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弓矢。網。館長。そして勾玉。

 男は左腕を壁に向けて伸ばした。で、その左手を握り込んで拳に。


 あ、これ透明なバットを持って打席に立ったバッターみたいな感じだ。そういう姿勢だわ。


 それから男の握った拳の所に、淡く光る白い弓が握られるように現れた。正直、『え、そんな風になるん?』って意外過ぎたんだけど?


 にしても、そうか、弓矢か。


 まだまだ見守る。


 男がもう片方の手で弓を引く動きをした。そうしたら、引いた手の方に、動きに合わせて光が矢になるみたいに伸びた。弦の部分も引っ張られた形に。

 男はその右手を引き切った感じで一時停止。

 約一秒後、光る矢が、前の壁にシュッと刺さった。

 と思ったらすぐ消えた。

 そのあと弓も消えた。


「な、な、なんねこれは。どげんしてこげなこと……」※

「だから祓神霊ハルナヒの力なんですって」


 慌てる館長に男が言ったけど、館長はまだ納得顔じゃない。


「手品かなにかやなかとね、ゆ、弓なんかは、ほら、マジシャンみたくしたっちゃろ、腕の後ろからとか。そげなもん出して人をだまくらかすげな、そげなコトさせんばい!」※


 ――ええ? そうなるの? ヤだなあ、どうしよう。


「あの」

 とりあえずは俺もだ。

 二人が言えば、考えも変わるだろ多分。


「俺も祓神霊ハルナヒ使いってやつで、用件は同じなんです」


 あっ、今女の姿だし、私って言った方がよかったか? しくったぁ※。さっきの忘れてくれんかいな※。


「な、な……、なんば言いよっとかって、そろいもそろって。あれか! 本当っぽくするために一人ずつ来たとやろ! だまされんけんな! これは俺が掘り出したったい! 俺のもんたい!」


 なんだよ、信じてくれてもいいだろ? でもまあアレか、そんなに大事なら守りたくもなるか。

 それに混乱する気持ちも分かるしな。


「まったく……最近の若者は――」

 館長がまだなにか言ってる。


 まあいい。さっさと見せよう。先客が既に見せてるし。初だけどうまくいくかな。


 とりあえず『網』を出せるように念じてみる。右手を前に出した上で――。


 お、右手から光る網が。


 出た。それをちょこっと広げてみて、少し経ってから消えるように念じてみた。

 消えた。よぉし。うまくいった。


 なんか少し疲れたな。全身をよく使って運動をした直後みたいな。まだできなくはないけど、ちょっとだるい、みたいな。


 にしてもしっかり休むまでに何回使えるんだ? 結構使えるようになっておきたいトコだけどなあ。


 割とすぐ、館長が驚きを声にした。


「そ、そちらさんも……? え、本当なん? 嘘やなか?」※

「嘘やなかです」


 俺が言い切ると、目の前の若い男が。「あなたも」

「ああ、はい」一応うなずく。


 態度が柔らかくなった館長に男は念押し。

「これは誰にも話さないでくださいね」


 男は続けて言う。

「その上で協力してください。この壺から飛び出たという暴走した霊体みたいなものを封じないといけないんです、だから・・・必要なんです。何度も言いますが、その装飾と力の込められた翡翠ひすいの勾玉だけでいいんです」


 それを聞くと、館長は目をキラキラさせた。


「ぎゃああああ! これはこれでロマンンンン――ッ!」


 な、なんだよ、つい呆気に取られちゃったじゃん。

 いやぁ極端な人やなぁ。

 悪い感じはしなかった。面白い。慎重だけど信じたら前向きに接する、そういうタイプの人なのかな?


 にっこりした顔になると、館長が言った。

「ま、展示に関してはレプリカでよかけん※、俺も君達に協力させてよ。面白そうやしね」


 ――ふう。これで一安心だな。


 その翡翠ひすいの勾玉を男が受け取って、男が「じゃあ半分ずつ」と俺に。

 十八個あったから九個ずつだ。


《よかったのう》

『そうやな』


 頭の中でそんな会話をしながら問題の勾玉をショルダーバッグにイン。

 それから。


「じゃ、ありがとうございました」


 一礼してその部屋を出ていく。

 と、後ろから館長の声が。


「なにかあったら、また来てくれてよかけんね!」


 振り向いた俺に、彼はにこにことした顔で手を振った。

 ――この調子だと壺も使わせてくれそうだな。

 思いながら頭を下げた。


「じゃあまた」


 先に帰ろうとする俺に、ほぼ一緒に廊下に出た男性が言う。

「ちょっと」


「なんす――」ぶっきら棒に言いそうになった、やばいやばい。「なんですか?」

「連絡先、教えてくれない?」

「あ、俺、スマホとかケータイ持ってないっす」


 って言われると、男は、ポケットから薄いピンクのスマホを取り出して。「あ!」って、なにかに気付いたみたいだった。


「しまった、残量が。それなら……どうしよう」


 男はしばらく考えて、それからまた。


「じゃあ次の土曜日にまたここに来てよ、いい?」

「いいですよ」

「じゃあ、あなたも頑張ってね」


 彼はそう言うと、先に行ってしまった。

 ――こうなったらケータイ、必要だよなあ。

 出ようとして途中で解説員さんに会った。一礼をば。「ありがとうございました」

「あ、いえいえ」


 それから博物館を去っていく。

 本当に一安心。


 ――この勾玉があれば、何かあっても大丈夫……なんだよな?

 つい出た心の声に、アミが応じた。


《ああ。あとは、ちゃんと暗神霊クラナヒを抑えられるかどうかだな》

※どげんしてこげなこと=どうやってこんなこと

※「手品かなにかやなかとね、ゆ、弓なんかは、ほら、マジシャンみたくしたっちゃろ、腕の後ろからとか。そげなもん出して人をだまくらかすげな、そげなコトさせんばい」=「手品やなにかじゃないのか、ゆ、弓なんかは、ほら、マジシャンみたいにしたんだろう、腕の後ろからとか。そんなもん出して人をだますなんて、そんなことさせないぞ」

※しくった:失敗した

※忘れてくれんかいな:忘れてくれないかなあ

※嘘やなか=嘘じゃない

※よかけん=いいから(許す時(快くという時)も、「しなくていいから」という時も使う)

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