第4章
婚約破棄騒動後、俺は自宅で謹慎を命じられて自室に閉じ込められた。
この婚約の意味をようやく理解した愚かな俺は、己の罪深さに恐れ慄いた。
そして俺は冤罪でアリスを断罪して勝手に婚約破棄宣言したのだから、廃嫡されて平民落ちになるのは妥当だろうと思っていた。悪くすれば投獄されるだろう。王命に逆らった不敬罪で。
それにそもそも俺は自分自身ではアリスへの償い方がわからなかったので、どんな罰でも構わないから早く断罪されたいと願っていた。
しかしそんな俺の甘えた望みは叶わなかった。そして半年もの間焦らされた後で王家から下ったお達しは、なんとお咎め無し。しかもそのままアリステイア嬢と結婚するように……だった。
元々俺達の婚約は名門のローハン家を潰さないための王命によるものだった。それ故にローハン家の唯一の血筋である俺を排除するわけにはいかなかったのだろう。
我が国は血統を何よりも重んじるお国柄だったために、俺以外に跡を継げる者がいなかったのだ。
卒業後俺は家で謹慎をしながら、アリスに対して何度も謝罪の手紙を送り続けた。それは心からの謝罪のつもりで、他意は決してなかった。
しかし彼女が俺からの手紙を読むはずがないので、俺が復縁を望んでいると勘違いしていることだろう。そして、何て図々しくて厚かましい奴なんだときっと思っているに違いない。
そう思うと俺はいたたまれない気持ちになったが、それでも手紙を送ることは止めなかった。
当然のことながら彼女からの返事は一切なかった。これまで俺が彼女にしてきたことを省みれば当たり前のことだ。
何一つ落ち度のない純粋な少女だったアリスに、俺はこれよりもっと長い間こんな辛くて苦しい思いをさせてきたのだ。俺は申し訳無さで堪らなかった。
過去に戻って、愚かな自分の人生をやり直したいと何度も思った。そんなことを今さらどんなに願っても無駄なことなのに。
そして学院の卒業から半年後に謹慎が解けた俺は、ようやく直に謝罪するためにミラー家へ赴いた。
ミラー伯爵家の中はまるで針の筵のようだった。当然である。
ゲストルームの中に入ると、アリスは使用人達に周りを囲まれていた。しかし彼女は護衛の女性騎士を一人残して人払いをしてくれた。
あれほど酷いことをしてきた俺なのに、アリスの対応は以前と変わらずに優しく、思い遣りに溢れていた。
俺はすぐさま深々と頭を下げて謝罪した。本当は土下座をして詫びたかったが、そんなことをすれば、却ってアリスを不快にさせるような気がしてできなかった。
するとアリスはすぐさまこう言った。
「心にもない謝罪はもう結構です。謝罪されるたびに却って虐げられている気分になりますから。
貴族の娘ですから、政略結婚を命じられれば従う覚悟はあります。それが王命となればなおさらです。
ですから妻として最低限の義務はきちんと果たすつもりです。跡継ぎを産み、ローハン家を私の代で立て直してみせます。
そうしないと子や孫、そして実家にまで延々と苦労をかけてしまいますからね。
屋敷と領地の管理、そして社交は私が行います。私もスキャンダルまみれですが、貴方よりはずっとマシですからね。
貴方は私の実家の父の元で勉強して下さい。そして貿易の仕事をして借金返済に努力して下さい。侯爵様と共に」
アリスは全くの無表情でこう言った。互いの家を訪問しあっていた頃の、こちらを窺うような、恥じらうような愛らしかった顔がふと俺の頭をよぎった。
あの頃、アリスは必死に俺に自分のこと、自分の思いを伝えようとしてくれていた。そして俺の気持ちも知りたがっていた。
するとその頃の映像だけでなく、今まで忘れていたアリスの言葉まで突然蘇った。
『私、アンソニー様のことが好きなんです。そしてアンソニー様にも私を好きになってもらいたいのです。
だから教えて下さい。私がどうすれば好きになってもらえますか? どこを直せばいいですか?』
あの時俺は何も答えなかった。彼女がどんなに努力をしてくれても、俺が彼女を好きになれるとは到底思えなかったからだ。
俺はアリスの暗い色の髪や瞳が嫌いだった。そしてきつく見えるつり目も。だから持って生まれた体質ばかりは変えようがないじゃないかと。
俺が黙ったままこんなことを思い出していたら、アリスが深いため息を吐いた。
「貴方は本当に私と話すのが嫌なのですね。何を尋ねても答えようとしないし……」
「違う、俺は……」
「今更ですから構いません。話などしなくても子供はつくれますから。
ただすることはしないと子はつくれませんから、私が呼び出した日は、子供ができるまでは何を差し置いても訪問してくださいね。拒否は認めませんよ。
跡取りができさえすればもうその必要もなくなるのですから、どんなに嫌だろうと諦めてください。これは王家の命令であり、貴方の家のためなんですからね」
「訪問とはどういう意味なんだ?」
「貴方はローハン家の屋敷で私と暮らす必要はありせん。別に部屋を借りて、愛する女性や生まれてくるお子様と暮らして下さって結構ですよ。
ただし必要な時だけ屋敷に訪問してくれればそれで構わない、そう言っているのです」
別に自分の方が出て行ってもいいのだが、それは王家が認めないだろうから諦めろ、とアリスは言った。
アリスが俺を許すことは絶対にないとは思っていたが、それでも彼女の提案には喫驚した。
「本当はあの方がお産みになったお子様を跡取りにすればいいと私も思うのですが、周りがやはりそれをよしとはしないでしょう。
それに子供が一人きりというのも将来不安ですから、まあ、仕方ないですわね。
しかしながら、あの方だけにまた子ができれば、王家もさすがに目を瞑ってはくれないでしょう。ですからちゃんと考えて行動して下さいね」
最後にこう言うと、アリスは再びため息を吐いたのだった。