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戻るもの。返すもの。運ぶもの。続くもの。

 二志前にしまえ第二高校に戻った。懐かしさはほとんどない――少ししか通っていなかったから。

 美鶴みつるはと言うと、二志前第一に戻った。


 クラスで俺のことは、『家庭の事情で転校したもののその生活は短期間で済んだ』というだけの認識に留まっている。特になにも聞かれない。聞かれたことと言えば「そっちは文化祭なにしたの?」くらいだ。「たこ焼き屋」とは言っておいた。


 昼休み、食事時。

 こちらから行こうとしたら管一かんいちが俺の席の前に来て、昼の弁当を広げた。


「やっとのおかえりだな」

「はは、お待たせしました」


 元に戻った。実感する。

 だけど二人きりじゃない。


「おっす、ひさしぶり」マサが言った。

「ウス、こっちじゃ初めてやな」

「そうやなぁ」


 そこへ皆萌みなもっちの姿も。

 今頃、美鶴も、誰かと新たな友好関係を築いているんだろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ある日の昼。

 美鶴の家にお邪魔してリビングで待っている時、美鶴が「行けるよ」と声を掛けてきた。


 そうして向かったのは、場東ばひがし区のスケート広場。西森にしもり区の広場は変身ミカエしている時だけだ。今の姿ならこっち。


 スケート靴を履けたのか、先に踊っていた俺の方へ声が掛かった。


まことー!」


 そばまで滑ってきた美鶴に、ほぼまっすぐ立った状態で言う。


「よし、じゃあやるか」


 本格的に滑る。

 風を感じる。踊りでなにかを表現する。力強く。そんな元の生活が戻ってきた。

 でも単純に戻っただけでもない。

 ちらりと見ると、すぐそばに美鶴がいる。


 しばらく端に座って休憩していると、よく教えてくれる武路たけじ先輩も「おう久しぶり、どうしとったとや、しばらく来れんとは聞いたけど」と声を掛けてきた。


「ちょっと引っ越してて。それで最近戻ってきたんすよ」

「そうなん? そういうのでよかったよ、なにがあったのかと」

「ご心配、お掛けしました」

「ああいや、いいけどよ。で、その子は?」

「彼女ですっ」


 そう言えばと思い出した。女に対しては急に腕を掴んだりしてちょっと怖い先輩でもあるんだった。


「俺の彼女ですからね、俺の」

「ああ、はいはい」


 先輩はそう言うと、美鶴のすぐ隣に来ようとした。

 ――ええっ。

 俺にはそれすら気に食わない。横いい? とか聞けよと思ってしまう。まあ許さんけど。


 あいだに入って座り直す。そしてじとっと睨んだ。


「分かったよ分かったから」


 そんなのでも先輩は先輩。彼から教わったり、自分が美鶴に教えたり、自分を磨いたり。

 本当に、なにもかもが戻った。元の自分に――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 帰る時に美鶴がこけたので、駆け寄って手を差し出した。


「大丈夫? ほら、手」

「ん、ありがと……ちょっとひねっちゃった」

「あーらら。無理すんなよ」

「うん」


 ひねった足に負荷が掛からない姿勢。そんな美鶴を支えながら、『そういやバス停のベンチまでがすぐだな』と思った。

 だからしゃがんだ。

 美鶴みつるの膝を下からすくい上げ、脇の下辺りに手をやり、抱えた。俗称はお姫様抱っこ。


「ほわっ、ちょっ――!」

「へへん、いつかのお返し」

「……恥ずかしいって」

「ふふ、ざまあみろ」


 ――よし言ってやった。


「これからもちょくちょくこういうコトするからな、覚悟しろよ」

「えぇー」


 ……満更ではなさそうだ。そこがいい。だからいい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 冬休みのとある日。

 スケート広場の近くで、「火事だ!」という声を聞いた。

 この時は自分一人だった。美鶴も管一かんいちもいない。


 駆け付けた。現場は一軒家。


 野次馬の話し声が聞こえた。

「二階に一人、老人が取り残されているかもしれないってよ」

「マジかよ。やばくね」


 嘘だろ、そんなの嫌過ぎる。そんな……。


「どうすれば。そうだ、新しい祓神霊ハルナヒを」


 生み出した。魚のズッキー。

 まあ、とっさにあの頃を連想しつつだからそうなっただけで、あの頃のズッキーではないけど。


 家に入って思い切り水を掛けた。それから進む。

 二階へ。

 ――! 見付けた。眠っているお爺さん。


 抱えて廊下に顔を出し、階段の方を見て絶望した。――くそっ、戻っても火の海……!

