想い合い選び合った。互いを想って選んだ。そして選べなかったこと。
ひょんなことから祓神霊使いってヤツになっただけじゃなくて、女に変身してからまぁ~だ男に戻れない。
んで、今俺がいるのはアジスティという名の洋服店。
同じように女に戻れないでいる美鶴のために服を選びに来たワケだけど。
相変わらず男の服ってイイの買おうとすると高いんだよなぁ。
「美鶴もセンスあるのに、なんでわざわざ?」
一応、服を選びながら。
聞かれると、美鶴は、少し言い難そうにした。
「これは、センスの問題じゃないの。……折角だしね」
――折角? ま、なんとなくそうかもなとは思ったけど。よし。それならしっかり選んでやるか。
手に取って渡したのは、絵が主張し過ぎないものや無地にワンポイントのもの。もしくはライン入り。シンプルなものの方が今の美鶴を引き立てる。
あんまりにもケバケバした美鶴は……正直見たくないんだよなぁ。
だからそういうチョイスはナシ。
そんな簡単な服だけど、うん、美鶴は喜んでる……ように見える。いや本当にカッコいいしな。似合ってるよ。
払ってから、商品の入った袋を片手に、とある通路を歩きながら、美鶴が唐突に言った。
「真剣に考えてくれて、ありがとね」
「え、お、う、うん、どういたしまして」
なに急に。そんな渋い声出して。なんかもう変に戸惑うやん。
「んじゃレディースも」
と美鶴が言って、俺の分も見て回る。
美鶴が、俺用の服を選んだあと、聞いてきた。
「スポーツブラ、持ってる?」
「ああ、一個だけ」
姉ちゃんと選んだもののうち、まだ着ていないものが確かそうだ。
一緒に下着コーナーに行くと、今度は美鶴が悩む番。サイズを覚えていなかったのでここでも測った。それに合うものを選ばれ、手渡されたものを試着。
三セットほど替えを買った。二セットはスポーティなもの。
……ふと、美鶴が出したお金について気にしてしまった。店を出ながら聞いてみる。
「なあ、美鶴の持ってるお金ってお小遣い?」
「うん」
「そっか……。俺達もバイトせんとやね」
「そうだね。お金があれば色んな暗神霊の探し方、できそうよね。私、一応どんなバイトするか決めてるよ」
「え、マジ? どんなの?」
こっちが聞くと、美鶴は、俺が帰るために乗るバス停まで送ってくれながら、うーん、と喉を鳴らした。で、それから。
「それは秘密」
美鶴は口の前で人差し指を立てた。
「え、なんで?」
「どうしても。あ、変なバイトじゃないよ」
「別にそこは怪しんどらんよ」
――俺ならなんだろ、やっぱ好きなバイトがいいな。
来たバスに乗って、美鶴に手を振った。今日はここでお別れ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バス停から家の前まで帰ってきた時、衝撃のものを目にした。
向かいの塀を背にして立っている人物。管一だ。
「あのー」
って俺が呼び掛けると、管一が問い掛けてきた。
「ここ、天樹真くんの家ですよね? 俺、友達で。インラインスケートであいつはダンスですけど俺はハーフパイプ専門で。俺、管一って言うんですけど」
――心配して来てくれたのか。そりゃそうだよな。
「急に転校って。真、なにかあったんですか?」
「いや、その……」
――なんて言えばいいんだろ。どう言えば心配させないかな。……うー、俺、本当にバカだ、言葉が出てこねえ。心配してくれてんのに。
言う準備は、していた。そのつもりだったのにな。
『戻れないかもしれない』
最後の鍵になる人を見付けても、戻れるか分からないワケで。
――迷惑掛けたくなきゃ、隠すべきなのかな……。
「あの子は――」
間違ってる気もするけど、隠そうとした、自分が真じゃないフリ。まあさっきも否定っぽい言い方しちゃったし。
――て、何言ってんだ俺。やっぱ信じてもらえないかもって思ったからか? 最悪だな俺。
「病気とかですか。どこか体が――悪い、とか……?」
「……そ、そうなんよね。は、肺の病気で……ここに、いられなくて」
本当になに言ってんだ。
これってもう取り消せない……? でも、迷惑掛けたくない。
ごめん、本当にごめん、管一。
「そ、そう、ですか……。お大事にって、言っといてください。元気になったら絶対会いに来いよって。また遊ぼうぜって、待ってるからって。伝えといてください」
「うん、言っとく。――大丈夫だから、心配しないでね、元気に戻ってくるから」
「……はい。じゃあ、教えてくださってありがとうございました」
一礼すると、管一は去っていった。
いいヤツなんだよなあ。本当にいいヤツだよ。
……でも、隠しちゃった。騙しちゃったんだよな。
はあ――。
いつ戻れるんだよ。
あいつ、もしかしたらずっと心配する……?
