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第8章

 

 何故アリスがあんなクズ男を愛していたのか、その理由がこの最終話でわかります。


 どこからか誰かの泣き声が聞こえてくる……

 ジュリアンがまた泣いているのだろうか? それともクリスティーナが戻ってきたのだろうか……

 

 泣き声は庭の方から聞こえてくる。俺がその声の方に近付いて行くと、薔薇の花壇の前で、少女が一人で蹲って泣いていた。

 黒い髪の少女だ。やっぱりクリスティーナだ。やはり母親の死が辛くて寮から帰ってきてしまったんだね。そう思って優しく娘の名前を呼んだ。

 

 すると少女は振り向き、涙を溜めた黒い瞳で俺を見上げてこう言った。

 

「貴方は誰ですか? 

 あ、アンソニー様に似ていらっしゃいますね。ローハン伯爵様のご親戚の方ですか? 私はアリスティア=ミラーと申します。アンソニー様の婚約者です」

 

「!!!」

 

 アリスティアだって! 確かにクリスティーナよりも幼い気がする。十二、三歳くらいだろうか。

 なんなんだこれは!

 過去に戻ったのか? 

 やり直しているのか? 

 それとも夢なのか?

 

 

 

 いや何でもいい。またアリスに会えたのだから。

 

「何故そんなに泣いているんだい? アンソニーに酷いことをされたのかい?」

 

 俺がこう尋ねると、少女が頭を横に振った。

 

「何もされてはいません。でも全く私のことを見てくれないし、話を聞いてもくれない。そして一言も話をしてくれないんです。

 私はアンソニー様が大好きで、仲良くなりたいのです。だから頑張っているつもりなんです。でも、ずっと嫌われたままで。どうしたら好きになってもらえるのでしょうか…」

 

 アリスのこの言葉を聞いた俺は、もし生まれ変われたとしたら言いたいと思っていたことを話した。

 

「君が頑張っていることは、常々この屋敷の者達から聞いているよ。

 でもね、アンソニーのためにそんなに頑張らなくてもいいんだよ。今の君で十分に素敵なのだから」

 

「でも、今のままの私では好きになってはもらえないわ」

 

「ねぇ、一体君はアンソニーのどこが好きなんだい? 君にずいぶんと酷い態度をとっているそうじゃないか。

 彼は君が自分に一目惚れしたから婚約することになったと思い込んでいるがそれは違う。

 没落寸前のローハン家が頭を下げてお願いしたものだよね。君の方がそんなに頑張る必要なんてないんだよ」

 

 俺は愚かだったあの頃の自分を心の中で罵りながら言った。すると、アリスは少しさみしげな顔でこう言ったのだった。

 

「確かにこのお話は王命だと聞いています。嫌でもお断りできないと知った時はずいぶんと泣きました」

 

「そうだろうね。わかるよ。我がローハン家のせいで申し訳ないことをした。ごめんね」

 

「いいえ。確かに見ず知らずの人と婚約するなんて嫌でした。でも婚約式でアンソニー様のお顔を見た時、私は嬉しくて夢かと思ったんです」

 

 そういえば初めて顔を合わせた時、アリスは驚いた顔をした後でとても嬉しそうな顔をしたのだ。

 それで俺はアリスがどこぞのパーティーで俺に一目惚れしたという話は本当のことだったのだと余計にそう思い込んだのだ。

 

「どうして?」

 

 まさかあのアリスが、ミーハーなご令嬢達のように俺の顔に一目惚れしたというわけはないよな。

 

「アンソニー様は私が一目惚れした方だったからです」

 

「えっ?」

 

 まさかアリスが俺に一目惚れしてたのか? この顔が好みだったのか!

 

「でも、婚約式の時に一目惚れしたわけじゃありませんよ。

 アンソニー様はお忘れみたいですけれど、私達は以前王弟であるマードック公爵様のパーティーでお会いしたことがあったんです。

 その時、公爵様が狩猟の時に使う魔犬が檻から逃げ出してパーティー会場に入り込んで大騒ぎになったんです。みんなが我先に逃げようとして、人を蹴散らして。

 私も男の人にぶつかられて吹き飛んで、床に思い切り叩きつけられたんです。そしてその痛みで動けなくなっていたところに魔犬が近付いてきたんです。

 私はもう駄目だと思いました。でもその時誰かが私に覆いかぶさって私を庇って下さったのです。それがアンソニー様だったんです」

 

 ん? 確かに子供の頃魔犬に足を噛まれたことがあったな。すぐに癒やし魔法で治癒してもらったから傷跡も残らず、すっかり忘れてしまっていたが。

 そういや女の子を庇って怪我したなんてキザったらしいと思って、それを誰にも話さなかったのだが、あの時の女の子がアリスだったのか……

 

「その時はショックでお礼が言えず、お名前を聞くことすらできませんでした。

 そして落ち着いてから一生懸命にその方をお探ししたのですが、何せ皆様ご自分達のことで精一杯だったので、誰もその方を覚えていなくて、とうとうわからずじまいになっていたのです。

 ですから、婚約式の時にアンソニー様があの時助けて下さった方だと気付いて、最初は信じられずに夢かと思いました。

 でもすぐに、私の憧れの騎士様が私の将来の旦那様になるんだわって、舞い上がってしまいました」

 

 憧れの騎士様だと? この俺が?

