美鶴を部屋に案内。駄弁り。そしてこれからの話。
――これから先、天樹真として生活できるのか?
不安は付き纏うんだろうなぁ……なんて思いながら、部屋へと美鶴(今は男)を案内した。
同じ祓神霊使いになってしまった幼馴染。
階段を上がってすぐの所のドアを開けて部屋に招き入れると――。
「へえ、ここが」
美鶴は、そう言って見回すと、近くにある箪笥に手を掛けた。いや、なにしてんの。
ぐっと引き出しを引っ張り出される。
「ちょい! 勝手に箪笥の中見らんでよ」
「ごめんごめん、ていうかその服可愛いよね、この中のも。買ったんだ?」
「え、あ、ああ、うん。半分……いや四分の一は俺のセンスじゃないけどね」
「どれがあんたのセンスなの?」
聞かれて、少し口ごもってしまう。
「下着……かな」
「ぶっ。下着ぃ?」
「なんだよ。俺だって努力したくてした訳じゃないからな。なんかモヤモヤするままなのは嫌だったし、ゆくゆくは――」
「……ゆくゆくは?」
聞きながら、美鶴はさっき触れた引き出しを閉めた。
――セ、センスが、美鶴のためになればって……プレゼントあげたい時に関わるかと……って本人に言い辛っ、コレ! しかもモノがモノやんか!
「い、いや、なんでもない。ってか、なにしてんの?」
なぜか美鶴は、俺のベッドの下をしゃがんで覗き込んだ。そのあとは、本棚の本を手に取ったけど読まなかったり、棚の奥を見たり。本を戻してからは部屋の隅々に視線を送ってる。
「え? ホントなに? なにか探してんの?」
「いや別に」
そう言うものの美鶴は目を合わせようとしない。
――なんか変だ。なにゆえ?
そのあと美鶴がなにやら溜め息をついて急にベッドに飛び乗った。
寝心地を確かめているようには見える。
その動作のあとで、枕や布団の中をくんくんと嗅いだ。
「えっ、なに? なんで?」
聞いた俺に、美鶴は身を起こして。
「いや、真のベッド、どんな匂いかなぁー……と思って」
「はあ? なにそれ。匂いって。……あ――そういう発言、普段すんなよ?」
今の美鶴が匂いがどうとか、別の女にでも言ったら絶対、誤解を生む。
ったくもう。
俺が溜め息をついたあと、美鶴はくすくすと笑った。
「大丈夫、あんたの前だけだよ」
――は、はあ? な、なんだその言い方は。微妙にキモいけど妙にドキッとしちゃうだろ。変なことばかり言いやがって、なに考えてんだ。
最終的に、ベッドに二人して横になった。漫画を読む姿勢に落ち着いた。
ページをめくりながら聞いてみる。
「ねえ、今なんか趣味ある?」
「んー、趣味? いや……特にはないけど」
「だったらさ、インラインスケートやんない? それでダンスすんの」
気が合うと思ってこうしてつるんでる、そんな美鶴になら長く続けることもありえそう――そう思ったから勧めたけど、どうなんだろう。気持ちは大事だよな。
「え? ローラーが一直線の、スケート? あれでダンス?」
「そう!」
つい勢いよく詰め寄ってしまった。
もしかして若干引かれた? でも勧めたいなあ、一緒にできたら面白いし。合わないなら無理矢理やらせはしないけど。うーん、もう少しアピールしてみよう。
「これが面白いんよ。滑り加減とか回転とか足の角度、躍動感、普通のダンスとの組み合わせも楽しめる。こう、体重の掛け方で回転の仕方が変わって……なんでもできる! いやなんでもは言い過ぎたけど。……でも、面白いよ」
勧め過ぎたと思って悪い気もした。でもそのくらいの面白さがあるということは伝えたかった。
それから返事を待った。――なあ、どう思ったんだよ。
「ふふ、確かに面白そう」
言われてほっとする。
「そうやろ!」
「でも、全てが解決できてからになるかもね」
低い声でそう言われると、いい男が冷静に判断してるみたいで……なんか変な感じだ。まるで美鶴じゃないみたいな。でもなにかがしっくり来る。そもそも、そのしっくり感も変だ。
とにかく、いい気分にもなったのに、『解決後かあ……』と思うと、少しだけ気落ち。
「まあ……ね。暗神霊を封じ切らないと、振り回されっぱなしで暇なんて……って感じ?」
「それもあるけど、弓の練習をしたいのよね」
――ああそうか、美鶴の祓神霊は『弓矢を使う男』……だからそれで。
「そうだね、頑張らんとね」
俺がそう言うと。
「うん。……にしてもこの変身、いつ解けるんだろうね」
「それだよなあ、いつになるんやろホント」
二人して漫画に少し集中してから、気になった。
「美鶴もさ」
「ん?」
「その服とか、自分で買ったの?」
美鶴は着てる服をたまに見つつ。
