女の姿!? バスの中。考古博物館。
パソコンの電源を落として……っと。じゃあまずは部屋に行こう。服を重ね着したい。
女になって筋肉量が落ちたせいか少し肌寒いんだよなあ。
シャツの上にゆったりしたパーカーを着てみたけど、どうなんだこれ。まあ温かくはなったけど。このくらいでいいかな?
いや帽子もだ。それも被って、あとは……。えっと、ショルダーバッグも。
あと持ち物は……。
バッグの中に財布だけはちゃんと入れて……っと。
よし、いざ玄関へ。
玄関の姿見で自分を見てみたら、自分と同じ年代くらいの顔立ちの整った女が映った。
高一には見えないかも。俺はそうなのに。
肌に特別な模様とかは……ないな。これなら普通の人に見える。
にしても。これが今の俺……。って、じっくり見てる場合じゃない。
靴を履いて……っと。
家を出たあとはバス停へと走った。
バスに乗ってすぐの席で座ってから、頭の中で聞いてみる。※
『お前、名前とかあると?』
思っただけだってのに、答えが返った。
《ああ、我々それぞれに名があった。が、もう遠い昔のことだ。お前達にとって呼びやすい名の方がよかろう、であれば、名付けるのがよかろう》
どうやら声に出さずに会話できるらしい。試してよかった。
『お前も女なのか? 祓神霊の熊の姿よりマシだとか――力と姿に関連があるんなら――』
《うむ、宿る祓神霊の姿に似ることで我らの力を使えるようになる。想像の通り私は女だ》
『やっぱりそうなんやな、やけん俺が女に』
《うむ》
『なら女の名前がいいよな』
――ふむ。
しばし熟考。
『なにかに因んでるのがいいんだけど、なにかこう、イメージしやすい特徴とかないん? たとえば……あんたの祓う力とか。それってあんた特有のものだったりは?』
《特有のものだ。それぞれ違う力を持っている》
『へえ、火の精霊とか、水神的な? あんたのはどんな力なん?』
《私のは網を生む力だ。漁業に使うような網だ。様々な用い方で脅威から人々を守った。……その力で、暗神霊の暴走もかつて止めた――》
『暴走した元仲間にも。なんかそれ、ばり※悲しいやん』
《……ああ。辛い戦いだった。分かってもらえて嬉しいよ。それに今なぜだか心地もよい。この宿っている感じ。お前の心のおかげかもな。その意味でも嬉しい》
――ほかの人だと違ったんかな。よく分からんけど……嬉しいならよかった。
『で、なんだっけ。――網を生む力、だっけ?』
《うむ、私のはそうだな》
『じゃあ、あんたの名前はアミ。これからアミって呼ぶから』
《アミか。いい名だ。私はお前をどう呼べばいい?》
『天樹真だ、真って呼んでくれればいい』
《マコトか。それもいい名だ》
『というかなんでこんなに話せるとよ、現代語やん、ちょっと古語入っとるけど方言まで分かっとうし』
聞きながら外の景色を確認した。博物館はまだ遠い。
《人々の会話は聞こえとったったい、やけん……。ふふ、私も方言を前面に出しゃあこんなもんたいね》
『おお、凄い。まあそっか、言ってみればこの辺りの大先輩か、なんと言うか、在り方は違っても?』
《そうだな。……そういえば。こちらからも聞きたいことが》
『ん? なに?』
《なぜ、あのよく滑る靴を持って来なかった? あれだと速く逃げれるやろうに》
『ああ、あれは危ないしな……、それにあれを履いて盗んでも、それがバレた時に逆に困るけんね。あんな特徴的なものを履いとる所を見られたら捜査対象を絞られて一巻の終わりやろ。もしそうなったらあんたも――アミも困るやろ?』
《ふむ、そうだな……。まあ今からでは遅いし、判断的にも悪くない、か。スピードは欲しかったがの》
『まあそこは任せとけって。足には自信が……。あ。でもこの姿や。ちょっと細い。一応筋肉質ではあるけど』
手で触れながら自分の体を確かめた。腕。足。腹。確かに女にしては筋肉はある方かもしれない、でも前の自分よりは確実に劣る。
《そこは私も気がかりよ。普段の真の姿ではないからのう》
『そうかぁ、しくったかなぁ。変なことにならんといいけど』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バスを降りてからすぐの所にあった。問題の――磨丘島考古博物館、って看板にもある。結構小さいトコだ。
よし、受付でまず聞こう。
「あの。新しく見付かったっていう壺や勾玉に興味があって、取材させてほしいんですけど。その……自由研究的なやつで必要で。館長さんと話したり……できませんか?」
「あー……えーっと……」
受付の女性の反応が、なぜか渋い。
え、なに? 俺って場違い?
