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命の匣  作者: 蜻蛉
3/15

第二話〈奇怪な街の匣〉

 

 

 もうどれだけ歩を進めただろうか。

 

 

 精神的に疲れているせいも十分にあるだろうが、和親の感覚では少なくとも一時間は歩いているように思える。 しかしやはり、身体はここに来た当初に比べるともう何処も痛みはないし、頭痛も治まってきて殆ど全快といっていい。流石は死後の世界、と言ったところだろうか。


 葛城は相変わらず一言も喋らずにただ少し早足で歩き続けている。時々、和親がちゃんとついてきているかチラリと見て目が合っては、穏やかに微笑むだけだ。

 

 最初は状況が把握できず混乱していてくれて訳が分からなかったこの街も、よく観察してみるといくつかの法則があることに和親は気がついた。

 街道は網目状にはしっていて、四角くく均等に建物が建っている区が道によって分けられていること。

 屋根が異様に鋭く尖がったもの、沢山すぎるほど窓があるもの、長方形のビルに似せたようなもの、何故か二階や三階辺りに扉が幾つもあるもの、逆に何処にも窓や扉が無いもの、いずれも変わった建物が五種類あって、どの区画にも全く同じ並びで建っていること。

 そしてこの街の中央には巨大な時計塔があること。時計塔の四方どの面にも数字すら描かれていないシンプルな白い盤の時計が設置されていて、そしてどの針も十二時ジャストを差している。又、太陽は必ず時計塔の真上にあるように見え、動いている様子は無い。

 要するに、時計塔との多少の遠近感はあっても、この街の何処をどの方面からどう見ようとも殆どと言っていいほど風景が変わることは無いのだ。

 

 

 特に方向音痴なわけでもない和親であったが、この奇妙な街を見ていると自分は最初と同じ場所に立っている様にしか感じない。

 このような街の中で、どうして葛城は自信をを持って歩み続ける事ができるのであろうか。和親にはそれが少し不思議に思えた。

 

 少々鬱にでもなるような気分で葛城の背中を追っていた和親。しかし葛城がふと足を止めた。

 




「街はよく見れましたか、和親君」


 今まで一言も喋らなかった葛城が急に話を繰り出した。

 


「……まあこれだけ歩いたらそれなりには」

いきなり口を開いた葛城に少し驚きながらも、和親はあくまで目線を街の風景に向けたまま小さく答えた。

「少しは落ち着いてきたようですね。よかったです」

小一時間ほど前までとは打って変わった和親の様子に、葛城は安堵の表情を浮かべた。


「目的地にはまだ着かないんですか? 時間が無いと言っていた気がするんですが」

時間が無いと急かした割にはのんびりと散歩しているような葛城に、少し違和感を覚えて和親は問う。

「普通に話して下さって構いませんよ。堅苦しいのはそんなに好きではありませんし、和親君の良いように」

和親が求めていた答えとは全く違う答えが葛城の口から出てくる。そう言っている本人が敬語で話しているので何とも説得力がなく、そういうことを聞きたいんじゃ無い、とばかりに和親は顔を顰めた。

「……勝手にさせてもらう」

少しだけ思案した後、溜息を小さく吐いて、これ以上この会話を続けることには意味を成さないと判断し、言葉を崩す形で和親の方が折れることにした。

 葛城は何故長々と和親と共に早足ではあれど歩いたのか。それ以前に、葛城と最初にあった時、葛城の出現は異様なものだった。

 

「……葛城。お前わざと俺に街を歩かせたのか? 本当はお前、瞬間移動か何か出来るんじゃないのか?」

 同じ風景ばかり見て少々苛立っているのか、和親の口調は普段よりも少々荒っぽくなっている。少し考えた上で葛城の背中を疑いの目で睨み付けると、これまでで普通の理屈は通らないと理解したのか、それとも既にこの世界のことを柔軟に頭の中で処理したのか、もはや現実にはありえない言葉を自分の口から吐き出していた。

 

「さて、何のことでしょうか」

 葛城は先程から同じように笑っているが、どこか意味深な笑みだと感じだのは、和親の気のせいなのだろうか。

 

「お疲れ様でした、和親君。着きましたよ」

 しょうも無い会話をしているうちにとうに目的地に辿り着いていたようだ。葛城が前を見てゆっくりと指をさす。

 

