存在の希薄さと、宣言。
森の中から広い所に出た夢。なんの夢だったんだ? あれは。
祓神霊と関わったせいなのかなんなのか。分かんないけど、妙な懐かしさみたいなものがあったような……。
ふと見ると、自分のベッドの横にガブリエラがちょこんと座ってた。
昨日生み出した、ボーダー・コリーの祓神霊。
「おはよう」
《おはようございます!》
ガブリエラは尻尾を三回ほど振った。
そんなガブリエラに抱き付きたくても触れられやしないんだろうな、『霊的な』存在だから。
《うむ。残念よなあ》
このアミの声だって、『霊的な』声。
ホントに、ちょっとだけショック。
まあいい。
さてご飯を食べにリビングに行こう。
と向かう途中で、そういえばと思った。
アミのことは――やっと見えた。でもガブリエラより存在感が薄いな。
アミの方が、半透明さを更に半透明にしてる、って感じ。
そのことを朝食中に聞くと、アミが言った。
《今は真に力を貸しとるからな、その分、祓神霊としては希薄ということじゃ》
『なるほど、だから』
《うむ》
ガブリエラより薄いなりにどんなものか分かってなんとなく嬉しい。
けど、顔のパーツの位置なんかが分かりにくい。霊的存在として揺れているからというか、残像のせいというか。
アミがどんな顔かはよく分からない。オオツノジカの細部も似たような感じだった。そういうものなんやろな。
――それにしても。
本来の濃さのアミを見たければ男に戻る必要がある……ってコトになるはず。
念のため戻ろうとしてみる。
五秒ほど念じてから確かめる。――女のままだ。
やっぱり最後の祓神霊使いを見付けるべきなのかなあ。でも本当にそんなことが原因? もっと特別ななにかがありそうな気も。
そこでアミの声が。
《昔封印が解けた時にはこのようなことはなかった。私にも分からぬ。もしかしたらもっと特殊なことが必要なのかもしれんが……なぜなのかのう》
ああ、不安だ。本当に……いつか戻れるのか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
木曜の朝、ホームルーム前のひとときに、誰かが言った。
「昨日、洋服店に充くんと真心ちゃんが二人で入るの、見たよ」
え。嘘だろ、見られてたのか。
どうしよう。なにを言うべきなんだ。
「え、マジ? どういう関係?」
数人が美鶴に聞く。
でも俺の方に視線はあまり来ない。
ほとんどの女の子は充くんラブという顔。――まあ、美鶴は今イケメンだし結構堂々としてるからな、しょうがない。
咲菜もそっちを見てる。俺も気になって美鶴の方をついチラ見しちゃうなぁ。
「恋人同士なの?」
って、また別の人が聞いてる。
「や、その……」美鶴は明らかに困ってる。
俺もなにか言えたらいいけど、うーん……思い付かん。
質問は幾つも飛んだ。
「恋人じゃないの?」
「二人って前から知り合い~?」
「ていうか違うなら立候補しちゃおっかな」――え、そんな、やめてくれ。
「本当は血の繋がらない兄妹だったりしない?」
「えー、ありそう。どうなの?」
「それは違うよ」
最後の質問にだけ、美鶴がやけにハッキリと答えたけど、なんでやろ。
――んん? うーん。あ、そうか、住んでる所が違うからどうせ分かるかもって? もしかしたらそうかもな。
「えー? じゃあどうして一緒にいたのー?」
この声の人、絶対好意を持ってるよ! 美鶴を潟原充として好きっちゃろうなあ。ただ、おちょくってるっていう感じもあるけども。少し気持ちを隠してみたいのかな、そうなのかも。
「えーっと、だから、その……」
美鶴を逃がすまいと囲んでる女子の視線は、もう、なんというか、こっちにはほぼ来ないな。
――俺の答え、期待されてないんだな。
美鶴も、元が女だからか強く言えないでいる……かもしれん。
心配だ。
こんな時……美鶴が答えたくなさそうな時……俺、どうすればいいとかいな。
当人は問われ続けてる。
「じゃあなんで二人でいたかは置いといて。彼女いるの? いないの?」
美鶴は困った顔。「えーっと」言葉に迷ってる。さっきからずっと。
――ああ、もう。
「いるよ、彼女」
言った俺に視線が刺さった。近くのほぼ全員の視線。
すかさず言ってやる。
「私が彼女。だから昨日一緒にいた。お疑いの通り」
胸を張る。なんかドキドキしちゃうなこれ。
っていう状況下で、教室中の騒ぎはマックスに。
「でも転校初日からソレって変よね! 二人同時期なのにも、なにか意味あんのッ?」
「え、前から知り合い? そういうこと?」
「えーッ? じゃあ中学まではどうだったのッ?」
いやホントうるさい。
ざわめいてる教室全体に対して、俺、もう、言い放ってやるもんね。
「前から付き合っとったよ。この転校も自分達自身のため」
こう言っとかないと同時期なことに突っ込まれるかもしれないしな。うん。これでよかったはず。
「マジッ?」
「ヒューヒューッ!」
笛が鳴るような騒ぎ声はだいたい男子のもの。うまく鳴らしやがる。
その『鳴り』が合図になったみたいに、美鶴を囲んでた女子達はそれまでの勢いをこれでもかってくらい失った。
「や――っぱ彼女なんじゃんッ」
一人はそう言って落胆して、別の一人は「ちぇー」なんて悔しがってる。
「やっぱりね」
予想の通りだと示す者もいるけど、「だったら早く言えよ」と呟く声もある。
先行きは……まあ、少しだけ不安ではあるけど、まあオッケーでしょ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の中休みに、俺の席のすぐ隣になぜか美鶴が立った……けど、なんで?
その目を見て話そうとして、『あっ』って気付いた。なんか、美鶴、じとーっとした目をしてる。
「ちょっと来て。――みんなは来ないでね」
かなり怒ってる。多分あれは見せかけじゃない、本当に怒ってる……。
「う、うん」
ついて行って廊下に出た。
どこへ行くのかと不思議に思いながら、歩いていく美鶴のあとを追う。
途中で何回か振り返った。でも、俺以外に美鶴を追い掛ける者は……ひとまずはいないな。
――さすがに来ないか。
ほっ。二人で話したいしな、マジで来ないの嬉しい、助かる。
――でも、こんな雰囲気はヤだなあ……。