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はじまり

青空よりも身近な目の前……大きな桜の木が、出迎えてくれていた。


 現在桜の木の多くが、クローンとなっている。病にかかって亡くなっていき、原種自体は徐々に姿を減らしつつあるという。



他の血を混ぜて生き延びることは、人と変わらない。

ただ……

木は、人では無い。生きることが人よりも人為的でなければ、あっさり滅びてしまうのは、

社会環境が、変わりつつあるからだろうか?




いつかは見られなくなるかもしれないというのに、それでも何もせず、見上げているひとがほとんどだと思う。

きれいだな、来年も見られるかな、なんて他人事なのだ。



 わたしは、生きるために他の植物の成長を阻害する成分を出すという、根もとの方に興味があったりするんだけれど……


なぜこんな話を思い出したのかというと……







☆☆



 最近、クローンと人間が共存するようになっているなかで、純血が減りつつある。


純血――彼女らは特別な存在で、薔薇扱いされたり、花と呼ばれている。 まあ、しかし華やかなのは名前だけ……

実際は、人の気持ちがわからないクローン体たちに資料扱いされ、使われている立場なのだった。


 嫌味なのか?と思うくらい豪快に咲く木が、今から向かう校舎の前に植えてあるのを見ながら、わたしはつい、そんな彼女ら……



クラスメイトのことを、思い出してしまったのだ。

 クローンと、純血、普通の人々が通う学校……目の前の校舎を見上げて、改めて考える。


狙われたり、しないよな。



どーん。


背後から気配とともにあからさまな音がして、衝撃がきた。

振り向くと、『純血』の一人がにこにこ笑ってこっちを見ていた。


「あなたが噂の新入生だね」

わたしのと同じ、入学にあたって、のパンフレットを手にした彼女に話しかけられて、目をぱちくりとさせた。


「あなたも噂の新入生だね」


たしか、昨日の入学式ではフィルローグと名乗っていた子だ。

明るくて、少しかわっている。


「うんっ! あなたと同じでーす」


にこにこ、している彼女からはなんの敵意も感じられない。背中までの髪は、綺麗なつやのある色をしていた。


「一緒に校舎に参ろうではないですか」

「えっ、いいよ……」


思わず拒否るが、彼女は気にしなかった。


「いこうぜ! 独りは寂しいじゃん」


そうだろうか。

独りで居て、苦しいときはあったけど寂しいのかはわからない。

寂しくっても、誰でもいいからとは思わないし……


「独りにだって楽しいことはあるのに。


それを知らないだなんて、それはそれで寂しいよ」


「なんか、メーサちゃん、独り好きそう」



「私の名前は、メーサじゃないってば」

「今の名前は、ツルナだよ」

「あー、そっかそっか、そうだったね!」


フィルは、屈託なく笑ってわたしの手を引いた。

「そんじゃ、いこうか」


わたしは振りほどく。

彼女は驚いた顔をした。

「狙われるよ?」


「なにに」


門にもたれながら、えーっとね、と胸ポケットを探ったフィルはやがて、生徒手帳を取り出して、校則の書いた最初のページを見せつけた。

「独りは禁止」


ばーん、と書かれた一言に、わたしは打ちのめされそうになるが、辛うじて虚勢を張った。


「大袈裟だなぁ……」


「おーげさじゃないよ、クローンによる襲撃は、各地で起きているんだから」


「だって、私たち純血とは相容れないってだけの話で、殺害だとか傷害だとか。リアクションが大袈裟すぎない?