「あぁうん。お父さんの服を借りて洋服店に行って、それでね」
「へえ」
美鶴の服に目をやった。まあさっきも見たけど。
上質そうな生地。それに色合い。少し高そう。
「この服もさ、ズボンも、かなりいいモノっぽいよな。これ自分で選んだの?」
「うん、私が選んで買った。真のは?」
「俺のは姉ちゃんが」
「ふうん。……可愛いよね、似合ってる」
「うぇ、そ、そ、そうだね。美鶴のも、カッコいいじゃん」
言ってから、顔から火が出てるんじゃないかと思った。
「ふふ、ありがと」美鶴が微笑む。
「う、うん」
――ええ? なんでこんなに恥ずかしいとよ俺今。
「どしたの? なんか変だった?」
聞かれたって返答に困る。
「え、や、別に」
ベッドに二人。漫画を読んでた姿勢で。美鶴に顔を近付けられて、俺……。
――やばい、なんで? 今度は心音がデカい。
おかしい。俺、男なのに。
でも美鶴は今男で、俺は今女で。
そういえば今、女の部屋に男を招いたようなもんなのか。
なんだこれ。体中に急に熱が……。
その時だ。
「ただいまー」
「あ、母さん帰ってきた」
……正直救われたかも。なんだったんだ、男の姿の美鶴を相手にまさかそんな。この状態でそれはどういう……――ああ、混乱してきた。
リビングに下りたあとは、美鶴も一緒に昼食だ。いやぁ、こういうのも久々だな。
でもって夕方まで時間を潰す。
美鶴の今の現状を知った母さんは――「大変ねえ」の一言で済ませた。――なんて余裕のある大人だ!
そんなこんなで、夕方。
帰って来た父さんを前に、男に変身したままの美鶴が自己紹介を済ませてから――。
「オジサンも含めて相談したかったので」
「そ、そうか……」
全部話すと、今度は会議に。
「うむ。つまり、このままでは学業と暗神霊対策が両立できない、だからどうしたらいいか、ということだな?」
確認する父さんに対して美鶴が頷く。
「そうなんです。あと一人の祓神霊使いの仲間も、いつ会えるか」
「そうかあ……。よし!」
なにか思い付いたみたいで父さんは自信満々だ。なんだ? なにを言う気だ?
「だったら俺の友人が校長を務める高校に通えばよか。二人ともその姿から戻れないなら、まあ似たようなことをするしかないしな」
「このままでッ? 通えって、ネットの高校とかじゃなくてッ?」
俺がそう問うと、父さんは力強く頷いた。
「仕方なかろうもん変身が解けんっちゃけん。それに勉強ってのは、体を動かしながらやれたらその方がよかったい。実際に会って人間関係を作ってく感覚とかも大事やしなぁ」
「ああ、んー、まあそりゃ大事やけども」
俺が落胆しているところで、今度は母さんが。
「その……変身に使う、力?――の、回復度合いは問題じゃなさそう……なのよね?」
そこでアミの声が。
《回復の度合いは関係ないのう、この分じゃ》
「うん、関係ないみたい。原因がよく分からんのがなあ」困るよなあ――と、ついでに溜め息も追加だ。
すると父さんが言う。
「戻れそうにないにしても勉強せず休み続けるのも考え物やし、それなら今できる経験をせんとな。できる時に、できるだけ、人に会ってほしいんよ、父さんも。それが学校でできるなら学校で」
――まあ、大人としてそう言うのも当然か。全部、俺達のためだもんな。
「で、その……なんだっけ? 友人が校長っていうのは、どこの高校?」
俺がそう聞くと、父さんが。
「葦津山高校ってとこたい」
「今と違う学校やん、二志前第二はどうすると? 正式に転校? それとも休学?」
あ、でも、いつまでこのままか分かんないし休学もあまり意味ないのか……。そうすると留年するだろうしな……。
「私も……二志前第一に通っているので……」
美鶴も少しだけ不安そうだ。
俺が休んだことを美鶴に教えてくれた凛も、二志前第二に通ってるんだよなぁ、クラスは隣で、俺が休んだことはそこから伝えられて――。
「っていうか美鶴が帰って来てること、俺にも知らせてくれたらよかったのに」
凛は知ってたんだろうし。
「サプライズしようと思って。凛にも黙っててもらってたの」
なるほど? ま、予定通りじゃなかったにせよ、本当に驚いたけど。
……っていうか、さっきから父さんがなにか言おうとしてるな。でも言うタイミングを逃してるみたいな……。
「とにかく」やっと今父さんが。「どっちも転校するしかないな」
俺も美鶴も肩を落とした。もう何度もそうしてる。
そんな俺達に父さんが言う。
「手続きはこちらでする、それが通れば、明日は制服、体操服――と、あと鞄を買いに行くことになる、そのつもりでおれよ」