 部屋の窓を見た。一応開いてはいる。

 そこから飛び出そうと下を見た。――いやこれ衝撃の緩和が難しいぞ……。


「くそっ、どうするっ」――もたもたしてたら焼け死ぬ……!


 火を消そうにも、見えていない所へはイメージが働かない。

 こんなに・・・・燃えていたら無理そうだ。

 だったら。


 頭に浮かんだのはモグラだった。急いでるしほかのイメージなんて無理。

 もう一回新しい祓神霊ハルナヒ……行けるよな?

 とにかくやるしか。

 姿のイメージ。生まれ出るイメージ。霊気ヒキ込めて、周囲の魂に感謝、その力を借りて自分の霊気ヒキと混ぜる!

 来い! 頼む!


 想像した姿の白く浮かぶ祓神霊ハルナヒは――ギリギリ過ぎたのか――、前方に、小さく現れた。

 モグラだ。ちゃんと想像通り。できた……!


《切羽詰まってますね》

『ああ、すぐに使う。よろしくなモグロウ。名前モグロウな』

《はいです》


 その力を使ってみる。壁に穴を。設置するイメージ。さっき窓の下を確認した時に見た裏手の塀の内側に繋げる――そのイメージで念じた。

 すると、壁に丸い窓でもできたように、庭が見えた。


 よしっ。穴はとりあえずできた。


 覗き込み、移動し切ってみる。これだけでまずは一安心。よし。

 辺りを見てみる。

 イメージ通りの場所に出たんだと分かった。塀の内側、この家の庭。


 ――目撃者はなし。


 塀の中、敷地内を、家の前へと行くと、「お父さん!」と女性が近付いてきた。

 寝息を立てているお爺さんを塀の前に寝かせると、聞こえた。

「ありがとう!」

「いえ」

 やり取りなんてそれだけ。


 ふぅ、さて、この場を――と、去ろうとした時、目が合った男がなぜかこちらに背を向け走り出した。

 怪しい。

 追い掛けてみた。

 ショルダーバッグを肩に掛けた男。男がもっと逃げるように走った。


 とある路地。男が足を止めた。周りに人はいない。

 こちらが近付くと、男が振り返った。その手にはナイフ。


 ――やばい。


 男はすぐに襲い掛かって来た。

 この時には疲れが溜まっていた。


 ――霊気ヒキ、足りるか?


 不安があった。

 つい、全身で変身ミカエした。その方が楽。それで不自然にならないのは女性への変化くらい。捕まえるのにもイイのは、やっぱりアミ……。


 自分が女で生まれた場合の姿。

 久しぶりだと思いながら網を放った。これに足を取られないかと。ついでに身動きも封じられればと。

 一応は成功。

 転んだ男がそのあと絡まり、もがいた。

 変身ミカエや力を見られていたから一応記憶消去だ。その影響で寝て、これでやっと動かなくなった。


 ――しばらく寝てるはず。でもほんの数秒。


 網を消して近くのフェンスの前まで急いで運んだ。

 あとは男の両手をフェンスの向こうに別々に通して、『こんな事もあろうかと念のため持っていた結束バンド』で男の手首を固定した。――まあ楽な姿勢ではいさせてやった。


 男はすぐに目を覚ました。


 ――ギリギリやん。少し遅れたらやばかったぁ。


 きょろきょろした男に、言ってみる。


「ちょっと話聞かせてよ」

「火を放ったのは俺じゃない」

「じゃあなんで逃げたとや、違ってもなにかあるっちゃろうもん」


 男が肩から掛けていたバッグは、さっき引き剥がしてその辺に放置していた。

 開いて見てみると、中に瓶があるのが見えた。


 ――あ、これあれか、なんかのアルコールの臭い。


「語るに落ちてんじゃん」

「ちっ! 違う。俺がやったんじゃない、これは持たされたんだ!」

「え? ホント?」


 俺が聞いたのは、男に対してじゃない。

 こいつに憑いている男性の霊が、俺に言う。『この子が火をつけたよ、これで資料が燃えればとかなんとか言って。全く……なげかわしい……』


 なるほど?


