着替えコソッと。運動効果と姿の関係。そして放課後、会議ちょびっと。
女の祓神霊が宿り、女に生まれた場合の姿でなら特殊な力を使えるようになった俺は、なぜか女から戻れなくなっていて、そしてこれから体育の授業で――。
更衣室ではコソコソと着替えた。
誰の着替えも見ない。最初から心に誓っていた。
――簡単だ。隅っこで部屋の角を見ていればいい。
「ねえ、こっち見て話してよ」
そう言われても「やだっ、恥ずかしいっ」と角の方を向いたままでいた。
今回は身体能力測定の日だった。百メートル走、幅跳び、走り幅跳び、垂直跳び、反復横跳び。全ての項目で好成績を出せた。
ほかの項目もあるらしいが、それは別日にやるらしい。
俺に宿る祓神霊――アミに、頭の中で聞いてみた。
『運動した方がいいのかな、俺』
すると、他人には聞こえない声でアミが。
《した方がいいぞ、元の姿にも影響する。維持以上のことだけはせんと、戻れた時にひ弱になる》
『そういう仕組みか。それは困るな』
《じゃろ? ちゃんと鍛錬せねばのう》
――そっか。このまま運動しなかったらやばそうだなぁ。よし、頑張ろう。
「真心ちゃん凄い!」
最後の反復横跳びを俺が終えたあと、咲菜が言った。
同じように言う人がほかにも何人かいたけど、咲菜だけはほぼ毎回そんな感じ。
味方が多いようには見えた。これは素直に嬉しいな。
でも、なんか、ちょっと照れちゃうな、そんな風に見られると。
俺でさえこう。美鶴はきっと俺以上。
あいつは元々運動センスがある上すばしっこかったし、男から戻れないでいるあの状態では筋力もあるはず。
――俺は元より若干力がないんだよなあ。……注意しないと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分を見直す一日が終わり、帰りのホームルームのあと。帰る準備をして美鶴を探した。
――あれ? 教室にいない。もう帰ったのか?
美鶴の机は整頓されていた。本当にそうかも。
――なんだよ。先に帰るなんて。
荷物を持ち、廊下に出る。と、そこにいた。
「あ、真心」
言われて窓際に近付くと、俺はつい、少し強めに。
「そこにおるなら教室におってくれてもいいやん」
「あ……そか、ごめん」
そう言わせてしまったことも、なぜだか俺の胸を刺す。
「……許す」
あまり口を動かさずに言った。
――そうだ、大した問題じゃない。途中までだけど一緒に帰れるってもう分かった。なんで気にしちゃったんだろ。最近、変なことで悩んでんな。なんでだ。――分かんねえなあもう。
急に、あることを思い出した。聞いてみる。
「そういえば美鶴、弓道部に入らないの? この学校、なかった?」
「あったけど。それは別の場所で話そ」
「……? ああ、そっか。じゃ、行こっか」
歩き出しながら、ひらめいた。
ん? ってことは、話を聞かれない所に俺を連れて行きたくて廊下で待ってた?
