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彼女がチャラ男と浮気。別れたらロクな男が寄ってこなくて「やっぱり俺と結婚したい」と言って来てももう遅い!~俺はお前と同じアプリで出会った貞操観念のある女性と幸せになります~

作者: 高山京一

 



 平社員天野勉(あまのつとむ)は、彼女の恩田裕子(おんだゆうこ)と同棲していた。


「遅いな、何時まで女子会という名の飲み会してるんだよ。」


 勉は時計を見ると、ひとりしかいない部屋で不満を漏らした。


 ピロリン♪


「お、やっと帰ってくるのかな?」


 スマホを確認すると、彼女の友達から画像が送られてきた。


 そこには茶髪のチャラ男とラブホテルに入っていく彼女がうつっていた。


「は?」


 勉は素早く画像を保存。


 彼女の友達に「保存した」って送信したら消えた。


 彼女に「今どこ?」「今なにしてるの?」とメッセージを送ったが、返信はなかった。


「ふざけんな!」


 彼はドスドスと足音を立てながら寝室に向かった。




 翌朝、朝帰りした彼女は悪びれもせずにこう言った。


「酔ったから友達の家で寝ちゃった。ごめんね?」


「嘘つくなよ。」


「やだ、嫉妬してるの?女友達だよ!」


 勉は裕子の眼前に浮気現場の画像を突き付けた。


 笑顔だった裕子の顔はみるみる般若の形相に変わった。


「なにこれ!だれが撮ったの!?誰が送ってきたか言えよ!!」


 裕子は汚い言葉で勉をののしりながら胸ぐらをつかんだ。


「別れよう。汚い言葉を使うのは酔った時だけかと思ったら違うし、もう付き合いきれない。」


 それを聞くと素早く手を放し、彼女は猫なで声で甘えた。


「チッ…違うよ~!私たち、もうすぐ結婚するじゃない?だから独身最後だと思って~~、不倫よりはよくない?」


「荷物まとめて出て行けよ。」


「は~~~ぁ?お前、酒も飲めないしつまらないんだよ!死ねよ!!」


 彼女は適当に荷物をまとめると出て行った。


 勉は裕子と交際3年目、彼女の両親の連絡先も知っていた。


「両家の親に浮気画像送信っと。」


 すぐに彼女の親から電話がかかってきた。


 彼女の父親が平謝りし、母親が荷物を取りに来るという話になった。


 勉の両親からは「結婚はやめておいたら?」と言われただけだった。




 裕子はファーストフード店に入ると、スマホで犯人を捜した。


「私の彼氏に変な画像送ったやつ、誰だよ!!」


「画像ってなに?」


「スタンプ?」


「昨日、私だけモテたからって(ひが)んでんじゃねーよ!!」


「浮気がバレたの?」


「私たちのせいじゃなくない?」


「浮気は良くないと思います。」


 女子会のメンバーが盗撮して彼氏にバラしたくせにとぼけてくる。


「ふざけんなよ、クソが!!」


 土曜日のファーストフード店に裕子の声が響いた。


 子ども連れの客たちから、白い目で見られた。


 父親から電話がかかってきた。


「母親が彼氏の家に裕子の荷物を取りに行っているから、お前は電車で帰ってこい。」という内容だった。


 両親を味方につけたくて、勉に言った言い訳をくり返したが信じてもらえなかった。


 裕子は仕方なく実家に帰った。


 父親にはくどくどとお説教されて最悪だった。


「天野くんのような優しくてしっかりした男性はいない。酒を飲んで暴れるお前にはもったいないくらいなのに、なに浮気してるんだ!もう結婚は無理だぞ?!」


「うっせぇわ!別れるためにやったんだからほっとけよ!!」


「待たんか、裕子!!」


 裕子は走って自分の部屋に入った。


「なにあれ!暴れたことなんかないし!!」


 スマホを取り出すと、出会い系のアプリを探した。


『価値観、完全一致―――!』


「価値観?たしかに勉とは合わなかったな。酒飲めないし面白くないし真面目すぎ!」


 そのアプリは、SNSや位置情報、検索履歴に紐づけしてAIが価値観の合う相手を教えてくれるというものだった。


 他にも、自分のプロフィールにある価値観を使って、同じ価値観の相手を検索することができる。


「自分に合う相手欲しい~!せめて一緒に飲める人!」


 裕子はすぐにダウンロードし、自分に合う相手を探した。


「お酒飲める人いっぱいいるじゃん!会える距離の人に限定して…」




 そのころ、勉も同じアプリをダウンロードしていた。


「酒を飲まない人で探してみよう。…結構いるんだな。」




 裕子はアバターづくりにハマっていた。


 このアプリはアバターが作れてファッションアイテムが課金できる。


「めちゃくちゃ可愛くなった!」


 白いレースがふんだんに使われたウエディングドレスを着た金髪のキャラクターだ。


「素敵な結婚相手を見つけてやるんだから!」


 笑いながらベッドに寝転がっていると、母親が入ってきた。


「あなたの荷物、車から運んでちょうだい。」


「えー、面倒くさい~!」


 母親は私を無視して大きなため息をつくと、そのまま一階に降りた。


 裕子はしぶしぶ車から荷物を二階へ運んだ。


 洗面用具などを置きに居間を通ったが、両親は二人でテレビを見ていた。


 何も言わず、嫌な顔もしなかった。


「慰めるとかないわけ?サイテー!」


 部屋に戻ると、SNSの裏アカウントで愚痴をつぶやいた。




 実家に帰って、数日がたった。


 母親が会社帰りに買い物を頼んできたので、裕子はスーパーマーケットにいた。


「あれって…」


 女子会で一緒だった女友達の杏奈(あんな)が、彼氏と一緒に買い物に来ていた。


「……んんっ!……んんっ!」


 裕子は、わざと咳ばらいをしながら杏奈のそばをウロウロした。


 彼氏は気づかず、杏奈は一瞬こちらを見たが気づかないふりをして、わざと彼氏と楽しそうに会話をし始めた。


「なにあれ!『私の方が幸せです』アピール!?キモッ!!ブサメン彼氏のくせに!」


 すごすごと逃げ帰った裕子は、自分の部屋で悪態をつくと裏アカウントで愚痴をこぼした。


 新しく始めたアプリ『価値観完全一致』から通知が届いた。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


 なるみは裕子のハンドルネームだ。


「え~、だれだれ??」


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ内容をつぶやいています!』


 裕子の裏アカウントのつぶやきが表示されている。


「うそ!裏アカウントまで紐づけされてるの?なんで?!」


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ行動をとっています!』


 それは、裕子がスーパーで杏奈のそばをウロウロしていたときの位置情報だった。


「どうしてこんなに正確な位置が表示されてるの?紐づけされているのは、普通のマップアプリだよね…?」


 裕子が気味悪がっていると、メッセージが届いた。


【初めまして、オケラです。なるみさんって結構毒舌なんですね。しかもストーカーとか終わってる。】


「は?なんだこいつ。」


 怒りに火が付いた裕子は、即座にメッセージを送り返した。


【仕事の愚痴をこぼしただけです!マップの方は友達を見かけたので話しかけようとしたけどやめただけでストーカーではないです。あなたはストーカーでしょうけど、私は違います。】


【仕事の愚痴なら、仕事の愚痴をこぼした人とマッチングします。僕は可愛い女の子のにおいを嗅ごうとしてました。なるみさんも女性に近づいたんでしょ?元カレの彼女とかですか?】


【本当に女友達です!】


【その彼女を、刺し殺すんでしょ?】


【違います!】


「なにこいつ!気持ち悪い!!」


 再び、スマホの通知音が鳴った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、隆史さんも同じ行動をとっています!』


 裕子が女子会をしていた飲み屋の位置情報とSNSの投稿が表示されていた。


【一緒に飲みませんか?】


「やった!一緒にお酒が飲める!!」


 聞いてみると、裕子が女子会をしていた飲み屋にいるようだった。


【私もそのお店好きなんです!ちょうど近くにいるので寄ってみようかな?】


 そう言うと、全力で階段を駆け降りた。


 母親が「どこ行くの?もうすぐご飯よ!」と怒鳴ったが、無視して家を出た。


 電車の中でメイクを直しながら2駅移動すると、居酒屋の近くで息を整えた。


【隆史さん、どこに座ってますか?】


【奥の方です、ビールのポスターが貼ってあるあたり。】


 やった!チャラそうだけどブサメンじゃない!!


「隆史さんですか?」


「ハイ!なるみさん?遅かったですね。」


「実は…ちょっと怖くて、お店の近くをウロウロしていたんです。」


「アプリで知らない人に会うんだから、無理もないですよね。しかもこんなチャラ男!」


「いえ、隆史さんは素敵ですよ。あっ、レモンサワーください。」


 隆史とのお酒は楽しかった。


「彼氏いるの?」


「いたら、マッチングアプリなんてやりません…。」


 そして裕子は、隆史と肉体関係をもつと「明日も仕事なので、失礼します。」などと言って帰った。


「彼氏がいないと気が楽だな~、そのうち勉からヨリを戻してほしいとか言われたりして!」


 裕子がニヤニヤしていると、あの通知音が鳴った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


 裕子と価値観の合う人間が何人も現れた。


 それを見ると、裕子は優越感に浸った。




 金曜の夜、裕子はまた女子会をしていた。


 この日はスーパーマーケットで無視してきた女友達はわざと誘わなかった。


 もちろん、裕子は楽しそうに彼女の悪口を言いまくっていた。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


「あー、この人いい!」


 裕子は酒を飲み、女友達の悪口を言いながらアプリを見ていた。


 アプリを使って男と合流した裕子は、女子会の女友達を完全に無視して男と話し続けた。


 裕子はその男とも肉体関係を持ち、ラブホテルに泊まって朝帰りをした。




 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、レベル100さんも同じ内容をつぶやいています!』


 また裏アカウントの発言が表示されていた。


 最初は腹が立ったが、勉は裕子が愚痴を言うと不機嫌そうに聞いていたので、一緒に悪口が言える男性もいいなと思った。


『自分の悪口を言わないか』は重要なので、慎重に連絡を取り合った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


 また通知が来た。


『○○時〇〇分、ヴィレッジさんも同じ行動をとっています!』


 会社の同僚と行った飲み屋の位置情報が表示された。


【二人で会えませんか?】


 自分からメッセージを送った。


 30歳が近づいている裕子にとって、出会いは多いに越したことはなかった。


 平日の夜に食事に行くことにした。


「なるみさんですか?ヴィレッジです。」


 ヴィレッジは、とても紳士的で優しかった。


 仕事の愚痴や、元カレや友達の悪口を言っても笑顔で聞いてくれた。


 しかも、小さな顔に大きな瞳が印象的なイケメン!


