始まりの光。封印。そのためには。
天気がいい。こんな土曜日はインラインスケートのダンスを学ぶのに持って来いだ。今の俺の習慣。これが面白くて堪らない。
スケート広場で昼からずっと。四月中旬のほんのひと時。
端に退いて休憩に入った時、金髪で背の高い武路先輩がこっちに滑ってきた。
「おう、絶好調やな」
「そうっすか? そういや今日こけてないかも」
汗をタオルで拭きながら答えて、もう一つ思い出した。
――そういえばターンもうまくできてる気がしたな。
「今からやるの見ときい、真なら絶対もっと魅せれる」
「あざっす、勉強します」
武路先輩が踊る。やっぱりまだ全然敵わない。
そんな風に巧さを眺めている時ふと。
「ん?」
右側からなにかが光りながら近付いてきた。
結構な速度で空中を飛んでくる。正体は分からないけど、とにかくそれが右肩に触れたと思った瞬間――。
「わっ」
強く光った――ので、とっさに目を閉じた。
少し経ってから目を開けて見回した。でも、光ったものがあった形跡は、多分近くにはない。
――おかしい、なぁんか光ったのに。
その時、声がした。
《助け……やつら……》
――女の声? なんだ? それらしい女性なんておらんけど。
助けてほしそうな人も辺りにいない。事故なんかも起こってないし。
――全然※分からん。どういうコト?
夕方までスケート三昧。
そこでくたくたになってから帰る。天気がよければここまでがセット。
一人でやっているというワケでもなくて……中学からの友人の管一と一緒だった。とはいえ管一はハーフパイプ専門だけど。
俺達の帰り道は途中まで同じ。
その道中、自転車での信号待ちの時に、相談してみたくなった。
「あのさ、休んどう時に変な光が見えたっちゃけど※」
「変な光? なんそれ」
「さあ。なんやと思う? わーって飛んできたとよ※、でっかい光が」
「わーっじゃ分からんわ。ていうか、そんなん見とらんし。なに? 夢でも見た?」
「ええ? 夢なんかなあ」
変な声のことまでは、結局言えず。
途中で別れる管一を見送ってからしばらく走って、家に到着。
福岡県二志前町土磨南区屋童川二丁目十五の三――と書かれた郵便物は……どうやら届いてないみたいだな、ポストの中にはなんにもナシだ。
自転車は車庫の隅に……っと。
周りと比べると、やっぱりウチって、和だけじゃなくてモダンも融合した一軒家なんだな。結構、新しめ?
思いながら。
「ただいまー」
玄関から入ると、まずはインラインスケートを入れたバッグを玄関の隅に。
――あれ? 靴が全然ない。もしかしてみんなお出掛け中?
なぁんて思いながら部屋へ……と行こうとした時、また声が。
《助けてくれ、あやつらは……我を忘れ……》
もっとハッキリ聞こえた。
家は静かで、ほかに誰もいない。そのはず。だって気配がない。なのに。
――頭がおかしくなったのか? 変な薬とかやってないのに? んなアホな。
二階の奥の部屋に姉ちゃんがいる気配がしない、多分いないな。相談もできん。ってワケで手前の自分の部屋に駆け込んだ。
「ホントになんなんだコレ」
そこでまた声が。
《私はハルナヒ。助けてほしい》
「えええええ!」
名乗った? しかも会話できてる? なんなんだよ!
ベッドに座り、戸惑いながらも聞いてみる。
「な、なんなのコレ。お前誰。コレなんで聞こえると?※」
《なぜか吸い寄せられるようにお前に宿ったのだ。私はハルナヒ。力を与える霊体のようなもの》
――はは、なんだこれ。おかしいって。こんな事あるワケない。誰かのイタズラ? どこかから声が出てるだけ?
――いや、違う! ありえない! この声、ついて来てる! 俺の服とかにはなにも仕掛けられとらんみたいなのに!
なんだよこれ。信じるしかないのかよ。
そんな時また声が。
《クラナヒが封印から出てしまった。あやつらは我を忘れておる、出れば暴れてしまう、それを止めねばならぬ》
「ああもう、どういうコトよ。なんで俺なワケ」
《分からない。引き寄せられたのよ》
「はあ? なんそれ。ほかを当たってよ。駄目?」
《……ふむ。どうやらもう無理だな》
「えっ、嘘ぉん」
つい突っかかりたくなる。でもまあ、なぜか本当っぽいし。こいつにとっても予想外の事かもしんないし?
