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命の匣  作者: 蜻蛉
1/15

序章〈夢〉

 

 

 

 視界がぼやける。此処は何処なのだろうか。

 

 

 何も見えない…いや、石畳の、狭い路地だ。

 少し先に暖かな光を発している街灯が一つ見えて、その奥には古びた木の扉がひっそりと佇んでいる。

 目を凝らしよく見てみると、今にも落ちてきそうな金属の看板が吊るされている。

 俺はその古ぼけた看板の文字をただ何故か、声に出して読み上げたのだ。


 

(ハコ)(ミセ)…?」


 

 

.

.

.

 

 

 

 

「……月!如月和親(きさらぎかずちか)!!!」

 

 六月中旬、晴れたある日の五限目、古典の時間に堂々と一番前の席で居眠りしているその青年の頭上で、顔を真っ赤にし鬼の形相で教師が喚いていた。

 今にも火山が噴火する、という例えがよく当てはまる教師とは裏腹、怒鳴られている当の本人は特に何事もなく気だるげに大欠伸をかまして、机にくっついている上半身を剥がした。

 

「おはようございます、先生。ああ、いけない。もうこんな時間だ」

 

 和親は黒板の上で無心に時を刻む掛け時計が午後二時の少し手前を指しているのをぼんやりと見て、いかにも正統に何か用事があるような口ぶりでそれだけ言うと、おもむろに席を立ち、机の横に掛かっている鞄を持って教室から当たり前かのように去って行った。

 その後、怒り狂った先生をクラスの皆がなだめるのは、何も今日に始まった話ではない。

 

「ちょ、おい! 待てよ和親!!」

 

 やれやれ何時ものことだ、とでも言うように教室のあちらこちらで聞こえる笑い声や私語の中、一際大きな声を張り上げるや否や、机の上に並んでいた勉強道具を無造作に鞄に突っ込み、慌てて席を立った者がいた。

 

「真木野おおお! お前までどこへ行くんだあああああ!」

 

 次から次へと厳正な授業中に席を立つ生徒に怒りを爆発させる教師を横切り、その真木野と呼ばれた青年は、教室を去りゆく直前、振り向きざま軽くウインクして「サヨナラ先生☆」とふざけた言葉だけを残し、何の悪びれもなくすりガラスの窓に映る人影を追って教室を後にした。

 

 如月和親。十八歳、高校三年生。

 まだ五歳という幼い頃に両親を交通事故で亡くした。和親も同乗していたが重症は追うものの一命をとりとめ、両親は即死だった、と後に親戚より告げられる。

 幼い頃は母方の親戚の家で暮らしていたが、高校に上がると同時に別居。今は他人の物になった生まれ育った家がある場所の近くで、寂れたアパートの一室を借り一人暮らしをしている。親戚からの最低限の仕送りとコンビニのバイト、新聞配達とで、忙しい日々を送りながらも学生生活を送っている。

 成績は優秀とまでは言えないが悪くもない。謂わば月並みだ。…古典以外は。

 特にスポーツが出来るわけでも無し、何か趣味や特技があるわけでも無し、自分の特徴を挙げるなら?と、もしここで問うのなら九分九厘、容姿、と周囲は口を揃えて答えるだろう。


 容姿だけは恵まれたこの青年、やはり女子からの評判は中々のものだ。

 スラリと伸びた背、短めに切りそろえられた漆黒の髪に白い肌はよく映える。端正な顔立ちに中性的な体付き、それに輪をかけるようにどこかミステリアスな雰囲気を醸し出す色素の薄い茶色の瞳は、学年問わず女子達を虜にすると言っても過言ではない。そして、ひそかにファンクラブまで結成されているという。

 ここで愛想よくにこりとでも笑えば完璧なのだが、常に不機嫌そうな仏頂面を下げて歩いているためどこか敬遠される傾向がある。おまけに口下手とコミュニティ能力に欠ける。それでも「そのクールさが良い!」とファンクラブに入る女子は後を絶たない。

 



「和親、おい待てってば!」

 

 そんな和親の背中を追いついたとばかりに勢いよく叩き、爽やかな笑みを浮かべているのが、真木野蓮(まきのれん)。同じく十八歳、高校三年生。

 はっきり言って頭に何が詰まっているのか分からないぐらい勉強は出来ないが、運動神経は抜群。全国大会常連のバスケットボール部に所属し、エースと謳われている典型的なスポーツ馬鹿だ。

 身長は和親とそう変わらず、肌は健康的。髪は明るい茶色に染め、左耳にはピアスを2つあけている。学校視線で言えば謂わば問題児であるが、その明るく陽気な人柄から常に周りには自然と人が集まり慕われている。この屈託のない笑顔こそがと魅力だ。

 蓮も女子からの人気は高く、放課後のバスケットボール部の練習場には必ず女子が集まり黄色い声を上げている。本人は人柄からか相手はしているが軽くあしらっている様子。

 

 蓮は学年が三年に上がったときにクラスが和親と一緒になり、少々周りから浮き気味であった和親にしきりに声をかけたことから、二人の交友関係はスタートする。

 和親も最初の方こそ鬱陶しそうにしていたが、蓮がひたすらコミュニケーションをとった甲斐あって段々と心を許し、今では一緒にご飯を食べたり、登下校したりと随分仲が良くなった。