 裕子はすっかり舞い上がった。


 肉体関係を持とうとしたが、その日は断られてしまい、家に帰った。


「ヴィレッジさんくらいのイケメンと付き合えば、女友達に自慢できるし、勉とか泣くんじゃないの?」


 酔っていた裕子は、自室でゲラゲラと笑った。


【イケメンと付き合うことになりました~!】


 彼と一緒に写った自撮りを女友達と勉に送信した。


【それってこの人?】


 女友達の一人から、ヴィレッジさんと他の女が写っている自撮り画像が送信されてきた。


【なにこれ、昔の写真?】


【先週、友達から送られてきた画像。】


【ただの飲み仲間でしょ!】


「私がイケメンと付き合っているからって僻んでんだろ!!ムカつく!!!!」


 裕子は飲み仲間だと勝手に決めつけて会話を終わらせた。


「ヴィレッジさんを狙ってる女が他にもいるのか。さっさと恋人にならないと…」


 裕子はスマホを握りしめると『価値観完全一致』アプリを起動した。


【ヴィレッジさん、こんばんは~!】


 裕子は、すぐにヴィレッジと会う約束をした。


 彼をすぐにでも手に入れなければと焦っていたのだ。





「乾杯!」


「ヴィレッジさんて、こんなおしゃれなバーもご存じなんですね~~。」


「本当?うれしいな。なるみさんを連れてきてよかった。」


「私もうれし~~~い!」


 裕子はその日、彼と肉体関係を持った。


 彼女になりたかった裕子は聞いた。


「私たち、付き合ってるんだよね?」


「友達からでいいかな?」


「え、彼女いるの?」


 裕子はいかにも傷ついた顔をし、目に涙を浮かべた。


「彼女はいないけど、今は誰とも付き合えないんだ。」


 裕子は、もらった画像の女と付き合っているのか聞こうかと思ったが、嫌われるのが怖くて黙っていた。


「また会ってくれる?」


「もちろん、俺だってなるみさんに会いたいんだよ?」


 抱きしめてキスをされると、不安は薄らいでいった。




「はあ…」


 しかし、ヴィレッジがそばにいないと不安がこみあげてくる。


 寂しくて電話をかけてしまったときは、裕子も「終わった」と思ったが、ヴィレッジは嫌がるどころか優しく慰めてくれた。


『今はつらいけど、きっと恋人同士になれるはず』と信じて、何度もメッセージを送った。


「狙う相手が一人だから不安になるんだ。」


 そう言うと、アプリを使って隆史に連絡を取った。


【隆史さん、また飲みに行きませんか?】


【いいですよ!いつにしますか?】


 ウエディングドレスのなるみのアバターと、金髪黒スーツにドレスシャツの隆史のアバターが楽しそうに笑っていた。




 隆史と2度目の飲み会をした。


 ベッドの上で、裕子は質問した。


「隆史さんって30代ですよね?結婚とか考えてますか?」


「結婚か~……うーん……うーん……いい人がいたらしたいかな~?」


「え~、本当に?私とかどう?」


「まだわかんないな~、もう少し付き合ってみないと。」


「そうですよね~。」


 裕子は『ヴィレッジが駄目だったらこっちにしよう』と思いながら家に帰った。




 次の日、裕子はメッセージアプリで勉にメッセージを送ることにした。


「勉にも、一応その気がある態度をとっておこう。」


「イケメンと付き合う」という自撮り画像を送ったことなど、裕子の中ではすっかりなかったことになっていた。


【久しぶり~、そろそろ寂しくなったんじゃない?】


【イケメンの彼氏はいいの?】


【また勉と付き合ってあげてもいいよ?】


【彼女がいるので結構です。】


【は?二股かけてたの?最低!】


【違うよ、最近はじめた『価値観完全一致』っていうアプリで出会った子だよ。】


【どうせロクな女じゃないんでしょ?】


【すごくいい子だよ。】


【嘘!私もそのアプリ使ってるから分かるし!!】


【もう連絡してこないでください。】


【言われなくてもしねーよ!!】


 こんなに早く、勉に新しい彼女ができると思っていなかった裕子は怒り狂った。


「彼女ができたとか絶対ウソ!!イケメンと付き合ってる私への当てつけでしょ!!!画像もないし!!!!」


 自分で自分を納得させると、ヴィレッジに『元カレに彼女ができたって嘘つかれて、お前には彼氏ができないってバカにされて傷ついた』と『価値観完全一致』アプリで相談した。


 運が良ければ『じゃあ、僕と付き合う?』と言われると思っていたが、何もなかった。


 ウエディングドレスを着たなるみのアバターに、黒髪パーマのおしゃれなアバターが手を振って会話が終了した。


「ヴィレッジさんと結婚出来たら、絶対にみんなを見返せるのになぁ…。」


 裕子は怒りを裏アカウントに殴り書くと、眠りについた。




 アプリで連絡を取り合って、良さそうと思ったレベル100と実際に会うことにした。


「え…?」


 待ち合わせ場所に現れた男性はデブなおじさんだった。


『事前に送信してきた顔写真は学生時代の写真ですか?』と思うほど違った。


「なるみちゃーん!ごめんね、待った?」


 裕子は真顔でこう思った。


『なんでいきなりちゃん付けしてんだよ、このデブ!!』


「アレレ~~ェ?怒っちゃった??初デートで遅刻は良くなかったよね!!メンゴメンゴ!」


『デートじゃねーし!こいつ自分はこれから女とデートで~~す!ってアピールしたいだけだろ!!』


 裕子はいかにもショックを受けた様子でこう答えた。


「デートじゃないです!デートだと思っているなら帰らせていただきます!!」


『これでお前が勘違い男だって周りの人たちにもわかったでしょ、ざまぁみろ!!』


「おい、調子に乗るなブス!30代ババアのくせに!!」


「は?20代だし!お前こそ40代だろデブ!!」


「俺だって20代だし!アプリの通知通り、マウント合戦してる女さんなんだな!」


「『価値観完全一致』なんだから、あんただって悪口言いまくってるクソ野郎でしょ?!」


「はぁ…まあ、そうですけど…。とりあえず腹減ったんで、飯食います?」


「ハー…、今度ふざけたこと言ったらなぐるよ?」


「わかった、わかった。」


 ニタニタ笑いながら、レベル100は歩き出した。


 レストランにつくと、他人の悪口で盛り上がった。


「その友達、杏奈?杏奈はさ~『連れている男の価値が自分の価値。男も連れていないお前は自分よりも低ランク。』とか思ってるんだよ。」


「本当にそれ!あいつ頭おかしいからさ~~。」


「そいつの写真ないの?」


「はい。」


 スマホで女子会の時の画像を見せると、レベル100は急に手のひらを返した。


「美人じゃん!紹介してよ!!」


 裕子は嫌そうに答えた。


「いや、彼氏いるし。」


『こんなブサキモおじさん紹介したら、私がみんなの笑いものにされるでしょ!』


「そっか~~」


 残念がるレベル100に裕子は言った。


「杏奈は美人だけど性格悪いよ。自分のこと美人だと思ってるし、色んな男と遊んでる!」


「え~、俺とも遊んでほしい~~。」


「性病うつるよ?ビッチビッチ!この画像も厚化粧と画像修正だし。」


「な~~んだ!じゃあ、なるみちゃんの方が美人だね。彼氏とかいないの?」


「候補は何人もいるんだけどね~…」


「彼氏はできない~…みたいな?」


「うーん…やっぱり、美人は近寄りがたいって言うじゃん?」


 そんなことを話していると、あっという間に時間が過ぎてしまった。


『恋人は無理だけど、悪口を言う仲間としてはちょうどいいから、また会ってやってもいいかな。』


 そう考えて、とりあえずキープしておくことにした。




「なんか、ロクな男がいないな…」


『価値観完全一致』で短期間にたくさんの男と会った裕子だったが、すぐに結婚できるような男はいなかった。


「すぐにヴィレッジさんのようなイケメンと付き合って、すぐに結婚できると思ったのに…。」


 自室に持ち込んだストロング系酎ハイを飲みながら、裕子は今日も『価値観完全一致』を起動していた。


「結局、勉が一番結婚できそうなんだよね…今まで通り女子会に行って飲んで、レベル100みたいなのに愚痴を言って、たまにヴィレッジさんみたいなイケメンと会えば完璧じゃない?勉は酒飲めないし、それくらいは許してくれるでしょ。」


