ラコ
ラコは考えていた。
使えそうな相手なら、なんだって使わなくては、と。
純血たちというのは、それだけで価値を持っている。はぐれものだった彼女は、いつもあちこちでその人物たちを見ては嘆いていた。
保育園のころから、彼女らと私たち、さりげなく優遇が違うと思い込んでいた。
エリートでもアイドルや作家でもない。
なのにいるだけで、価値を持つようなそれが腹立たしかった。
ただの、一般人のくせに。
「もとはといえば、クラスメイトたちが私を無視して、あの純血をちやほやしたからっ!」
利用されるんじゃなく、私が彼女らを利用すると決めたのはその日からだ。
「私を無視したからでしょ!」
人気者になりたかったラコには、純血たちの存在すべてが妬ましかった。
一番になるためにとにかく授業で手をあげてみたり、生徒会に入ったり、優しい言葉で嘘をついて注目を集めてみたりしても、なんだか違う。
こんなに努力しなきゃ、好かれないなんて。
常に急いていた彼女の気迫が、周囲を警戒させていることなど、ラコは知る由もなかった。
「私だって、私だって私だって……」
学校にいる間中、ラコの脳内には、純血たちへの反抗勢力……ストックフィリアへの憧れがつのっていた。
此処に入学してすぐに、知る限りの友達に声をかけた。
「ねぇ、ストックフィリアかっこよくない?」
彼女の勢いとは違い、大抵の相手から返ってくるのは「危ないよ、そういうの言わない方がいい」だった。
校風のせいだろうか。
毎日毎日めげずに、いろんな人を呼んだ。
わかってくれるひとがいるはずだから。
「純血って、生意気なとこあるよね」
ある少女は、悲しそうに眉を下げた。
「純血やクローンたちの共生についての論文、あなた一位だったじゃない……」
なんでそんなことを口にできるのかという批難を聞き、ラコはとても腸が煮えそうだった。
(あんなの、宿題なんだからコピペしてちゃちゃっと調べただけでしょっ! 間に受けないでよ)
とも言えなかった。
気にくわない……
ギリ、と口の中で力をこめてみても苛立ちは収まらない。
ラコはどうにかしてストックフィリアと近づきたかった。
「あいつらがいなくなれば、私はもっと、もっと……なんだろ。いや、とにかく、あんなやつらを否定して、私が正しくなれば私がいちばん認められる……!」
やがて一人で否定すればするほど、浮いていくことがわかって、あまり表だって誘わなくなった。
けれどラコにこの想いは、止められなかった。
見下したいはずの相手を否定するほど、尚更自分が見下されてしまうのが、許せない。
一番になりたくて出した論文と矛盾している、と笑われたり、あきれた目をされるから、相談も出来ない。
自分で作り上げた矛盾に挟まれて、ラコは身動きがとれなくなってしまった。
正直に話して嘘つきと言われたら、一番じゃなくなる……それが怖いなら、やることは。幸いにも、ラコは名家のお嬢様。
自分と似たような鬱屈した人間を常に誰かに探させ、また先生の何人かにもそんな思考の相手を嗅ぎ付けるとお金を渡した。
でも、まだ足りない。
今はほんのちょっぴり、ストックフィリアの侵入を助けて、結界を弱める先生を作ったくらい。
「ここからが、勝負ね」
お嬢様……
寮の一室で腰に手を当てていると、低くてぼそっとした声がした。
「あら、タロウ」
タロウは、彼女のお世話係。見た目はよぼっとしたおじいちゃんだがスーツを着こなす姿はどこか品があった。
「順調ですか。お友だち探しは」
「友達? ストックフィリアを応援するための仲間よ!」
ラコは胸を張る。
タロウは薄々、その虚栄心に気がついていたけれど、何も言わなかった。エアリア家を解雇されてしまうと生活に困る。
「ラコ様……」
「あとお前、このまえおやつのホットドッグにチリソースをいれたでしょ。私ね、ああいうからいの嫌いなの! なんであんなのつくったの?」
「ラコ様……」
タロウは苦虫を噛み潰した顔になった。
「あと、中身が謎の肉だったわ!」
「普段より高級なソーセージだったはずですが」
「あんなの知らないもん、謎の肉なんて知らないもん。チリソースもラコ嫌いだもん!」
「あまりワガママを申されないでくださいませ……」
「ふえええ、タロウが怒ったのぉ!! タロウの交換日記勝手に盗み見て、私がページ書いたのも!」
「ラコ様、それは存じませんが」
「私悪くないよ。
てちてち……って歩いてたら、偶然引き出しから出てきたんだもんね」
「てちてちって歩いてたのは結構ですが、引き出しには鍵をかけておりましたよ?
