助けを呼ぶ
7.12.0:05
ツルナとリークロードが職員室を訪ねるがそこはもぬけの殻だった。
「ちなみに、もぬけというのは蛻って字で、ぬけがらのことなんだよ。死体でもあります……」
「わかったから、ツルナルール、そんなにガタガタ震えるな」
説明口調で恐怖を押し隠そうとするツルナと違い、リークロードは至って平然と状況を見ていた。
そのとき、頭上のスピーカーが鳴る。
『緊急集会をします、動ける生徒教職員は、全員体育館に向かってください――繰り返します』
「どうやらみんな、体育館に向かってるらしいな」
「私たちのクラス、どうなっているのかな……メイルちゃんたち、元気かな」
みんなベランダから伝って体育館を目指しているか、それとも一部生徒が戦っているのか。
みんなは無事なのだろうかというのは気がかりだった。
バカにされるかと思ったが、リークロードは「俺たちは、自分の心配をした方が有意義だ」と真面目な顔で言った。
「メイルは強い。まあ大丈夫だろ、体育館に着いてから考えれば?」
「…………」
ぽかん、とするツルナ。
「なんだよ?」
「いや、なんでも、ないの……ふふ、うふふ、そうする」
何かがツボに入ったのか、笑いだしたので、彼は怪訝そうだった。
「ほら、先生いないし、置いてくぞ。次は自分で仕留めろよ、助けないから」
「あ、行きます、行きます、置いてかないで!」
0:24
廊下を歩いて居ると、男女二人ずつの四人の先生とすれ違った。
何か、それぞれが杖のような、武器だろうものを持っている。そして何やら、どこかに向かいながら話し合っていた。
「緊迫してる感じだな」
「どうしたんだろ、また、誰かになにかが?」
「それは有り得る。だが人数や武器からしても、メンバーに医者が居ないあたりにしてもまだ生きているだろう」
「誰かが襲われてる……?」
はっ、と口に手を当て青ざめるツルナに、リークロードは少しだけ困った顔になった。
この子は不安になりやすいのだろうが些か手がかかるな、などと思う。クラスの男子と一部女子には密かにファンが居るらしいのでそこが可愛いところなのかもしれないが……
鍛練、修行、戦い、しか知らない彼には未知との遭遇だ。
どうしたものか、と彼が唸る間に、彼女は柱に隠れ、先生たちの話にさりげなく聞き耳を立てていた。
「興味に関する行動は、早いな……」
彼もやれやれ、と後ろに続く。横では生徒たちが自分たちと同じく体育館を目ざしはじめている。彼とツルナは先生たちの向かう方へと廊下の横道に逸れていく。あまり長居は、まずそうだが。
――『思った』らしいですよ
――まあ、『思われた』んですか!?
――ただでさえ、救出に手間取ってるのに!
――あの、いーちゃんが言ってますからね
――シッ! イシンさんに聞こえます
7.23.23:04
「いーちゃん?」
ツルナの脳裏に、何かが浮かびかけた。
(なんだったっけ……どこかで、聞いたような)
「おい!」
小声で、リークロードが止める。その呼び方は、ダメ、とハンドジェスチャーを交えた。
「聞いてなかったのか、イシンをいーちゃんなんて呼んだら、殺されるぞ」
「ねぇ、イシン、さんて、誰?」
ツルナは、妙な胸騒ぎがした。なんでだろう、なんだか、遠い昔に、何かで聞いたような気がするのに、はっきりと思い出せない。
「イシンさんは、いーちゃんなの? 私……私、何か、忘れてる気がするの」
「お前、何言ってるんだ?」
いーちゃんについて、何か知れれば、自分について何か知れるような気がする。
ツルナは漠然と、思う。
いーちゃんは、欠けた何かの、一部分なのではないか。
こんなに、呼ぶなという呼称を連呼しまくる地の文のモノローグは、かなり際どくなっているけれど。平気だろうか。
背後では、体育館に向かう生徒たちがぞろぞろと集合を始めている。なかなか校長が話し始めてないあたり、主に今は確認と待機なのだろう。
みんなは今、どうしているのか確認したくなった。
でも、それは同時に、列に混ざるということだ。点呼され、じっと待っているだけということ。
(早く先生に報告しなくちゃならない、なのに、まだあの列に加わってはならない気がする……)
それは直感だった。
ツルナは、メイルを信じて居るが、助けを呼べない自分をもどかしんでは居るが、それでも、あの中に、すぐまざって行くことはなぜかできなかった。
リークロードが、はぁ、とため息を吐き、動いた。
「いいか、絶対に待ってろよ? 動くな。余計なことはするな」
「どうするの?」
「隠密に見てくる。
ツルナルールはとろいから、そこにいろ」
2019.8/5.12:24
イシンから報告を受けた教師数名はぞろぞろと生徒探しへ向かっていた。
「あの事件以来ですな」
「ああ。首からあとが、置いてきぼりの死体――ですか、あれ本当なんです?」
首だけが『別のところ』にあり後ろが無惨に置かれていた死体。
かつてこの学園で、人種差別によって起きたクローンたちによる迫害によるものと、伝えられていて、教員たちもどことなく把握していた。
首、首、首、と、持ち去られていたのだが、やがてある疑惑が発覚する。
『サクラ会』の上位組織だったクローンヒューマニズム協会に押収後脳解剖へと回されたのでは――というもの。
「被害者の一人は、今も、働いてますけどね……」
彼らが思い出したのは幽霊先生だった。殺害した生徒が逮捕されたが、生徒の家と協会の繋がりが後に注目されたものだった。
幽霊先生は殺害された当時についてあまり語ろうとはしない。みんな聞きにくくもあったし、まだ生き生きしている気すらして、なんだか野暮な気がしたのだ。夢が覚めてしまうみたいで。