――美鶴の友達も心配してるはずなんだよな。ああ、共通の知人としては凛もか。
みんな、ずっと心配すんのか?
――いつまでなんだ?
俺が戻れなかったら……周りはどうなるんだ。
――なんなんだよ。なんで戻れないんだ。
本当にもう一人祓神霊使いを見付ければいいだけか?
祓神霊を引き寄せた理由は?
俺と美鶴がどうだってんだよ。
分かんねえ。……もうさっぱり分かんねえ。
玄関に入ってからも頭ン中がぐるぐるしっぱなしだ。
ドアを閉めて、靴も脱いで。
「ただい……」
って、声の続きが出なかった。
姿見を見た。
その目から、知らないうちに涙が垂れてた。
――んだよ。いつからだよ。
管一の前で泣いてないはず。視界は晴れてたし。
思いながら涙を袖で拭いて、荷物をその辺に置いた。
疎遠になってしまえば心配もないかもって、そんなアホみたいなこと考えてた。それが管一のためかもって。
でもダメだ。やっぱり嫌だ。やっぱり心配させるかもしれない。させ続けるかも。管一のためにならないんじゃダメだ。そんな心配させたくない。俺のこと分かっててほしい。言ってなにがあるとしても。そうだ。言おう。
急いで家を出て、辺りを見る。
『あいつの帰り道は多分こっち――』
走って追い掛けて、見付けた。
前に回り込んで立つ。管一だと確認してから息を大きく吸った。
「さっきはごめん、嘘言った。本当は俺が真。霊体みたいなのが宿って悪霊みたいなのを封印せんといかんくなって、なぜか変身が解けん。やけんこうなっとる」
「は?」
管一は戸惑ってる。そりゃそうだよな。
「いや、え? 悪霊? 変身? なに言ってんすか。ドッキリ? 劇の練習かなにかっすか?」
――信じてくれないのか? って、さっき俺が変なこと言っちゃったしな。それはごめんって思うけど。でもこんなに真剣だろ、信じてくれよ。
「お前には言ったよな、変な光が見えたって。あの時俺に変なのが宿ったんだよ」
《変なのって――》
『ごめん今はストップ』
「さっきからなに言って――」
「だからほら! スケート広場帰り! 信号待ちの時言ったやん! 覚えとらんッ?」
「ちょ、あの、静かにしてくださいよ。よく分かんないけど、これじゃ俺が悪いみたいに見えちゃうじゃ――」
「そ、そんなの……そんなの信じてくれんからやろうが。本当じゃないならなんと思っとうとよ! 確かに管一は悪くないよ。そうだよ、悪いのは俺、さっき言えればよかったし騒ぐし――俺が悪かったよ。俺達しか知らないことも話したやろッ? だから……全部本当やけん――」
息が急にし辛くなった。
なんでなのか今度はすぐに分かった。景色が滲んでる。鼻からも変な音がするし。
迷惑掛けるとか勝手に思って言わないことを選んで言い訳して、俺は、本当のことを言ってやれなかった、心配させるって絶対どこかで分かってたんだ。なのに。
なにもかも俺が悪い。
謝るから――。心配させないから。だから信じてくれよ。信じてもらえないのは悲しいよ。
――そう思った時だ。
「なんで俺の名前……」
管一の口からそう聞こえた。はっきりと。
信じてくれたのか? そうなのか?