それにおやつも、前には、いいねって言ったではないですか」
「アンタを気遣っただけでしょ、ばーかばーか! 水が無い脳味噌っ!
本物がわかんないなら
はやく本のしおりみたいぺたんこになっちゃえばいいのよ! これが真意よ!」
「ラコ様……」
ラコは、寂しい子だった。
会社を経営する親は、
教育には無関心だし、それどころか、キツく当たり散らしたから嫌い。
教育熱心な親と見せかけてる見栄っ張りだと思っている。
現に、ラコの見えない部分は傷だらけだ。
お金で入学させてくれるから便利だな、くらいなもので、会社も親もどこか見下していた。
そうすることでしか自分を見いだせないからだ。
タロウにも甘えていることはわかっている。
だけど彼が恋人になるわけでもない。こいつは、雇われに過ぎないんだから、と。
「まだ、ラコ様が存命なうちは、本のしおりみたいにぺしゃんこにはなりとうないです……」
「きゃは、ラコだよー!」
会話を諦めたラコは、
タロウの目の前で、編集画面を開いて、書き込む。
内容が加えられていくたびに、本人が書いているとよくわかる。
普段から仲の良いタロウには、目の前で書くところを見せても、怖くないのだろう。
「仲のいい子には、目の前で書いてるとこを見せたっていいわ! 私を見たら話しかけて」
と、さえ、SNSで豪語しているらしい……
タロウは、そういったものをやっていないけれど。
本人が……目の前で、へんなことをのたまう生意気なガキが、いや、ラコさまが、ネットの中では可愛い子を演じているらしいのが、タロウは、どうにも滑稽だった。
「あ、そうだ。この前、また買っちゃった!」
「なに、を」
「成り済ましぃー。あのね、日記を書いている純血の子の日記を買い取って、私がそれと似たのを書くの! でも、目の前で編集しているのを誰にも見ないくせに信じるんだから、すごいよね!」
「はぁ」
「見に来ない限り、ぜっったいばれないよ!」
「以前そのせいで、引っ越し、転校なさったのをお忘れですか……」
彼氏の転勤ということにしてもらったが、ラコに彼氏はいない。というかわかれてしまったらしい。
「辛いね、ってコメントを沢山もらったよ!」
満面の笑みで言った彼女には、罪悪感はないのかもしれないし、あっても大したことがなかったのだろう。
「いつか私が大人になって仕事の中身をいきなり変えたって、
急に性格が変わったって
誰も疑問を持たないの」
転勤だと言ったときも、心配はされなかった。同情をされただけなのだ。
「……そうでしょうか」
「それってさ、本当は心配してないってことだよね? なぜ変えたの? あんなに好きだったじゃない、って、聞けばいいのに」
ラコが、何にイラついているかわからずにタロウはぼんやりと彼女を見上げていた。
「台詞なんて、毎日おうむ返し! 笑顔を貼り付けて、おうむがえししとけばいいんだから。簡単よ」
「あとは、棚からぼたもちって感じね!」
ウインクされて、タロウは困惑した。
「田中? 田中さんからもちが送られてきたと?」
そんな報告は受けていないとタロウが慌てていると、ラコは、無視してブログを書き始めた。
今、熱心なのが、カーユという少年と関わることだった。
探偵に先に調べさせたことによれば、ツルナという女の子と縁があるらしい。
うまくパイプを繋いでおけば役に立つこと間違いなし!
腰に手を当てて、うんうんと頷いてみる。
ラコは、心が寂しい人間と関わるのは得意だ。
自分がそうだったから。
ツルナのことは、入学したときから知っている。憎き純血の子だ。
カーユは、よく知らないが縁あるといっても、ツルナと同じものは引かなかったらしい。
けれど、うまく操れば……
内部から、純血に混乱を招くことが可能だろう。