禁忌の書のひとつ
「天地の祈り」
人柱や天災などによる無念の魂が集まり、具現化した神霊のひとつを癒すために描かれ捧げたと言われる歌を本にしたものが始まり。
その一族が続けてきた祈りは今も密やかに続いていたけれど、
ほとんど絶滅している。
彼女の「姉」もまた不運な死を遂げた一人だった。
フィルローグは、目の前の窓を見た。
空は曇り始めており、やがては少しずつ豪雨を纏い始めていた。今朝、一日晴れると告げた天気予報などあてにならない。
「その本の、主を間違うと、どうなってしまうの?」
少女は少し黙してからえっと、と口を開く。
「今までは、それでも――発動自体はあまりしなかった、私は居ないことになって、居たから。主が居ると本が認める状況になったのは、今が初めてで」
「――『天地の祈り』の管理者の家系はたしか雨乞いをしていた……んじゃないかしら。昔は強い、こちらの言葉だと、巫女?が行っていたとか」
「えぇ。私はそれほどの力は、ないはずですが。
ただ、今まで言葉で封じ込めていた暗示が壊れてしまうのは確か。
影たちも、騙されていたと怒っているでしょうから――天変地異の覚悟はした方がいいのかもしれない」
「まちな、さいよっ」
廊下の後ろからルチアノが、息を切らしながらやってくる。金髪のツインテールが可憐に揺れた。
「私、ルチアノ」
「あ、はじめ、まして?」
彼女はおずおずと手を差し出す。ルチアノはにっこりと微笑んだ。
「無事でよかったわ、まだこの本がクローンの手に渡って居なくて!」
フィルはなんだか違和感を覚えた。それがなんなのかははっきりと言いようがない。
校内放送が続いている。
クラスメイトは体育館に集まっているらしい。
「私たちも行きましょう」
「フィルローグ、ルチアノ……ありがとう。私はソーリ=メアリアっていうの」
フィルローグとソーリが奥へと走っていく中、立ち止まったルチアノはにやりと笑っていた。
「見つけた……」
人の気がない旧校舎は、なんだか昼間に肝試しに来たかのようで少しぞわぞわ落ち着かない感じがする。倉庫がわりにされているためスピーカーだけは通っているけれど。
雨足が強くなり、天井からもぽたぽたと水が流れてくる。
「ソーリはさ、晴れさせることってできる?」
フィルはなんとなく聞いてみた。
「できるかは、わからないですが、あまりしない方が。自然を塞き止めるといつか一気に返るから」
「そういうもんなのね」
庭を歩いて校舎に戻るまでの間、あちこちにクローン避けの結界が張られていたが、二人が居たおかげでルチアノもなんなく後に続くことができる。
ラコを思い出す。
そういえば純血をつれてくるように言っていたっけ。
どうしようかなという考えが浮かぶ。
このままうまくいけば――
そぉっと、バックにいる黒い男を振り向くと「やれ」と口だけで合図する。
男が持つ本は、管理者の持つ本に対抗するために禁忌の書を改竄し、独自の呪いを込めて作られている。それに手を翳すとみるみるうちに黒い影が産み出された。
結界内部へとそれらは向かっていく……
ルチアノには、混乱に乗じて旧校舎に向かい――
まだ存命な管理者を呼び出す必要があったのだが、それはもちろん黒い本への生け贄に過ぎない。
「あ、あ、あれ……? あれ?」
男が背後で焦っていた。
ルチアノはあいつはとろいからなと冷静に見ていた。
フィルローグたちは先へと向かって消えていく。
(もう。どうしたっていうのよ!)
彼女はとうとう、男に声をかけた。彼は蒼白になる。
「本……本が、閉じないんだよ!!」
2019.8.20 16:54
(恐らくは主従契約がねじ曲がったことで……)
ルチアノは静かに考えた。
その本のもと、となったのが恐らく、天地の祈りの一部だったのだろう。
「うわああ! うわあああああああっ!」
男が悲鳴をあげる。本が、手を伸ばして彼を捕まえる。
「手!?」
はじめて見た。
本が、まるで生き物のように……
まずい!
ルチアノが焦っているうちに、本はみるみる歪み、人の形そのものになっていく。
もはや文学というよりも、娯楽や知識というよりも、いや、本ですらない。
『所有者』の姿にしか見えない。
なのに黒ずんだ、邪悪なモノ。
「貴方!」
むしゃ、むしゃ、むしゃ。
(本が人を、喰らった……)
「イケクロス……あなた」
男の名前を呼ぶ。
もう帰って来ない。
ハアアア、と煙幕のような息が吐かれ、慌てて顔を覆う。
「ぐっ……」
息を堪えながら、彼女は背中にあった剣を手にして、振り払う。
「い、イケクロス!! イケクロス!」
背後を気にしてみた。二人、が気付いている様子はない。
恐らく体育館に向かっただろう。
2019.9/22 17:35
デンシンは結界を壊す術が無いか考えたまま俯いていた。
ラコはブーメランを構えたまま、閉じ込められている状況を思った。
「このブーメランでも結界は壊れなかったわ!」
ザウザンド・ナイトが相手をしてくれてはいるけれど、この怪物といつまでもおいかけっこをしていたら、さすがに分身といえど疲れが増してくる。
肉体がないぶんの繋がりを欲するので、せめて誰かの身体を借りられたらいいのだが……
「ミュンヒハウゼン……」
「なによ、今、手が離せない。はぁ、はぁ、私お嬢様なのに……ぜぇ、ぜぇ……」
デンシンに話しかけられるもラコには余裕がない。
「助けは時期に、来るわ、だから」
「ああ、うっさい! 本当に、もう、誰か居ないの! 疲れるの嫌いなの」