 ズズズズッ…っと酎ハイをすすりながら、どうやって勉とよりを戻そうか考えた。


「よし、会社帰りに勉の職場前で待ち伏せしよう。」


 完璧な作戦だと思った裕子は、満足して眠りについた。




「勉!久しぶり!!」


 裕子は、勉の勤める会社の前で可愛い声を出した。


「お待たせ。」


 勉は笑顔で違う方向へ進み、裕子の知らない女と合流した。


『は???』


 勉の前には、暗い茶髪にロングスカートの女が立っていた。


「勉!その人誰!?」


 裕子と勉は親公認で同棲までしていた。


 それぞれの職場にも、2人が付き合っていることを知っている人はいた。


 裕子はそれをわかっていて、あたかも勉が浮気をしたようにふるまった。


 しかし、勉は焦るどころか冷たい目で裕子を見た。


「彼女はお付き合いしている女性だよ。」


「浮気したの!?」


「お前とは別れただろう?イケメンの彼氏に悪いから帰れよ。」


「あれは勉の気を引きたくてついた嘘だよ!」


 裕子は悲しそうな顔をして、悲劇のヒロインを演じた。


「彼女と付き合ってるから、ごめんね?」


 勉は半笑いの顔で裕子に謝ってきた。


「ひどぉぉぉぉぉ~~~~い!!」


 あざとい女子のポーズで目に涙を浮かべると、勉は素早くスマホを操作した。


「イケメンの彼氏って、どれのこと?」


 勉は、前回の女子会で肉体関係をもった男性との画像を見せてきた。


 可愛い子ぶっていた裕子は、また瞬時に般若のような顔になった。


「だれが撮ったの?!誰だよ!!」


 勉の職場から、中年の男性社員が出てきた。


 裕子は、即座にかわいそうな被害者の顔をしたが、男性はこう言った。


「そこの人、これ以上騒いだら警察を呼びますよ?」


「えっ、違うんですこの人たちが…」


 言い訳をしようとしたが、言い終わるが早いか男性社員はさっさと戻ってしまった。


「チッ…」


 裕子は、真顔に戻り、無意識に舌打ちをした。


 勉の方を向きなおると、生ごみを見るような目で裕子を見ていた。


「裕子、俺は決めたよ。」


「えっ、なに??」


 裕子は『自分と復縁してくれるかも!』と希望に目を輝かせたが、残酷な一言を聞くことになった。


「彼女と婚約する。君には接近禁止命令を出しておくから、彼女にも近づくなよ。」


「どういうこと?……待ってよ勉!!」


 この時の裕子の涙は本物だったが、勉は全く信じなかった。




 勉の職場から、泣きながら帰った。


 裕子はお風呂に入って考えた。


「これはもう、ヴィレッジさんと結婚するしかないよね。そうしないと、私があんな地味でブスな女に負けたみたいになっちゃう!美人と結婚できないからって勉のヤツ、めちゃくちゃ妥協しやがって!!」


 バスタブの中で、裕子は歯ぎしりした。


 寝る前に裏アカウントに愚痴を書き込むと、レベル100と会う約束をした。




「恩田さん、婚約したんでしょ?おめでとう!よかったわね~。」


 職場のおば様にそう言われ、裕子は硬直した。


「あっ…!」


 自分と勉が婚約した風を装おうとしたが、すぐに違う女性社員が駆けつけて言った。


「違うの、違う女性(ひと)と婚約したのよ…!」


 小声になっていない小声でそう言いながら、中年の女性社員を連れて行った。


「……。」


 遠くから女性社員の驚きの声が聞こえる。


 長く付き合い、同棲までしていた裕子は『勉が婚約した』と聞いた人たちに『相手は裕子だ』と誤解されたのだ。


 裕子はトイレの個室で壁を蹴りまくった。


「ふざけんな勉!!私に恥かかせやがって!!!」


 ガンガンガンガン!!


 トイレに入ろうとした女性社員たちは、全員そこから逃げて行った。




 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


 その後も、AIが価値観の合う相手をたくさん選んでくれた。


 その日、裕子はレベル100と酒を飲んでいた。


「元カレが『私と婚約した』って嘘ついた後に『本当は違う女と婚約した』って私の職場に言いふらしたの!!マジサイテー!!!」


 飲み屋の他の客から白い目で見られながら、裕子は大声を出していた。


「もう、俺と付き合っちゃう?」


「おじさんは無理。20代とか噓でしょ?「デブは顔にしわができないから若く見られる」とでも思ってんの?年相応にしか見えないよ。あと臭い。」


「確かに俺の方が年上だけど、俺たちってちょうどいい歳の差だよね?」


「いや全然!」


『ちょっと愚痴ったくらいで心を開いてくれたとか思ってんのか?!勘違いもたいがいにしろよデブス!!』


「でもほら、女の子って…年上が好きじゃん?」


「私は嫌いですねー。」


 ねっとりとした視線を送るレベル100に、裕子は棒読みで答えた。


「男を年齢で見るなよ!なるみちゃんだって売れ残りだろ?」


「違いますよ、彼氏いますし。」


「セフレ扱いしてくるイケメンだろ?絶対、相手にされてないよ!それより俺と結婚して子どもを産んでよ!出産のタイムリミットもあるし、早く決めて。」


「ふざけんな、このデブ!お前とは結婚どころか交際すらねーよ!!接近禁止命令出すぞボケェ!」


 接近禁止命令を出すと言われたのは、裕子の方である。


「怖ぁ…。そんなんじゃ誰も近寄ってこないよ?俺は浮気しないし、モテるけど恋人は君で最後にしてア・ゲ・ル…。」


 ドヤ顔で裕子に触れようとしてきた。


「ジジイ、何様だよ!死ね!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!」


 裕子は飛びのくと、バッグを持って走って逃げた。


『もう最悪!ヴィレッジさんに会いたいよ…。』


 アプリで連絡したが、隆史とヴィレッジは捕まらなかった。


 家に帰って、2人にひたすらメッセージを送った。


【今日、ただの飲み仲間だった男性に言い寄られて大変でした。】


【私にはあなただけなのに、このアプリで出会った他の男性にも誘われてて困っちゃう。】


【早くあなたと交際したいな。何なら、すぐに結婚してもいいよ。】


【セクハラされて本当につらいの、少しだけでも話せない?】


 いくらメッセージを送っても、2人から連絡はなかった。



「もう嫌だ!真面目に婚活して、今すぐいい男と結婚しないと…!」


 裕子は『価値観完全一致』をログアウトすると、婚活アプリをインストールした。




 週末、裕子は婚活パーティーに参加していた。


「ロクな男がいないよね?」


 裕子は男性と話さず、パーティーに来ている女性たちと仲良くなってグループを作っていた。


「なんかもう、メンバーが決まっちゃってて…。」


「いつも同じ人がいるよね。」


「あれとは付き合いたくない…。」


「結婚とか絶対無理…!」


 新しい女友達ができ、さらにパーティーに参加している冴えない男たちを馬鹿にできて、裕子はご満悦だった。


『ああ、いい気分!!最近ロクなことがなかったからスッキリしたわ。』




 数日後、隆史から『価値観完全一致』を通して連絡があった。


【返信できなくてごめんね。久しぶりに一緒に飲まない?】


「やった!婚活パーティーはデブ・チビ・ハゲしかいなくて最悪だったもんね。」


 裕子は鼻歌まじりに退社した。


「なるみさん、なんか交際したいとか結婚したいとかメッセージ送ってたけど、どうしたの急に。」


「ただの飲み仲間だった人に、急にプロポーズされて。断ったんですけど、しつこくて。もうストーカーみたいになってるんですぅ…。」


 プロポーズというよりセクハラで、それ以外は事実無根である。


「怖ぇぇぇ~~~、今日は飲もう!」


「飲みましょう、飲みましょう。乾杯!」




 ジリリリリリリン♪ ジリリリリリリン♪


 彼とラブホテルのベッドで寝ていると、充電中の彼のスマホが鳴った。


 画面を見ると【着信中:嫁】と表示されていた。


「嫁ぇ??!!」


 そう叫んだ瞬間、着信が止まった。


「あ……」


 目を覚ました隆史が気まずそうに裕子を見ていた。


「結婚してるの?!」


「あれっ…?言ってなかったっ……け?」


 隆史は目を合わさずに、ヘラッっと笑って言った。


「なんで不倫なんかしてるの?!」


「俺、イクメンなんだけどさ…」


 隆史は突然、語り始めた。


 嫁の親せきが死んで田舎に行った時だった。


 自宅葬で、男はずっと座って酒を飲み、女は男の世話と葬儀の準備に追われていた。


 隆史の息子は生後10か月、隆史は男たちのいる居間で「たかいたかい」をしていた。


 居間にいる男たちは「おお~、育児しててえらいな!」「イクメンだろ、イクメン!なぁ!!」と言いながら、ガハハハッと大声で笑った。


 隆史もそう言われて、いい気分だった。


 息子が泣きだし、原因がおむつだと分かった隆史は、女たちが集合している台所に向かった。


「オムツどこ~?」と笑顔で顔を出すと、女たちは褒めるどころか、全員が白い目で隆史を見ていた。


 隆史の妻は無表情で息子を受け取ると、さっさと荷物の置いてある部屋へ移動した。


 葬儀からの帰り、酔った隆史は妻に悪態をついた。


「お前、台所でみんなに俺の悪口言っただろ?!」


「言ってないよ…。」


 運転中の妻は、疲れた声で答えた。


「だってみんな俺のこと褒めなかったじゃん!子どもの面倒見てたのに!!」


「私が何か言わなくてもバレてたよ?みんな「あれ、普段やってないでしょ?」って鼻で笑ってたもん。実際に子育てしている人には、あなたがイクメンアピールしてるだけって分かるんだね。」


「そう言いやがったんだ、あいつ…!」


 隆史の怒りに満ちた顔を、裕子は怪訝(けげん)そうな顔で見ていた。


「奥さんと喧嘩したから不倫したの?」


「嫁は、もう女として終わってるんだよ。子ども産んで太ったし、化粧もしないし、子どもばっかり構って俺のこと構ってくれないし。性行為だって子どもが泣くとすぐにあやしに行くからしらけるし。」