いまいち現実味無いよ。

極力関わるのをやめようって発想、できないのかな」


「それが出来れば苦労しないよ、クローンだけに」


「やかましいわ」



改めて言う。


「でも殺害の問題は一部のクローンたちだよ。みんながみんなだったら全滅してる」


この社会が築かれて、もう10年経とうとしている。


「クローンを、古来の原種に出来たらいいのにね。自分に自信が無いのかも……」


フィルがどやっとしながら、門の奥へと進む。

自信というか、病の関係じゃないだろうか。



「フィルはありそうだね」

「妬むほどに理想との距離は遠くなっていきますから」


「どゆこと?」


「真逆のことをしてる時点で、別人証明じゃない? 相手が好きなものを嫌いだったりとかー。嫌いなものが好きな時点で、あり得ないんだよ、重なることは」


「確かに」


「殺したって、傷つけたって

露呈するのは違いだけなのにー。遠くなり続けてるのに」


何がしたいんだろ。

フィルは、青空をぐいっとあからさまな見上げかたで見てから、また歩きだした。

わたしにもフィルが何をしたいかはわからなかった。





 教室で進路をどうするかという内容の授業を受けながら、うちは進学は無理だなぁ、と考えた。



父親は『死んだ』と聞かされている。

残された母は頼りない。

姉は気に負うこともなく進学していたが、


わたしは、姉を行かせたぶんお金が危ういのよ、と圧をかけられている。


しかも、母は最近はご近所での盗難騒ぎのせいで気が弱ってその愚痴ばかりを言うので、数少ない貯金が盗まれたらそれこそ、気落ちして頼るものもないだろうし、私をこんな状態で学校に行かせたら後悔するだろう。


自力で稼ぐほどの時間が欲しいなら通う場合でさえないし、いつでも通える。

ぐるぐる考えると、混乱しそうだ。

 安いところならどうにかなるかもしれない、と思うものの、もしかしたら毎日のように愚痴を聞かされると考えたら、きっと罪悪感しかわかないし、重い気持ちになって楽しく通えないと思った。


