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力尽き、変身解けず、服を買う。

 父さんが運転する軽の水色の車で洋服店・プティクロに向かった。

 助手席には母さん。母さんはいつも父さんの隣に座りたがる。

 姉ちゃんは運転席の後ろ。

 俺は助手席の後ろ。

 隣の姉ちゃんに対して、ふと聞きたいことができた。


「あ、そうだ、姉ちゃんの中の祓神霊ハルナヒって、暗神霊クラナヒの気配、感じんかったと? 俺、一体封じたんやけど、この近くで」

「え、そうなん」

「うん、マジ」

「なんでやろ。ハナは感じんかったって言っとる」


 ハナってのが姉ちゃんに宿った祓神霊ハルナヒの名前なんだな。


 気になったのか、姉ちゃんが聞いてきた。

「それっていつ頃?」


「あー……夕方……時間は分かんない。かなり薄暗かったとは思うけど」


「それなら」あ。姉ちゃん、なにかに気付いたっぽい。「友達の家にまだいたのかもね、それか帰って来てる途中か」


「そっか。……それでか、姉ちゃんは離れてたから」


「うん、そうみたいやね」

 って、多分これ、ハナの声を代弁したんだな、ワンテンポ遅れてるのはそういうコトやな。


 ――ってコトは、博物館で見た弓矢の男の人も、オオツノジカの暗神霊クラナヒを封じた現場の近くにいなかったのか。そうなんだろうな、いたら駆け付けてただろうし。



 とりあえず到着。暗い駐車場に、我が家の車の水色が映える。


 プティ・クロース略してプティクロ――に入りながら、姉ちゃんが言う。

「ここではちょっとしたヤツだけよ。明日ちゃんとサイズを測ったりお勧めを聞いたりもするからね、専門店で」


「ええっ、マジかよ」


 下着は専門店の方がなにかと得があんのかね。だからって。明日も? はあ……億劫だ。


 思いながら連れ回される店内にて。

 服を選ぶのは基本、姉ちゃんだった。


「あんたには濃い色が似合うやろうなあ」

「こだわらんでよかて」


 ほぼ無気力にツッコんだ。

 姉ちゃんは、パーカーや薄いシャツなんかを手に取った時も、ブツブツと一人会議をした。


「てことはよ? 意外と上は明るい色がよさげ?」

「こだわらんでよかて」


 母さんも加わる。「こんなのどう?」

 すると姉ちゃんが。「ちょっとダボッとし過ぎかなあ」

 だから俺は。「こだわらんでよかて」


「いや、もしかしてよ?」姉ちゃんがまたなにか思ったみたいだ。「あんたいつもインラインスケートってうるさいやん」

「うるさいは余計やん」つい口答え。

「あれ、黒いよね」

「うん、黒いけどそれが?」


 俺が聞くと、姉ちゃんは真剣な顔で。


「強調するならボトムスに明るめ、上が黒系の方がよさげ?」

「こだわらんでよかて」


 もう終始この調子だ。まあ、いいけど。しょうがない、もう。


 んで? なんだか、二つの方向性で迷っているみたいだな。姉ちゃんはまだ決め兼ねてるのか。


「いや、やっぱり下を黒系、上を明るめにしようか、脚を長く見せられそうだし」

「こだわらんでよかって言いよるんやけど」


 そう言って薄く笑った俺に、姉ちゃんが言う。


「確かに無理にこだわらんでもよかよ、そういうのも似合うタイプの顔……とスタイルやし」

「えっ、そう? ――って言われてもな」

「でも折角なんやし」

「その『折角』は俺が思っとうことやなかとよ」

「まあまあ」


 姉ちゃんは、こちらをなだめるように言った。


 いや、うーん。まあいいか。姉ちゃんのために楽しませてやるか……。


 そう思うことで感情を沈ませた俺に、姉ちゃんが言う。


「じゃあ、まあ、今これだけ持っとうけん、ほれ、試着してき」

「ハイハイ」


 試着室に入り、今の自分の服を脱ぎ、着てみる。


 ――……いいやん。


 シャツやジャケット、セーター、パーカー……とかは、ピンクや黄色、白基調なんかが多くて明るめばかりだ。キャミソールは黒や灰色。