「不倫してないで子育てしたら?」


 裕子は心底軽蔑した目で隆史を見た。


「不倫ができるほど、俺がモテてるんだよ。不倫は男のステータスなの!」


「はぁ?!とにかく不倫に巻き込まれるとか嫌だから!さよなら。」


「待てよ、離婚したら子どもは嫁に渡すから。結婚しよう!」


「嫌です。慰謝料と養育費で貧乏になった男とかお断りなんで。」


「子どもを作るだけ作って、育てない男とか勝ち組だろ!」


「は?」


「だから!養育費とか払わずに子種だけ渡して、女に育てさせてるんだから勝ち組・だ・ろ!!」


「気持ち悪…」


「チッ…お前だって30手前で相手にされるだけありがたいと思えよ…俺の子孫を残させてやるって言ってんのにふざけんな…。」


 裕子は急いで服を着ると、荷物を持って家に帰った。




「ホント最悪なんだけど…」


 自室に戻ると、裕子はベッドに体を投げ出した。


 裕子が新入社員の頃、同期の女の子が社内不倫をして退社した。


 おば様たちの「慰謝料は300万だった。」とか「女は退社、男は左遷。」という会話を聞いていた。


 その既婚男性に裕子も誘われていたので、断って本当に良かったと思った。


「昔は、先に既婚の上司が若い女性社員と不倫して、おこぼれのかたちで若い男性社員と結婚させるのが普通だった!」


 と偉そうに言う高齢社員も気持ち悪かった。


 裕子にとって、不倫はお金を取られてイメージも悪くなる損しかないイメージだった。


「職場か…いまさら、社内恋愛できるかなぁ?」


 勉と裕子は同じ業種で、社長同士が友達だった。


 両社の親睦会で「こいつはウブだから落とせそう」と思って裕子が口説いた。


 勉と付き合い始めると、裕子はすっかり可愛い子ぶるのをやめ、会社の飲み会でも飲みキャラだった。


 酔って暴れて吐いた挙句、男性社員におんぶされて帰宅したこともある。


「無理そう…」


 すでに勉が婚約したことが知られているので、同じ職場で恋人を作ろうとすると「恩田は元カレより先に、結婚しようと必死になっている。」と思われそうで嫌だった。




 それからしばらく、裕子はヴィレッジにばかりメッセージ送っていた。


【ヴィレッジさん、私にはあなたしかいないんです。】


【ヴィレッジさん、私にはあなたしかいないんです。】


【ヴィレッジさん、私にはあなたしかいないんです。】


【ヴィレッジさん、私にはあなたしかいないんです。】


 いくつもメッセージを連続送信した。


【どうしたの?大丈夫??】


【この前とは別の人に言い寄られてたんですけど、その人が既婚者だって分かったんです。】


【それはひどいね。】


【ヴィレッジさんは違いますよね?】


【僕は独身だよ、結婚願望ないし。】


【そうですか…】


 結婚願望がないのは残念だが、イケメンと付き合っているという事実だけでも欲しかった。


【また会えませんか?】


【他の子の相手もしないといけないから、来週でもいい?】


【他の子って誰ですか?】


【友達だよ】


『ぜったい恋人だ…それどころか「全員セフレだから彼女はいないよ。」とか言いそう。』


 しかし、婚活アプリのイケメンはサクラなのか全く会えず、『価値観完全一致』ではヴィレッジほどのイケメンはいなかった。


 不満があっても、ヴィレッジ以上の恋人を、またいちから見つけるのは面倒なので我慢した。


【来週は私と遊んでくださいね。】


 嫌われないように都合のいい女を演じると、裕子はため息をついた。


「酔った勢いで男と寝るんじゃなかった…そうしたら今頃、勉と結婚できたかもしれないのに。今度は同棲していた家に行ってみよう。女がいなければ押し切れるでしょ。」


 早速、仕事帰りに寄ってみることにした。




「勉?いるんでしょう?開けて?」


 部屋に明かりがついたのを確かめて、裕子はインターホンを鳴らした。


「帰ってください。」


 ドア越しに、勉の冷たい声がした。


「どうして?話し合おう?」


「浮気する女と話すことはありません」


「ごめんなさい!もうしないから!!」


「さようなら」


「寂しかったの!勉が構ってくれないのが悪い~~!!」


「新しい彼氏とお幸せに」


「そんなに怒ることないじゃない!!!許してよ!!!」


「無理です」


「迫られて仕方なくだったの!!酔ってたから覚えてな~~い!だから無罪~~~!!」


「帰ってください」


「結婚しよう!?あんな女とは別れて!!」


「警察を呼びますよ?」


「好きなのは勉だけなの!!結婚してよ!!このままじゃ、さ゛ん゛じゅっさ゛い゛に゛な゛っち゛ゃう~~~~!!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁぁぁん!」


 裕子は号泣しながら勉の家のドアを叩いた。


 泣いていれば、勉が優しさを見せてドアを開けてくれるはずだと思っていた。




「もしもし、警察ですか?」


 そのころ、勉は警察に通報していた。


「この前、相談した天野です。〇月〇日に…はい、その女性が今度は自宅に押しかけてきまして…」


「すぐに向かいます!」


 電話口から警察官の大きな返事が聞こえた。


「よろしくお願いします。」




 すぐに勉の家の前にパトカーが現れ、裕子はドアの前から離された。


 裕子が泣きながら警察官に説明していると、野次馬がスマホを片手に集まってきた。


 ピンポーン♪


「天野さん!〇〇警察です~。」


 勉はドアを開け、警察官に状況を聞いた。


「今ね、彼女から話を聞いたら、あなたに家から追い出されたって言ってたけど、前に職場で待ち伏せしたでしょうって話したら、勝手に押し掛けたことを認めましたから。」


「はい」


『あいつ、保身のためなら警察官にも嘘をつくんだな。偽証罪を知っているかどうかより、絶対に頭がおかしい。別れて本当によかった。』


「ストーカー規制法のね、つきまとい等、ストーカー行為になりますので、警察に届けて頂くと、次に彼女がそういう行為をした場合、罰金になりますので。懲役もありますが、たいてい罰金ですね。まぁ、詳しいことは、また署の方で聞いてください。説明しますので。」


「ありがとうございました」


 勉は深く頭を下げ、何かを叫んでいる裕子を一瞥してドアを閉めた。




 次の日から、裕子は職場で針の(むしろ)だった。


 女性社員たちは、わざと聞こえるように裕子の噂話をしていた。


「え~、それじゃあ天野さん結婚したんですかぁ~~??」


「そーなの!なんでもストーカーから逃げるためらしいわよ。」


「どういうことですか?」


「警察に接近禁止命令を出してもらうために、籍だけ先に入れるんですって。」


「家族だと、関係者として保護してもらえるとか…そういうのよね?!」


「そうそう、そうなのよ~~!」


「えっ…結局そのストーカーって、2人の結婚を早めただけじゃないですか?」


「やだ、酷~~~い!そんなこと言っちゃ、かわいそうよ~~~!」


 そう言いながら、女性社員たちは大爆笑していた。




 最悪な気分のまま家に帰ると、父親に呼ばれた。


「お前、天野くんに何をしたんだ。会社にも押しかけたそうじゃないか。」


「待ち合わせしてただけだし!」


「嘘をつくな!彼の会社からも訴えが出てるんだぞ!!」


 裕子は両頬を膨らませると、目に涙を浮かべて黙った。


 母親が裕子を慰めるように言った。


「警察で、接近禁止命令っていうのを出してもらったんですって。天野さん、結婚したらしいじゃない。あなたはもう、関わらないようにしなさいよ。」


 父親はとても怒っていた。


「彼女を守るために籍を入れたらしいじゃないか。天野くんの彼女はもう奥さんなんだから、近づくんじゃないぞ!」


「うるせぇな!!わかってるよ!!!」


 泣きながらそう叫ぶと、裕子は自室へ走った。


『ヴィレッジさんに話を聞いてもらって癒されたいけど、しつこくしたら嫌われそうで怖いよ…』


 裕子は気を晴らすために、婚活パーティーで仲良くなった女性たちと会うことにした。




「ねえねえ、みんなで結婚相談所に行ってみない?」


 それは誰かの提案だった。


「みんなで行くってどういうこと?」


「楽しそうだからよ!」


 週末のお昼に、婚活女性がぞろぞろと4人集まって結婚相談所に押し掛けた。


「友達連れてきました~~!」


 婚活グループのひとりが、どうやらこの相談所の会員らしい。


 早速、希望の男性を探すことにした。


 40代の婚活女性が言った。


「私、結構年下にモテるんで、年下とか、もういいです。」


「え?」


 相談員が目を丸くした。


「あの、30代の男性は、20代や30代の女性とお見合いできるので…」


「え?いや、でも私30代に見られるから大丈夫ですよ?」


「若く見えても、実年齢が分かるとお断りされてしまうので、その時間がもったいないですよ?」


「……。」


 40代女性は黙ってしまった。


 そこの会員の女性は、お見合いについて注意されていた。


「もう少し、楽しそうに振舞ってみてもいいと思いますよ?」


「でも、それで相手を本気させたら、傷付けてしまうので…それは申し訳ないですから。好きじゃない人に真剣に接しても、意味がないと思います。」


「本気を出しても、相手があなたを好きになるか分からないのに『本気を出せば自分はいつでも結婚できる』と思っていませんか?ちょっと努力したくらいで、相手はあなたを好きにはならないし、プロポーズもしてきませんよ?」


