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それぞれ

 夢を見た。

小さな世界のなかで私はなにか、温かく光る小さな石を持っている。


ああこれは誰も持っていない特別なものだ、と喜んで眺めていて――――急に場面がかわり、それはショーウインドウに並んでいた。

特別なんですよ、とうたって。そばで値段を付けている他人の顔はぼやけている。


それを手元において眺めて居たかったのに、どこで落としてしまったんだろう。


戻って来て欲しい。

身体の一部のようだった。きれいなきれいな石。


夢のなかで、店主は言った。誰かからいつか聞いた言葉。


『今は、きえてしまえとか、しんでしまえばいいと願っている相手だっていつか憎まないで済むようになるよ。』



覚えている。

忘れられない。

褒める日なんか来ないんだ。永遠に。直接ぶつけなくて済むように、うまく消化しようと試みるしか出来ない。


眉を下げながら、店主は寂しそうに笑った。


「あなたは、いい人なんですね」


だから、そうやって。

いつか他人を許すことが出来るんだろうか。


「忘れていくあなたが羨ましい……」


 居場所が欲しい。


わたしや誰かのための居場所が欲しい。

忘れていく人にばっかり大多数にばかり居場所があるなんて、やっぱりずるい。


 名前を聞いていいですか?

と聞いたら、店主は悲しそうにしてから、昔の話の話をするのは嫌いだと言った。


とても怯えたような、なにかを焦っているような目だった。



わかったよ、聞かないから。言わないから。

だから。

そんな風に、怯えないで。

もう、ここには来ない。



 気がつくとウインドーは無くて、綺麗な石を握ったままで、雪道を歩きながらこれだけはせめて、大事にしようと思う。


気がつくと、すれ違うみんなが、同じような石を握っていた。

私を見つけると「あの人からもらったんだよね?」と、誰かが聞いてくる。思考が、追い付かない。


石を見たら、ちゃんと西暦が刻んである。名前も書いてある。

傷のつきかたも、一番古く、他のとは違う。

けど。




「これが、あなたの望みなんだね」




ロデナリークは、フィルローグよりも歴史は浅い……

飲料を飲みながらフィルは窓際を眺めていた。


「にしても、あいつら。

干渉していない区域に、突然現れた。

まあ、いまのところ特に実害は無いから監視はしていないわけだけど」



 保健室から出るタイミングで、知らない先生が呼んだ。

フィル、下にご家族がいらしています。



たびたび、やってくるけれど、どうせ、


顔見せにこい、だ。

会食で、ネタでロシアンルーレットやってるような場所だし、帰りたくない。


「同じような敷地にあるからと、あちらの人まで、思い出話するときたまにロデナリークと勘違いしたりするんだもんな……」

各主人に会ってきて、それぞれのテリトリーについて話し合わなくちゃならないのかもと思う。


話し合いをしようとしたら、なぜだかこちらが悪者にされてしまってばかりで、うまくいかないのだと、お母様がいつか嘆いていたっけ。


罵倒でも何でもいいから投げつける勢いだ。

とにかく近付いてほしくない理由があるんだろう。

終いには、土地を盗用してるだの、わるいことしてるだのと、根も葉もないことを言い出されて……どのみち、きちんと台帳に記されているし、証言も集められる。嘘を吐くだけ余計にそのひとたちの立場が悪化する。