 和親は葛城の背で前がよくみえないので、ひょいと横に出、目線で葛城の指の先を辿った。

 


「何だ、これは」

 葛城と和親の足元の数十センチ先からポッカリと地面に空いている、直径十メートルはあるのではないかと思わせる大きな穴。

 どうやって空けたのかは分からないが、本当に地面を綺麗にくり貫いたような穴だ。

 あと一歩和親が足を踏み出せば穴へ真っ逆さまだったであろう。和親は今度は葛城の目を見て睨んだ。

 恐る恐るゆっくりと穴を覗いてみるが、その穴の暗闇は延々と地下へ広がっていて底が見えなかった。

 和親の心は身体よりも先にとっくに穴へと落ちていた。

 

「葛城、着いたって・・・この穴が?」

 

「いえ、正式に言えばこの大きな穴は閻魔匣のいたるところを繋ぐ通路のようなもの、名を龍路(リュウロ)と言います。君が今長々と歩いてきたこの街は我々の間で通称エリアXO(エックスオー)と呼ばれていまして、高等な魂を持つ者しか立ち入れないエリアです。又、この閻魔匣の重要機関も全て此処に集められています。君もこれから此処の生活が長いでしょうから、ついでに説明しておきますと、閻魔匣は全体を見ると正確な立方体です。名の通り「ハコガタ」なんですよ。主に三層のエリアに分かれており、私たちが今いるエリアXOは上層部、中層部はエリアXR(エックスアール)、下層部をエリアXS(エックスエス)です。」

 和親の真似をして大きく地下へと続く穴を見下ろしてみながら、葛城は閻魔匣の詳細を話し出したが、その説明は和親の脳内では半分も処理されていないのだろう。

 

 

 

 

「では和親君、行きますよ。しっかり掴ってて下さい」

 

「・・・え? っておい! 下ろせ、葛城!」

 柄にも無く間抜けな声を出した和親をひょいと軽々抱き上げた葛城は、和親の必死の訴えにも耳を傾けずに微笑むだけだ。

 和親もこの歳だ。恥ずかしいのか少々顔を赤らめながらじたばたと抵抗してはみるが、しっかりと抱えられているのかビクともしない。

 葛城は何のためらいもなく、和親を抱き上げたまま目の前のポッカリと口を開ける穴へ軽いステップを踏んで飛び込んだ。同時に和親が葛城の服をしっかりと掴んで叫んだのは言うまでもない。

 その瞬間、大きな穴が和親達を吸い込もうとでもするように急に強烈な追い風が吹き更に落下速度が上がった。

 何処まで落下するのかと思いきや、落ちていく先の暗闇に突如大きな歪のようなものが現れる。当然のようにその歪に和親達は吸い込まれていく。

 

 

 

 

 和親は急にそこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「和親君」

 

 急に名前を呼ぶ声が聞こえて和親はすぐに目を開けた。

 

「着きましたよ、さぁ、起きて。下ろしますから」

 目の前には葛城の顔があった。段々と意識をはっきり取り戻すと、和親はまだ葛城に抱き上げられたままだった。

 葛城は和親が完全に意識を取り戻したのを確認するとゆっくりと支えながら和親を足から下ろした。

 

「あれが裁判の門です。・・・時間があまりないな」

 葛城がふと振り返って指差した。和親もつられて振り返るととてつもなく巨大な門がそびえ立っていた。後、和親を見て葛城は小声でぼそりと呟いた。


「和親君、急いで」


 どこか威厳がある真っ赤な門は神社の鳥居を思わせる。圧倒されてどういうリアクションをすればいいかわからない和親を見ながら、葛城は少々早足で歩み始め、門を何の躊躇も無く潜ったと同時、和親をせかす。葛城が何故そんなに時間を気にするのか、何故時間がないのかは分からなかったが、和親は言われるがままに後を追って門を潜った。

 

 

 

 

 

 見たことがある石畳の道。

 


「・・・葛城」

 

 先にあるのは真っ暗な路地。

 

「どうかしましたか?和親君」

 

 奥に進むにつれて暖かい街灯の光が一つ見えてくる。

  

「俺、此処に一度来たことがある」

 

 

 一番奥にある古びた樹の扉。

 その上に吊るされている今にも落ちそうな看板。

 そこに書かれているその文字は・・・―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・(ハコ)・・・(ミセ)

 

 

 

 

 

 

 


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