解けないままで、打ち明け話。
祓神霊使いになったことまでは別に構わない。うん。封印も無事できたし。そこまではいい。ただ、問題は『女から戻れないこと』だ。
もう日も暮れる。
なのに、念じても姿が戻らない。どうすれば。
――友人に頼るかなあ……。
今日は土曜日だ。友人宅に泊まることを家に連絡してもらう――って方法を取れなくもないな。ほかに問題さえなければだけど。
って言っても、管一しかおらんし。ただ、あいつがこの姿に本気になったら……それはそれで困るって。まあ信用してはいるけど好みは自由やし?
うーん……。
しばらく悩んじゃったけど……よし、もう決めた。
家族に話してしまおう。
決めた直後、俺の中にいる祓神霊――アミが言った。
《本当にいいのか?》
『まぁいいやろ。いつか困ったら家族には話すことになりそうやし? 色々悩んだけど、いつか困りそうならもう言おうかなって』
《――そうか》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「た……ただいまー……」
小声だった。自分にしか聞こえないくらいの。
帰った時のあいさつを欠かさずしたくはあったけど、この声を聞かせてすぐに混乱させるのもちょっとなぁ――とも思うし? だから小声だったんだけど……まぁもし反応されたらなんか言わんといかんけど。
できればリビングまで入ってじっくり話したいっちゃけどなぁ。
そろりそろり。
玄関からリビングの方へと。少しずーつ歩いた。
階段が近付いてくる。
ああやばい、ここまで来れたらもう部屋に戻りたいわ。一旦休憩したいかも。心の準備をさせてって感じ。
でも、やっぱり話さんとな。
部屋に行きたい気持ちを抑えてリビングの方を向いた。で、ドンと佇む。
さあ話すぞ。
「はぁッ? あんた誰!」
うーわ、先に言われちゃった。
ソファーに寝そべってテレビを見ていた姉ちゃん。が、首だけこちらに向けてる。誰か帰ってきたよね――って感じで確認するつもりで……ってことなのかな。
叫んだあとすぐ姉ちゃんは身を捻って起き上がった。
――まぁそりゃ驚くよな。えーっと、なんて言おう。
とりあえず廊下に佇んだまま。リビングに向けて。
「俺、真! 祓神霊ってのが宿って妙な力を使えるようになって、それを限界まで使ったら一時戻れんごとなった!※ 明後日の朝には元の俺に戻るからそういうことでヨロシク!」
親指を立ててグッというポーズを取ってやった。まあ心配するなよって感じだ。
そんな俺の前へキッチンから母さんが近付く。そしたら、開口一番。
「あんたどこの子ね」
――いやぁ、まあ、ね? うん。そんな感じになっても、おかしくないよな。
うーん、どう言えばいいっちゃろ。
って思ってるうちに、母さんがまた。
「なにか……お家に帰れない事情でもあると? それとも真となにかゲームでもしとうとかいな、罰ゲームとか?」
「いやあのね」
俺が言い出そうとすると、姉ちゃんが聞いてきた。
「なんであんたも……? あんたが、真?」
「え?……え?」
俺の中で、『あんたもってなにが?』という謎が湧くし、もうしっちゃかめっちゃか。
混乱している俺に、姉ちゃんが。
「私もなんよ」
「あぇ?」
変な声が出た。あまりにも急で。
「えっ? じゃあ」
「うん、まあ……、打製石器のナイフってやつ? ほら黒曜石とかの、特殊な力のある、ああいうナイフを扱えるっていう女の祓神霊が宿っとうと」
驚愕の事実。
姉ちゃんに? なんで?
もう混乱度合いが半端ない。
血の繋がり? 偶然やないと? そう言えば『引き寄せられた』ってこと自体が偶然ではなさそう。じゃあ……? え? でも『引き寄せられたこと』自体が、なにゆえ?
