ストックフィリア
帰宅途中で黒い影におわれた生徒がいることや黒いマントを身につけたストックフィリアによる寮への襲撃があったこと。
そして幽霊先生によれば寮や校舎の結界が緩んでいたこと。
このことがクラスメート間で話題となった。
リークロード君がどし、っと椅子に座り偉そうな態度で、メイルちゃんと私に説明しだす。
「まずな、結界には血液反応によるプロテクトがある。
これを偽るには、
別の血を混ぜる、皮膚に埋め込みごまかすか」
メイルちゃんがささっと続きを言う。
「血に惑わされない術者を雇うことが考えられるかなー」
むっとしながらリークロード君がさらに付け足す。
「まあ術者だろ。埋め込みはリスクがある」
ここは、教室だ。私たちは帰宅を許可されないままにその一室にいた。
「もうひとつあるわよ」
「ええ、あるわよ」
横から声。双子のキャンちゃんたちが、机に近づいてきた。
「管理者になればいいの」
「管理者?」
「または、あやつればいいね」
管理者を操るか、
管理者になるか、
それか術者を雇う。
私は頭の中で復唱する。
「メイルちゃん」
「なに?」
「フィルはなぜ来ないと思う」
「なにか、トラブルに巻き込まれたから?」
リークロード君が言う。
「あぁ。結界の管理者のひとつがフィルローグ家だな。純血を守る委員会……サクラクラ会の一人。
うちの教頭だよ」
サクラじゃない!
私が言うと、リークロード君が微妙な顔つきで答えた。
「サ・クラクラ会だよ。でもそろそろ変えようって話になってるみたいだぜ。
桜とややこしいからな」
最終決定用の書類に
ザ、とつけようとして、濁点を書き忘れたとか、奪われたといういつわがあるらしい。
「あぁ、そう……」
リークロード君の家は、ストックフィリアの討伐隊らしい。
フィルの家の分家さん。
「なるほど、教頭から『結界薄め薬液』を渡されたのかもしれない」
メイルちゃんが考え込む。それは血液反応を弱める薬らしい。
それはストックフィリアによる無理矢理なつがいなどでダメージをおった場合、
体調不良の原因となる混血の血抜きとして本来は用いられる薬品で、劇薬だった。
病気におかされていることや、安く手にいれたいこと、管理者の力添えがほしいとか言って、うまく丸めこむことは出来なくはないかもしれない。
「だが……誰が、なんで」
「そこがわからないよね」
キャンちゃんたち、ツインズが顔を見合わせる。教員たちはまだ、教室には来ない。
結界をゆるめさせ、ストックフィリアを呼ぶ……
考えられるのは、私たちに偏見があるクローンクラスの人たちなら、殺したいとか思うかも。
「そこのトップは?」
「北国の、エアリア家とかあの辺だろう」
メイルちゃんの質問に、リークロード君が答える
「ラコちゃんのお家だー」
「だね。ラコちゃんだ」
キャンちゃんたちが二人で楽しそうにうなずきあった。
ラコちゃんとは、クローンクラスの、
容姿端麗!成績優秀!あとお嬢様!
らしい。
「愉快な子だよ!」
「愉快だよね!」
……
◆
いやな、夢をみた。
◇◆
「貴方は、生きている限り私によって『ストック』される!」
それを、言いながら、そのかたは愉快そうに声を上げていた。
結界が緩みそうな今が、逃げ出す最後のチャンスだったというのに。
そのために、辛うじて声をあげたというのに。
「マイ、何を、する気なの……?」
「私は、貴方になるのよ」
よくわからない。
「行きましょ、タカナ」
マイ、はタカナと呼ばれた太眉で長い前髪の男に声をかける。
旧校舎の中には、ほとんど、誰も来ない。倉庫のなかも。
結界だけは健在で、私はここから出るすべがなかった。
だから。
『今』まで待ったのに。
なのに。
まって!
私は、彼女が今から持ち去ろうとしている封筒へと縛られて届かない手を伸ばした。
「それは、その本は、お姉ちゃんの遺品なの……! せめて、置いて行って」
マイ、は笑顔で告げる。
「あ。タカナの名前を書いちゃった☆」
消せないインクペンで、皮表紙には、深々とその名が刻まれた。
「――――っ!」
名が刻まれると、
『お姉ちゃん』が、本からはみるみるうちに消えてしまう。
「返してあげようか。もう名前書いたし」
ぴらぴらと揺らして見せられたそれは『効力』をなくした、ただの本になっていた。
『お姉ちゃん』は、居なかった。死んでいるのに『本』からも、上書きされた。
もう、居ない。「タカナ、なにか言ってやりなさい」
「ずっとそれ羨ましかったんだよ!
やっぱ、楽するに限るな。この『本』があれば、俺はひもみたいなもんだ」
私、はぼんやりと、現実を把握しようとした。
「まあ、お前は他の契約を探せ」
それは、ならないことだった。
『この本』でなければ、だめなのだ。
私でなければ、いけないのだ。
その血を含めてある。
私にしか馴染まないのだ。
「勝手に書き換えたりして。
どんな暴走を、起こしても知らないわよ」
「負け惜しみ?」
マイがにやにやと笑った。
――彼女たちは知らなかった。
この契約者を曲げる行為が後に、死者を生む呪いを司ること。
結界を薄めるための液は、どうにか旧校舎にあるものを使った数滴しかなく、ラストチャンスだった。
マイとタカナが出ていった後、ご丁寧にはりなおしたから、私は、もう出ることはない。
結界はさらに厚くなっていることや、契約者とされている『本』に身体が引っ張られるせいで、他の『本』との契約も不可能だ。
タカナたちが手放すしかすべはなく、やはり生きた屍だった。
偽った契約者が、ばらまいて行く『それ』は、
『血』で作られているというのを、私は呆然としていたために伝えることさえ忘れていた。
我に返ったときにはすでにタカナとマイは『呪い』をばらまく装置と化しているようで、校舎には黒い影があちこち出没しては、私をちらりと見て、どこかに向かっていく。
体力だけが、私の血を源として『呪い』を引き出して削られていく。
体力を削られるせいで結界からまともに出るすべにさえ頭がいかない。出られたところで、マイたちに邪魔されたら即死だろう。
「く……」
歩き疲れてどしゃ、と転びながら、足元の埃を払う。何時間、こうしてるんだろう。
「せめて、契約者を、変えさせなくちゃ……呪いの本と化したあれを使うのを、やめさせ、ないと……」
でも私に何が出来るんだろう。ふらふらした頭でぼんやりと考える。
体力が戻れば。
契約が変われば。
結界を壊せれば。
どれを選べば良いのだろう。少なくとも、ラストは期待出来ない。
ここは誰も来ない場所だから。
だけど、生きている限り搾取され続けるなんて嫌だ。
……生きている、限り?




