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命の匣  作者: 蜻蛉
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第十話〈二色の洋酒の匣〉

 

 


「階級O1? 部隊長って・・・」

 今和親の目の前にいる戒透夜と名乗るその男は、自慢げに階級と所属する部を言ってみせ吸殻でいっぱいになった灰皿に、今までくわえていた殆ど燃え尽きた煙草を更に突っ込んで火を消す。

 和親はまさかこんな所で特殊戦闘部に所属している人に出会うとはさらさら思っていなかった訳で、葛城と同じ階級と部隊長という言葉には当然の如く驚いた。

 

「特殊戦闘部を統べる俺がそんなに階級低く見えるか? お前の目は節穴だな」

 透夜は和親の目を思いっきり指差して不機嫌そうにそう言った。こんな男がこれから自分の一番慕うべき上司になるなんて、と和親は思わずムッと眉間に皺を寄せる。

 

「そんな人が何でこんな寂れたバーにいるんだ」

 和親は思っていることを素直に口にし負けじと透夜を睨みつけるが、透夜は自分から仕掛けたのに和親を全く相手にせず、フイッと身体をカウンターの方に向きなおした。

 

「悪いかよ。仕事場から抜け出すのに苦労したんだ。此処は俺の穴場だからな、バラしたら承知しねぇ。・・・おい、こいつが飲めそうなモン適当に出してやってくれ」

 和親は、この男は絶対自分のしたいことや興味のないこと以外しないタイプの人間だ、と確信した。何故この人が隊長になれたのか、今一度誰にでもいいから聞いてみたいくらいだった。

 透夜は和親に釘をさしてから、バーテンダーに向かって仕方なさ気にそう言った。バーテンダーは何も言わずにただ軽く頭を下げて、まずは空になっている透夜のグラスに真っ赤なワインを丁寧に注ぐ。

 続いてカウンターの向こう側で何か準備をし始めた。和親は些か気になって少し覗いてみたが、よく見えない。

 そのほんの少し後、和親に小さめのグラスに入った少し黄色がかった綺麗な飲み物が出てきた。バーテンダーは感情のこもっていないような小声で「ノンアルコールカクテルです」とだけ言って、またグラスを白い布で磨き始めた。

 

「此処で会ったのもきっと必然だ。その必然に祝して」

 そう言うと透夜はワインの入ったグラスを軽い手つきで持って、身を乗り出し少し遠い和親との距離を縮めてから、柄でもないような言葉と共にグラスを掲げて乾杯を促した。

 

「・・・どうも」

 和親は一応バーテンダーも含めて素っ気無く透夜に礼を言った後、グラスを慣れない手つきでゆっくりと持ち上げて透夜のグラスに軽くぶつけた。

 店内に硝子同士が当たって弾けるような独特な音が響いた。透夜はそんな和親の仕草を見てにたりと笑う。

 和親は何処か緊張した面持ちでゆっくりと一口飲む。白葡萄だろうか、普通の葡萄ジュースのような味がしてほんのりと甘かった。



「さっき言った〈エイトウ〉って何なんだ? 特殊戦闘部の中でもいくつか分かれてるのか?」

 和親はグラスを静かにカウンターの上に置いて勝手な推測をしながら透夜に話を繰り出す。

 

「いや、特殊戦闘部は一つの大きな部隊と考えていい、がやはりエリアXOの各部は優秀だ。エリアXR、XSは支部となってる。――――・・・かげふみ、と書いて〈影踏〉。そのエリアXOの特殊戦闘部の中でも戦闘に特に優れた者だけが選ばれ結成された部隊。お前は明後日からそこに所属する」

 ワインを一口喉に流し込んでから透夜は淡々とした口調で説明した。

 

「戦闘に特に優れた者って・・・そんな所にに俺が?」

 九条か、葛城か、また厄介なことをしてくれたものだ。和親は驚きと呆れを半分ずつ混ぜたような心境だった。

 