引き返せるうちに引いた方が、まだなんとかなるから本気でその方がいいんだけど……止めようにも、話を聞いてくれないのだ。

 各土地の記録の管理が徹底していたならそもそも争わないで済むわけだけど。



帰宅した後、そのまま、部屋に直行した。

でもどうしてだか机に向かえていなかった。


「宿題のレポート、書かなきゃ」


提出期限までそれほど時間が無いというのに。



 悲しいとか、苦しいとかじゃなく解離的ななにかで、忌避に似たなにか。



クラスメイトに『純血なの』と言ったときもそうだった。

『知ってた』って平然とした顔をして、普通にしてくれればいいのに、周囲は大袈裟だったっけ。

「そんな予感はしたけど、やっぱり悪魔なんだ」なんてあからさまに気をつかった。


 普通のクラスにいた頃、特に、作文とかの課題提出は苦手だったな。


うまくはいえないけれど、なんだか出来具合というか考えることというか、互いに差が滲むらしいので、「これだから」とよく言われてた。



あのときもいちいち喜んだり蔑んだりする他人を見て、とてつもない虚無感に襲われていた。


「なんで、褒めたり笑ったり、するんだろう。

なんで『知ってた』って言ってくれないんだ」


 誰も信じていなかったってことは変わりようがない事実で、覆ったりしない。







◆◇


「俺は悪くないからな!」

 あのときの言葉が、今でも胸の奥に響いている。

とくん。

と、それを思い出すメイルの身体の鼓動を早める。

「……」


両手の包帯を巻き直しながら、走り去った背中を思い返す。


ロデナリーク ロードは、メイルの家が純血だと知りながらも、


彼の家が狩るはずのバケモノの存在を把握しながらも、見殺しにした一家の子だった。


ちょうど地域で出回ったあの悪いやつにたいして、決められていた『巡回』。


家族が殺された日は、その地区にしてなかったらしい。

彼からは、悪くない、と言われた。


真相はわからない。なんの正当性を主張しているのかも。

でも、気になっている。

無自覚に、無意識に痛め付ける相手よりずっと、救われる言葉だ。


悪意はなかったとか価値観の違いだった、俺が悪かったとか、そんなつもりは無かったなんて、第三者がいうならともかく自分自身で語るぶんには結局詭弁なのだから。




『そんなつもりのない』『失敗談』を聞かされたら、じゃあなんでミスをした、いつまでするんだ。

責任をとるという言葉に聞こえるけど、そんなつもりはないのに、わざわざ宣言するなんておかしくない?

わざわざ聞かせて、何を欲しがってるんだ?


同情してるふりで自分にも同情が欲しい?

結局自分中心なんだね。


否定してるのか肯定してるのかどっちなんだ。


結局口先だけ。


とあれこれ問い詰めたくなるのも人間じゃないだろうか。

聞かされたって終わりが見えない。


ひたすらに煽ってどうするつもりなんだろうかと、よく考える。

浅ましい羅列が重なれば、苦しい答えを求めて、こちらは尚更追及してみたくなる気持ちに火をつけることになるに決まっている。


もちろん「その終わらない追及を受け続けられる覚悟があるんだよ。どうぞ」という意味なのだろうと解釈しているが……




あの言葉は、そのシンプルな覚悟は、ひとあじ違った。

「かっこいいな……」



そう思った。

 だから、「私も戦う」と、覚悟を決めて家を出て『此処』に入った。

他人に頼るなんて愚かだったと、メイルはあの日を思い直している。


(あの子と同じ場所に立たなくちゃ、何も、理解出来ない……)



『何もかも、私が強くなかったから』


 終わらない追及の代わりに、いつかそう言える日が来るだろうか。

助けを待つだけの自分でいたくはなかった。


背負ったふりをする他人は、結局、勝手に抱えてるだけの、ただの馬鹿だと思う。


そうだ刃を磨かなくては、とゆっくりと椅子から立ち上がってから床においた鞄を手に取る。



「強く、なる」



心の中で唱えた。




時同じく。




「そんなんだから、だめなのよっ!」


学園の廊下から、甲高い声がしていた。




「あなた、狩る者としての自覚がないの?」


「いや……俺は巻き込まれて、つい、流されただけで」


「一度やったことくらい、最後まで貫きなさい!」


黒い髪の、衣服まで黒い男は、ツインテールの少女にたじたじだった。


「しかし……」


「叩いたものは叩ききれっていうのよ! あんた、トラウマ? 自分で切りつけて、それを自分から怖がってるんじゃ、狩りなんてやってけない。恥ずかしくない?」


「しかし……」


怒りが収まらない少女は、ぶん、と大剣を振り回した。


「そういう、やっぱ違ったわ、って引っ込めかた、武器に失礼なの! あなたのために犠牲になった時間は? 武器だって、使わなくて良いタイミングで傷をつけて、もうすこし、壊れるまではあったのにあなたが早めて……」


「武器に心などない」

「あぁん? もう一度言えや」


急に口調が変わったので、男がさらに緊張した顔になる。


「……だから、武器に」


「無い? でも、無いからって言い訳になる? そんな気持ちで刃を握るやつなんて、信じらんないわ! そのうち『はずみで殺した』とか言うわね、絶対よ!」


彼女は、目の前の男へとぴし、と指をさした。


時間というやつは決まっている。

それを大事にせず、判断した目の前の男――――なんと、純血を狩るための追跡途中であっさり引いてきたというのだ。


『相手は幼い少女で、可哀想だから』


それが、彼女には許せなかった。

敵というのは、情けをかけないもののはず……

戦うという立場にありながら、易々と同情するやつがいてたまるか。



「『家族がみんな死んでて……俺は知らなくて』

とか、言っていたわね」


男を追い払うようにして、腹立たしい気持ちで大剣を背負い直すと、先へと進む。


『知らないからやめた』なんて、どこの甘ちゃんだろう。

そんなこと、五万とある。相手が事情があろうと一度決めたのなら、狩る。


それが努めなのに。


「過ちだろうが、なんだろうが、運命は避けられない。どんな事情であれ、敵になったのなら敵なの……どうしてわからないのかしら」

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