 

 しかし周囲からすればこの見かけも性格も正反対の二人がこうも仲が良いのは不思議に思えるだろう。今や二人揃って授業を放棄するまでになり、仲が良いのは結構だが自分達まで被害を被るのは御免だ、というのが、クラスの生徒達の意見の大半である。

 

 

「…蓮、放っておけと何時も言っているだろう。...まあ、言っても無駄なのは分かってるが」

思いの外勢い良く叩かれたため顔をしかめながら振り向くが、相手の陽気な顔を見て半ば諦めながらも和親は言った。

「まあそう堅いこと言うなよ〜。ほら、サボりなら付き合うぜ?」

「サボり」という単語にワクワクしているのが手に取るように分かる様子で蓮はそう言うと、軽く和親の肩に腕を乗せて持たれかかった。

「…で、今日は何? また「古典は嫌いなんだ」か?」

 いきなり仏頂面になって台詞を吐き(本人は和親の真似をしてなりきっているつもりである)、そして悪戯げに学校を出てきた理由を問う。

 

「勿論それもあるが、少し夢を見てな…。気分があまり良くない 」

 重い、と肩に乗っている蓮の腕をどけながらその冗談を適当に受け流しつつ、歩調を少し緩めながら表情を曇らせて和親は静かにそう言った。


「夢って…、何かそう言えばこの間もそんなこと言ってたなお前」

 蓮は先程とは打って変わって真剣な面持ちで和親を見る。

 

(ハコ)(ミセ)、とだけ書いてあった看板、とても印象深いんだが…」

 二文字をゆっくりと右の掌に指で書き、蓮に見せながら和親は眉間に皺を寄せた。

 

「で、和親はその場所に行ったことがある気がする、と」

 蓮は、少し心配そうに和親の顔を覗き込みながら言う。

「ああ。だが何処かも分からないし、心当たりはないんだ」

 和親はここ一ヶ月ほど、大体三日に一度くらいの間隔で同じ夢を見る。

 初めのうちはあまり気には止めていなかったのだが、この一週間は軽く睡眠をとるだけでも夢を見、同じところで目が覚める。

 普通夢というものは、しっかりと深く眠っていればあまり記憶に残らないことが多いものだ。しかしこれだけの頻度で見ていると、いやでも風景や色彩、一つ一つの些細なことまでもが鮮明に記憶されていく。

 特に嫌な夢でも恐い夢でも無いのに、何故か何かによって胸が押し潰されそうな感情に襲われ、精神的にまいっている。

 しかもその場所に行った事があるかのように、夢の中の自分は迷いなく歩を進めるのだ。

 

 和親の様子が少しおかしいのは、学校生活では殆ど同じ時間を過ごす蓮も察知していた。

 何かあったのかと問われた時に和親は少し迷いはしたものの、蓮に夢のことを全て話したのだ。

 

 

「痛っ」

 和親の頭が鈍い音によって占拠された。蓮が和親にでこピンを一発くらわせたのだ。

 和親は額を手で押さえながら呆気に捕られて、柄にも無く口をポカンと開けたままだった。

「はいはい、その浮かないツラ禁止! そんなに気になるなら、今からその場所でも探しに行くか?」

「何だって?」

 蓮は黙り込んでしかめっ面を決め込んでいる和親に痺れを切らしたのか、考えるより行動!と無邪気に微笑んで和親に提案した。

 一瞬どういう意味か分からず少々間を空けてから会話を続ける和親の返答など聞かずに蓮は軽く和親の腕を掴むと、何処へ行くアテがある訳でもないのに腕を引き、前へ走り出した。

「おい待てよ、行くって何処へ!?」

 急に腕を掴まれ引っ張られて、バランスを失って転びかけるが何とか持ち直し蓮に急いで速度を合わせながら、和親は先導して走る友へと問う。

「お前が元気になるなら、何処へでも!」

 軽く振り向きながらまた明るく笑って、蓮は迷い無く答えた。そういう蓮を見て和親も自然と笑みがこぼれていた。

 和親は自分の前にあるのは、眩しく煌く太陽だと思った。

 

 

 


 突如として大きなクラクションが二人の耳を貫く。

 この瞬間、蓮はまだ状況を把握できていない。和親が先に気付いたときにはもう、自分達の右側に大型トラックがすぐそこまで迫っていた。

 

「蓮!!!!!」

「え?」

 

 自分より前にいる蓮を、和親は咄嗟に自分の方へ引き戻すが遅いと思った。

 驚くほどの瞬間的判断で、和親は蓮を庇うような形で飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 鈍い音がした。

 周囲からは悲鳴が聴こえ、血と煙の臭いが鼻を掠めた。

 そこから何もかもが赤と黒に染まっていくだけだった。

 その他の記憶は、無い。

 

 be continue…



 

初めまして、筆者の蜻蛉カゲロウと申します。

この度は私の小説に目を通して頂きまして、本当に有難う御座います。

初投稿の小説を長く放置しておりましたが、五年以上が経過した今、自分の未熟な文を見直しリメイクしてこの作品を作っていきたいなと思っています。

各話の題名に「匣」が付いていないものがリメイク済みです。

しっかりと直して行きたいので、気長にお読みいただければと思います。

感想等はちゃんとお返事いたします。

どうぞ宜しくお願い致します。

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