「そうだ。特殊戦闘部は主に日々戦闘の訓練を受けるがいざという時にしか出動しない。お前も聞いているだろうが、最近人様の匣を取り込んで己の力の糧にしてる奴等が急増している。しかも組織化しつつあるって情報を指令部がこの間手に入れてな、その対策部隊として結成が俺達〈影踏〉。此処に来た全ての人間が三つの部隊に配属されるんだ、何せ数が多いから強者もいるがそれだけ弱者もいて足手まといになる。隠密行動をとるには数が少ない方が良いしな。特殊戦闘部に限ったことじゃないが、エリアXOには他のエリアから選抜された実力者もいるからXO所属じゃない奴もいるぞ? 〈影踏〉は結成されてから日が浅いからはっきりしちゃあいねぇが、今のところメンバーは俺とお前も含めて六人。だが酷く集まりが悪くてな、追々紹介してやる」

 透夜は影踏という部隊について和親に詳しく聞かせ、最後に指をおってメンバーの人数を確かめながらそう言う。

 


「ちょっと待て、XO所属じゃないってエリアXOはランクF以上しか入れないんだろう? ランクE,FのXR所属の者はいいとして、少なくともXS所属の者は入れない」

 色んな説明の中で、和親は特に引っかかったことがあった。いつか朝那が教えてくれたことが頭に浮かんで咄嗟に言葉を返す。

 匣店のマスターも葛城も、下のランクになればなる程荒くれ者が多いと言っていた為、正直和親はエリアXOの所属で良かったと思っていたからだ。

 

「その通りだが、本部から引き抜きがかかってる奴は別だ。ちゃんと指令部の許可を得て出入りしてるさ」

 透夜は当たり前だというような呆れた物言いだった。

 確かに考えてみれば、街を歩いている時も少数ではあったが色の違う正装服の者がいた。今までそれが気にかからなかった和親も和親だろう。

 納得のいく透夜の説明に和親は残念そうに溜息をつく。透夜は何があったのかと不思議そうに肩を竦めた。


「でも、そもそも特殊戦闘部が派遣される〈いざという時〉って何だ? お前が今言った組織化を計ってる奴らのことだけじゃないんだろう?」

 和親は気を取り直して言葉を続けた。それだけ大きな部隊があるのなら、問題はそれだけでは無いはずだと思ったのだ。

 

 

 

 

 

「―――――・・・掃除、だ」

 

「掃除?」

 透夜は一言だけ言った。和親は意味が全く分からなくて復唱して聞き返した。

 

「匣に呑み込まれた者、通称〈堕落者(ダラクシャ)〉。元々生物が死ねば、魂は必ず消滅するという絶対の理がある。その理を捻じ曲げ、魂を無理矢理消滅できないようにするのが〈匣〉っていう代物だ。一度匣入出来たとして閻魔匣に入れても、何らかの原因で魂の形が維持できなくなり、匣に押し潰され呑み込まれる者が出てくる。それが堕落者。魂は消え、空になった匣と身体だけが残るんだ。一度匣に呑み込まれてしまった者は人間の理性を失い、人の形はかろうじて保っていても凶暴な獣と化して元には戻れない」

 

「じゃあ、掃除って・・・」

 和親は透夜が次に言う言葉が悟れてしまって恐くなった。少し震えた声で言葉を詰まらせる。



「消滅させるんだよ。魂がなくちゃ匣や身体があったって意味ねぇからな。それが特殊戦闘部の主な仕事内容だ」

 

「何だよそれ・・・俺は聞いてない」

 和親は無理に冷静さを装ったが、声は震えていた。顔色は少し悪く、透夜と目を合わせようとはしない。

 

「和親、お前はそれをほっときでもして、その奴等の魂は嬉しいと思うのか?」

 透夜は和親の様子を見て溜息をつきながら問う。名を呼ばれてハッとし、その問いに和親は深刻な面持ちで首を横に振った。

 

