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命の匣  作者: 蜻蛉
10/15

第九話〈漆黒を纏いし男の匣〉

 

 



 和親はふと目を覚ました。

 

 まだ非常に瞼が重い。が、窓から入る太陽の光が異様に眩しく感じた。

 和親は無心に内ポケットに手を突っ込み、手探りで葛城から貰った銀時計を引っ張り出して蓋を開いた。綺麗な文字盤の時計は一時四十五分を指し、下のほうの小さなパネルは「PM」になっていた。

 和親は重たそうに体を起こし床に足をついてベッドに座るような体勢で呆けたように部屋を見渡すと、ドアの辺りに漆黒の弓が立て掛けて置いてあるのを見つける。

 そう言えば、混乱と驚きで気が動転していたのか、閻魔の部屋から持ってくるのを忘れていた。後から葛城が届けてくれたのだろうか。

 カーテンを開けっ放しで寝てしまったようだ。永遠に輝き続けるであろう太陽の光が無駄に入ってくるようで目が痛かった。

 部屋の端にある小さな棚の上のランプ以外この部屋に電灯というものが存在しないのは、この太陽のおかげらしい。

 しかしこの部屋で眠るには些か明るすぎる。カーテンを閉めれば大体は光が遮断されると思われるが、それでもまだ隙間から光が漏れるのだろう。

 

 和親は首から提げていた自分の匣を何気に手にとり、太陽の光に反射させるかのように軽く指で動かしながらじっと見つめた。

 

 

「・・・蓮を探しに行こう」

 

 行く当てもない、根拠も無い、しかし和親は己の中で何か決心をつけるかのように自分以外に誰もいない部屋で独り呟いた。

 匣を服の内へと隠し、時計の蓋をパチンという音と共に閉め元あった懐の内ポケットへと入れる。サッと立ち上がって服を整え、葛城が言っていた金銭の入っている棚の前へと移動した。

 三段ある引き出しの内一番上の段の取っ手をゆっくりと引っ張って開けてみると、何やらカードが一枚無造作に入れられていた。

 特にイラストや模様があるわけでも無い真っ白なカード。よく見ると下のほうに

 

 KISARAGI KAZUCHIKA

 RANK A+

 CRASS O2

 

 と小さな文字が順にプリントされている。手にとってひっくり返し裏面を見てみると磁器だろうか、黒いラインが一本走っていた。

 

「キャッシュカードか何かだろうか・・・それとも身分証明?」

 引き出しにそれ以外は何も入っていない。が、とても大事な物そうなので和親はとにかく持って行こうとそのカードも内ポケットに入れた。

 一応これも、とドアの所に立て掛けて置いてあった大きな弓をよいしょと背負い、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 部屋の外に出てみると本当に人が住んでいるのかと思うほど静まり返っていた。

 物音一つ無く、ただズラリと白い壁に並んでいるドア。和親は何故か少しこの場所が恐いと感じた。

 早足でエレベーターの前まで行って下へと向かうボタンを押すと、エレベーターはすぐに九階へとついてドアを開き和親を迎えた。

 

 一階に到着して、和親は籠から出たがる鳥のように外へと通じる扉に駆け寄り、力強く押して時計塔の外へと出る。

 和親は今更になってこの世界が未知の世界なのだということ痛感したような気がした。酷くこの空虚な場所から出たいと思った。

 庭園を駆け足で通り抜け、大きな門を開けようと手を伸ばすと門は独りでに開きだしたので和親はそのまま突っ切った。

 

 

 中央時計塔というエリアから完全に出ると、そこはあの明るく賑やかな街があった。

 和親はほっと溜息をつき、只ならぬ安心感と解放感を覚えながらそんな街へと歩を進める。

 時計塔へと向かう前よりは人は少ないものの、やはりとても賑やかで活気付いているのには変わりなかった。

 和親はともかく少しでも蓮に関する情報を集めようと、此処に来た時に最初に出てきた通りまで戻ってみることにした。

 

 幾らか迷うかと思っていたが、時計塔へと来た道を大体覚えていた甲斐あって何とかあの通りに出てくることが出来た。

 未だに人混みの絶えない街道を和親は少々鬱陶し気に歩く。街の造りでどれだけそれぞれの区画に同じ建物が建っていても、流石に店まで同じという訳では無い。

 扉の前に置かれている大きな看板、テントまで張って屋外商売をしている店、和親は自分の記憶と一致させながら歩いた。

 

 

「・・・この扉だ。俺が此処に来た時に繋がっていたヤツ」


 和親は特に店の看板があがっているような気配も無い一つの扉の前で立ち止まってそう言った。

 閻魔匣へと来た時に空間を捻じ曲げて入り口を創ったと考えてよさそうだ。和親は今のこの扉の向こうはどうなっているのだろう、と興味で勢いよく扉を開けた。

 

 


 

 

 扉の向こうは廃墟だった。


 

 何処か分からないが、名のある大都市であったことが容易に推測できた。

 立派な高層だったであろうビルは崩壊し大きく広い道路はひび割れ、自動車はひっくり返って原型を留めていない。

 もう廃墟と化してから時が何年も経っていることを思わせるように苔がビッシリと生えて植物の芽がいたるところから出ている。

 只ならぬ光景に当然和親は絶句した。まるで機能を停止した都市が自然へと還る様を間近で見ているような感じだった。

 

 和親は何だか見ているのが嫌になって急いで扉を閉めた。

 心臓がバクバクして息が上がる。和親は肩を上げながら過呼吸にでもなったかのような状態だった。

 

