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女装家登場! サウザンド・ナイト

ラコは、ぷりぷりしながらずんずん!と足音を立てて歩いていた。

 実質オンリーで、CS計画を進めるのは無謀だとさすがの彼女にもわかっていた。

タロウが早くみんなの居る場所に戻るよう促したが彼女は一度立てた予定に対して簡単には引き下がれなかった。


「もぉおおおおお!!!」


牛が鳴いたわけではない。

誰か、誰か仲間を。

そう思うがこのお嬢様、びっくりするくらい人付き合いが苦手だった。


「あー! あー! チョーーーーッむかつく!」


 校則違反で二名が亡くなったかなにかと聞いたが、蝶よ蝶なのよ、と育てられた彼女にとって校則などあってないようなものだ。


しばらくもと来た道へ進むうちに、ふと周りの気配が消えたことを感じて、彼女はやっと気がつく。



タロウがいない?


「あれ、た、タロウ? タロウ、返事なさいっ! タロウ!」


慌てている彼女の背後から、声。


「――焼きまひまひ、食べる?」

「え……」


振り向くと、こんがりと焼いたマヒマヒを手に持った低い声の少女がラコを見つめていた。


「ま、マヒマヒは、あまり好きでないの。私は北国のお嬢様だもん!」4/24 16:33

「そう……ところで、お前」


お、お前!?

ラコに向かって!

と言いたかったが、それは謎の人物の言葉により遮られた。


髪が黒く長い。

秋刀魚のように細長いヘアピンを前髪につけていた。

なんかのブランドだろうか?


「さっきの走り方も、言葉遣いもなってないわ! せっかくの可愛い女の子なんだから! ね?」

「なに、あんた!」


「一人になっちゃだめって校則、知ってるでしょ、アタシも人とはぐれちゃったから、一緒にいきません?」


「勝手にすれば!」


ラコのせいいっぱいのツンデレ。タロウやカーユも宛にならない今、この人物と居るしかないという気がした。


「しっかし、背高いわね……髪切ったらイケメンたちに混ざれるわよ」


冗談のつもりで彼女は言った。しかしその人物は……


「アタシの好きな人、男だから……」


とぽっと頬を染めた。


「少しでも見てもらいたくて、女みたいな格好することにしたの」

「えっ」




「アタシ、デンシン。よろしくねミュンヒハウゼン」


低い声でぼそっと挨拶し、ばちっ、とウインク。

そして、スカートをひらりと翻し――――


「ギャアアアアアアアアア」



こうしてラコ・エアリアリティミュンヒハウゼンは。

新たな仲間をGETした。






 ラコとデンシンは、二人、廊下を歩いていた。


「あんたも仲間とはぐれちゃったの?」


ラコが、偉そうな態度で聞くとデンシンはゆっくり頷いた。


「そうなの。いっつもは真性構ってちゃんなのに。今日に関してはどうしたのかしらね? いつものパジャマも着てないみたいで……昨日からおかしかったもの」


「ふーん私のとこは、タロウのやつが……っと、あれ?」



ラコは、何かの異変に気がつく。デンシンはというと、キョトンとしている。


「どうかした?」


「なんかこの道って、さっきも来たと思って……あら。おかしいわね……」



デンシンが、辺りを見渡してから、はっとしたように呟く。


「あらあら。どうやら『敵』が居るみたい! お前、後ろ見なさい」


 ラコが振り向くと、そこにはでかくて黒くて人状の影が、牙を向くようにして立っていた。ガアアアアアアアアー!

悲鳴が上がる。

ラコは、青ざめた。


「う、そ……」


影はタロウのスーツを着ていた。


「お前、なにぼさっとしてるの。武器はある!」


「た、たた、たたかいたく……ない」


ラコは動揺していた。

生まれてこのかたはじめてと言うくらいの動揺だった。

自分を好きになってくれた人が、自分を傷つけるわけなどないのだ。信じられない。

タロウはというと、完全にこちらに敵意を剥き出していた。


「私が好きって、言ったわよね? 私、信じていいのよね?」5/27 0:12



どんなときも、タロウはラコの味方だった。

重たすぎて面倒だからと言い切り友達を無くしたときも、彼だけは責めなかったし、理解してくれていた。

恋人にラコが暴言を吐いたときも、タロウだけは庇っていたし、ラコがちょっと悪さをしても、甘やかしていた。


そのタロウがまさか、自分を(ライバル)と認識して牙を向けるなんてことが、あるだろうか?隣で、デンシンが「なに突っ立ってるの!」と騒ぐが、彼女は呆然として震えていた。


「私を、愛していると言った……タロウは、私を攻撃したりできないはず! こんなの嘘よっ! 嘘なのよ! だって、矛盾してるもん。好きな相手を、こんな、危険に晒すようなことをすると、嫌われるもん!

