1話-3
「な、何でもする、です、ので! 捨てないで下さい」
縋るように、しかしはっきりとそう口にする少女。それを聞いて感じるのは、責任であった。どうあれ、死ぬ所を助けてしまい、拾ってしまい、挙句道まで示してしまった責任。この少女が生きていく事への責任。
命を助けるとはそういう事だ。
「わかった。お前を……そういえば、名前を聞いていないな」
(いつまでもお前、というのも無責任だな)
そんな風に考え、尋ねた所で。
「名前……? えっと、お前、とか、ガキ、とか、後は火ネズミ、とか呼ばれてた、ました」
頭を抱えそうになる。名前が無い、というのは想定しておらず。
(何と呼べと? 名前を付ける? そんな拾った動物の様な……いや、その通りか)
今更過ぎるなと1つ息を吐き、それから改めて少女を観察する。最初に感じた印象は、薄い、というものだった。やけに白っぽい肌に金というには汚れているが茶色と言うには黄色い毛、と耳。それから透き通った様に見える紫の瞳。
(シロ……キイ……ムラサキ……安直に過ぎるか……後は……ミミ」
「ミミ、ですか?」
考えている内に溢れた単語を。
「ミミ……ボク、ミミで、名前、ミミで良いんです、か?」
「あぁ、文字にすればそうだな……美しいを重ねて美々、となるか。顔立ちは整っているし美少女と言える、それから眼や髪の色も美しいのだから適当だろう」
適当な事をべらべらとよく回る口、というのは彼の悪癖の1つに加えるべきだろう。後はスケコマシという評価。恐らく妥当である。
「ミミ……ボクはミミ……えへへ」
(まぁ名前として変という訳でも無し、喜んでいるなら問題ないだろう)
瞳の色をそのまま名前にするより圧倒的に酷いと言える流れも、本人以外知らなければ美談になるかもしれない。
「ではミミ、とりあえず腕を出せ」
「はい!」
「いや、そちらでは無く怪我のある方だ」
PDAを弄っていた左手を出された所で、逆の腕を出すように言う。ぎこちなく差し出された腕の、応急処置でしかない包帯を剥がす。
(やはり医者が居る深さ、か)
大ネズミに齧られた跡。それは深さで言えば骨まで到達し、今でも何もしなければ血が出て止まらない程には深く。止血の為に抑えた先は元々薄い上に更に血の気が無い。
(しかしまぁ、普通の医者なんぞ無理だしな。仕方ない、か)
ミュータント専門の医者、なんて知るわけもなく、人間専門の医者に掛かるとして色々と問題がある事は考えなくても想像は付き。故に考えられる中で安直な解決策に手を出す。
「あっ……ついっ……」
「我慢しろ」
焼かれるような熱を感じて、傷口を焼かれたのだと感じた少女は、しかし自分の力ではないそれを感じ取る。それはつまり『魔法』と呼ぶべきだろう。まるで時間が早回しになるように、傷口が繋がっていき。じくじくと痛みの残滓のような痒さと熱の余韻だけが残る。
「脚もだ」
「は、はいっ……ん……つぁっ……」
我慢しようとして、それでも漏れ出る声。息が上がり、上気した顔は堪えている表情で。
「吹聴するなよ? 夢だと思え。ついでに言えば体力をそれなりに使う筈だ。そのまま寝ておけ」
言われた通り、ミミの意識は疲労困憊と言うべき状態を認識していて。ベッドに倒れ、そのまま瞼を閉じる。
その後に感じた頭の感触は、なんだか安心するものであった。