「でも…」


「本気を出してから言ってくださいね。」


「……。」


 その女性も黙ってしまった。


「裕子さんならいけるでしょ?まだ20代ですよ!」


 他の婚活女性が、裕子を強く推した。


「32歳までなら好条件の男性とお見合いできますよ。」


 相談員も笑顔で答えた。


「いい人いるんですか?」


 嬉しい気持ちを抑えながら、裕子は聞いた。


 会員の女性が、年齢だけ29歳に設定して男性のプロフィールを少し見せてくれた。


「まあまあじゃない?」


「そうですか?」


「私より全然いいよ。」


 しばらく結婚相談所の中で騒ぐと、4人はカフェに移動した。


 婚活パーティーと結婚相談所のお見合いで出会った『いい男とヤバい男』の話で盛り上がった。




 婚活女性と遊ぶのは楽しいけど、職場のことを考えると裕子の気持ちは落ち込んだ。


 家に帰ると、裕子はスマホを取り出した。


「勉に会いたいな…」


 裕子は再び、メッセージアプリで勉にメッセージを送った。


【私、毎日実家で泣いているの…迎えに来て!2人の家に帰りたいよ…お願い、私には勉しかいないの!!】


【イケメンの彼氏って言ってた人には、何人も浮気相手がいたんだよ。酷いでしょ?】


【私、すごく傷ついちゃって…勉の優しさにすがってるよね、ごめん。】


【でも、勉といると癒されるし、ありのままの私でいられるの。勉もそうだったでしょ?】


【今でも同棲していたあの部屋で、私を待っていてくれてるんだよね。早く機嫌を直してほしいナッ☆】


【浮気性の彼氏とはもう会わないよ。勉を悲しませたくないもん!これからはずーーーっと、私は勉のものだからねっ!!】


【今度、また家に行ってもいい?今度は警察呼んだりしないよね?】


 返信はなかったが送信し続けた。


 すると、下の階から父親の大声が響いた。


「裕子!!お前は何をやってるんだ!!!」


「なに?うるさいんだけど。」


 イライラしながら居間に行った。


「お前、天野くんに迷惑メールを送ったのか!?」


「なに?」


「メッセージを送ったの?」


 母親が青い顔で聞いてきた。


「送ったらなに?」


 父親が裕子の頬をひっぱたいた。


「お前は本当にストーカーになったのか!天野くんには関わるなと言っただろう!!」


「え?うそ…普通のメッセージ送っただけじゃん。脅迫したとかじゃないよ?」


 頬を抑えながら涙声で反論すると、母親が言った。


「天野さんから電話があったの。あなたからの嫌がらせが酷くなったら、また警察に相談することになるから、その前にご両親で止めてくださいって…。」


 母親も目に涙を浮かべていた。


「何もしちゃだめなの…?酷くない…?」


 ポロポロと涙をこぼしながら、裕子はうなだれた。


「裕子、つらいなら病院に行ってみない?」


 母親は裕子を心配して、心療内科の受診を進めた。


「もう、お前は結婚しなくていい。」


 父親はあきらめた声で言った。


「嫌だ!私は結婚したいの!!結婚相談所に入る!」


「あんまり無理しないほうがいいんじゃない?」


「勉のこと忘れられると思うし、変なことする時間も無くなるから。」


 両親はその言葉に納得し、裕子が結婚相談所に入会することを許した。


 結婚相談所の入会金を払ってもらい、裕子はお見合い相手を探した。


「申し込みするだけなら無料なので、ドンドン申し込みしましょう!」


 相談員に勧められて、80人くらいの男性にお見合いを申し込んだ。


 ギリギリだが20代で30代の男性にたくさん申し込めてうれしかった。


『30代後半~40代の女性は、10歳~20歳年上の男性とお見合いをセッティングされちゃうんだ…いい気味!!私は勝ち組になるけど、年増のババアはいつまでもジジイの相手しててよね!』


 相談員も20代のうちにと、たくさんのお見合いをセッティングした。


 しかし、裕子が良いなと思った男性からは会うことを断られ、デブ・チビ・ハゲのような外見の男性ばかりとお見合いさせられた。


「ロクな男がいないなぁ~…」


 そんなことを言っていると、スマホから通知音が鳴った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ命令を受けています!』


「ヒッ…!」


 それは裕子が検索した接近禁止命令についての記事だった。


『この人も、誰かのストーカーなの?怖い……!』


「私が出会いたいのは、こんな奴らじゃないのに…。」


 裕子は、アプリの通知とお見合い相手のプロフィールを睨みつけながら言った。




「裕子、同窓会のお知らせが来てたわよ。」


 帰宅すると、母親がはがきを手渡してきた。


「同窓会か~、行ってみようかな!」


 裕子が明るく答えたので、母親は少しほっとしたようだった。


『高校の同級生なら私のお酒の失態だって知らないし、高校でも明るくてかわいかったからみんなからの印象もいいしね!』




 裕子は急に上機嫌になり、同窓会に着ていく洋服を買いに行った。


「すごくよくお似合いですよ!」


 ワンピースを着た裕子を、店員は絶賛した。


『すっごくかわいい…!』


「これにします」


 大人っぽい花柄のレースが揺れる白のワンピースを買った。


 開きすぎない胸元が、清楚な女性を演出している。


 裕子が上機嫌で自宅に帰ると、あの通知音が鳴った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ経験をしています!』