「そういえば、あの時変な話を……光がどうとか? 確かに言ってた」
「そうそれ!」
管一の顔をナイスと指差すと、この目から涙が垂れて減っていくのが分かった。
減った涙をもっと拭いながら、返事を待った。
「じゃあ、本当にあんたが真?」
「そうっ」
「ドッキリとか罰ゲームでもなく?」
「うん、そういうのじゃないっ」
「……俺のインラインスケートの車輪の色は?」
「緑!」
「ゲーム『スウィートマジックコング』の中で俺が好きなキャラは?」
「プリンプリンコング!」
「あ、真だわ」
安心した瞬間に気が抜けて、泣き笑うみたいになった。
「なんなんマジで。今ので信じるのかよ」
言いながら涙を指で拭う。
そしたら、管一は至って真面目な顔で。
「だって最後の、真にしか言ってないし」
いやそれでも、って言いそうになった。
でもまあ――そっか。役に立ってよかった。そうだな、それでいい。
「よかったよ、信じてくれて。さっき嘘言ってごめんな」
「おう。気にすんな」
その返事のあと、管一を部屋に招いて真実を話した。
「はぁ――、そんなことが」
「そう。もうありえんよな」
「そりゃあなあ。最初信じらんなかったし」
そんな風に納得感を伝えてくれるのが凄く嬉しい。
「幽霊とかは見えるのか?」
「いや、そういうのは全然」
《だが今に見えるようになるぞ、霊的な厄を祓う話もしたろ》
『あー、そうだっけか』と思ってから。「見えるようになるらしい。嫌過ぎる」
「はっは! ドンマイドンマイ!」
よき理解者になってくれたあと、三十分くらい遊んだ。
――んで、玄関にて。
「じゃあな。気を付けろよお前今女なんだから」
「分かってるって」
「ああ、それと――あの広場の、お前がよく教わるパイセンにさ、言っとくよ、お前は引っ越したけど、いつか戻ってくるからって」
「……うん、あ、ありが……――いや、やっぱそれはいいわ」
「え? いいって?」
出ようとした管一が、こっちを完全に振り向いた。
「俺、言うよ自分で。ただ、あの広場で踊るのはもう戻るまでお預けだけど」
「え? いや、なんで?」
「いや、そりゃ……よく知らん人まで同一人物だって気付いたら困るやろ?」
「あー……それは確かにな。マナー悪い人もたまにいるしな」
「だから――」
「分かった。じゃ、頑張って伝えな。じゃあな」
「うん……じゃあ」
帰っていく管一の背を、しばらくは黙って見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自転車で、広場に向かった。前はいつも行っていたスケート広場。
「いるな。やってるやってる」
中に入って「武路先輩」と呼び掛けると、先輩が振り向き、こちら――端の方に来た。
そこでまずは先輩が。
「誰から聞いたの? 見ない顔だけど俺がそうってよく分かったね」
「それは……見てたので」
「へえ。なに、興味あんの? やる? ていうか俺に興味ある?」
「へ?」
先輩は急に腕を掴んできた。
「俺に声掛けたのはそういうのがあるっちゃないと? ん?」
いつもは先輩、そんな顔しないのに……え、なんで? 妙にニヤニヤしてる。
正直……少しゾッとした。
「いや、興味とかそういうのはないです。真くんから伝言があって」
「ふうん、真の知り合い。まあいいや、それよりさ、一緒に踊ろうよ、楽しいから。ホント腰抜かすくらい楽しいからさ」
――なんか、目がギラギラしてる……。腕も離さないし。というか掴む力、強っ。なんで――。
「真くんはしばらくここに来れないそうです! それじゃ!」
腕を振り切って、全力で走り去った。なんだか強引さが怖かった。
あんな先輩に話して大丈夫だ――とは俺には思えない。
中身が俺だと勘付いた時、なにをするか。
それ抜きにしても、女の人に対してあんな接し方するなんて。あんな人だなんて。
ああ――結構ショック受けてるわ、俺。