「どうしたんですか?」
「あ、いや。まあ、そういうことなら解説員に聞くといいかな。解説員は中に。ほらあそこ。私はここを動けないから。ほら、入って。あ、お支払いはいいよ、用件が取材で、展示そのものじゃないけんね」
「ありがとうございます、助かります」
一礼してから「よしっ」と中へ。
――それにしても最初、変に戸惑われたけど、なんだったんだ?
館内も、そこまで広くないな。
ただ、展示の質はかなりのものに見える。もう展示されているなんてこともありえそうだけど……うーん、見当たらん。
館長を探したいけど、誰がそうかも分かんないな、さっき聞いた解説員にまず尋ねてみるか。
受付女性に指を差された人の前まで行って、こちらから。
「あの。出土した壺のことで館長さんに取材したいんですけど、今、その……話せませんか?」
――この男の人、四十代くらいかなあ。
軍手をしたこの人が言う。
「え……っと、そう言われてもすぐには」
「どうしても聞きたいんです、聞かないといけないことなんです、お願いします!」
「うーん……」
気持ちが揺れてそうな感じの顔を彼がした。
でもまだ腕組みして考え込んでる。
――お願い、お願い。これ放っておくと危ないんだって。
拝むみたいにしたのが効いただなんて言わないけど、男の人が顔を明るくして腕を解いた。
「なんか事情があるようだし、いいよ、分かった。ついて来て」
よし!
喜んでついて行く。
建物の奥は少し入り組んでる。廊下が曲がりくねっていたり狭かったり。
その先の、とある部屋に通された。
なんか校長室みたい。
向かい合うようにソファーがあって、奥に、太った男が座ってる。
手前にも男が一人。こっちは細身で短髪、ぼさぼさ頭の男。
太った男はどっしりと座ってる。対して、ぼさぼさ男はなにか答えを待ってる? そういう姿勢に見えるな。なにか話してたのかな。
多分、奥の人が館長だと思うんだよなあ。
って思った直後、解説員の声が。
「館長、この子も取材したいそうです。私は展示エリアに戻ってますので」
その顔は奥に向いてた。やっぱり奥の人が?
……ん? この子『も』?
「ああ、そうか、ご苦労さん」
館長は驚きや困惑が秘められていそうな顔で頷いた。いやこちらも迷惑掛けちゃうなとは思うけども。
客であろう男もこちらを見た。
客の顔が初めてハッキリ見えた。大学生くらいかな。
把握のすぐあとで後ろの扉がほとんど音もなく閉まった。
「それで――」
館長が話し始めた。既にいた客に対してだな、これは。
「ハルナヒだかなんだか知らんが。そげな※妙なオカルトを言われてもね」
――え、その話? マジかよ。
と、そこでアミの声が頭に――。
《別の祓神霊も同じように急いておったのだろうよ》
『あ、そうか、訴えた祓神霊はアミだけやなかった――と』
《うむ、当然だな》
「だったら見せますよ」男が言い放った。
確かに、現実を見れば信じるしかないし、それが一番かもな。
俺は黙ってただ腕組みした。なに見せるんだろ、と思いながら。
※福岡ではバスに乗る際、真ん中のドアから乗る。前のドアから降りる。
※ばり:とても、凄く
※そげな妙なオカルト:そんな妙なオカルト