「奴等にとって消滅するっていう事は所謂成仏するっていうのと同じ。俺達がそうしてやることが救いになるんだ。閻魔匣にいる奴にも被害が出てくるしな。何の根拠も無しにそんなことしねぇよ」

 透夜は、俺等は悪役じゃねぇ、と更に小声で付け足せば、もどかしそうに腕を組んで終いにはそっぽを向いてしまった。が、反応が気になるのか横目で和親の様子を伺う。

 透夜なりに和親の恐怖や不安を取り除こうとしているのだろう。

 

「特殊戦闘部はそんな人達を救う機関・・・?」

 真っ暗だった心に一筋の光が差したような感じ、と言えば大袈裟に聞こえるだろうか。和親は透夜の目をじっと見る。よく見ると深い海の様な蒼の色だった。

 

「ほんと、お前ガキだな」

 面倒臭そうにそう言うと今度は透夜が和親から視線を逸らしてしまった。いきなりの砕けた会話に和親は少しだけを明るさを取り戻す。

 

「ガキじゃない。俺はもう十八だ」

 透夜の明らかになめてかかる言葉にムッとして和親は言い返す。次は和親がそっぽを向いた。こうなると結局どちらも大人げないのだが。

 

「此処に来たから、もうじゃなくて永遠に十八だ、ガキ」

 透夜は和親に意地悪気な笑みを溢しながら思いっきり馬鹿にした。

 

 そんなしょうも無い会話がこの後も少し続く。

 

 

 

 

 

「お前に聞きたいことがいくつかあるんだ。・・・俺さっきまで一番賑やかな街道を歩いていたんだが、ある扉を何と無く開けてみたら違う世界だった。あれは一体・・・」

 グラスに入っていたカクテルを全部飲み干すと同時に、ふと和親は先程の都市の廃墟へと繋がる扉のことを口にした。思い出しただけでもまた心がざわつくような気分だった。

 

「あぁ、そりゃあ多分異世界に繋がってる扉だ。この閻魔匣の建物には普通の住居や店として使われているものと、異世界へと繋げて必要物資なんかの調達に使われてるものの二種類がある。ある程度は決まった扉が決まった異世界へと繋がってるから把握さえしていればいつだって同じ場所へいけるが、お前が開けたのはきっと異世界との接続が不安定なやつだ。たまにあるんだよ、そういうのが」

 透夜は鬱陶しそうな口ぶりだ。今までも色々と説明をしてきたので、さぞ面倒臭いのだろう。透夜は「異世界」という言葉で色々と説明を省略したような感じだったが、これ以上説明されても頭がついていかないと思った和親は静かに話を聞いていた。

 


「・・・あと、友人を探している。真木野蓮という俺と同い年の男なんだが、何か知らないか?」

 これで最後とでも言うようにに和親は慎重な面持ちでそれだけ聞いた。匣店のマスターの話を聞いた限りでは、蓮が閻魔匣に入ったのは間違い無い。もしかしたら透夜なら知っているかもと少しながら期待する。

 

「お前、質問多すぎだろ。・・・真木野蓮? もし特殊戦闘部に配属されてるなら必ず俺の耳に入るはずだ。そんな奴の話は聞いてねぇ」

 透夜は疲れきった様子でカウンターに両肘をついて手を組み、軽く首を横に振って知らないことを表す。

 和親はその様子を見て「そうか」と一言言っだけで、その後はただ少し顔を伏せて黙り込んだままだった。

 

 

『ピピッ』


 突然何か高い電子音のような小さい音が和親の耳に入った。

 伏せていた顔を慌ててあげて何事かと当たりを見回すが、自分の後ろでは酒に酔った男達がガヤガヤと五月蝿いだけだった。

 

「あーぁ、お前と長々話してるから指令部の奴等にバレちまったじゃねぇか」

 透夜がふとそう言って心底嫌そうな顔をしながら和親を睨んだ。和親は一体俺が何をしたのだと言うように睨み返す。

 謎の電子音はどうやら透夜の耳飾、小型通信機のものだったらしい。透夜は椅子から立ち上がって慣れた手つきで何故か耳飾をはずし、何やら操作をしているようだった。

 すると、透夜の手の中の小型通信機から結構な音量でこんな言葉が聞こえてきたのだ。若い男の声だ。

 