 ズボンは黒や灰色のものもあるけど、明るめの色のものも数枚選ばれてる。スキニーもあるけどスタンダードなものも選んでるみたいだな。


 ――うん。いい。凄くいい。


「どう?」


 試着室の外から姉ちゃんに聞かれて、素直に。


「いいんやない?」そのあと気になった。「でもなんでこの組み合わせになったと?」


 質問しながら元の服へと着替え。

 外から姉ちゃんが答えるのを、着替えながら聞いた。


「あんたスケートするやん? あれで足の動きが目立つ方がよかろうけんさ。やっぱそういう場面でも映えるのがいいやろうしね。上着のふわふわ加減もポイント」

「いや、この姿でやらんよ」

「そうかなあ。我慢できる? マコちゃん」


 なぁんか、おちょくられてる感じだな。なにか期待してる。絶対そう。


「……まあいいけど。あと、スカートがなくてよかったよ」


 そう言ったのとほぼ同時に着替え終わった。さて出るか。

 と、試着室から出た俺を見て、姉ちゃんが。


「そればっかりは、買ってもあんた、絶対に穿かんやろ」

「そうね。ハイこれ。サイズもいい感じやと思うよ」


 と、俺が渡そうとすると、姉ちゃんがあごでこちらを示した。


「あんたが持ちなさいよ」

「え、だってコレ」反論しかけたけど、渋々。「まあ……しょうがないか、俺用やもんな」

「お金は出すから。ね」


 姉ちゃんにそう言われて、溜め息をついてからレジに持っていった。その時にはショーツとやらが一枚だけ追加されてた。


 それらを、妙にドキドキしながらカウンターに置く。

 金額を計算され、払う。釣り銭を差し出されるまでのあいだもなぜかそわそわしてしまった。別に普通にしてりゃいいのにな、俺今女なんだから。


 袋に入った商品を手渡してくれてすぐ、店員の女性が急に褒めてきた。


「お二人とも可愛らしいですね、自慢の娘さんでしょう?」


 すると後ろにいた父さんの声が。


「いやあ、そうなんですよ」


 なに言ってんだ、と俺が後ろを見ると、そこにいた父さんは後頭部に手を回していて。


「父さんに似なくてよかったというか、なんというか」


 すると、店員女性は、手で口を隠すようにして少し笑ってから。


「きっとどこかで似てますよ。それに羨ましいです。ご家族でこんなに明るくって」

「そうですか?」


 そう言って父さんは後頭部を掻くわ掻くわ。


 ――ううう、なんか恥ずかしい。でも俺が同じ立場だったら……うわぁ、同じようなことになるかもしれん。なんも言えんな……。


「いつも楽しくお買い物して頂けて、本当にありがとうございますっ、ぜひまたのお越しを」

「はいっ、どうも」


 店員にそう返事をしてここを去り始める父さんの顔は、いつになくニンマリ。

 しかも車に乗ってさあ帰ろうという時でさえそうで、俺と目が合うと、父さんは更にニンマリ。

 その横で母さんまでニコニコしてる。


 ――なんよ、もう。みんな面白がりよる。


 分かった。俺はもう諦めたよ。

 俺自身も楽しんでしまえばいいのかな、もう。


『アミはどういう気分なん。こう色々見せられとるけど』

《私はなんとも。数千年もの昔からこうやけんのう。まことがなにをされても、なんばしよっても驚かんぞ》


 アミからはフフッと笑い声まで聞こえた。


 ――なんよ、俺だけと? 楽しんどらんのは。……嫌やぁ。アミにも悪い気はしとうのに……。


 ホントに今日はなんて日だ。

 祓神霊ハルナヒを引き寄せてハルナヒツカミ――祓神霊ハルナヒ使い――とやらになったし、暗神霊クラナヒとやらを一体封じたし? アミの力を使い過ぎて変身は解けなくなるし、服は必要だし?

 しかも姉ちゃんまで同じ祓神霊ハルナヒ使いに。姉弟で引き寄せてる理由なんて謎中の謎だ。


 本当に、よく分からない一日だ。

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