シャットアウトとリターンとドキドキ
俺の本名は天樹真なのに、祓神霊の力を使える女の姿になったまま戻れなくて、今は網沢真心……だなんて、知られたらやばいだろうなあ。
そんな俺が、美鶴と付き合ってるって自ら宣言したから、この昼休みで『食事をどうしようかなあ』と考えずにはいられない――視線が痛いからなぁ……。
そんな折、美鶴が俺の席の横に来た。
「弁当持って。行くよ」
「え、あ、うん」
言われてついて行こうとして、一瞬戸惑った。
そんな時は、ほとんどのクラスメイトが茶化す。
「ヒューヒュー!」
「ラブラブ!」
「う、うるさいんだよぉもう!」
言い返しはするものの、それで嫌な気分にさせないようにと、笑顔でツッコミ。
こういうのは苦手だ。
改めて自覚させられてから、咲菜の方を向いた。
「咲菜、昨日一緒してたのに、ごめん」
「いいよ、ひとりじゃないし、気にせんで」
「ありがと」
そう言いながら顔の前で手刀を作って見せると、弁当を持って美鶴について行く。
昨日、俺が咲菜やその友達と昼食を取ってた時は、美鶴は男友達と食べるのを断ってた。独りで食べたいみたいだったんだよなぁ……。
結局、大人しめな男子が構いに来て彼とだけは一緒に食べてたけど。
退屈はしなかったらしいけど、美鶴が独りで食べたがってた理由……なんだったんだろ。
――もっと知りたいな、色んなコト、深く……。美鶴のコトを。
北校舎の東にある木の陰にイイ感じのベンチがある。
そこに美鶴が座った。ってことで俺も。
校舎内から、ここ、ほぼ見えないんだな。それにここには人があまり来ないみたいだ。来るのは用務員くらいなのかなぁ。ゆっくりできそうないい場所だ。
「いただきます」
と、二人して食べ始めてからしばらくした時。
美鶴がその手に持つ箸で俺ん家の厚焼き玉子を勝手に持ち上げた。
「あ、なに勝手に」
と、あたふたした俺の口に、美鶴がそれを入れようと。
「はい、あーん」
「ぁえっ? あ、うっ、あー……ッ」
俺は心の準備を急いでしてから大口を開けた。
ちょっと恥ずかしかったけど、まあいい、これで美鶴がストレス発散できるならお安い御用だよ。
こんな俺達に、みんなは普通に接しているだけ。
でも、美鶴は男から戻れずに仕方なく今の同性と接してる。そんな中でならやっぱりストレスを感じてるよなぁ。
今後も、美鶴が外で食べたければ、ついて行って一緒に食べよう。うん。独りにさせたくないし。
それが俺のやるべきことなんだろうな、きっと。王子的なやつ。まあ今は女だけど。
そんな俺の口に、厚焼き玉子が入ってこようとする。
入ってこようとする。
入ってこようと――。
「はよ入れろやっ」
「ごめんごめん、大口開けた真心ちゃんの顔があまりにもそそるから」
――凄い表情だった。美鶴自身、言いながらゾクゾクしていそうな。
「なんか怖いんですけど」
咀嚼し、飲み込んだあとで。
「今度は俺の番――」
と、言った俺の口に、美鶴の伸ばした人差し指が当たった。
「あたし、って言わないと」
そう言うと美鶴はその指を手ごと引っ込めた。
「本当は男なんだってことを、ちゃんと隠さないと駄目でしょ」
「わ、分かってるよ。私、だろ?」
「いや、あたしって言ってほしい」
「願望強くない?」
「いいからホラ、言い直してみて」
美鶴はあくまで真剣な顔。
――まあいいか。それで美鶴が喜ぶんならやってやろう。
俺は一度だけ深呼吸した。そのあとで。
「今度はあたしの番」
「頂きました」
「はあ? ったく。……今からこれも頂くんでしょ? ほら、あーん」
すると、美鶴は幸せそうに口を開けた。
そんなこんなで食事をしたあとは、次の授業が始まるまで話して過ごす。
弁当箱をハンカチで包み終えたあとで、美鶴が切り出した。
「あのさ、イチャイチャすんのもいいけど、祓神霊に見聞きされてるんだよね? 私達の言動って」
「あ、そうやん! うわ、めっちゃ恥ずいやん、さっきのも。見てたんだよな?」
俺が聞くとアミの声が。《うむ、しっかりとな》
《ラブラブですね!》ガブリエラまで。
「うわっ、マジかあ……っ、やっば……っ」
首の後ろに手をやって少しうつむいた俺を見たせいか、美鶴が声を殺して笑った。その口で美鶴が言う。
「可愛いなあもう」
――うぐっ……。ちぇっ。まあいいよ。美鶴がそれで喜ぶならな。それも思い出だ。
そんな時、美鶴が空中に問い掛けた。
「とりあえず見られたり聞かれたりしたくないんだけど」
