センスとショッピング。この姿の秘密。そして気配。
昨日買った唯一のショーツの上にスウェットパンツとTシャツ、そしてフリースジャケット。……うん。まあまあいい。
そんな姿の俺がリビングのテーブルに着いた時、姉ちゃんが、朝食を食べながら。
「今日はあんたの下着をどっさり買いに行くよ」
明日には男に戻れる。祓神霊であるアミが俺に言った最低限の回復の期日は明日。とりあえずはその朝までの我慢。
今日は日曜日。いつもなら嬉しい休みの日だけど、この状況では悪夢の日だ。
なんでこんなに姉ちゃんがこだわるのか。
俺が思うのは、『暗神霊を封じる時にこの胸が重くて邪魔になってうまく祓えなかったら被害が広がるから』とかだけど。
それは避けるべき事態ではあるもんな。
でも多分姉ちゃんは、楽しみたいんだ、女の姿をした俺の容姿で。そういう目をしてた気がするし。
くぅ――っと胸の中で拳を握ってる俺に対して、姉ちゃんが言う。
「あんたこれから土日はあえてその姿に変身しとくんよ、何回か解除するよりマシやろ」
しかもニコヤカな顔。
――まあ確かにそれにはメリットもある。あるけども。
「なにかする気やろ」
「コーディネートを楽しむってのはあるよ。でもいいやんお人形さんになっても。土日はその方がよさそうだから言ってんの。解決のためでもあんのよ?」
「うぐぐ」
地獄だ。ランジェリーショップ。俺がそこへ。
拷問だ。
ブラもパンツも買うんか、昨日みたいに、でも昨日よりも凝ったものを。
はあ……いいよ、もう諦めた。昨日もそう思ったし。
封じの時に動きにくいと確かに危険だしな。
そうしないと危ないからだからな!
《くっく》
とアミが笑った。
むうぅ……。言い訳みたいになってる。事実やろうが。なんね。もう。
姉ちゃんは食べ終わると俺に言った。「さ、あんたも食べたら着替えりいよ」
「はぁい」
食後、部屋で着替えた。それも完了。
相変わらず胸にブラはなくて、下着は昨日俺のものになったショーツ。くっ……慣れない。でもフィットするんだよなあ……。
暖かい素材でできた白いシャツと、ファーの付いた全体が明るいピンクのふわふわのパーカーみたいな上着。ズボンには黒くて末広がりみたいなやつを合わせた。
とりあえず着たけど、なんというか、これら全部が、どういう名前でどういう物なんやろ。分からんままでいいんかなぁ。
そんなことを考えながらリビングへ下りた。
そこでしばらくみんなの準備が済むのを待つ。
二階から下りてきた姉ちゃんが俺をじぃっと見た。『なに?』と思う俺に、姉ちゃんが。
「組み合わせ、センスあるやん」
「え、そう?」
なんか……なんというか……嫌な気はしない。
でも、そうか、女性にプレゼントをやる時なんかにこういうセンスは役立つよな。そういう嬉しさやな、これは。
《くっく》アミがまた笑った。
『なぁん、もう。さっきから』
《いや別に、素直じゃないなあと》
『と、当然だろ、こんなこと慣れてるワケないし』
母さんが運転する車で向かう。
自宅のある土磨南区から、北東の宝城区にあるデパート。
駐車場に停めてまず向かったのは。
「アンジェリーネ?」そんな名前の店舗らしい。
最初はサイズを測られた。
店員曰く「75のC」らしい。よく分からん。
それから試着。
……結論から言うと、女性の気持ちが少し分かった気がした。まあこう思ったくせに分かってなかったら最悪だけど。
なんというか、変な気分だ。
地味なものでいいからと自分で選んだものを試着した時、なぜだか首をひねってしまった。しっくり来なかったのかも。可愛いものを着けたい――って感情は、こういうことから湧き上がるのかもしれない。
――この『しっくり感』って、自分が着たいかどうかだよな……。
今は祓神霊であるアミの姿だというだけ。アミが思うならまだしも、俺が思うのはどうなんだ?