頭の中がもうぐちゃぐちゃだ。意味分からん! って叫びたいくらいだよもう。
「んー……まあ、細かいことはいいとして」
姉ちゃんがそう言った。まあ俺も落ち着こう。
把握できた現状について話すべきだと思った。こんな混乱するほどのことだ、みんなで理解しておくべきだし。
みたいに、姉ちゃんも思ったのかな。
「まあアレよね、こうなったら家族全員で知っといて会議しとかんと。という訳でお母さぁん」
同じ考えに至ってたらしい。まあ姉弟だ、ってことだな、この場合。
改まった話が始まりそうになったけど、そんな時、風呂場の方から声が。
「うーい、上がったぞう~」
父さんだ。パンツ一枚の。
「ん? おああッ、お客さんッ?」
父さんは慌てて股間に手をやって洗面台前のフロアに引っ込んだ。
スライドドアでその身を隠すと。
「ごめんなさいね!」
はは、まあ俺だってこと知らんしな。
そんな父さんの所に、母さんが着替えを持って行く。「ああ、はいはい」なんて言いながら。
とりあえず落ち着いてから話し合った。祓神霊と暗神霊について。それと、封印用の翡翠の勾玉や、二重の入れ物が必要なことも。
今はまだ祓神霊使いの体に封印する形でいいことも話したし、それに、今重要な『この変身が解けない理由』も。
「そんなことが……」
そう言った母さんの開いた口は塞がらないし、目も見開いたまま。
父さんは俺の足をなぜかじっと見た。
「靴のサイズは合うんか?」
信じてくれた上に気にも掛けてくれたのか。なによりだよ、ありがてえ。
「それも買わんとね」
封印用の勾玉のあった場所のことを聞くと、姉ちゃんが。
「へえー、その博物館に」
姉ちゃんは状況を理解して調べたものの、その時には調べが足りなくて、同じ大学の友人の家からとりあえず家に帰ってきて、それからまた調べようとしたらしい。
その上で、「この番組だけちょっと見たかったんだよね!」って――いやなにソレと。気持ちは分からんでもないけども。
そんな姉ちゃんに、とりあえずあの翡翠の勾玉を、四つ渡しておいた。
「これで封印するんよ」
「ふうん、これで」姉ちゃんはその緑の綺麗さを眺めながらそれを部屋へと持ってった。
部屋に戻ってから、そういえばと、約束を思い出した。
次の土曜の所に『博物館』とメモ。……これでよしと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕飯を食べ終えてから、母さんが言った。
「あんた今の自分に合う服なかろ? プティクロにでも行ってきなさいよぉ今すぐ。ほら、お父さんも運転して」
「ええっ」
俺が嫌がると、姉ちゃんが。
「いや、なに嫌がっとうとよ※。こんな事これからもないとは限らんっちゃけん。――あ、ちなみに下着は専門店で買うからね」
「うわあああああいやだああああああ!」
俺が嫌がって叫ぶ横で、父さんは陽気に笑った。
そして父さんが満面の笑みで。
「とりあえず行こうか、マコちゃん」
「マコちゃん言うな! まあ仕方ないから行くけど!」
そう嘆いている俺の横で、姉ちゃんが大笑いしながら頷くのが見えた。
「そうそう、自分の物を持たんとね」
と言ってから笑いを抑えてからも、姉ちゃんは言う。
「貸すばっかりじゃいつか困るやろうし。そんで持ち歩けばオッケー」最後はグッドサインまで。
「なぁにがオッケーよ、変態扱いされるやろて!」
叫ぶ俺に、それまでテレビに目を向けていたっぽい母さんが言う。
「でも大事よね、持ち歩かんと。なにがあるか分からんとやろ?※」
そ、そりゃそうやけどさぁ……。
はあ――と、溜め息をついた。つかずにはいられない。
「家に置くので十分やって。持ち歩かんけんな! 絶対に!」
拒否する俺に、姉ちゃんが言う。
「もうずっと女でもよくない? こんな可愛いっちゃけん」
「ふざけやがってええええ!」
言いながら玄関に向かった。
靴を前にして後ろに声を掛ける。
「着させたいんならはよ来い※、はよせんと行ってやらんよ」
すると、全員が一斉に玄関に来た。
え? 乗り気過ぎん? みんなその感じなん? マジかいな。
そんなこんなで洋服店へ――。まったく。俺は見世物か。
※戻れんごとなった:戻れなくなった
※なに嫌がっとうとよ:なに嫌がってるのよ、なに嫌がってるんだよ
※なにがあるか分からんとやろ?=なにがあるか分からないんでしょ?
※はよ来い:はやく来て、はやく来なよ