「さっき、ちょっと強い言い方してごめん」
とは言うものの、やっぱり俺は頭が悪い。俺の悩みの根本はそこじゃなかった。
「ううん、いいよ、私が悪いし。とりあえず私の家に行こ」
なんと。
「近いんですかい?」
「もう意外過ぎるほど近くだった」
そう言うと、美鶴はくくくと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
葦津山高校から五百メートルと離れていない。通りから入ってすぐの所にある、小ぢんまりしているけどとても充実してそうな家。
優良物件だと人は思うだろう。そんな家だ。
――へえ、ここが。モダンでめっちゃ綺麗な家。
入ってすぐ、美鶴は理由を話した。
「弓道部、入らんよ、部の邪魔をしたくないし、暗神霊を察知してスムーズに封印しに行くためには、簡単に抜け出せる所じゃないと。部活動に縛られてたら、私達の目的、果たしにくいでしょ」
少し緊張しながらだったけど、話はちゃんと俺の頭に入ってた
「そっか、じゃあ俺も、あんまり余計な用事は作れんってことやね」
「そうね。動きやすくないとね」
美鶴はそう言ってネクタイを緩めた。で――。
「こっちが私の部屋」
そのネクタイを、入ってすぐのベッドの上に雑に投げて置くと、美鶴は、鞄をそこら辺に置いて。
「さ、暗神霊を探す方法について考えましょ」
「方法ったって、見回りくらいしかなくない?」
「まあそうだけど。それを『どうやっていくか』よ」
美鶴は、机の上にあるノートからページを一枚破り取った。直後、ペン立てから取ったシャーペンで、なにかをサラサラと書き始めた。
その間に鞄を並べて置いてあげた。――まあベッドの横でいいよな。
そんな俺に、「ほら見て」と美鶴がその紙を見せながら。
「大事なのは、地区ごとの見回りとか、その頻度とかをどうするか」
「なるほど?」
紙にはこうあった。
・西森区・土磨北区・宝城区
・西道区・土磨南区・場東区
二志前町にあるのはこの六区。形は複雑だけど広さはほぼ均等。
それを見てまず俺から。
「葦津山高校は土磨北区よね」
「ここだね。つまりこの区は見回りの必要があまりないかも」
「土磨南区も大丈夫。俺の家がある。姉ちゃんも察知できるし」
「お姉ちゃんも?」
「ああ――正確に言うと姉ちゃんに宿ったハナがやね」
美鶴は明らかに肩を落とした。
「そっか。宿主単独でも察知できるのは私と真だけ」
「かもね、多分」
「じゃあこの二箇所はいいとして、宝城区は……二志前第一高のある場所だけど……」
「うちはいつもそこで買い物しよる、あ、それにこの辺、姉ちゃんの大学がある」
「じゃあ、ここもよし、と。ほかは?」
美鶴は特別な見回りをする必要のない区名の横に五芒星を書き足していった。
俺は、自分の行動を思い返しながら。
「場東区は前に滑りに行っとったけど、今はもうこの姿やろ」
「うん? じゃあどうしてるの?」
「西森区にも同じような施設があって、この前そっちに行った。戻れんうちは、行くならそこやな」
「じゃあ、西森区も……っと。西道区は?」
「そこは……どうやろう。そこは見回りせんといかんやろうなあ」
「よし、じゃあこういうことだね」
紙に書かれた図はこうなってた。
☆西森区☆土磨北区☆宝城区
・西道区☆土磨南区・場東区
美鶴は、シャーペンでそっと示しながら。
「西道区と場東区の二箇所は見回りが必要。多分毎日見回るのが一番。ま、運動と思ってやるとして――……一番の懸念は、この二志前町よりも外に暗神霊を宿した人がいたら、その察知は難しいってこと」
「ああ、そうだよなあ。どうなってるんだろう、そこら辺は」
ふとアミの声が聞こえ始めた。
《そんなに遠くまで引き寄せられとるとは思えん。負の感情に引き寄せられとる可能性について前にも話したろ、そんな感情がまったくない地域なんてあるか?》
『確かに』
と俺が心の声で言うと、アミの声がまた。
《それでも気になるなら、あの壺の封印を解いてしまった所を中心に、もっと広く調査すればいい》
美鶴に聞いてみる。「博物館どこにあったっけ」
「西道区の坂見……何丁目かは忘れちゃった」
「そこから、こう、同心円で見回る必要性を考えればオッケーってことよね?」
俺がロクロを回すような仕草をすると、美鶴が。
「……ん、待って、それって多分、一応どこで勾玉を取り出したか聞いた方がよさそう」
「あ、そっか、封印が解けた所を中心にした方がいいのか」
「うん、そうだね」
美鶴は頷いた。そして。
「でももし取り出した場所が西道区なら、そこから西と南は山だから、そこら辺の調査はあまり考えなくていい……のかな、多分」
「まあ、頻度は確実に少なくてよさそう、か」
と、俺が頷くと、美鶴の顔が安らいだ。
「よし、じゃ、ある程度まとまったから、この話は終わり。とりあえず今日は――」
と、美鶴が俺を見た。
「ん? なに?」
不思議に思ってまっすぐ向くと――。
「私の服、選んでくれない? お返しに真のを選んであげるから。全部私持ちで」