ただでさえ『この身体』だし……

どうせ、変なのにつきまとわれたり嫌がらせされてしまうだけ。


肩書き重視の年寄りは放っておけばいいだろう。たぶんそれしか誇りがないのだ。


いいなぁ。長男長女は、とこういうときは思う。



なんだか恐怖に支配されていたら、ツンツンと、シャーペンの先で、隣の席のフィルがつついてきた。


「みてみて」


「ん?」


あの子、と、後方を指差され振り向くと、そこには水色の髪の子がすやすや眠っていた。

授業中だよー。

「どうかしたの?」


あどけない表情の残る、可愛らしい子だった。


「家族が随分前に、両方亡くなったらしいよ。純血狩りで」


「そうなんだ」


「そうなんだー、って、軽いな」


「だって、どうしようも、ないじゃない」


本人以上に悲しむのは、なんの得にもならない。


前向きに考えたかったのに、周りが引きずってしまうこともあるし……


下手に反応すべきじゃない気がする。

わたしだって、昔事故に巻き込まれたとき、おしかけたひとたちに迷惑した。


「夜中まで働いてるから、学校では寝てるんだってさ」


「大丈夫かな、先生に怒られたり」


 そこ! とリライト先生が私たちを指差した。

彼は、格好いいと評判な担任の先生だ。

程よい長さの色素の薄い髪と、綺麗な目をしている。


「ちゃんと聞いとけよ?」

「はーい」


「すみません」


フィルと一緒に謝ると、前の席にいたキャンちゃんたちが、くすりと笑った。


黒い髪、雪のような肌をした双子で、二人でひとつみたいにいつも隣同士で座っている。


言い忘れたが、このクラスは全員が純血だ。

孤独、をかき集めたって感じ。


と、いうのも、ここは小さな地域。

狩りが少なかったため、都会の方と比べたら必然的に、この町の純血は多く生き延びている。


そしてクローンと共学になるより前は、完全にその生徒たちの教室だったらしい。今は、クラスが分かれているのだった。

「んぅ……」


 少しして授業が終わると、寝ていたその子……狩りの被害を目の当たりにしたという噂の少女は目が覚めて起き上がった。

そちらを見ていたから、目が合ってしまう。


「あ、おはよう」


「おはよう」


慌てて挨拶すると、まんまるの目でじいっと見ながらわたしに首をかしげた。


「哀れまないひと、久しぶりに見たよー」


「哀れむって、なんのこと?」


「ん? 知らなかったっけ。早速うちのこと、クラス中の噂になってたもんだからさ、いいや。知らないならー」


かいつまんだ部分ごとには知っているけれど、わたしは答えずにいた。

この子は両腕に包帯を巻いている。

たったそれだけなのに、どことなく何かがわかった気になりかけて。


「純血は、いろいろ、あるから」


ただ、曖昧なことを言う。


「あるよね、私メイルっていうんだ。よろしくね」


彼女は儚い笑顔でふふ、と笑う。


「ツルナだよ」


「ねぇ、ツルナ。戦いって好き?」


「戦い?」


なぜそんなことをと思ったが、もしかしたら両親の件に思うことがあるのかもしれない。「あんまり、好きじゃないな……戦闘機とかも、個人的には趣味じゃない」


少なくとも、包丁萌えをするとか、銃器が可愛くてたまらないだとかは、一部の人間の話だ。


「物語の主人公が乗ってるのとか、そんな、感じ。どこか違う世界の話みたいだから、というか……うん。そうだな。


戦い自体は嫌いじゃない。

いさかいは趣味じゃない。極力、争う気はしないね……武器を見て怯えるのと同じ反応をするよ、愛着がなければ」


「私は、戦うしかないの」

メイルは意味深な言葉を呟いて、寂しそうにした。教科書をごそごそと机にしまいながら、わたしはその意味を考える。

その間に、質問が返ってきた。


「何がすき? きらい?」

「わたし、は」


何が、好きなんだろうと少し悩んでから答える。

「わたしは、わたしのことを、あまり、覚えていないの」



ちなみに、これを答えたときの家族の反応なら覚えている。

「つまらん冗談を言うな」だ。

記憶喪失は、わりと漫画か何かの話としか思われないのかもしれない。

「私は、戦うしかないの」

メイルは意味深な言葉を呟いて、寂しそうにした。教科書をごそごそと机にしまいながら、わたしはその意味を考える。

その間に、質問が返ってきた。


「何がすき? きらい?」

「わたし、は」


何が、好きなんだろうと少し悩んでから答える。

「わたしは、わたしのことを、あまり、覚えていないの」



ちなみに、これを答えたときの家族の反応なら覚えている。

「つまらん冗談を言うな」だ。

記憶喪失は、わりと漫画か何かの話としか思われないのかもしれない。




 なんにもわからなくなったあの日から外にまともに出歩かなくなっていた。


 生活に必要なことは覚えていたみたいだけど、部屋に戻ったとき、昔好きだったらしい漫画も、意味がわからないものに見えてすべて売ったし、好きだったお菓子も、ただの砂糖の塊にしか見えなくて吐き出していた。目に映るすべてが、悲しい。



部屋には、ほとんどものがない。

あるのは、わずかな本、そして参考書くらい。

これといった娯楽は、これといって必要に思えなかった。


自分が誰かくらいは覚えている。

他人が誰なのかは、よくわからない。





「何が辛かったかは、当時の自分しかわからないと思う。でも、だからこそ、秘密にしておいてあげたいんだ」


メイルはうんうん、と小さく頷いた。


「そうだよね。根掘り葉掘り聞いたって、楽にならないもんね」


「うん……」


と、そのとき。


『私たちと同じように生活する、彼らの生体としての綴りはclone であり、炎症を起こすCrohn病

とは違うものです』


横で、さっき聞いた授業内容が流れてきたと思ったら、イヤホンを付けたフィルが、隣から謝った。

「ぬけちった、ごめーん」

手に、プレーヤーを握っている。

「いいよ、おさらいね」


わたしは頷いて、今日ならったところを教科書をなぞるように口に出す。

「cloneの語源は?」


「ギリシア語で、小枝の意味から」


フィルは、さすが、ばっちしなようだ。


「Crohnは?」


私は聞き返されて、迷った。えっと……


「あのね、人のお名前」


横からメイルが教えてくれた。


「そっか、ありがとう!」

「ううん」

 やがて生徒たちがぞろぞろと廊下に向かい始めたので、わたしたちもと立ち上がった。


「次はなんだっけ」


「次? 今日は解散だよ」

横にいた小柄な男子生徒が小馬鹿にした態度でひらひらと手を振った。

目にも止まらぬ早さで走っていく。


「早っ」


「あの人、知ってる?」


メイルがフィルに聞いた。

「たぶん……分かれたとこの子ね。見覚えがある」


「わかれた?」


「フィルローグと、ロデナリークロードはひとつの家だったんだけど、純血派と混血派で分かれてしまったの。まぁ遠い親戚かな」


「そうなんだ……」


 なんだか意味深なため息とともに、メイルがじっと走り抜けた背中の方向を見つめていた。

知り合いなのだろうか?