そう思った時、アミの声が。
《いや違うぞ》
『えっ』
《私の姿ではない、お前がもし人間の女として生まれたら――という姿だぞ、これは》
『え! そうだったのッ? あれ? じゃあ熊とかは……』
《動物の場合も、お前の親がその動物だったら……というだけに過ぎん。これらの変身は、魂と体のあり様をいじる行為――と言うと、一番近い表現になるかものう》
そうなのか……。
マジか。俺、女だったらこうなってた?
でも、それでも。嫌だ嫌だ――と思い過ぎるのもやめた方がいいのかもしれないけど、どうしても抵抗が。
……まあ、みんなを楽しませてやってもいい、のかな。俺も根っこから楽しんでしまえばいいのかな。でもそれってどうなん。
しかも、しっくりこないとかそういう感覚があるっていう――。
試着室の中で、頭を抱えた。
自分というものが変わってしまう気もする。
――いやいやいやいや。俺は俺や。うん。
そこで急にアミが言った。
《すまんのう、私が宿ったせいで》
――謝らせてしまうなんて。俺はなんて女々しいのでしょう。――はぁ。こんなこと考えるのはもうよそう。
『いいよ、ごめん、気にさせて』
「とりあえず三セット選んでね」
姉ちゃんにそう言われて渡された中から、コレいいなと思うものを三組選んだ。一組だけスポーティなもの。
最後に着た一組は今も着たまま。
少しだけ肩が楽になる。というか背筋も伸びたかも。
この店へ来た時の服をその上に着ると、それからカウンターへ向かった。
金を払ったあとはほかにも買い物。
それから駐車場へと歩く途中で、姉ちゃんに物申した。
「七セットも試着させるとか酷くない?」
姉ちゃんをいじったつもりだったけど。
「そう? 乗り気やったやん。自分で地味なのも選んどったし。普通自分から触れに行くかなあ?」
「くっ……」なんて強烈な反撃だ。
確かに『地味なのでいい』と言って最初に目に付いたものに触れた。自分から。
しかもそれでしっくり来ないとか思った。
とはいえ。
――ううむ。なにか言ってやりたい。
んで、出た言葉は。
「俺のためでもあるんだよっ」
言ってすぐまた不思議な気分になった。
なんだろうこの感じ。
アミへの配慮? でもそれは勘違いだったしな。
やっぱりしっくりくる服を着たいのか、俺自身が。
でも元々男だからなあ。他人の服として、女性の服として、男物の服以上に丁寧に扱わないとな。
それにしても。
俺のため、封印のためだとしても、やっぱ試着させ過ぎだと思うんだけどなあ。ちょっと自分の趣味入ってるんじゃないかなあ。
考えている俺に姉ちゃんが言う。
「大丈夫、可愛かったよ」
「むぐっ……。そりゃ……少しは選んだし? 可愛くないよりはマシよね」――なんだか恥ずかしくなってしまう。
言い合いながら車に乗り、荷物も置いた。
さて。これからは、ついでの買い物タイムだ。
――で。
荷物はめちゃくちゃ多くなった。
靴や靴下も買ってもらった。
動きやすさのため、グリップ力のある運動用の靴。色は白とピンク。なにかあった時のために二足。
この二つを選んだ時の姉ちゃんは、凄い顔だった。
「これにしなさい。いーい?」
迫力のせいでなにも言えなかった……。絶対、姉ちゃんの変な趣味が入ってる、靴にも。
買った白い靴を今履いてる。靴下も今は新しい黄色のもの。履いてきた男物の白い靴下は、今は買い物袋の中。
それら以外の今日の成果と、来る時に履いていた靴の入った箱とを崩さないように足元に置いて……と。
さあ帰ろう。
と思った時、妙な不安感に襲われた。
え、なんか聞こえる。
嫌な気分にさせる音。
なんだか、誰かが苦しそうに低い声と息を出してるような、そんな恐怖そのものみたいな音が、さっき聞こえ始めてからずっと聞こえる。
「え、なにこれ。暗神霊……?」
って、俺が言葉にした直後。
《暗神霊の気配だ》
アミが言った。
『やっぱり』
《なんで分かった》
『変な音と不安感がして、そうかなって』
頭ン中の会話もほどほどに、姉ちゃんと母さんに向けて言う。
「今、暗神霊の気配がしたから、車を出して。……早く!」
「あ、ああ、うんっ」
母さんは戸惑ってた。ごめん、変に困らせたよね。
だけどなんとか落ち着いて、母さんはすぐにハンドルを回した。