人目だ」

 マスターは一瞬葛城を見てから眠っている和親に視線を落とし感心するように言った。

 

「魂の仮の器とも呼ばれる匣を、簡単に見つけ出すことは出来ない。自分に合う唯一の匣を見つけられず、あの異空間の中で彷徨い息絶える魂は数知れず。此処で無能な魂は堕とされる。・・・ですよね?」

 葛城は急に真剣な顔をして匣店の存在する意味を確認するかのように話し出すが、マスターへ確認を促す時には既に柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

「あぁ。生きていた全ての魂が流れ込んでくるこの場所で、魂を分別する、ということは無くてはならないことだ。そういった意味では、閻魔匣にはある程度の高等な魂しか入れん。まぁ、こんな面倒なことをするのは人間の魂だけだねぇ。虫けらまで扱っとったら手が回らんのでな!」

 はっはっはっと妙な高笑いをしながらマスターはカウンターの辺りにある椅子によっこらせ、と座りなおす。

 ゴソゴソと懐をあさって取り出したのは、先ほどに和親の魂を入れたであろう漆黒の匣だった。

 匣はマスターの手から十センチ程離れて浮かんでおり、銀の装飾が雫に光をあてたかのように美しく、しかし慎ましく輝いていた。だが、マスターは何か考え込んでいる。

 

「しかし変だねぇ・・・」

 取り出した和親の匣を見て、マスターは顎に蓄えている白い髭をいじりながら首を傾げた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「わしゃ此処に来た人間とその人間に渡した匣は全て覚えとる。勿論、この店にある匣も全て。しかし、こんな匣わしの店に置いとらんはず。・・・そろそろわしも歳か? はっはっは!」

 不思議そうに匣を少し掲げながらまた首を傾げたが、マスターはあまり気に止めてないのか、しょうも無いことを言って大きく笑った。

 

「マスター、此処では歳をとりませんって」

 葛城はマスターの話にちょっとばかりつっこみを入れて軽く声を上げて笑っておいた。

 が、葛城にはマスターの話がやはり引っかかっていた。

 本人がああ言っているように、マスターの匣に対する記憶能力はほぼ絶対に正しいはずなのだ。だが、万が一のために指令部でも店においている全ての莫大な匣の情報が管理されている。

 過去にもこういう例が数件報告されていて、指令部にある情報と照らし合わせてみても確かにその匣は店には存在しなかった。

 指令部は異空間に繋げたときに何らかの衝撃で他の異空間とも繋がり、そこから引き寄せられた、と今のところは発表しているが、正直詳しく分かってはいない。

 一体どうなっているのか、今の現状だけで葛城には判断できなかった。

 

「あぁ、それともう一つ」

 葛城は思い出したようにはっとして、急いで言葉を続けた。

「此処に入る直前和親君が、一度、此処に来たことがあると言っていたんですが・・・・・でまかせだと思いますか?」

 

「此処に来たぁ? わしゃあやつは初めて見たぞ。少なくとも店には来とらんな」

 

「では・・・」

 やはり和親の思い違いにすぎないか、と何処か安心感を覚える葛城。

 しかし、その後すぐにマスターが言葉を続けた。

 

「可能性として話すがのぅ・・・此処はあっちとこっちの境目だ。もしあやつが長きに渡って生死を彷徨うようなことがあったなら・・・いや、あくまで可能性だがねぇ。あるかも知れんよ」

 マスターが葛城の安心感の波を阻むかのように言葉をせき止め、意味深な話を口にする。

 

「・・・そうですか」

  

 葛城はそう返事をすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

 

 それから何時間たったのだろうか、和親が目覚めゆっくりと体を起こした。

 はっとして和親は自分の体に視線を落とした。手を見ると和親の肌は元通り血色の良い肌の色になっていて、安心感から溜息を一つ吐いた。

 

 

「お目覚めですか? 和親君」

 

「おぉ、起きたかね」


 間も無くカウンターのすぐ傍にいた葛城が、和親の目覚めに気づいて声をかけた。続いて椅子に座っていたマスターも気づき、良かった良かったというように軽く頷きながら声をかける。

 二人の手には白い湯気がたっている湯飲みが持たれていた。

 どうやら和親が目覚めるまでお茶をしていたらしい。

 

「俺、随分寝てたのか」

 和親は近くにあった柱に手をついて何とか自分の力で立ち上がる。まだふらふらするのか、そのまま柱にもたれて体を預けた。

 此処では時間の経過の仕方がイマイチつかめないため、時間を聞いてもあまり実感が沸かないだろうと思い、あえて聞かなかった。


「はい。それはそれは長くね」

 それだけ言うと、葛城は口に湯飲みを持っていって一口静かにお茶を飲んだ。

 