やめてと言われたら、やめる、でしょ?

嫌われることなんかしないのが、相手が大事だということで――」


しょ、という間もなく、ラコは飛び上がっていた。

影から手が伸びて、ラコを強く叩きつけた。

何度も、何度も叩く。


「ラコ、あなたの知る、タロウはもう居ないの」



見かねたデンシンがため息を吐いた。


「少なくとも、今、ここには居ない……」


ラコはよろよろと起き上がる。擦りむいた膝が痛んだ。


「酷いわよ、タロウ、なんで! 好きな相手にこんなことしていいわけ!」


影は、ニタリと笑っていた。


「好きな相手をいたぶりたいという性癖の人だって、いるわよ。きっとその手の人ね」


「うっさいわね! あとさりげなくラコって呼んだな!」


「どうどう、ミュンヒハウゼン」

「ラコは馬じゃ」


ない! を言う間もなく、影が手を振り上げた。

ラコは咄嗟にふところから大型のブーメランを取り出した。

「やめなさいッ! 命令よ! タロウ!」


このブーメランは振り上げるとムチのようにしなるので、近距離でも使うことができる。

投げ方次第で刃物のような切れ味があった。


くるくると周り、ブーメランは影に直撃する。

それが唸りをあげてよろめいた隙に、ラコは距離を取る。


「タロウ」



 雨の日も、風の日も、タロウはそばに居てラコを見守ってくれた。


「うぅ……うええええん、タロウの能無し! ハゲズラアアアア! うわああああん!」


涙が、ぼろぼろ溢れていく。

タロウはもうラコを昔のような暖かい目で見てくれることはなかった。


「ギョアアアー!」


それは奇声をあげながら、暴れ、再びラコに向かってくる。

タロウがいなくちゃ、家事も出来ない、おやつも出てこない、またひとりぼっちの毎日だ。

ラコは悲しかった。


「ミュンヒハウゼン!」


周りを見ていなかった彼女は突然叫ばれてはっとした。

影が何か、力をためているような気配を感じた。

慌てて身構える。


「閉じ込められて、これじゃあ、まずいかもしれないわ」


デンシンが冷静に呟く。


「ど、どうにかしなさいよ!」


ラコは赤い目をして言った。


「今から、私が術を使う。お前は、しばらく引き付けておいてちょうだい」




20196/218:45




「ああ、やればいいんでしょう!」


ラコは、キッと前を睨むと、手にしたブーメランを両手で構え直す。

そして、ひゅんひゅんと頭上で円を描くように振り回す。

ブーメランが次第に光りだし、魔法文字を浮かび上がらせた。


「いくわよ――サウザンド・ナイト!」


 やがて、彼女の身体が分裂し、結界の向こう側に映される。一見、外に出られたような錯覚すら覚えてしまう。

ブーメランを身体の正面に構えて自分に軽く当てると消失する残像なのだが、彼女の意識は術で出来た仮の肉体を用いて数ヵ所に、同時に留まることが出来る。


目から、一筋滴が伝った。



「私……タロウを、愛していたわ」


タロウは、背後の気配に気づき、気が逸れる。そして結界外にいる方のラコを追い始めた。2019.6/15 14:28

サウザンド・ナイトで作った分身は、頑張れば数人、10人程度は増やせるのだが彼女の気力は今、2、3人くらいで途切れかけていた。


「やるじゃなぁい!」


デンシンが、きゃああん、と低い声をあげる。


「やんもう! アタシが女だったら好きになってたわよ!」



「はぁ? わけがわかんないわよ!黙ってて」


ラコは混乱のままつっこみを入れる。深く考えたくない。



「じゃあ、そのままよろしくね――」


デンシンがすっと目を閉じて、何か呟いたあと、優しく吹き付けるような風が舞った。


「メッセージ」


ぽつりと彼(?)の一言のあと、

結界内に、誰かが映される。

今度は普通に少年だった。


「はあい、イ・シ・ン!」


パジャマを着た、だるそうな、特に特徴もない少年。

ビデオチャットみたいに、

結界内にコミュニティが生まれる。


「はあー。なんだい……なんだい、デンシン、うるさいな」

「先に――忠告しておくわね」


振り向き様に、デンシンがラコに囁いてくる。


「な、何を」


「あの子。普段は穏やかなんだけど1つだけ欠点があってね」