 それは裕子が勉の家に押し掛けて警察を呼ばれたときの画像だった。


 だれが撮ったのか分からないその画像には、パトカーを背景に警察官の前で泣いている裕子の姿があった。


「どうして!?今までは私が投稿したつぶやきとか位置情報だったのに…野次馬が撮影した画像がSNSに出回ってるの…?」


 裕子は怖くなったが、対策はこのオケラという人物と関わりを持たないようにするだけだった。


『価値観完全一致』はヴィレッジと連絡を取っているアプリなので消すわけにもいかない。


 他のメッセージアプリで連絡を取りたかったが、彼にIDを教えてもらえなかった。


 不思議と、オケラから裕子へメッセージは送られてこなかった。




 数日はおびえながら過ごしていた裕子も、同窓会当日にはすっかり気にしなくなっていた。


「久しぶり~!」


 高校の同級生たちは30歳になり、様々な人生を歩んでいた。


 クラスで同じグループだった女子も、結婚写真や子どもの写真を見せてきて内心ムカついた。


「ふーん…優しそうな旦那だね~。あー、子どもかわいいかわいい。」


 鼻で笑いながら写真を返すと、結婚した同級生グループの一人が言った。


「裕子は彼氏もいないんでしょ?」


『負け組だと思ってそんな写真見せてきたんだろうけど、残念でした!』


「彼氏ならいるよ~?」


 とぼけたふりをしてヴィレッジとの自撮り画像を見せた。


 すると既婚者グループは全員が鼻で笑うとこう言った。


「セカンドかサード…」


 小声でバカにすると、クスクスと笑いながら離れて行った。


 裕子は『大した恋愛経験もなく結婚した女はバカだ』と思っていたが、その考えを改めた。


 彼女たちは今の裕子を見て『イケメン男性の2番目か3番目の女』だと見破ったのだ。


 それは裕子がとびきりの美人ではないからヴィレッジとは釣り合わないという意味ではない。


 女の感というべきか、表情や声の高さ、体の動きから選んだ言葉など、彼女たちは相手から小さな情報を瞬時に集めて分析してしまうのだ。


 しかし、裕子にそれは難しく、すぐ感情的になってしまう。


『高校時代、目立たなかったブスが偉そうに!!』


 裕子は手に持っていた酒をあおった。


「え~!渡辺くん〇〇〇に勤めてるの!?すごぉぉぉぉぉ~~~い!」


 振り向くと、男性が女性の集団に囲まれていた。


 垢ぬけた外見に、高級そうなスーツを身に着けている。


 裕子はすぐに近づくと、男性に聞いた。


「ねえねえ、渡辺くんって、私と同じクラスじゃなかった?」


 あざとい笑顔で割って入ると、彼女たちは白い目で裕子を見た。


「うん、同じクラスだった。久しぶりだね、恩田さん。」


「えー、仲が良かったの?」


 周りの女性が嫌な顔で聞いてくるので、裕子は「そうなの!」と答えようとしたが、渡辺がサラリと答えた。


「全然。俺、恩田さんたちのグループからいつも「キモイ」って言われてたよ。」


「え~、ひどぉぉぉぉぉ~~い!!あっちに行こう?」


 女性たちが渡辺を裕子から引き離そうとするので、裕子は慌てて連絡先を書いたメモを渡した。


 これは、同窓会で長く話していられない相手に渡そうと思って作ったものだ。


「〇〇〇勤務なんて凄いよ、渡辺くん。勉強、頑張ってたもんね…。」


 裕子は見事な笑顔を作ったが、渡辺はそれを鼻で笑うと、目の前でメモを捨てて去っていった。


 ショックを受けた裕子はメモを拾うと、急いで彼から離れた。




「中村くん!?」


 ある男性を見つけて、裕子の瞳は輝いた。


 高校時代に付き合っていた男性だ。


「うわ…恩田か…」


「なんで嫌がってるの?酷くない?!」


 高校の時のノリで中村に絡んだ。


「ちょっと、やめて。」


「復縁してやってもいいぞ~?」


「無理だから、離れて。」


 高校時代と違って、中村は裕子に冷たかった。


『なにその態度、生意気!付き合っていたころは、何でも言うこと聞いてくれたのに!!』


 裕子はサッと離れると、中村に聞いてみた。


「今何やってるの?結婚した?」


「結婚したし、もうすぐ子どもが生まれるんだって。」


 一緒に話していた男性が会話に割り込むかたちで教えてくれた。


『みんなが幸せになっている。』


 裕子の怒りは爆発した。


「絶対、障がい児!!!!」


 失礼な言葉を大声で叫び、近くにいた同窓生は悲鳴に近い声を上げた。


『私はこんなにつらいのに!』


 裕子は泣きながら、一人になれる場所を探した。


 しかし、残念ながら会場内からトイレに至るまで必ずどこかに同窓生がいた。


「はぁ…」


『高校時代の元カレと復縁したり、素敵な出会いがあるかと思ったのに…』


 しばらく誰とも話さず、酒を飲み続けた。


 ぼんやりと、会場を見ていると独身者もそれなりにいることに気づいた。


 近くでオタク話に花を咲かせている男女グループも、独身者たちだ。


「いいよな、ゲームオタクはオタク感が薄くて!」


「そうかな?」


「そうだよ、ダウンロード版買えばかさばらないし買ってもバレない!それに比べてアイドルオタクはグッズが増えるからすぐばれる!」


「わかる!私も部屋中アイドルグッズだらけだし、お金がたまらない。」


「それな!」


「全国ツアーが始まったら一緒に日本縦断。」


「マジかよ!?」


「そうそう、休み取るのも大変でさ…。」


「お前ら、もう結婚したらいいんじゃないの?」


「でもグッズが置ける大きな部屋が必要だし…」


「いや、悩むところそこ!?」


「病気になったときひとりだと不安になるから、そういう時は誰かがそばにいてくれたらなって思う。」


「たしかにね~。」


「でも、お互いの趣味に理解があるなら一緒に住めそうだけどね。」


「理解があるのはすごくありがたいけど…そんな理由で結婚とかできるかな?」


「結構重要じゃね?」


「価値観の一致ってやつ?」


「私もうすぐ30だし、悩むなぁ……」


 食べ歩きというより、飲み歩きしか趣味のない裕子はため息をついた。


「もう、帰ろうかな…」


 裕子がそうつぶやくと、一人の男性が近づいてきた。


「恩田じゃん!久しぶり~。」


「八木くん!?久しぶり!」


『八木くんは、ノリのいい男子だったはず…彼となら普通に話せそう。』


「結婚なんてまだ早いって思ってたら、みんな結婚してるの。ずるいよな~。」


「八木くんも独身?」


「そう、いま婚活中!」


「私もなんだ~。」


「お、仲間じゃん!」


「なんであんな女が結婚してるの?って思う女ばっかり結婚してるよね。」


「そうか?」


「絶対、私の方が可愛いもんね?」


「うーん、そうだな。」


「スクールカーストの底辺女が結婚できて、なんで私が結婚できないんだろう…。」


「まあまあ…」


「あいつら絶対すぐに離婚するよ。産後太りでますますブスになって!」


「お前、毒舌すぎるでしょ。」


 八木が苦笑いしながら聞いてきた。


「他人の不幸は蜜の味って言うじゃん?もちろん私はママになってもかわいいんだけど。」


 裕子は理想のママ像を妄想しながら答えた。


「そうだけどさ~…」


「こうやってストレス発散してる女の方がいいんだよ、我慢してる女はいきなりキレるからね!刺されるよ?!」


「やめろよ!俺、一回刺されかけたから!!」


 八木は腹を抱えて笑った。


『八木くん、いけそうじゃん!「実は高校の頃からお前のことが…」っていうパターンなんじゃないの?!』


「じゃあ、私たち付き合っちゃう?」


「は~~ぁ?嫌だよ。」


「なんで?!」


 裕子はまたイラッとして声を荒げた。


「俺、結婚するなら20代がいいもん。」


 八木は笑いながら答えた。


「私も若くてイケメンな彼氏がいるから、冗談を本気にしないでよね!」


 裕子はヴィレッジとの自撮り画像を印籠のように見せつけて、負け惜しみを吐いた。


「そいつ20代じゃないよ、30代半ばくらいじゃない?」


「絶対違うし!」


 裕子は、ヴィレッジの年齢を20代半ばから後半くらいだと思っていた。


「結婚は無理だろ!男は30過ぎても結婚出来るけど、女は絶対無理ぃぃぃぃ~~~~~~!!!」


 八木の挑発的な変顔に、裕子はブチギレた。


「ふざけんな、テメェ!!!ブッ殺すぞ!!!」


 ついに取っ組み合いのけんかになり、近くにいた男性たちに取り押さえられた。


 女性たちは完全に怖がって遠巻きにおびえ、面白がった男性たちは笑いながらスマホで撮影していた。


「お前ら、飲みすぎだぞ。」


「本当にやめろよ、恥ずかしい。」


「小学生じゃないんだからさ…」


 2人は同級生にお説教されてしまった。


 高校のころと違って、みんなちゃんとした大人になっていた。


 助けてくれた男性たちに声をかけたが、裕子は全く相手にされなかった。




「みんなサイテー…」


 家に帰った裕子は、同窓会を振り返った。


『私は婚活で大変なんだから、励ましてくれてもいいじゃない。あいつらは幸せなんだから、つらい私が嫌がらせしてもいいでしょ。もっと不幸になって、私と同じ気持ちを味わえばいいんだ!!』


 鏡を見て、改めて言った。


「絶対に私の方が可愛い。」


 台所で料理をしていた母親が、玄関にいる裕子に声をかけた。


「同窓会、どうだった?…って、どうしたのその怪我。」


 裕子は酔って男性と喧嘩したことを話した。


 どうやら相手の爪がおでこをかすったようで、かさぶたになっていた。


 その場では気づかなかったが、新品の白いワンピースにも血が飛んでいた。




「はぁ…」


 裕子が風呂から上がると、アプリの通知音が鳴った。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ体験をしています!』


 そこには、八木と取っ組み合いをしている裕子の動画があった。


「またこの人!…これって、この人が暴力的ってことじゃん!本当に嫌なんだけど!!」


『もうすぐヴィレッジさんに会える…けど、誰かに話を聞いてほしい…!』


 裕子は婚活仲間に連絡した。




 平日の夜、ハイボールのジョッキをテーブルにガンッ!と置いて、婚活女性は叫んだ。


「わかるぅぅうぅぅぅ~~~~!!」


 4人の婚活グループは、全員裕子の気持ちをわかってくれた。


「私も同窓会の時ブスで地味で暗い女が結婚してて「あんな女が結婚出来るとか、世の中間違ってるよね~!」って言ってやったもん!!」


 40代の婚活女性は胸に手を当て、誇らしげに語った。


「本当、普通に頑張ってる私たちが報われないのは、おかしいよね?」


 30代の婚活女性が人差し指を頬につけ、困り顔で首をかしげる。


「私は子どもの写真見せられたけど、全員ブス!めちゃくちゃ頭悪そうなの!実際悪いんだろうけど!!わからないよ?もしかしたら頭がいいかもしれないけど、私にはそう見えるぅ~~!」


「母親がバカだからバカだろうな~~って思うよね!」


「まず、自慢できるほどかわいくないから見せるなよ!って思う!!」


「学生時代にモテなかった奴が、なんで結婚して子ども産んでんだよ!!って思うよね?」


「誰がお前みたいな奴と結婚するんだよ!?って思う~~!!」


「私の方が絶対に可愛いのに、その男バカかよ!って思うよね~!」


「結婚する男って、全員女を見る目がないんじゃないの!?」


「結婚する男と言えば、会社の同僚がすぐに離婚してさ「大変だったね、元気出して。」って言ったけど、内心ざまあみろって思ってた!」


「あと、嫁姑問題で悩んでる職場の人を見ると嬉しくなる。不幸になれ!不幸になれ!って念じてる。」


「私なんか、合成写真作って友達夫婦を離婚させたからね!!」


「嘘でしょ!?」


「犯罪じゃないの?!」


「平気だったよ。「旦那さんが不倫してる」って写真見せたら勝手に泣きわめいて離婚になったもん。」


「サイテー!」


「よく訴えられなかったね~。」


「それより、裕子さんの話を聞こう。」


「ごめんごめん」


「それでさ、高校時代の元カレにも会ったんだけど…結婚してたんだよね~。」


「あ~~~、そういうもんだよね~~。」


「独身だったら、復縁してあげてもいいかなって思うんだけどね~。」


「あと、学生時代に地味でキモかった男子が、エリートになってて…」


「それいいじゃん!既婚者?」


「それは分からなかったけど、群がる女が多すぎて無理だった。」


「キモいって何?デブ?ガリ勉?」


「ガリガリのガリ勉メガネ、いつも勉強ばっかりしててキモいなって…。」


「学生時代に付き合ってた人が結婚して、バカにしてたやつがエリートか…同窓会あるあるだね。」


「あの頃はモテたのになぁ~。」


「私も~!SNSに誘いのメッセージがたくさん届いて、電子マネーくれる人もいたし。」


「私も、食事するだけでお金もらってた。」


「そんなに価値があるのに、どうして今はモテないんだろう…。」


「わかんな~~~い!」


 結局、どうして自分たちが結婚できないのか分からないまま、全員帰路についた。




「明日はヴィレッジさんに会える…!女子会でストレスも発散したし、ヴィレッジさんには可愛い姿しか見せないぞ!!おーーーっ!!」


 帰り道で、ひとり気合を入れると、何を着て行こうか考えた。


 帰宅すると母親が、ちょうど白いワンピースをクリーニングに出してくれて、血のシミも消えていた。


「ありがとう、お母さん!明日はデートだから、これを着ていくね。」


 母親は娘に彼氏ができたと安心して、優しい笑顔を見せた。




 ヴィレッジに会える日は、職場で仕事をするのも辛くなかった。


「かわいいワンピースですね、デートですか?」


「そうなの。」


 偵察に来た後輩の女性社員に、裕子はわざと謙遜した態度で答えた。


『さっさと私に彼氏ができたって噂を広めてよね。』


 裕子はドヤ顔で後輩を見送った。




 待ち合わせは、以前ヴィレッジが裕子を連れてきたバーだった。


「ヴィレッジさんっ!お待たせしました。」


 花柄のレースをひらっっと揺らせて、裕子はヴィレッジの顔を覗き込んだ。


『イケメンはひとりで飲んでても、絵になるなぁ~~。』


「なるみさん、久しぶり。」


「お久しぶりです。」


 お互いにふふっっと笑いあうと、いい雰囲気の中でお酒を飲んだ。


「来週、僕の誕生日なんです。」


「誕生日?お祝いしたいなっ!」


 裕子は可愛く髪を揺らした。


「僕も、裕子さんとお祝いしたくて。会えますか?」


「もちろん!予定があっても開けます。」


「嬉しいな、僕の部屋でもいいですか?」


「いいです!行ってみたいです、ヴィレッジさんの家。」


『やっと本命の彼女になれる……』


 裕子は、ヴィレッジが欲しいと言った腕時計の画像を見ながら、電車の中でニヤついた。




 しかし、幸せもつかの間。


 翌日出社すると、社長が勉の結婚式の話をしていた。


「いや~、いい式だったぞ~!奥さん、天野くんと同じで酒も飲まんらしいからな。似たもの夫婦でお似合いだったよ!おとなしい感じのいい子でな、天野くんも幸せだろう。いや~、よかったよかった。」


 勉は週末に挙式を済ませ、式に呼ばれた社長は今日まで黙っていたらしい。


「今は新婚旅行中で、海外だって。」


 聞いてもいないのに、同僚の男性からくぎを刺すようなことを言われた。


「チッ…は~~ぁ?」


 舌打ちした後、脅しのような聞き返しをして、裕子はその男性を追い払った。




 終業後、裕子は百貨店にいた。


「……高い。」


 ヴィレッジに催促された時計はスイスのブランドで、値段は10万円。


 すぐには買えないと思った裕子は、すごすごと外へ出た。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ行動をとっています!』