『隊ちょぉおお! 困りますよ、また勤務時間中に忽然と姿を消して! 部隊長といえど書類整理もしてもらわなければ僕達が忙しいんですからね!』

 透夜は和親にも聞こえるようにとボリュームを上げたらしいが、更に通信機の向こうではかなり大声で叫んでいるのであろう、音が少し割れている。

 

「わぁってるよ! 悪かったって」

 透夜は通信機の小さなボタンを押しながらそう言って通信機の向こう側に悪びれた様子も無く答えた。

 

『それより隊長、任務です。今丁度こちらの使えそうな人員が定期警備の為に殆どで出払ってしまっていて・・・お手間を取らせてしまい申し訳な』

「いいから、ぐだぐだ言ってないで必要事項だけ話せ! 場所は何処だ」

 透夜は必死に謝っている通信機の向こうの人間に怒鳴るように声を張って言葉を遮る。

 

『は、はい! エリアXOのHブロック辺りかと・・・。隊長一人ですよね? 何人か余ってる人だけでも寄越しましょうか?』

 

「いつもいつも位置がアバウトすぎるんだよ! ただでさえ閻魔匣は広いのに、探すのにどれだけ時間かかるか知ってんのか? ――――・・・あぁ、それに関しては問題ねぇ。俺一人で十分だし、それに今丁度いいのが一人いる」

 透夜が更に声を張って怒鳴る。店内は静まりかえって透夜の荒っぽい声だけが響いていた。

 増援の話を持ちかけられた透夜だったが、あっさりと拒否して和親を横目で見ながら意味深な笑みを浮かべた。和親は嫌な予感がした。

 

『は? 何ですか、丁度いいのって。ちょ、隊長! 切っちゃだめですよ! 隊ちょ』

 透夜は話を聞かずに思いっきり通信機を切った。和親は顔を引きつらせながら、あーぁと小声で言うだけだ。

 透夜は通信機を元通り右耳につけ、グラスに残っていたワインを飲み干すと黒いコートのポケットから一枚の白いカードを取り出した。和親はそのカードを見て自分が持っているのと同じものだということを認識する。

 バーテンダーは透夜からそのカードを受け取ると、何やら電卓のようなボタンが沢山ついている機械を取り出し、その機械の端にある細い溝にカードをシャッと通す。

 それを透夜へと返すと、バーテンダーは黙ったまま丁寧に一礼しただけだった。

 透夜はカードをポケットに入れ、バサリと大きくコートを羽織りなおしたと同時に声を張ってこう言った。

 

「来い、和親! 少々先取りだが、仕事だ!」

 

 和親の嫌な予感は気持ち良いほど当たっていた。

 

「そんなの無理だ! 俺はまだ何も出来ない」

 和親はガタッと椅子から勢いよく立ち上がって拒否する。

 

「それ位わかってらぁ。腕試しだ」


「透夜、待てよ!」

 和親の言葉を聞きながらも店の扉へと歩を進める透夜を必死に呼び止める和親だが、渋々席を離れる。

 

「俺のことは隊長と呼べ! ガキ」

 呼び捨てで呼ばれ振り返った透夜はしかめっ面でそう言った。

 

「嫌だ」


「何だと?」

 和親は本能的に感じたことをそのまま口にする。この男を隊長扱いするのが何処か嫌な気がしてならなかった。

 透夜は口答えする和親に更に隊長と呼べと強制する言葉を続ける。

 

 そんな会話をしながら、透夜は店の扉を乱暴に勢い良く開けた途端目的地へと駆け出し和親も後に続いた。

 

 

 そんな二人を他の客が呆然と見送っていたのは言うまでも無い。

 

 


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