「ったく。それで? どうすればいいと※」
《聞いてくれるか》
「とりあえずね」
《とりあえず? 聞いたら我らのために動いてくれるのよな?》
「かもね。だからほら、はよ話さんね※」
ベッドから立ち、回転椅子に、背もたれを抱くようにして座った。だらける。この姿勢でリラックスしたかった。――状況がワケ分かんな過ぎるって、マジで。
「どんな状況だよコレ」
愚痴ったあとでまた。
「ていうか、言われた通りにすりゃ、この声も聞こえなくなって、昨日までみたいに普通に過ごせる? ってことでいいの?」
《多分》
「は? 多分?」
《やり遂げられるか次第よ。我々を助け切ったらそれからは妙なことも起きまい。それだけは確かだ》
「……あっそ。じゃ、話の方よろしく。なんでこうなったん?」
そう聞いてから、壁をぼんやりと見たまま耳を傾けた。
《――かつて、ハルナヒツカミという存在があった。災厄から人々を守るための術を使えた存在。今の言い方をすれば『ハルナヒ使い』だ。その者達が操った霊的存在がハルナヒ。ハルは『祓う』、ナは前後を繋げる音、ヒは神霊。災厄を祓う存在の一つ。我らがその祓神霊》
――へぇ、ハルナヒねぇ……。
「じゃあさっきの暴れるかもってのは? 封印がどうとか言ってたよな、封じられてたのが災厄?」
《いや、違う。元は我々と同じだ》
「同じ? なんで封じたんだ?」
《正気を失ったからよ。我々は、霊的な厄からは直接守る、物理的な厄からは人に力を貸し物理的に守る。そんな祓神霊の中に、正気を失い暴れ回ったモノが出た。あまりにも脅威。ゆえに封じた》
「ああ――よく分からん部分もあるけど、なるほど?」
《暗い力を持ってしまったかつての仲間。それを祓神霊使いは暗神霊と呼んだ。暗神霊は翡翠の勾玉に封じられ、それが最近までは、壺に入れられ、壺は箱に入れられていた。そうして厳重に封じられていたが、ついさっき解き放たれてしまった》
――異次元過ぎる。本当にあった話か? でもこうして聞こえるしな。
「嘘は一つもないんか? ……まあ信じてもいいよ話自体は。でもあんたがその……ク……なんだっけ、クラナヒ? だったりせんのか?」
《私は祓神霊。サナミという術者が従えていた一体だ、クラナヒではない》
「ふうん。サナミってのはなに、昔の使い手?」
《そうだ。サナミは四体の祓神霊を使役していた。暗神霊を封じる際、結界を作って出られぬようにするため我々四体を蓋にした。前にもこのように封印が解けたことがあった。再び封印されたが、恐らくその時の壺が今どうにかなっている。その壺のことが分かるようなものはないか? 調べてほしい。なにか分かればより納得もできよう》
とは言ってもな――と思っていると、声は続いた。
《たとえばパソコンやスマホで。ネットで》
「いやよく知ってんな」
《様々な声を聞いていたからな、封印としてありながら。……まだ疑っとるか? 私がもし暗神霊ならこんな手掛かりはやらん。だが封じるのに必要な勾玉のことも二重の入れ物のことも話した。だからこそ味方だと――祓神霊だと信じてくれてもよかろう》
「確かに一理ある」
誰もいない空間に向かって頷く。
それから。
「じゃあ信じるとして。なら、また封じてほしいってことだよな、その暗神霊ってヤツを」
《そうだ、被害を出す前に。お前達人々のために。封じるためには情報が欲しい。その意味でもネットで》
被害を出さないために、か……危ないなら、そりゃそうだよな。
――にしても、やけにネットを推すやん。……調べるとこを見たいのかな?
とりあえず話は本当っぽい。
ってことは、今日――あの光を見た時――こいつの言う壺になにかがあった……と。それに関する記事でも見られればってコトか。
《だからほら、ネットを――》
「分かった分かった」
一階のリビングに移動し、家族みんなで使えるパソコンを立ち上げた。
壺、箱、勾玉――そう打ち込んで検索。
だが特に引っ掛からない。どうすれば。
と、見漁っていた時だ。あるページで『古い箱と壺、勾玉が出土した』という文を発見。写真もある。
「これか?」
《間違いない!》
――マジかよ。
「で、俺はなにすれば?」
《暗神霊を探して封じてほしい、そのためには箱と壺のような二重の入れ物と勾玉が必要だ。入れ物は両方とも違うものでいいが、勾玉はあれでなければ。あれには特殊な装飾と力が込められている。手に入れてほしい》
「手に入れる?」つい聞き返した。「譲ってもらえるかなあ」
《できなければ盗むしか》
「は? できるワケなかろうもん、そんなん」
《頼む。状況が状況だし私にはできないのだ。あれを使えなければ、暗神霊が暴れて人が死んでも放っておくことになる》
「だからってそんな。俺にも人生があるんやぞ。盗むとか無理だ、譲ってもらう前提だ、それしかしないからな」
パソコンの画面にまた目をやった。住所の記述が目に入る。
二志前町西道区坂見三丁目、磨丘島考古博物館。割と近く。
「でも、運が悪いとバレないように盗むしかない……のか? でもそんなのできるワケ――」
《バレないように? そうか、では女になるがよい》
「は?」
急に、胸が盛り上がった。筋肉じゃない。
髪も長くなった。脇より少し下まで。
「え、なにこれ。悪魔の所業?」
変化を見てつい口にした。
《すまんが仕方がない。封じの祓神霊には熊もおった、それを宿した者は、一歩間違うと喋れる人間にすら姿を変えられん。女になるのはまだマシじゃ》
――そんなこと言ったって……。マジかよ。こんなコトになるなんて。
でもまあ、ほかに方法がないなら仕方ない。
「分かった。でもお願いから入るからな」
《うむ、それで構わない》
※見えたっちゃけど:見えたんだけど
※飛んできたとよ:飛んできたんだよ
※聞こえると?:聞こえるの?
※どうすればいいと:どうすればいいの?(「どう」「なに」などがあると平坦な口調でも質問になる。ただし平坦な「聞こえると」は「聞こえるんだ」になる。質問の場合「聞こえると?」と語尾を上げる)
※はよ話さんね:はやく話しなよ