誰に向けての声かなと思った。多分、自分に宿った祓神霊のリョウヤに向けての問いだな。
その声は俺の中のアミにも届いていて――。
《そうじゃのう、それなら、カメラにカバーを被せる、音をシャットアウトする、というイメージをするとよいぞ、霊気を込めながら――だがな》
『それで聞こえなくなるの?』
頭の中でそう聞いた。――美鶴とリョウヤの会話を邪魔したくないしなぁ。
その問いにアミが答える。
《ああ。まずは視覚を遮るイメージをして、それに成功したあとで、私が『あー』と言い続けるから、それが聞こえなくなるまで音の遮断のイメージをするんじゃ。祓神霊からの声だけでなく、祓神霊が認識する音もゼロにできるぞ》
『じゃあそのあとで見聞きされるようにするには?』
美鶴も同じように多分リョウヤに聞いてる。
俺の耳に聞こえるのは、アミの返事だけ。
《遮る幕のようなものの上がるイメージなんかをすればよい。それに関しては閉ざすより簡単らしいから安心せい。ただ、見聞きさせないのは短い時間だけにしてほしい。もしくは寝ているあいだだけ。危険が迫ると困るしの》
「そうだな、気を付けるよ」
と、俺がつい声に出した時、美鶴も「やってみる」と。やっぱり同じことを聞いてリョウヤに返事をしたんだ、きっとそうだ。
さきほど言われたカバーを被せるイメージをしながらの霊気込め。それをやってみる。
数秒後アミとガブリエラが。
《見えなくなった》
それを合図に、今度は、霊気を込めながらのシャッターで遮断するイメージ。
《あー――……》
というアミ達の声が、次第に聞こえなくなった。成功したのか。
なるほどこういう感じでやるのか。あとでちゃんと見聞きできる状態にしないとな。
美鶴ももうミュートをし終えた頃だと思うけど、どうなんだろ。
ずっと聞きたいと思ってたことがあるんだけど……。
よし。ミュートの話も終わるし、今聞くぞ。
「ところで、美鶴はさ」
「うん? なに?」
「あんまり……その……男と接したくない感じなのかなって。昨日も独りで食べようとしとったやん? 優しそうな人が来て一緒に食べてはいたけどさ。東京でなにかあったと?」
問う俺を見て、美鶴は問題なさそうな顔をした。
ホントかな、なにか隠してない? とも思うけど。
美鶴が言う。
「いや、特には。なにかあった訳じゃないよ。ただ昨日は、どう会話すればいいか分かんなくて独りで食べ始めただけ」
「そうなの? そっか……それなら、要らぬ心配でよかったよ」
俺がウンウンと頷いていると、美鶴が「それにさ」と。
「わざわざ仲間を作ろうとはそこまで思ってないんだよね」
「なんで?」単純に疑問だ。「いつもの美鶴でいるだけでも男友達ができそうだと思ったし、少しくらいいてもいいと思うけど?」
って言われると、美鶴は、自分の首の裏を少し撫でた。
「うん、まあ、でも、あえて作る気はないかな。流れでできてく友達で十分」
「ふうん……。嫉妬はしないからね、男相手には。今美鶴、男だし」
「ないない、そういうことを気にしてあえて作らないってワケじゃないから」
「そう?」
「今はあんたに夢中だしね」
そう言うと、美鶴は俺に顔を近付けてきた。
「う、うぉあっ」変な声が出た。
「ふふ、冗談よ」
び、びっくりさせやがって。ああもう。脈がおかしくなったやんか。なんてことするとよ。
「ってか、乗り気やん。自分が男って立場、めっちゃ活用するやん」
「えへへ。私、その姿の――真心ちゃんの姿のあんたも――なぁんか好きなんだよね」
「ああ、うん、なるほどね?」
確かにそういうのはあるよな。俺も美鶴というか、充……好きだなって思うし。俺のことを想ってくれてるし。格好もいいけど雰囲気が好きなんだな、俺。
俺も美鶴のことをって……気にして……なにかしてやりたくなる。同じなのかな、やっぱ。
にしても、こういう時なんて言えばいいんだ? 変にときめいちゃうな。
「私ね、今、男の気持ちがまた少ぉし分かったよ」美鶴がくすくす笑いをした。
「そうなの?」
「うん。今ね、こういう気持ち」
「うん?」
唇が触れ合った。唇同士が。
思わず固まる。
「ふふ、びっくりした?」
顔を離した美鶴にそう聞かれても、俺は。
「い、一瞬過ぎてよくわからんし! けど、む、む、胸がドギマギした!」
「ドギマギしたんだ、ふふ」
「や、あの、ちょっと間違えたっ」
唇だけじゃなくて顔中の細胞が、熱くて変な感じだよ。なんかの魔法かよ、まったく。