「なに…これ……。」


 それは、裕子がさっきまでいた百貨店の位置情報だった。


「嫌……!」


 周囲を見回したが、通行人の中に不審な人物はいなかった。


 怖くなった裕子は電車に飛び乗って、とにかくその場を離れた。


 ピロリン♪


『なるみさんと価値観が一致する人がいます』


『○○時〇〇分、オケラさんも同じ行動をとっています!』


 裕子が乗っている、電車の位置情報が表示された。


「嘘でしょ……。」


 裕子は帰宅ラッシュで賑わう電車の車両を、必死に走った。


 オケラという人物が追いかけてくる気がして、何度も振り返った。


 周りの人々は迷惑そうな顔で裕子を見ていた。


 電車のドアが開くと、急いで降りた。


「逃げなきゃ……」


 改札を抜けて、駅を出て、それからしばらく走った。


 走り疲れ、のどが渇いて、近くにあったファミリーレストランに入った。


 店内に、最近見た顔があった。


奈津美(なつみ)!!」


 同窓会で一緒だった奈津美が、3歳くらいの女の子と一緒にいた。


 裕子が名前を呼ぶと、彼女の向かいの席に飲み物を持った男性が座った。


「裕子?どうしたの?」


「ストーカーに追われてるの、助けて!」


「やめてよ、巻き込まないで。」


「なんでそんなこと言うの?友達が困ってるのに見捨てる気!?」


「やめてください、警察呼びますよ?」


 向かいの席に座った男性が、間に入った。


「ストーカーに追われているんです!」


「警察に行けばいいでしょ?」


「奈津美!助けてよ!」


 奈津美の夫が冷たいので、裕子は奈津美に助けを求めた。


「同窓会で私の家族をバカにしたこと、もう忘れたの?」


「違う!婚活疲れだったの!幸せな奈津美が憎らしく見えたの、あの時だけ!」


「ママ~~~…」


 奈津美の娘が裕子を怖がって、母親に抱き着いた。


 奈津美はそのまま娘を抱き上げると、バッグを持って立ち上がった。


 それを見た夫が、すぐさま伝票を取ってレジに向かう。


「待って!」


 裕子は奈津美の腕をつかんだが、すぐに振り払われた。


「あの時だけじゃないでしょ、あんた昔からそういう性格だったじゃない!婚活疲れとか言ってるけど、もともと性格悪いから結婚できないんじゃないの?」


 たまりにたまった憎しみが、奈津美の顔からあふれ出ていた。


 きっと高校のころから、裕子が嫌いだったのだろう。


 呆然と立ち尽くす裕子を避けて、奈津美は夫のもとへ駆け寄った。


 会計中の夫は奈津美に車の鍵を渡した。


「車に入ってろ。」


 奈津美は鍵を受け取ると、出入り口のドアを開けた。


「鍵を閉めろよ!」


「わかった」


 夫の声に、奈津美が答える。


『結婚した友達の夫婦生活なんて、絶対にうまくいっていないと思ってた。子どもが生まれても、子育てに苦しんでいるに違いないと思ってた。』


 裕子は立ち尽くしたまま、ボロボロと涙を流した。


「うっ…うっ…うう~~~…。」


 警察が現れ、裕子はパトカーで家まで送ってもらうことになった。


『どうして奈津美の子どもはおとなしいいい子なの。どうして奈津美の夫は家族を守るいい男なの。どうして奈津美なんかが幸せな家庭を手に入れているの。私と同じ高校生活を送ったのに、どうしてこんなに違うのよ…。』


 家に着くと、パトカーを見た母親が驚いて、再び心療内科への受診を進めてきたが断った。


「大丈夫だから。」


『わたしはおかしくない。』




 翌朝、母親が雑誌の切り抜きを持ってきた。


「縁結びの神社?」


「気分転換に、どうかなと思って…。」


「週末は彼氏の誕生日だから、来週でもいい?」


「ええ、もちろんよ。」


 母親は裕子のことを心配していたが、父親は放っておけと言うだけだった。




 ヴィレッジの誕生日当日。


 裕子にとっては高額な腕時計を買い、待ち合わせ場所へ向かった。


 駅前の高級マンションへ入り、彼の部屋に到着した。


「すっごくいい部屋!」


「ありがとう、ゆっくりしてね。」


 ヴィレッジは自然にペアのマグカップを出し、紅茶を入れた。


 手慣れた感じが裕子に不信感を抱かせた。


 部屋を見渡すと、物が少なくとてもきれいに掃除されている。


「モデルルームみたいですね。」


「恥ずかしいな…なるみさんが来るから気合入れて掃除したの、バレちゃった。」


『かわいいぃぃぃぃ~~!』


「ビレッジさんて、何のお仕事してるんですか?もしかして俳優?」


「違うよ、IT系の会社を経営していて…」


「え~、イケメン経営者!?かっこよくてお金持ちとか最強じゃないですか。」


「全然。僕、年収600万しかないから。」


『なんだ、600万か。』


「そんなことないですよ~~。」


「僕の作る食事が、お口に合うといいけど。」


「料理もできるなんて素敵、本当に結婚しないんですか?」


『イケメンはエプロンが似合う~!料理もできる夫だと、楽できて最高。』


「うーん…最近は、ちょっと結婚も視野に入れてる。」


「え~、誰とですか?」


 ヴィレッジは裕子の目を見つめた後に、サッと後ろを向いた。


「ひ……ひみつです…。」


『かわいい~!それって、誕生日を一緒に過ごしている私じゃないの?!やったー!イケメンと結婚だ!!逆転優勝気持ちいい~~~~!!』


 その日はワインを何本も空け、素敵な夜を過ごした。




 早朝、裕子は浮かれていたせいか目が覚めた。


『結婚したら、こんな風に朝を迎えるんだわ…。』


 朝食を作って驚かせようと思った裕子は、先にシャワーを浴びた。


『そういえばヴィレッジさん、誰と買ったのか分からないペアのマグカップを持っていたわね。他にも女の痕跡があるんじゃないの?』


 洗面台の収納棚からヘアアイロンを発見すると、今度は勝手にクローゼットの中を物色した。


『ここにも何かあるんでしょ?写真があったら捨ててやるんだから…』


 裕子が贈った誕生日プレゼントの腕時計の箱のとなりに、同じ箱が並んでいる。


『同じブランドの別モデル?』


 何気なくその箱を開けると、裕子が贈った腕時計と全く同じ時計が入っている。


 その隣の箱も、その隣の箱も、何本も同じ腕時計の入った箱が並んでいる。


「……。」


 裕子は静かに箱を元に戻し、クローゼットを閉めた。


 そして冷蔵庫を開け、朝食の準備を始めた。




 夢からさめたような顔で、裕子は帰宅した。


 スマホを充電しながらフリマアプリを起動して、自分の贈ったプレゼントを検索する。


【人気のスイスブランド、高級腕時計、傷なし、箱あり、保証書あり…】


 いくつか並んだ腕時計の画像を見ると、アプリを終了した。


「……。」


 それからしばらくぼんやりと、部屋の隅を見つめた。




 次の週末、裕子は縁結びの神社にいた。


 平日に女子会を開きたかったが、杏奈がいたグループには全員忙しいと言われ、同窓会で連絡先を聞いた人たちからは全員ブロックされていた。


 男とラブホテルに入るところを2度も激写され、同窓会で乱闘騒ぎを起こしたのだから、この対応は当然と言えるだろう。


 婚活仲間に相談しようとも思ったが、ロクなアドバイスをしてこないと思ってやめた。


 彼女たちとは、悪口を言っている時が一番楽しいのだ。


『心が洗われるわ…。』


 神に、自分の恋愛成就と他人の不幸を天誅として落としてもらうようにお願いした裕子は、神社近くの蕎麦屋に立ち寄った。


『すっきりした。おそばを食べたらお土産を見て帰ろう。』


「こんにちは、もしかしてそこの神社で参拝してました?」


「はい」


 かわいらしい、大学生くらいの男性が声をかけてきた。


「僕もなんです、彼女にフラれて。ここ縁結びの神様だから、新しい恋に出会えますようにって…。」


「かっこいいのに、フラれちゃったんですか?」


「そうなんです、ここに座ってもいいですか?」


「ええ、もちろん。」


 彼は向かいの席に座った。


『アイドル系のかわいい男の子じゃん!早速恋の神様が!?』


 2人でそばを食べながら、恋愛話をした。


 彼を慰めたくなった裕子は、昼からラブホテルに行き、肉体関係を持った。


「僕はここが地元なので、ここに来るときは連絡ください。」


 連絡先を交換すると、裕子は電車に乗った。


『年下と付き合うのもいいな…。』


 スマホで撮影した画像をSNSで投稿すると、さっそくコメントがついた。


【その男は、地元で有名なヤリ〇ンです。毎週末、縁結びの神社に来た女性を食い物にしています。】


【私の友達も引っ掛かりました。次の週末に同じ場所に彼がいて、別の女性に声をかけていたそうです。】


【大学生グループが、ゲーム感覚でやってるそうです。許せませんね!】


「そんな……神様がくれた運命の出会いだと思ったのに…。」


 裕子は、ヴィレッジの誕生日の時のように、酷く落ち込んだ。




 家に帰ると、居間で両親が談笑している。


「ただいま」


 裕子が入ってくると、母親は急に気まずそうに手紙を差し出した。


「あの…これね、同級生の郁恵(いくえ)ちゃんがハワイで結婚式を挙げたんですって。」


 手紙には写真が入っており、両家の両親と新郎新婦が首にレイをかけて、アロハのハンドサインをしている。


「楽しそうよね、海外挙式。そのままハネムーンですって。」


 父親はハワイ土産のマカダミアナッツチョコレートを食べながらお茶を飲んでいる。


「う…ああ……うああああああああ!うああああああああああああああ!!」


 裕子は錯乱し、手紙と写真を破り捨て、チョコレートをテレビに投げつけた。


「きゃあああああああっ!」


「やめんか!裕子!裕子!!」


 母親は怯えきった悲鳴を上げ、父親は裕子を取り押さえた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん…うわぁぁぁぁぁぁぁん…」