「今の何だったんだ・・・?」

 やっと呼吸が整ってきて冷静さを取り戻す和親。しかし自分の今見た光景は一体何だったのか、幾ら考えた所で分かる訳も無かった。

 扉を開けた時、和親は何かに意識を引きずり込まれるような感覚に襲われた気がした。

 少なくともあの空間に足を踏み入れてはいなかったはずなのに、心だけが廃墟へと誘われた感じだった。

 和親は頭の中で色々な仮説を立てながらその扉から離れてまた歩き出した。かなりしかめっ面である。

 

 


 

 

 BAR〈御影(ミカゲ)

 

 

 

 

 人混みを掻き分けるようにして歩いた末、一番店が集まっている場所を抜けたようで人も少なくなってきた。

 そんな時、ふと一つの古汚い金属の看板に描かれた金の文字が和親の目に留まる。壁に立てかけてあるそれは今にも軽く風が吹いただけで倒れそうだ。


 どこぞのロールプレイングゲーム、いわゆるRPGの中で酒場とは情報収集にうってつけの場所だと和親は記憶している。

 和親はもう向こうの世界の常識に囚われたり等しない。考えられることは全て頭に入れておかないとこの世界では通用しないと今まででつくづく思い知らされているからだ。

 故に考えられることは全て有り得るというとんでもない常識が和親の中で構築されつつあった。RPGの知識さえ活用されようとしている常識が。

 しかしここで改めて言っておくが、和親は十八歳高校生、未成年である。

 

「ゲームの話が此処で有り得るかは分からないが、入ってみる価値はありそうだ」

 小声でどこか自分に言い聞かせながら、和親は看板の横にある古そうな扉をゆっくりと開けた。同時、金属で出来たベルの乾いた音が鳴り、客人が来たのを店の者に知らせる。

 そこまで広くも無い店内は薄暗かったが雰囲気があり、いかにも大人の世界という感じだった。扉が開いて太陽の光が入ってきても尚暗かった。

 カウンターにバーテンダーと思われる若い男が一人ついていてグラスを磨いている。その他には五人の客であろう人々。カウンターの端に一人、奥のテーブルに三人、そしてその手前のテーブルに一人。

 その全員の視線が一瞬和親へと向けられたが、すぐに興味がなさそうに視線は逸らされ奥の三人組の男達はゲラゲラと下品な笑いと共に会話を始め、後の二人はそれぞれ自分の世界へと入っていく。

 和親は扉を閉めとにかく何処かへ座ろうと、カウンターの真ん中辺りの席に腰をかけた。

 

 



「お前見ない顔だな。此処にくんの初めてだろ? その服・・・階級は?」


 あまり経験したことの無い独特の店の雰囲気に少々緊張していた和親は、不意に声をかけられて思わず身体をビクつかせた。

 声の主はカウンターの端に座っていた男だった。白い正装服の上から更に黒の長いコートを纏い、黒い手袋をはめた全身黒ずくめのその男は、和親よりもいくらか上の歳に見える。

 黒の短い髪はワックスか何かでまとめてしっかりとセットされ、眼鏡の奥にある切れ長の瞳は冷たく痛いとさえ感じた。

 口にはもう少しで燃え尽きそうな煙草がくわえられ、長い脚を組み肘をカウンターにつきながら横目で和親を見ている。座っているのではっきりとは分からないが、身長もかなり高いだろう。

 男が座っているカウンターの辺りには、大量の煙草の燃えカスが入って今にも溢れそうな灰皿と飲み干されたワイングラスが置かれている。

 肘を突いている方の黒い手袋の指の隙間からキラリと光る何かが見えた。よく見ると葛城から渡された小型通信機の耳飾だった。

 

「お前、中央時計塔に所属してるのか?」

 その耳飾を見た途端、和親は少し声を張って男の言葉を無視して問いかける。

 

「おい、ガキ。俺の質問に答えてからだ。もう一度聞く、階級は何だ?」

 男は冷静ではあるが乱暴な口調で睨みを利かせ、和親にもう一度聞いた。ふぅとふかせた煙草の煙が男を包むように囲む。

 

「・・・O2。本当に最近、此処に来たばかりだ。明後日から特殊戦闘部への配属が決まっている」

 和親は男の荒い口調に少し気持ちが押された。色々考えた末、警戒し少々間があいたものの自分の階級と所属する部を答えた。

 

「O2? それに特殊戦闘部所属ってもしかしてお前、噂のあの新人か? 確か・・・如月・・・」

 先程まで和親を横目で睨んでいた男が、そう言うと少し驚いたような表情を見せて眼鏡を指でずらし、和親をよく見た。

 自分の苗字を口にした男に和親も驚きを隠せずにいた。しかし、明らかにこの男は自分のことを知っている、というか聞いているのだと思った。

 

「和親。如月和親だ」

 男は和親の名前が出てこないらしく、うーんと考え込んでいたため、和親はもどかしかったので仕方なく自ら名乗った。

 

「そう、それだ。へぇ・・・お前がね」

 和親の言葉で思い出したと同時にすっきりしたのか、さっきまでしかめっ面で眉間に寄っていた皺が消えた。

 カウンターの回転する椅子をクルリと回して男は和親の方に身体ごと向け、意味深な笑みを浮かべながら更にまじまじと和親を見た。

 



 その男は眼鏡をクイッと指で上げながらこう言った。


「俺は戒透夜(かいとおや)。階級O1、特殊戦闘部〈影踏(エイトウ)〉部隊長、明後日からお前の上司になる男だ。覚えておけ」

 

 

 

 


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