「まあ警察も色々やるだろうし、あとはその厄介になるってコトで」

「う……、おい待て! くそっ!」


 通報したあとは、見張って警察を待った。

 明け渡す時に事情を聞かれた。

 けどまあ「誰かが捕まえた所を見張るよう言われただけです」と言うとすぐに解放された。


「それでは」と、去ろうとしてから歩き辛さに気付いた。足が小さくなったからなぁ。


 靴紐を強く縛ってから、一旦公園に向かった。


 辺りに人がいないのを確認してから、サッと公園のトイレに入る。

 鏡の前に立ってまぶたを閉じた。

 そして、変身ミカエを解こうと念じた――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ごめんね呼び出して」


 美鶴みつると一緒にスポーツランドを訪れてのことだった。入り口前に友人がいた。だから声を掛けた。

 いたのは、知佳ちか成美なるみ百合華ゆりか瑞穂みずほ咲菜さな麻希まきの六人。


「わざわざありがとう、今日は」


 と、こちらから言うと、まず咲菜が。


「ううん、いいんよ、暇やったしね」

「それに面白いしね、『マコちゃんが退屈しとうけん』なんて言われたら放っておけんのもあるけど……くふふっ……やぁっぱりオモロイわぁ。新鮮」


 そう言って、麻希は楽しそうに笑った。


「それに今の『美鶴っち』とも遊んでみたいしね」


 と、成美なるみが言った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 この状況は、俺が美鶴に相談して、お願いしたことが切っ掛けだった。


「外出して面倒なコトになると嫌やしさぁ、俺を助けると思って男になってくれん? 美鶴と一緒にいたいんよぉ、いいやろ? どう?」

「それでもいいけど――、あ、そうだっ!」


 美鶴はなにか思い付いたらしかった。


「みんなと会って遊ぼうよ。私はこのままで。ね」


 美鶴がそう言ってまず麻希に連絡した。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――で、美鶴からも麻希からも伝播したってワケだ。


 ――あン時、美鶴は、俺やみんなのために一緒に過ごせる時間を作りたかったっちゃろうなあ。これからは、こんなことが結構ありそうだ。でもまあ、その度に二日間辛抱すればいいだけだ。


《うむ》というのはアミの声だった。俺と美鶴以外には聞こえない。


「こ、困っとうのなら、さ、やっぱ、放っとけんし?」


 知佳が髪をいじりつつ、別の所を見ながら言った。ツンデレかよ。


 ――あれ? なんか一瞬、俺の胸に目が向いたけど……ん? 気のせいかな?


 や、そうか、これで困ってるってことを、想像してくれたのかな。

 ……優しいな。俺も、こういう優しさをほかの誰かにでも返したいな……。


 色々と思わせた立場としては、やっぱり思うところがある。


「本当にありがとね、みんな」


 その嬉しさで、つい何度も言いたくなる。


「いえいえ」

「それほどでも」

「別に当然やし」

「どいたま」

「こちらこそ嬉しい」

「感動しいめ」


 美鶴以外の全員の言葉の波。ほぼ同時の。


 つい、ふはっと声が漏れた。「なに、なに今の」


「ある意味六つ子より凄くない?」

 成美が言うと、幾つも笑い声が上がった。


 そんなこんなで隣同士のレーンを使い、ボウリング。

 いいスコアが出れば甲高い声が響いた。

 雑談でも盛り上がる。

 たまに祓神霊ハルナヒの声も。


《フレー、フレー、ご主人様ぁ》


 ガブリエラやモグロウ、モグリンが、ボールラックの上ら辺で踊る。ズッキーはみんなの頭上、空中を泳いでる。ペリーは空いた椅子で羽休め。隣には美鶴のクーロも。アミ、リョウヤ、サモリンは席の上に浮いて静かに見守ってる。


「ストライク出しちゃる」

 俺が宣言すると、「いけいけ」と、麻希や知佳、成美が言った。


 投げると、本当にストライクになった。


 うおぉっ!

 拳を握って喜ぶ。

 みんなの所に戻ってハイタッチの波を終えたあと、美鶴の横に座った。


「凄いねマコちゃん」


 美鶴がそう言って俺と腕を組んだ。


「おう、そうやろ」


 俺はそう言うと、残った手で、美鶴と手を繋いだ。






    ≪完≫

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