 マスターがゆっくりと椅子から立ち上がった。手をスッと前に出した途端、マスターの手にごつごつした樹の杖が現れた。和親は目を見張った。

 その杖を使ってゆっくりゆっくり和親に歩み寄って、懐から迷わず取り出したのは和親の匣だった。

 しかしよく見てみると、穴のあいた金具が取り付けられ、そこに細い鎖が通されている。

 

「ほれ、お前さんの匣だ。お前さんがいつまでも寝ておるから、適当に細工しておいてやったぞ。首にでもかけておきなせぇ」

 金属がぶつかり合う音と共に匣は和親へと手渡された。和親は半ば強制的に受け取らされたそれをまじまじと見つめた。

 間を少しあけて、和親は首飾りとなった漆黒の匣をゆっくり自分の首へとかけた。

 

 

 

「いいかね、これからわしの説明することをよく聞き、しっかりと頭に叩き込んでおきな。でないと、次は本当に消えちまうよ」

 

 

 マスターが突然今までとは違う真剣な口調に変わったので、和親は匣から視線をマスターへと戻しハッと息を呑んだ。

 

「先ほどから言っておるように、閻魔匣に匣無しでは存在できぬ。匣が壊れれば、その時がお前さんの最後だと思いなせぇ。しかし、逆を言えば匣さえ壊れなければいくらお前さん自身が傷つこうとも消えることは無い。だが、万が一自己防衛の為、閻魔匣に入るときに能力と武器を一つずつ授けられる」

 

「でも、匣が壊れるなんて事態、起こることなんて無いだろう?」

 和親は少し慌ててマスターの言葉を遮るように口を挟んだ。

 武器や能力等わざわざ授からなくとも特に問題無いではないかと、素直にそう思ったからだ。


「いいや。そんなこと言えたもんじゃないのぅ。この世界には色んな奴がおる。どの奴も葛城さんのように温厚な性格なわけねぇからな」

 マスターは口に弧を描きながら葛城のほうを横目で見てそう言った。葛城はマスターの素振りを見て苦笑いするだけだったが。

 

「匣店で魂の分別を行う際、計るのは魂の質や性格ではなく、才能。要するに、匣入まで至る才能を持つ魂ならばどんな者でも構わんということだ」

 

「それって・・・」

 

「気性の荒い奴等ほいほいいよるぞ。向こうの世界で言うなら、死刑囚を街に野放し状態ってところかねぇ。いいかい? 匣は魂の源だ。故に底知れぬ力が宿っているとされておる。それが明らかにされてから指令部は、匣本体の位置と持ち主の位置をリアルタイムで把握できるように設定した。だが間も無く、匣の存在反応はあるのに持ち主の身体反応が無いという異例の事態が起きたのだよ。噂によりゃあ、人の匣を奪って自分の匣に取り込むことによって自分の力の糧にしてる奴がいるって話だ。その取り込まれてしまった匣の存在は確認できても、位置までは特定出来なくなってしまっていてねぇ。指令部が捜索隊を派遣して血眼になって探したが、手掛かりはゼロ。その癖、その手の事件が最近急激に増大しているのだよ」

 マスターは淡々と最近増大している奇妙な事件のことを話した。和親の表情はどんどんと硬くなり、眉間に皺を寄せている。

 

「ちょっと待てよ、その匣を取り込まれた人、どうなるんだ・・・?」

 

 

 

 

「消滅、ですよ」

 

 

 

 

 その時、葛城が急に口を開いて事実を告げた。途端、和親の表情が更に強張る。

 

「良く言えば仮消滅でしょうか。マスターのご説明通り、勿論傷つけば痛みはありますが、匣さえ壊れなければいくらでも身体は時間さえあれば再生するはずですから。匣の存在反応があるということは、取り込まれた匣自体はまだ壊れて消滅してはいないということですからね。取り込まれた匣を摘出する研究、匣を取り込んだ者の捜索は、事件発足と同時に開始されています」

 葛城は手に持っていた湯飲みをゆっくりとカウンターの上に置いて、寂しげな顔をしながら説明を加えた。

 事態はさほど良い方向には向いていないのだろう。

「今はその話は置いておきましょう。要するに、最近の閻魔匣は特に物騒だということです。和親君に限ってそんなことはないと思いますが、決して、他人の匣を取り込もうだなんて思わないように・・・」

 

「思わないな。誰が人様を消滅させてまで力を欲しがるか」

 和親は即答した。考えるだけで背筋がゾッとする。

 