 あの時は体が勝手に動いただけで、俺は別にいい人でも正義の味方でもなかったんだぞ。

 

「それを何故アンソニーに教えなかったの?」

 

「アンソニー様は私の話など聞いては下さいません。一応お話はしましたし、お手紙にも書いたのですが、何の反応もありませんでした。

 私になんて全く興味がないのですから当たり前ですよね」

 

 アリスは悲しそうな顔で微笑んだ。昔よく見ていた切なそうな笑顔だ。俺はアリスにいつもこんな顔をさせていたんだな。

 

 そうだった。あの頃俺はアリスの話なんて全く聞いていなかった。右から左へとただ聞き流していたんだ。

 それに手紙だって一度も読んだことがなかった。だけど後で執事から渡された手紙の束の中には、そんな内容の手紙はなかったはずが……

 そうだ。最初の頃、俺はアリスの手紙を読まずに破り捨てていたんだ。きっと処分してしまった最初の頃の手紙の中に、そのことが書かれてあったのだろう。

 

 

 冤罪で婚約破棄しようとするだなんて、悪魔のような所業をしたにもかかわらず、アリスが俺を切り捨てなかったのは、たとえ愛情がなくなったとしても、俺を命の恩人だと思ってくれていたからなのだろう。ようやく合点がいった。

 

 

 昔、俺が彼女の話をきちんと聞いていたら……

 せめて彼女の手紙だけでも読んでいたら……

 俺はこのことを何度も何度もくり返し後悔している。

 

 

 そして俺は…後悔まみれで萎えそうな己を奮い立たせながら、ずっとアリスに伝えたいと思っていたことをようやく告げることができた。

 

 

「もう何も心配しなくても大丈夫。私には予知能力があるんだよ。

 アンソニーの好みは成長すると変わるようだから、今、君が彼の好みでなかったとしても気にする必要はないんだよ。

 君は君らしく君自身のために頑張ってさえいれば、そんな君にアンソニーは絶対に恋をするよ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だとも。君達はいずれ恋に落ちて結婚し、素晴らしい三人の子供にも恵まれるよ。そして幸せな家庭生活を送ることができる。約束するよ。

 だから、今は無理に頑張らないで、楽しい少女時代を送って欲しいんだ」

 

 俺はずっとずっと後悔してきた。そしてもしやり直しができたなら、今度こそアリスには涙ではなく笑顔で少女時代を送って欲しいと思ってきた。

 たとえそのせいで俺との縁が切れてしまったとしても。

 


 俺の言葉を聞いた少女のアリスは酷く驚いた顔をした。しかしその後瞳を閉じて、まるで俺の言った言葉を咀嚼するかのように考え込んだ。

 そしてそれからゆっくり目を開けると俺を見つめながら頷いた。

 まるで薔薇の花のように華やかに微笑みながら。

 そう。その笑顔をずっと俺は見たかったのだ。

 

 

     ー完ー

 

 

ー補足ー

 

 アリスを魔犬から守ったのがアンソニーだということに気付いていた人物が、当時一人だけいたことを彼女は知らなかった。

 その人物とは魔犬の騒動が起きたマードック公爵家の嫡男のコーデルだった。

 

 コーデルは母方の従兄妹であるアリスを幼い頃から愛していた。そしてそれを告白しようとしていた時にあの騒ぎが起きた。人々が混乱してパニック状態になり、コーデルとアリスは離れ離れになった。

 その時アリスに魔犬が襲いかかったのだ。コーデルは彼女を助けようとしたが距離がありすぎた。そして、彼女が襲われる瞬間に身を挺して庇ったアンソニーの姿を目にしたのだった。

 

 アリスやミラー家がアンソニーを探していることはもちろんコーデルも知っていたが、それを教えることはなかった。

 公爵家の落ち度でアリスが命の危険に晒され、しかも助けられなかったことに、コーデルは大きな罪悪感を抱いていた。だから彼女に告白するのを躊躇った。

 そんな最中に彼女の命を救ったのが、王都一の美少年だと評判のアンソニー=ローハンだとわかったら、アリスが彼に関心を抱くのではないかと恐れたのである。

 

 ところがそんな卑怯な真似をしたせいだろうか、アリスが父方の伯父である国王の命令で婚約することになってしまった。しかも、相手はなんとあのアンソニーだったのだ。

 その時のコーデルのやるせない気持ちといったら、とても言葉で表現できるものではなかった……

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