 裕子はぐちゃぐちゃな感情のまま泣き続けた。


「お前、もう病院に行け。」


 父親が諭すように言った。


「嫌だ…」


「じゃあ、誰かが結婚するたびに暴れるのか?」


「それも嫌ぁ~~~~!」


「じゃあ、どうするんだ?」


「病気じゃないから大丈夫…。」


「暴れるじゃないか、一回診てもらえ。」


「病気じゃないってば!!私はおかしくなんかない!!病気扱いしないで!!」


 裕子は走って部屋に戻った。


「なんで!悪いのはあいつらなのに…!」


 裕子の脳内には、なぜか神社で出会った男性が浮かんでいた。


「ヴィレッジさんと結婚したいよ…そうしたら全部終わるのに。」




 それから裕子は家でも職場でも、なるべく静かに過ごした。


 犯罪めいたことをすると、また『価値観完全一致』でオケラとマッチングしそうで怖かったのもあるが、いよいよ両親が裕子を強制入院させそうだったからだ。


 それでも婚活仲間とは女子会を開き、一日一回はヴィレッジにメッセージを送った。


 会社からの帰り道、気持ちを落ち着けるために自宅でフラワーアレンジメントをしようと考えた。


 駅の中にある花屋に立ち寄り、花を選んでいると、裕子はそのまま固まった。


 勉が妻と手をつなぎ、幸せそうな笑顔で歩いていたのだ。


「う…ううう…うう~~…。」


 ひざから崩れ落ちると、声を殺して泣いた。




 花屋の店員に心配されたが、なんとか家に帰った。


 裕子は買ってきた花を前に、色んなことを思い出した。


「勉のあんな笑顔、初めて見たな…。私といたときは、ずっと苦笑いだった…。」


 ため息をつくと、花を生け始める。


「感情が不安定でつらいな、これって早めの更年期障害なのかな?」


『あんた昔からそういう性格だったじゃない!』


 頭の中で奈津美の声が響く。


「こんなに酷い女じゃ、なかったよね…?」


 涙を流しながら、花を生け続けた。


 出来上がったのは不格好で奥行きがなく、平面的なフラワーアレンジメント。


「うまくいかなかったけど、飾っておこう。」


 切り落とした茎や葉を片付けると、花を眺めた。




 数日後、そんなフラワーアレンジメントくらいで裕子の性格は変わるはずもなく、今日も婚活仲間と女子会を開いていた。


「私、結婚できないかも。」


 裕子がポツリとつぶやくと、他のメンバーが慌て始めた。


「どうしたの?一番若いんだからそんなこと言わないでよ。」


 裕子はふてくされた声で語り始めた。


「若い頃はさ、20代前半で結婚する女を「将来の夢はお嫁さん!」みたいな脳内お花畑のバカ女だと思っていたけど…」


 話を聞きながら、他の婚活女性はクスクスと笑った。


「女がチヤホヤされるのは20代までってよくわかってて、しかもチヤホヤされてもビッチにならず、結婚相手を冷静に選んだ女だったんだなって、今頃わかったの。」


 笑っていた婚活仲間たちは、全員静かになった。


「私はまだ遊べると思って、もうすぐ30歳なのにこんな…」


「大丈夫だって!」


 婚活仲間のひとりが裕子を励ました。


 それでも、裕子は語り続けた。


「結局、夢見がちだと思っていた彼女たちが一番現実的だった。「自分の方が可愛い」とか「自分はいつでも結婚できる」とか思っている私の方が夢見がちだったな…。」


「いいじゃん!夢も希望もない結婚なんて嫌でしょ?あいつらみたいに妥協することないって!」


「そうそう、あいつらが結婚している相手って、年収500万円以下の貧乏人でしょ?贅沢できなきゃ結婚する意味なくない?」


「そうだよ、その辺の変な男と結婚するくらいなら一生独身でいい。」


 裕子は嬉しそうに口角を上にニタァ…と上げた。


「そうだよね!ハイスペックイケメンを捕まえられない女が、早々に妥協して結婚しちゃってるだけだよね!!」


 そう言うと、裕子の心は晴れ晴れとし、不安が消え去った。


『あ~~、気持ちいい~~~!』


 婚活仲間も、裕子の言葉に続いた。


「あいつらはしょせん雑魚だから!」


「低レベルは低レベルとくっつくのよね~~。」


 裕子は、自分は正しかったと強く実感すると、千鳥足で家に帰った。




『ヴィレッジさんから返信来てないかな…』


 裕子はアプリを開いた。


 そこには、オケラからのメッセージがあった。


【なるみが俺のことを好きなのはわかってる。電車の中まで追いかけて、俺のことを探していただろう?】


【おれもSNSでなるみを検索して顔まで知っていたのに、迎えに行けなくてごめん。】


【元カレの彼女を殺したいって言ってたよね?俺も元カノを殺してくる。】


【そうしたら、俺たちの価値観は完全に一致する。】


【もう、他の誰にも邪魔させない。2人で幸せになろう。】


「……。」


 裕子は目を見開いたまま絶句した。


『どういうこと?元カノを殺すって、冗談でも気持ち悪いんだけど。私、元カレの彼女を殺したいなんて言ってないし。』


 そんなことを思っていると、隆史がメッセージを送ってきた。


【嫁と息子が殺された!】


【俺の遺伝子が…!】


【なるみちゃん、俺の子ども、妊娠してない?】


 怖くて返信せずに見ていると、次のメッセージが送られてきた。


【妊娠してないなら、これから作ろうよ。また連絡する。】


『なにこれ、怖い…。オケラの元カノが隆史の奥さんじゃないよね?あと、こいつ奥さんと子どもが死んだのに「私と子どもを作りたい」とか何言ってんの?頭がおかしい。』




 しばらくすると、ネットニュースにこんな記事が出た。


【男が、母子殺害。家に押し入り、刃物でめった刺し…】


「もう…耐えられない…。」


 オケラと隆史の話が本当かどうかは分からなかったが、裕子は恐ろしくなり、アプリをアンインストールした。


 アイコンが消え【アンインストールしました】の文字が浮かんで消えた。


 裕子は安堵(あんど)の涙を流し、大きく息を吐きだした。




 そして翌朝、両親にこう言った。


「私、病院に行ってみる。」


「えっ…本当に?」


 母親は嬉しそうに笑った。


「よし!」


 父親は力強くうなずいた。


『お父さん、私のことは放っておけって態度だったけど、本当は心配してたんだ…。』


「でも、入院は嫌。通院したい。」


「大丈夫よ、家族でカウンセリングが受けられるところもあるからね。」


 家族で囲む食卓は、少し穏やかな空気になった。




 数日後、会社から帰る途中でヴィレッジに声をかけられた。


「すごい偶然ですね、なるみさん。」


 彼は、裕子の腕をつかむと、半ば強引に喫茶店に入った。


「急に【なるみさんは退会しました】とか表示されたから驚きましたよ。もう会えないかと思ったのに、運命かな?」


 ヴィレッジは裕子の顔を見たが、裕子は外の通行人を眺めていた。


 それを見たヴィレッジは、少し焦ったように話を切り出す。


「なるみさんにもらった腕時計、着けてますよ。」


 ヴィレッジが「ほら!」と腕時計を見せると、裕子はヴィレッジの方を向き、静かにほほ笑んだ。


「結婚を視野に入れているって話、しましたよね?」


「ええ…」


「あれ、結構本気で考えてて、指輪も持って来たんですよ。」


 彼はトートバッグから、指輪のケースを取り出した。


 中には、大きなダイヤのエンゲージリング。


「祖母のものなので、デザインが古いんです。サイズも大きいから、直さないといけないんですけど。」


 笑顔で語るヴィレッジに、裕子はコーヒーカップをそっと置いて答えた。


「あなたとは結婚できません。」


 そう言うと、小さく首を振る。


「えっ…どうして?」


「あのアプリ、似た者同士をマッチングするんです。そこで元カレは、素敵なお嫁さんを見つけて結婚しました。」


「いいじゃないですか!僕たちも結婚しましょう。」


「駄目です。」


「どうして?」


「私が、ヴィレッジさんと同じ立場になるかもしれないからです。」


『一歩間違えれば、オケラのようにも、隆史のようにもなっただろう。』


「……。」


 ヴィレッジはスッと無表情になり、何かを考えているようだった。


「そうですか」


 テーブルに置いた指輪のケースをサッと閉じると、トートバッグにしまった。


 裕子は立ち上がり、伝票を取ろうとしたが、ヴィレッジが素早く取った。


「さようなら」


 ヴィレッジは苦そうな顔で、目を見ずに言った。


「さようなら」


 裕子は苦笑いをして、喫茶店を出た。


「……。」


 ヴィレッジは伝票を置き、トートバッグの中をチラッと見た。


【美肌になるシャワーヘッド!】と書かれたチラシと契約書を見て、背もたれに背中を預けてため息をついた。




 ついに、裕子は30歳の誕生日を迎えた。


「お誕生日おめでと~~う!!」


 婚活仲間と、一緒に祝った。


「婚活なんて、もうやめる~~!!」


「ちょっと、30歳になったとたん、言うことがそれ?!」


「30になっても大丈夫だって!私なんか40過ぎてもやってるのに。」


「でも、時々やめたくならない?」


「たしかに~!」


「ものすごく結婚した~い!っていう時と、もう結婚なんかしたくな~い!っていう時がある。」


「あるある!」


「もう、婚活が趣味になってる。」


「わかる~~、話のネタにしやすいもんね!」


 楽しい話をしているのに、裕子はなんだか不安になってきた。


 そっと、スマホの画面を見る。


 そこに『価値観完全一致』アプリはなかった。


 ピロリン♪


「……!」


 誰かのスマホの通知音に、裕子は怯えてしまう。


 彼女のスマホからアプリはなくなったが、アプリ自体がなくなったわけではない。


『きっと、勉は幸せなんだろうな。』


 裕子は勉がどんな人物だったか思い出し、結婚相手を羨ましく思った。


 今日もまたAIが、似た者同士をマッチングしている…。




 そのころ勉は、裕子の母親からメッセージを受け取っていた。


 【今日はお友達と誕生日会をしています。カウンセリングも受けて、薬もきちんと飲んでいます。】


 勉は苦笑いをしながら、それを読んだ。


 『きっと、裕子はこれかも同じことを繰り返すんだろうな。女同士で酒を飲み、悪口を言って。男に結婚を期待しては、すぐに肉体関係を持って縋り付く。』


「ざまぁみろ」


 勉は裕子の性格が変わらないことを願いながら、とても幸せそうに笑った。


【お読みくださりありがとうございます!】


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[一言] 隆史は自己中浮気野郎で殺された妻がオケラの元カノ? オケラはストーカー野郎で元カノの人妻&子供を殺害して逮捕? ヴィレッジはクズホスト並みのプレゼント転売野郎で、結婚しようと言ったのも金…
[良い点] (マッチング)アプリで出会った貞操観念のある女性というフレーズに清純派AV女優みたいな面白味を感じた
[良い点] マッチングアプリの手軽さ怖さが良く分かりますね。 絶対使いません。 [気になる点] タイトルだけみると勉さんがメインのような気がしますが、流れからすると違う気が。 タイトルを女性視点に変え…
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