「それなら大いに結構」

 葛城は和親がそう言うと分かりきっていたように微笑んだ。

 

「まぁ、そういうことが色々ある世界だからねぇ。自己防衛はしっかりしないといけねぇな。・・・匣を絶対手放すんじゃぁねぇぞ?」

 マスターは最後の言葉に思いっきり念をこめて和親に言った。その時フードの下からチラリと、金色の眼がこちらを睨んでいるのが見え、和親は思わず固まった。

「わしが話すことはここまでかのぅ。魂の分別の作業はここで終わりだ。さ、最後は判定だねぇ」

 

「まだ何かあるのか?」

 マスターは今までと変わらない陽気な口調に戻り和親は胸を撫で下ろした。しかし、続く言葉にはいい加減にしてくれというような口調で溜息をつく。

 

「判定とは、和親君が一体どのエリアに所属するのが相応しいかを決める重要なものです。疲れているのは分かりますが、そう言わずに後もう少し、頑張って下さい」

 葛城が和親をなだめるように苦笑いしながら言った。

 

「所属?」

 和親は葛城の言葉に些かだが興味を持ち、聞き返す。

 

「そう。簡単に言えば、魂の才能、質、等のランク分けですね。さっき君が一緒に歩いたエリアXO、あそこは最もランクの高い選ばれた魂しか立ち入ることを許可されない特別区域です。高いランクからエリアXO、XR、XSの順です。下に行けば行くほど魂は弱く闇に染まり、無能ですし、逆に変に荒くれ者も多い。勿論全員が全員そうではありませんがね」

 葛城はカウンターの下の引き出しから、紙切れと万年筆を素早く取り出した。

 紙切れに正方形を適当に描いてそれを更に横線を引いて三層に分ける。どうやら和親に説明しやすいよう、閻魔匣の簡易図を描いているらしい。

 上の層から、XO、XR、XSと順番に書いていく。そして下向きの矢印を正方形の図に沿うように描いて説明した。

 

「で、俺は何処の所属に?」

 和親は葛城が書いてくれた適当な図をひょいっと覗き込んで、上から下へと目を通す。葛城の字は中々達筆だった。

 葛城の話で色々と聞きたいことがあったが、これ以上聞いてもまた頭に台風が発生すると思い断念する。これ以上警報が出るのは御免だ。

  結局一番重要なことだけ葛城に聞いた。


「それをこれから判定するんですよ」

 先程も言っただろう、と葛城が和親の問いに苦笑いしながら答えたその時、店に入って左手の壁に、店の入り口と同じような扉が一つ瞬時に現れた。

 葛城はいきなり和親の腕を持ち、急かすように扉へと引っ張る。

 



「お前さん、来たばかりで色々大変かもしれんが、頑張りなぁ!」

 マスターは片手を軽く挙げてまるでこれでお別れかのような口ぶりで引っ張られていく和親に声をかける。

 和親はハッとして葛城に引っ張られるのに逆らってマスターのほうに振り向いて踏ん張った。

 

「俺が此処に来る前、俺と同じ年頃の男が一人来なかったか?」


 今まで色々ありすぎてずっと聞き損ねていた大切なことだった。自然と和親の声は大きくなる。

 蓮は今何処にいてどうしているのか、心配で仕方無かった。

 

「そういやぁ、来たね。こんな場でも陽気な明るい奴だったが、知り合いかね? それなら、無事に匣入を終えて判定へと進んだから安心しなせぇ!」

 マスターはボロボロの歯を見せながら陽気に笑って告げた。マスターの言いようからするとまず蓮に間違いないであろう。

 和親は安心の色を隠せずに笑顔でマスターにこう言う。

 

「ありがとう、マスター!」

 


 

 

「マタノオコシヲ」

 

 

 

 

 

 

 葛城が会話が終了したのを確認して、扉を開けて和親を判定の部屋へと誘う。扉はそれを追うようにゆっくりと閉まっていく。

 ゆっくりと見届けたマスターは最後お決まりの言葉を口にした。

 その後、のそのそと杖をつきながらカウンターの椅子へと戻って腰を下ろし、冷め切ったお茶の入った湯飲みを見た。

 マスターはその湯飲みをどういう訳か指でパシリと弾いて倒した。

 湯飲みは大きな音を立てて倒れ、コロコロと動く。そこからは冷たい緑茶が溢れ、カウンターの側面にまでつたった。

 

 

 

 

「その前に来た青年・・・あやつの連れだったか。少々厄介なことになるかもしれんのぅ・・・」

 

 その後にマスターが意味深な発言をしたことを、和親と葛城は知らない。

 

 

 

 



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