そう言いつつ彼?(彼女?)はちらりと目の前のイシンを見る。

「あの子、いーちゃんって呼ぶとガチギレするらしいの。だから、絶対呼ばないこと」


「その名前でいじめられでもしたの?」


「そうみたい。まあもっとも、いじめられるのは好きみたいだけどね」


……深入りしないでおこう。


「なにかようじ? こっちは、大事件で、緊急で体育館に集合中だよ、早く来なよ……はぁ、せっかく、パジャマ着たのに」


いー、じゃなかった、イシンがだるそうにため息を吐く。


「デンシンは、なにそれ、でえと?」


「アライヴ?」


「指名手配みたいに言うな。……あぁ、なるほど、結界に閉じ込められたか」



「そうなのよ、あんたやっと着替えたのね、全く、いつもの場所にいなくて探したのに。

アタシは校則に従ってこのお嬢さんとそっちに向かおうとしてんのよ」



「…………あ、そ」


ドライだな。

6/2312:25


デンシンが、唇を尖らせていると、はぁーー、と長いため息のあとイシンは言った。


「わかった、助っ人を寄越すよ……せんせも呼ぶよ。

ミュンヒも居るから平気かな、頑張って持ちこたえといてね。ああ、そうそー」


言葉を切り、イシンは改めて二人を見つめて、言う。


「校長がね、また何か『思った』らしい」



「思った……?

校長が、また、思ったっていうの!?ほんとなの」


「校長が、思った!? なんて重大ニュースなのよ! あぁん、居合わせたかった」


デンシン、ラコ、それぞれがリアクションする。せざるを得ないほど、この学園において、

校長が「思う」のはすごいことだった。


校長――学園長、いろんな呼び方があるが、学園で一番すごい、長である。


その、校長には能力がある。

「思う」ことだ。

彼が「思った」ことは、思うだけで力を持ってしまう。

この前、校長は教頭と喧嘩して『すまんかった、と思う……』だけで、教頭の身体能力が数日向上していたとか、カツラではなく地毛が数日生えたとかで、話題がもちきりになった。

ラコも何かいい意味で『思われて』みたいものだと思っていた。

彼の口数は多くなく、

だいたい思うだけで済ませてしまうので、その声を実際耳にする機会自体少ない。

こんな事件のある日に、彼はなにについてどう、『思った』というのか。


「もっとも思わずに口にすることや、あまり真剣に思わないことは、特に影響力を持たないらしいけど――ミステリアスだよね、校長……」


イシンが言う。廊下だろうか?あまりぱっとしない、シンプルな壁が背景にある。

12:37



校内掲示板や、壁新聞は、彼が『――と、思う……』

と思われただけで、トップニュースとして大々的に報じる。世界広しと言えども、はっきり口にせずとも何かを思うということが、そのまま、周りの噂になってしまう、そんな校長は彼だけだろう。

有言と、実行が同義であり、何かこの世界に、此の学園生活に変化を感じたものは「思ったんだな」と、校長を崇める。

入学した生徒たちは、

校長室に常にはりつく新聞部が噂タレコミをもとに、「校長が思ったこと」を毎日確認したりする光景をたびたび目にすることだろう。


「こ、今度は、何を、思ったっていうの……」


デンシンが、ガタガタ震える。震えずにはいられない、そんな空気に、ラコも、手に汗を握る。

イシンの顔が青ざめる。

ガタガタ震える。


「はぁーーー、いい、まだウワサの段階だからね、いい? 後悔しないでね……覚悟できる?」


ラコとデンシンは顔を見合わせる。

12:59








『校長は、間違ったことをしていない。

校長はね、全然、悪くないと思う』



「っ……!」


デンシンが目を見開く。

ラコも、開いた口が、塞がらなくなりそうだった。


なんて圧だ。


なんて、なんて、嫌な予感。


逃げたい。

逃げ場はない。



『今の学園』を知る校長が。

今、この場所において――



「そ、んな……そんな――」


ラコの足はがくがくと震え、目に涙が滲み出す。息ができなくなりそうだ。13:14







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