プロローグ
何百年も昔、世界は変革を迎えた、らしい。今の時代にらしい、なんて曖昧な言葉を使う事になるほど、当時の事は記録には残っていない。
まぁそれほどの混乱だの、崩壊だのが起きても人類というのはしぶといもので、それまでに比べれば些細とは言えない変容こそあったらしいが、今ではそれが普通の事であり、今でも国なんぞ作ってわりと繁栄している。特に丁度今、オレの頭の上では皇国の建国100年を祝う盛大な行われている。
しばらく前から続くお祭りムードに、ちょっと先にはメインのパレードだの式典だのが待ち受けていて、普通なら店の儲け時、あるいは仕事なぞ放り出して楽しむだろう事間違いない。『何でも屋』の人間だって金欠でも表の警備だのなんだのと、仕事なんて腐るほどある。
つまり、そんな中で地下、それも命を対価にする必要のある『地下機構』へ探索に来る人間なんてよっぽど限られてくるだろう。つまりしばらく前の恩赦があってなお首輪をつけられっぱなしの犯罪者やそもそも感性が普通じゃない探索中毒者、あるいは一発大きく当てないとどうしようもない程追い詰められたか。
そんな連中と一緒くたにされたくは無いものの、しかしわいわいと幸せそうに騒ぐ中で同じように過ごす自信も無く。逃げ込むようにふらふらと探索している以上は一緒くたにされても仕方ない程度には、自分が普通じゃないとは理解していて。
チームでも無ければ潜れないような深層に挑む訳も無く、そもそも金を稼ぎに来たわけでも無いので。既に相当探索されつくし、後は害獣駆除でもしながら『区画替え』を待つような枯れた場所を、傍から見れば無警戒にも等しいような状態で散歩の様に進んでいる。そんな中。
(気配? ……にしては妙だな)
走る足音、呼吸、ニオイあるいは空気の流れ。様々な情報は経験というフィルターを通して気配という単語に集約され、脳裏において整理された情報はその先で起きていることをイメージまで昇華させる。
(追う側は5、小型。追われているのは……子供?)
『地下機構』における主な敵性存在、前世紀の遺物である『防衛機構』であれば逃げるような事も無く、動作しなくなるまで侵入者を排除せんとするだろう。つまり逃走している時点でそれは侵入者、『探索者』辺りの『何でも屋』だろう。
(というのが普通なんだが……)
割合底辺の層であれば破落戸もかくやという職であるが、少なくとも何の才能も無い子供まで無条件になれるほどだったろうか、と首を傾げつつも、面倒だ、関わり合いになりたくないと踵を返すほど良心というものを捨てていないが故に。
気取られぬように、しかしそれなりの速度で向かった先。追っていたのはやはり浅層でいくらでも湧いて出てくる『大ネズミ』。特異な変位種でも無ければ小型の拳銃でも対処でき、コロニーにでも入らなければ成りたての非才な同業者でも2,3匹程度は一人で処理できるそれが5匹。
(いや、たった今4匹になったか)
突如として発火し息絶える1匹。それを成し、元同族を一瞥もせずに追う大ネズミが狙うのは一見すれば少女に見えるソレ。襤褸を纏い薄汚れてはいるものの、逆に言えば最低限度の服を身に纏う存在。
(半変異体か? ……この前のスラムの『清掃』の生き残りか?)
名目上は犯罪者を用いた『地下機構』の氾濫の防止、実態は建国100年の記念祭前に『きたないもの』を処分すべく行われた棄民政策。それなりに多くの『何でも屋』が動員されたそれは基本的に変異体であればその場で処理されても不思議ではない。
逆に言えば、引き渡した数で報酬を受け取る側、死体処理よりは面倒ではない移送、『清掃』の成果として数を盛る発注側。そういった都合で生き残る事もあり得るだろう。あるいは人に似ていたが故に情が湧き殺せなかったというだけかもしれないが。
(まぁ運が良ければ、1週間程度は生き残ってもおかしくはないか。しかしまぁ、助ける理由も無い、か)
慎重に隠れ潜み、少数を獲物に狩りをする。害獣が生き残れる環境であるのだから、手段さえ選ばなければ生存は可能だったのだろう。更に1匹がローストになる様を見て、どうやって少女が生き残ってきたかは推察できた。
それだけに、そこが限界。最低限の装備も、入念な準備も、知識も訓練も覚悟も無い『少女』が、むしろ2匹までであれば対処出来るだけでも上出来であり、つまりその後に何が起きるか、なんていう事は余りにも想像に容易く。
「いぎっ! あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!」
足に齧り付かれ、倒れ伏した所に更に襲い掛かられる少女。跳ねのけようとした腕すら齧られ、そして最後の一匹はがら空きになった喉や腹を狙い。そうして迫る死を迎える少女の眼を見て。
びしゃりと噴き出した血が少女の顔を汚す。溢れ出す命に遅れて、どさり、べちゃりと地に墜ちる命だったもの。それを2つ、3つと増やして。この身にはあまりにも容易い大ネズミの処理を終えて、背中越しに声をかける。
「よぉ、もう大丈夫だぞ」
「あぁ……」
助かった、そう理解したのだろう。それまでの疲労、受けたダメージ、それから安心感だろうか、意識を失う少女。それを見ながら、一つ大きな溜息をして。
「はぁ……どうするかなぁ……」