「どうか、した?」


「ううん。あのね、なんだか、知り合いな気がして」

「そうなの?」


「気のせい、きっと」


ぎゅ、と腕に巻かれた包帯を掴んでメイルが俯く。


私たちも帰ろう、とそろって外に出たときだった。

突如目の前の廊下のガラスが一部砕けた。

中から人では無い何かが出てきて這い上がって来る。

ぼやっとした黒い塊。


「逃げよう」


誰かが言った。


 わたしたちは慌てて下へ向かって進んだ。

なんどもぐるぐると回るので、途中からは、やや目が回って来ていた。


「うぅー……」


意外にも、最初にバテ始めたのはフィルだった。

「気分がよくない」


「が、がんばって」


ちらりと振り向く限りでは、まだ黒い塊は、こちらまで来ていない。

なぜだろう。少し汗をかいてきていた。


なぜ追ってくる?

どこまで。



きっと今はよくても時期に、追い付かれる……



「いい加減にして。

さすがに物理的な侵入と損壊とあっては言い逃れられない」


階段を降りきった辺りで、私たちが疲弊して少し休んでいるうちに、メイルがぴたっと足を止めて突如呟いた。


「まさか校舎の中にまで入るなんて、礼儀というものがないよ」


そう言うとすぐに、腰につけていた短剣を握りしめた。


 なんで持っているんだろう、とわたしがフィルに聞こうとしたのに、フィルもにやにやしてメイルを眺めている。


 やがて黒い塊は、こちらに追い付いて来たとたんにメイルに「待ってた」と切られて、消えた。

煙みたいに、溶けた。


勝負はあっという間だった。


「えっと」


「今のは、雑魚だったから、平気だよ」


メイルはにこっと笑って、手をはたいた。


それから、まるで言い聞かせるようにわたしの方をじっと見つめて言う。


「校則にもあったようにね、此処は、独りで行動しちゃだめな場所なんだからね?」


「なんで……というか、あれは、何?」

遠くから、悪魔だ! と聞こえてきた。


きょろきょろ、辺りを見渡すが、指をさされる位置なのは私たちしかいない。


「悪魔だ! 悪魔が来た」

「悪魔が来てるぞ」


戸惑っていると、フィルがだるそうに言う。


「純血のこと、悪魔って呼ぶ人もいるの。

悪魔みたいな人なんて、混血にも何人いるんだかって感じなのに」


そうか、一階は合同だ。この校舎は混血の人と同じフロアを経由してから、前と後ろ、それぞれ違う館へ向かう。

どちらが前で後ろかは意見がわかれるところだ。 つまり、さっきは純血の人をよく思わない生徒たちらしい。来た道を後ろに下がる形、つまり、くるっと方向転換するように曲がってから、わたしたちは外へ出た。


フィルがどことなく、青ざめたままだった。


「大丈夫?」


「まあねー。でも、早く帰った方がいいよん」


 おどけているけれど、なんだか、どこか無理しているような気がする。フィルはどことなくお姉さんっぽさがある雰囲気だけれど周りに気を遣い過ぎる気がする。


「でもね、独りには、ならないこと」


みんなが繰り返す、このルール。わたしは内心逃げたい気持ちでうなずいた。


「フィルは」


「保健室寄ってくよ」





 寮に入っている私たちは、我が宿舎へと急ぎ、それぞれ自分の部屋に向かった。

外観は特に目だった点もなく、学校の隣の山に、古びたアパートがある、くらいなものだった。


廊下を歩きながら「メイルは、どこの部屋?」と聞くと、メイルはあそこだとわたしの部屋の隣を指差した。


「同じ学年、傾向が近いようにならんでるみたいだよ」


「傾向?」


「良かったぁ……」


メイルは、ほっとした表情で部屋に戻って行った。なにがよかったのか、わたしには、よくわからない。





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